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屋敷からは馬車に乗り、住宅街の側で降りる。そこからは徒歩で向かう。馬車で乗り付ける平民なんていないものね。
「ん」
にっこりとエルキュール様が手を差し出してくる。もしや、手を繋げと?
「腕組みでも構わないけど?」
「手繋ぎでお願いするわ」
馬車の中で散々敬語を取る練習をさせられたこともあって口からはすんなり言葉が出る。それすらもエルキュール様は楽しんでいるようでニコニコとされる。思わず、ムッとなってしまうのは仕方ないわ。
「この辺は中心街だから人通りも多いからな」
「そうみたいね」
行き交う人の波。我が領地では祭りや特売市の時ぐらいしか見られない光景ね。お忍びのお出かけとはいえ、私たちが見える範囲には護衛がいる。私たちからは見えないんだけど。だから、逸れたとしてもすぐに合流はできるはず。そういえば、こうやってエスコート以外で手を握って歩くのは初めてでは??
「ロジェ、顔真っ赤だ」
「余計なおせわよ」
「ふふ、意識してもらえてるなら上々だな」
笑って何か言ってたけど、その言葉はエルキュール様の手に覆われて聞こえなかった。
それからリサーチしていたのか人気店だというカフェに。一口二口ほどで食べられるケーキを豊富に扱っていて、油断したら複数個食べてしまいそうね。それにコーヒーも豆から焙煎するという本格仕様な上にそれぞれケーキに合うブレンドを作っているという。セットにすれば、ケーキ合わせてコーヒーを出してくれるようで、思いっきり堪能してしまった。ちなみにエルキュール様はブラックは少しダメだったよう。渋い顔をなさっていた。
「香りと一口だけ味わってミルクやシロップを入れるといいわ。もしくは最初からそういうのを頼めばいいと思うの」
「ロジェが飲めるのに?」
「人には得て不得手があるのよ。それに好みも。私はケーキに合うから好んでるの」
もちろん、半分嘘だ。眠たい時とかにコーヒーっていいわよね。仕事が捗るわ。そんなことはエルキュール様にいうことはできない。えぇ、いったら、シロップやミルクを入れられそうだもの。
そして、当然といえば当然かもしれないけど人気店ということはやっかみも多いということで、思わず口を突っ込んでしまったのよね。
「なら、貴女はものを口に何も運んではダメよ。それから、今着ている服もこれからは着てはダメよ。だって、全部貴女が卑しい身分といった民たちが心を込めて作ったものだもの」
初めは何か騒いでるなという感じだったけど、「卑しい平民が私に指図しないでちょうだい」という言葉が聞こえたら自然に言ってしまったのよね。
何よ、アンタと睨まれるけど、ポメがきゃんきゃん吠えてるようにしか見えないわね。
「貴族の生活は民があってのものよ。自分が貴族だというのならば、それを理解しておいた方がいいわ」
「はん! 平民が何をいってるの! 私は貴族なのよ、尊ばれる人種なの! アンタみたいに泥臭くなんてないのよ!」
まぁ、働いてるから泥臭いと言われてもいいのだけど、腹立つわね。この子。年上ではなさそうだけど、こんな選民思考でよくこの店に来ようと思ったわね。
「確か、子爵家のご令嬢だよ、彼女」
そっと私に情報を与えてくれるのは夜会などで顔を合わせたことがあるらしいエルキュール様。
「エレ、ここって平民も貴族も等しく訪れる場所よね」
「そうだよ。あそこの角にいる人は伯爵夫人だし、向こうの端からこちらを見ているのも侯爵家伯爵家のご令嬢たち」
「教育って環境が大事なのね」
エルキュール様が示した方向には確かに女性陣が多くいる。私のように町娘風な服を着こなしている人もいれば、学園帰りなのか護衛を傍の席に控えさせたドレスのお嬢様方もいる。ゆったりと楽しんでいたはずなのにこんな騒ぎで眉を顰めたくなるのもわかるわ。私がそうだし、口を突っ込んでしまうほどだもの。というか、きゃんきゃん吠えまくる子爵令嬢は令嬢に相応しくない形相までしている。
「尊ばれる貴族とはきちんと民のことを考え、努力をできる方のことをいうの。貴女のように自分勝手なことを撒き散らす人のことはそうは言わないのよ」
怒りも何も感じさせないように平淡にそう告げる。えぇ、だって、こういう人間に怒ったり嘆いたりしてもしょうがないもの。
「それから、貴族令嬢というからには感情を剥き出しにしないことよ。貴族教育では一番初めに習うことでしょ」
色々と言いたいことはあるのだけど、目の敵にされたようだし、面倒ということもあってカフェに入ったことによって近くにいた私たちの護衛に彼女を連れて帰ってあげてと告げた。
「彼女や彼女の家が何か言ってきたら騒ぎにしてしまったもの言ってちょうだい。そうね、ここに連絡してくれればいいわ」
バッグからメモを取り出すとそこに支店の場所と商会の名前を書く。そして、それを店員に渡せば、店員は驚いた顔でメモと私の顔を見ている。何か、変なこと書いたかしら。
「『999本の薔薇』、本当に?」
「何かあったら、それを持って言付けてくれたらいいわ。それで彼らはわかるはずだから」
「え、あ、はい、わかりました。ありがとうございます」
なんか、店員が言った我が商会の名前にザワついたのだけど、なんだったのか。流石に長居はよくないのでエルキュール様と会計を済ませ、外に出れば教えてくれた。どうやら、密かに話題になっているらしい。幅広くものを扱う商会だと。しかも、真新しいものも多く、庶民からしたらお手頃な上に効果は確かでありがたい存在なのだとか。
人気店とはいえ、個人店のようだったし、うちで後ろ盾になれるのなら十分ね。
「もう少し、ゆっくりしたかったわ」
「また来たらいい。それに学園に通い出せば、いつでも行けるんじゃないか?」
「それもそうね」
もう少ししたら、学園に入学する。乙女ゲームが始まる。なんか、またあの店に行くチャンスが出来て嬉しい反面学園生活のことを考えると憂鬱ね。
「ほら、気分を変えて、次のところに行こう」
エルキュール様に手を引かれ、お出かけは継続される。それにしても行く先々で何か問題が起こるのはゲーム補正とかそういうものなのかしら!?
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