85 side:Heracle
「俺ばかり恋い焦がれてる気がする」
「実際問題、気がするじゃなくてそうなんじゃねぇの」
はぁと俺が大きな溜息を吐く中、バリバリボリボリと何かを咀嚼するイニャス。しかも、やたら香ばしい匂いがするんだが。
「何してるんだ、お前」
「んー、菓子食ってる」
叙任式以降、イニャスが自由になりすぎてる気がする。確かに半隷属化されてたのは痛ましいことだが、いささか自由すぎるだろ。うん、自由だよな。ここ、俺の部屋なんだが。
ソファにだらりと座り、片手に菓子が入ってるだろう袋を持ち、いまだにバリバリと食べている。そもそも、それ、本当に菓子なのか?
「ローズモンド嬢曰く、センベーというものらしいんだよな。向こうに行ってた時、やたら目に入ってさ」
イニャスはジラルディエール公爵領へ出向していたが、まさか変なものハマるとはな。センベーというのはどうやら商会でも販売されている上に種類も豊富らしい。
「セットで緑茶も売られててさ、センベーによく合うらしんだけどな。甘いのもあるらしいんだけど、一番最初に飲んだのが苦くてやめた」
紅茶とは全然違うという。苦味もあって、イニャスの口には合わなかったらしい。ブラックコーヒーのように合う合わないがあるみたいだが、ロジェは普通に飲んでいたらしい。甘い方だけでも俺も挑戦してみるか。
「で、それは買ってたやつか?」
「うんや、ローズモンド嬢がくれた」
「あ゛?」
思わず声が出てしまうとヤベッと慌てた顔をするイニャス。ロジェと仲良くしてるのは知ってたが、物を貰うほどだと? 俺なんて誕生日くらいにしか貰ってないが?
「ローズモンド嬢の弟君であるラウル君が俺にってくれたんだ。ローズモンド嬢は届けてくれただけ」
言い訳がましいと思うけれど、イニャスがロジェの弟であるラウル君に懐かれているのは聞いていること。
「『ニャー君に、だそうよ』ってポンと投げ渡されたんスからね」
「いや、そうか、うん、お前ニャー君って呼ばれてんだな」
「笑ってくれるんじゃねぇよ。イニャスってのが言いにくいだけだから。そのうち、言わなくなるって……なるよな???」
笑ってしまうのは仕方ないだろ。俺は言いにくくてもイニャスと呼んでたはずだし。まぁ、イニャス自身も呼び名が改められるのかと疑問に思い始めてた。
それにしても、センべーというの気になるな。
「あ、ちょ、エル、俺の」
「人の部屋で食ってんだ。一つぐらい取られて文句を言うな」
一口サイズに作られたセンベーは歯ごたえがよく、なかなかに美味しい。香ばしい匂いの正体はこの甘じょっぱいもののようだ。
「あー、もう、俺のなのにー。ま、ジャガチはぜってーやんねー」
「なんだ、そのジャガチというのは」
「なんか、芋を薄くスライスして油で上げて、塩をふりかけたやつ」
これがまた旨くてさと笑うイニャスに苛つくと同時に疑問が浮かぶ。
「砂糖は当然だが、塩や油も貴重なはずだが?」
「あぁ、そこはほら、あのローズモンド嬢がいるだろ」
「塩や油の精製方法を知ってると?」
「まぁ、明確にとはいかなかったがな」
少し精製現場を見させてもらったというイニャス。普通、そういうところは機密で人を立ち入らせるところではないだろう。そもそも、イニャスは謹慎という体でジラルディエール家に預けられただけだから、部外者も部外者。情報が持ち出されるなどと考えなかったのだろうか。
「……彼女はもう少し自分の重要性を知った方がいいな」
「それな」
呪いの無効化というのも確かに素晴らしいことだが、それ以上に素晴らしい知識をポンポンと領に放り込んでるとは。王家でなく別の家も目をつけ出すだろう。彼女らしいといえば、彼女らしいんだが。
「ちなみにジャガチってのこれな」
いつの間にかイニャスの手の中にあるそれ。透明の瓶に入っているそれは確かにスライスされた芋のようだ。
「お前、今、それ、どこから出した!?」
それが入るような容量のものは持ってないはず。部屋に隠してたか? いや、それはないな。毎日使用人たちが掃除をしているから発見されたら報告があるはずだ。
「あぁ、これから」
そう指さしたのはいつもイニャスが身につけている蜘蛛の巣が描かれたメディスンバッグ。いや、容量的に無理だろ。
「前までは少量のポーションとか小型ナイフを入れれる程度だったんだけどさ、ローズモンド嬢に相談したら」
「また、ローズか」
「そう。彼女が空間魔法で広げるのなんてどうって、簡単に言いやがったんだよね」
空間魔法、取得だけでも百年はいると言われている稀少魔法。それを簡単に言ったとなれば、イニャスの言い方もわかる。
「やれるもんならどうぞって渡したらさ、ちょっと中身を確認したり、クルクル回したりした程度でこっちに返してきたわけ」
「普通はやっぱりできなかったんだって思うな」
「だろ、俺も思った。で、開けたらさ、空間広がってんだよ。え、ローズモンド嬢がやんのってなるわな」
まぁ、おかげでいろんなもの入れて置けるんでいいんだけどなとケラケラと笑うイニャス。いや、それ以前に気付け。なんで、ローズモンド嬢が空間魔法を覚えてるんだよ。王家が何がなんでも捕まえておきたくなるだろ。
「本当に彼女は自分の価値を理解した方がいい」
「ホント、それな! まぁ、王家というかエルが手放す気がないからローズモンド嬢の無事は確保されてるっちゃされてるけどな」
それでも彼女は自分の異常さに気づくべきだ。一度、彼女とはしっかり話し合いをするべきだろうな。
それにしても、その異次元バッグはいいな。それにとちらりとイニャスを見れば、瓶を抱え込んだ。
「これは、俺の!! お前には今度買ってきてやるから」
「買ってこれるなら、減るものじゃないだろ」
「いや、減るし!!」
ここまで読んでいただきありがとうございます!!
センベー=煎餅
ジャガチ=ポテチ
ニャー君が食べてたセンべーは一口サイズのセンべーです。
王都ではあまり流行ってない。







