91 side:Ignace
いやー、これ、デートだろ。間違いなくデートじゃん。
なんだかんだのハプニング(主に俺に)あったけど、釣りは続行されてる。いや、確かに釣れるの面白いけどな。大量に釣れるのは面白いけど、流石に二本持ちはないと思うぞ。
それにしても釣れる魚はシライオ。成魚になったところで大して大きくなるわけでもないこともあって食用じゃないのに釣っても意味ないだろうに。
「何にしましょう。天ぷら、刺身に南蛮漬け、どれも捨てがたいわ」
あ、やっぱ、食用なんだ。ローズモンド嬢凄く楽しそうなんだが。いつの間にかマルチドに代わってローズモンド嬢の糸から魚を外す薬がエルになってる。
「馬車の方に伝えることがありますので、一度離れます」
「待って、せめて、竿を上げてからに」
「二本使いくらいしてください」
えー、そんなこと言われても困るんだが。席を外したマルチド。そして、その瞬間振れる二本の竿。ひどくね?
そして、ひとしきり釣りをした後は大量になった桶を抱えて馬車へと戻る。桶は馬車に戻ったマルチドが戻ってくる時に持ってきたものだ。戻るとそこには調理道具が準備されていた。いや、ここで、調理すんの!? 道から離れてるし、交通の邪魔にはならないだろうが、町長などには怒られるだろ。そんな中、調理器具のそばに立っていた壮年の男性がローズモンド嬢に頭を下げる。
「お嬢様、お久しぶりでございます。ますますお美しくなられましたね」
「ふふ、ありがとう。それはそうと調理をお願いしてもいいかしら」
「えぇ、お任せください。この町の町長たるものお嬢様のご希望を叶えさせていただきますとも」
町長だったよ!! マジか、町長が調理すんの???
「皆様、焚き火のそばで暖まりつつお待ちください。すぐに出来上がりますので」
「えぇ、よろしくね」
町長の言葉で気づいたら、近くに確かに焚き火とベンチが用意されていた。ただ、なんか白い建物の中なんだが。
「今年も力作ね」
「ロジェ?」
「凄いでしょう。これ、町の住民が雪を集めて作ったものなんですよ」
初めはこんもりと盛った雪の山の中をくり抜いたかまくらとかいうものだったらしいが、いつの間に進化してここまでになったのだとか。暇か。いや、まぁ、あれだけ雪が降ってりゃ暇にもなるか。
「除雪したところで雪の山ができるのでそれならばと冬になると町の至る所にこのような建物が出来上がるのです。休憩所に利用したり、光石を入れて灯を灯してみたりと様々な工夫をしているので是非ともいろんなところから訪れて欲しいところなんですけど」
頬に手をあて憂うローズモンド嬢の考えもわかる。ただ、雪の量が尋常じゃないこともあってそれは難しいだろうな。いや、でも、ここら辺で見ない人間もちらほらいる気がするんだよな。エルもその点が気になったらしく聞けば、海路は開けてることもあって外国から観光客がよく訪れるらしい。でも、ここら辺の海ってだいぶ潮の流れが早くて貿易には向かないとかなってはずなんだが。
「あぁ、そこは海の民にお願いしましたわ」
ケロリというローズモンド嬢。ほんと、この人のそばにいたら驚かないってことはないな。エルなんて頭を抱えてるぞ。気持ちはすげーわかる。一つでも幻獣種と縁を結べれば奇跡と言われるほどのなのにこのお嬢さんといったら聞いてるだけでも天の民に海の民の非常に珍しい幻獣種と縁を結んでいる。しかも、その重要性を気づいてないんだから頭が痛いわな。
そんな話をしているとパチパチと弾ける音と香ばしい香りが漂ってくる。ふと見れば、町長がシライオに何かを纏わせ、鍋の中に入れているようだが。
「いい香りだな」
「シライオの天ぷらですわ。彼、町長に就任するまではうちでシェフをしていたのですって」
