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「おでば、おでば、ごんだごどにぃいい!!」
響く叫び。振り上げられる刃物。ロランスが私を庇うように前に出る。
「きゃあああああ」
「早く、早く騎士を呼んでこい」
騒然となる人たち。あるものは叫び、逃げ惑い。あるものは指示を出し、騎士を呼びに行かせる冷静さを持っていた。私はどちらかしら。ただただ、ロランスに庇われながら目の前の男を見ていた。
ボロボロの服はよくよく見れば元はいいもののように思える。けれど、痩せ切ってしまった男の体には到底あっているようには思えない。さらに言えば、どこかで見たこともあるような気もするけど、覚えがない。
「おばえざえぇええええ!!!」
興奮してるのか涎を撒き散らし、襲いかかってきた男。びくりと驚いてしまったけれど、目を背けず、見つめる。私は動く必要はない。むしろ、不用意に動いてしまえば、護衛たちの対処の邪魔になる。だから、ただただ動かなかった。覚悟があったわけでもないし、確信があったわけでもない。けれど、信用も信頼もしていた。
「させるか!」
男の腕を掴み、そのまま男の力を使って地面に引き倒す。男からはうぐっと苦しげな声が上がったけれど、ロランスは気にせず刃物を取り上げ、男の腕を背面に捕える。背後にいた護衛たちも集まり、ロランスと交代する。そうしていると騎士たちが集まってきた。
そして、最初へと戻る。
「ロランス、無事か!?」
「僕の心配より僕の主人の心配をしないか!!!」
「いっでぇ!!!」
駆けつけた若い騎士がいち早く目についたのが私の護衛であるロランスだったようで彼女に近づくも蹴り飛ばされた。彼の同僚たちはあらまあと苦笑い。私と目が合うとぺこりと会釈をされた。
「申し訳ない、お嬢さん。ここまでのお話を伺っても」
「えぇ、勿論ですわ」
ロランスと若い騎士の戯れを横に壮年の騎士に尋ねられ、私は当然と頷いた。そして、屯所へと向かい、委細を話す。襲撃犯である男も同時に屯所へと連れてこられ、地下の牢へと入れられたらしい。まぁ、現行犯みたいなものだものね。
「一つ言わせていただきたい」
「えぇ」
「何故、危険があるとわかっていたのに髪色を隠さなかった! 下手をすれば、貴女が重傷を負う可能性すらあっただろう!!」
「えぇ、そうですわね」
「そうと貴女は頷かれるが、わかっていらっしゃらない!!」
壮年の騎士の怒声に周りにいる騎士たちも驚いている。まぁ、年若い女性に吠えているのだから、驚くのも無理はないわね。
「ここ数日被害も起きてなかったし、犯人も赤髪の娘が見当たらなくてヤキモキしてると思ったの。そこに私が出ていけば、間違いなく私を狙うと思ったのよ。それに我が家の護衛たちは優秀だったでしょう」
「それは結果論にすぎない!」
「けれど、一般市民で武器も盾も持ってない方が標的になるよりも何倍もよろしいかと」
もし、それだとしたら、目も当てられない惨状になっていた可能性だってある。
「それにエルキュール様もわかっていたから、貴方をここに派遣したのでしょ、バルテレミー卿」
クスクスと笑いながら告げれば、周りがざわめいた。まぁ、気づかなくても当然なのだけど。エルキュール様に頼まれ我が商会で作った姿替えとボイスチェンジャーを利用してるんだもの。はぁと溜息を吐いたバルテレミー卿が腕輪を弄ると目の前にいた壮年の騎士はいなくなり、躑躅色の髪にスピネルのような目の大きい息子が複数いるとは思えないほど若々しい騎士がそこにいた。刈り上げられたツーブロックの髪から滴る汗が眩しいと年若い令嬢たちの話題に未だ上がるほどの人。後ろにいる彼にそっくりな若い騎士ははわわわわと目と口を大きく開けて驚いている。
「いつから、気づかれていた」
「声が直ってないわ」
「……別に声ごとき。いや、慣れんな」
自身の姿に戻ったということもあって、違和感を感じたのだろうバルテレミー卿は首元を弄り、あ、あ、と声を出し、己の声を確かめる。
「気づくというか、エルキュール様のことだから、イニャス様か貴方を放り込んでくるんじゃないかと思っただけよ?」
ここ最近、過保護が加速してるし、そのぐらいするだろうと思った。それにわざわざ姿替えを使わせなければならないということは広く姿を知られているということ。そう考えれば自ずと答えはわかるというものだ。
「まぁ、エルキュール様からしたら、実用のための実験という意味もあったのでしょうけど」
こういう実験は口の硬い人間に任せるのがいい。また今いるのは騎士たちと我が公爵家の人間。つまり、ここから姿替えの話など漏れれば間違いなくこの中から出たということをさす。団長であるバルテレミー卿であれば、ここにいる騎士は既に把握済みでしょう。
「全く殿下にしろ、貴女にしろ、恐れ入る」
「あら、貴方に叱られるほどなのだからまだまだ小娘よ」
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