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雪の壁を伝い、辿り着いた町グラセラック。巨大な湖を半分保有するこの町は夏は水産業や避暑地として活躍する。もう半分は別の領地になるので、我が領地とはいえない。ちなみにここは冬も領地内では話題の場所だ。お隣はわからないけれど。
「賑やかだな」
「えぇ、この町は領地の中でも一、二を争うほどですから」
暖かい格好をした親子、カップルなどなどが行き交う。露店も出ていて、暖かい飲み物が売ってたりする。私も冬にここにくるのが好きなのよね。
「このまま、湖の方へ行きましょう」
御者に頼めば、かしこまりましたと返事。まぁ、いつも通りのだから、彼もわかっていたと思うけれど。ただ、エルキュール様やイニャス様はなぜ湖とばかりに首を傾げれていた。普通はそうよね。
ガタゴトと馬車に揺られ、辿り着いた湖にも人が集まっていた。
「ローズ、あれは何をやってるんだ?」
湖上の一部では人が座り込んで何かをやっている様子が見て取れる。寒いのに湖の上で座り込んで何をやっているのかと疑問に思うのは当然よね。実際、私がやらなければ誰もやらなかってなかったことだし。
「ローズ様、どうぞ」
「えぇ、ありがとう」
マルチドがさっと取り出したのは翼を模したポンチョ。表地も肌触りがいいのだけど、裏地もまた最高なのよね。
「それは羽根か」
「えぇ、天の民の皆が使ってといただいたのを使用していますの」
「……幻獣種」
ちらりと覗いた裏地にエルキュール様が尋ねる。別に隠すことでもないし、素直に告げれば顔を手で覆う。折角、使ってというのだから使ってもいいと思うのだけど? それにとても保温性に優れていてポカポカしてあまり厚着しなくてもいいのがとても助かるわ。これだけ素晴らしいとバレたら乱獲されるのじゃないかと心配したのだけど、フォルジュたちに笑われたのよね。
『主人と認められなければ、なくなっちまうのサ』
試しに、とフォルジュは自分の髪を一房切ると近くにいたナタンに手渡していた。その髪はフォルジュの手を離れると同時にサラサラと崩れ、ナタンの手に落ちる頃にはなくなっていた。こういうことだから大丈夫ですとルティーシュも頷いていた。なので、彼らの羽で作られたこのポンチョは私以外が着ることはできない。まぁ、折角だからと全体的に翼を模した形に作ってもらったんだけど。
「で、エルキュール様、湖の上で何やってるのか気になるのですよね。でしたら、私とどうぞ来て下さいませ」
「……イニャス」
「はいはい、用意してるよ」
イニャス様から上着を預かるとそれをさっさと着込む。互いに手袋などの小物を身につけ、馬車から降りる。はぁと息を吐けば、白い。いかに馬車が暖かったのかわかるわね。
サクサクと雪を踏み締め、歩いていくと全貌が見えてくる。
「釣り?」
「えぇ、釣りです」
湖に開けられた穴に釣り糸を垂らし、釣りを楽しんでいる人々。その姿が不思議なのだろうエルキュール様の口が開いている。くすりと笑いが零れれば、口が開いていることに気付いたのだろう慌てて口を隠す。けれど、その頬は赤く染まっていた。まぁ、寒さのせいということにしておきましょう。
「ご機嫌よう」
「おや、お嬢様、今年は遅かったですね」
「しょうがないじゃない、学園があったもの」
「あぁ、そりゃあ、ご苦労様です。それでいつものところで?」
「えぇ、空いてなかったら、どこでもいいわ」
「あいよ」
椅子を置いて、湖を眺めていた翁に声をかける。顔馴染みの彼と軽く言葉を交わすしながら、小銭を渡せば、近くにおいていた道具箱から小さな釣竿を数本取り出すと私に渡す。そして、こちらにどうぞと歩き始めた。
「エレ、行きましょう」
流石に姿絵も出てるし、エルキュール様だとわかるだろうけど、あえて名前を出さぬようにデートの時に呼んでいた名前を呼ぶ。それにエルキュール様の頬が緩んだのを見た。
「単純」
イニャス様、それは言ってはいけないわ。ほら、キッと睨まれるんだから。
丸まった背中の後を追っていると少し開けたところに到着する。そこで待っといでと言って翁はえっさほいさと輪切丸太を運んで設置する。その丸太を私たちは適当に分けて配置する。
「穴二つかね?」
「えぇ、そうしてもらえると助かるわ」
「あいよ」
腰に取り付けていたドリルを手に取るとよっこいせと翁は座り込み、穴を開ける予定地に切先を合わせると取っ手をくるくると回す。時折出てくる削り氷を傍に退けながら、しばらく続けると水面が現れた。
「あの道具は穴を開けるものか」
「えぇ、老人でも子供でも簡単に開けられるように改良したものになりますわ」
「でも、これだけのために改良する?」
「あら、何もあれは氷に穴を開けるためのものではありませんわよ」
杭を打つための仮穴を開けるのにも重宝するし、結構様々な用途で利用されている。まぁ、氷に穴を開ける用は用で別に確保しているけれど。
「はい、どうぞ、お楽しみくださいな」
二つほど穴を開けると翁はよっこいせと立ち上がり、元いたところに戻って行った。
「さ、釣りをしましょう」
「わざわざ、寒い中しなくても」
「あら、ここでやるのがいいのですわ」
暖かくなってからすればいいじゃないかとばかりのエルキュール様。まぁ、その気持ちはわかりますけど、ここのお魚は今が旬だもの。逃すわけにはいかない。
あまり大きいのは釣れそうにないなというエルキュール様にそりゃそうだと頷きながらも、二人で穴に糸を下す。針には細かな羽をつけているので餌がなくても食いつくようにしてある。勿論、餌を一針一針つけるのもありだけど、虫とかああいうのって昔から触りたくないのよね。
ちょいちょいと羽が生きているように動かせば、ピクリと竿の先が反応する。
「ふふ、大当たりね」
針にたくさん食いついた小魚たち。引き上げれば、目をまん丸にしたエルキュール様。そんな中、もう一つ開けてもらった穴で釣りをしていたマルチドは自分の竿をイニャス様に渡すとこちらに来て、針から魚を取ってくれた。
「魔法かな」
「そんなわけないって。ちょ、いや、まって、両方引っ張られてんだけど!? マルチド!?」
「イニャス様、ファイト」
「いや、こっち、君のじゃん!!」
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