だから、私の提案する料理に興味津々でこうしてよく町に来た時に料理を振る舞ってくれるのですわと楽しそうに語るローズモンド嬢は本当にこの領で愛されているのだなと思う。じゃなきゃ、ああやって湖の上で釣りをする事業ができるわけないし、こうして町長が自ら足を運び、料理をしてくれることなんてないだろう。
「お待たせいたしました。シライオの天ぷらでございます。時間があれば、南蛮漬けなどもお作りしたのですが」
「あら、十分だわ。ありがとう。残ったものは皆さんで分けて食べてちょうだい」
「かしこまりました。また、何かございましたら、遠慮なくお申し付けください」
え、町長ってマジで料理するためだけにきたのかよ!? 調理器具を片したらさっさと去っていったんだが。
「天ぷら?」
「はい、小麦粉と卵、水を混ぜ合わせたものに揚げたいものを浸し、適温になった油で揚げたものですわ」
なるほど、あのパチパチと弾ける音は油の音か。つまり、天ぷらとか贅沢品じゃねぇか。それを横道で堂々とやるなんて市民に喧嘩を売ってるように思われないか? エルも気になったらしいが、ローズモンド嬢は気にした様子もなかった。そういや、ジャガチが商品化できてることを考えれば、油が市民にも浸透してるのか?
「ささ、エレ、食べてみてくださいませ。おすすめはまずはそのまま食していただいて、次は塩をつけて食す形ですわ」
「食べるにしてもフォークはないのか?」
「あ、そうでした、失念しておりましたわ。それでは失礼致します」
「?」
「はい、あーん、口を開けてくださいまし」
「なっ!!!」
町長が持ってきたトレーの上にはフォークは用意されておらず、木の棒が添えてあっただけ。エルが不思議に思うのは当然だわな。俺も最初見た時は驚いたからな。まぁ、謹慎のおかげで使うことはできるようになったんだが。
うんうんと思い出しながら頷いていれば、キリッとした顔で宣言したかと思うと一匹を二本の木の棒で摘むとローズモンド嬢は片手を受け皿にしてエルに差し出す。あーんという食べさせる行為に真っ赤に顔を染め上げるエル。そうなるわな。
「教えてくれれば、食べる」
「あら、一朝一夕では難しいですわよ?」
「大丈夫だから」
「ですが、温かいものは温かいうちに食べる方がよろしいかと。練習でしたら我が屋敷に行ってからされるといいですわ」
ほらと、口を開けてくださいませと有無を言わさぬローズモンド嬢に違うそうじゃないと思ってるのだろうが折れたエルがジワリと口を開ける。真っ赤に染まるエルの口に天ぷらが運ばれる。もしゃもしゃと口を動かすエルに微笑ましいものを眺めるように見つめるローズモンド嬢。そんな二人を肴に俺も天ぷらをいただく。衣はパリパリ、中のシライオはふっくらとしている。美味い。そういや、塩をつけるのもおすすめだったか。皿の端に盛られた塩に天ぷらをつけて食べてみる。これはこれでいいな。
「マルチド、それは醤油?」
「えぇ、私は塩よりも醤油をかけて食べるのが好きですので。イニャス様も如何です?」
「マジで、いいの。ちょっと失礼」
マルチドの小皿に入った醤油を使わせてもらい、天ぷらを食べた。あ、これはこれでいいな。塩の素材をいかすような味もいいが、醤油もいい。あまり多くつけすぎるとシライオが負けてしまいそうだから、つけるのは少しで十分だな。
「ちょ、ろ、ロジェ、それ俺が口つけたやつだろ!」
「それがどうかしまして? これしかありませんもの。仕方ありませんわ」
真っ赤になって吠えるエルにケロリとしているローズモンド嬢。お腹が空いてるからそんなことが気になるのねと吠えるエルの口に塩をつけたシライオを放り込む。
「……はふぅ、はつっ」
はふはふと口を隠して口の中のシライオを食べるエル。あー、うん、どんまい。
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