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「では、エルキュール・ヴェルディエ、ここへ」
司教がエルキュール様を壇の上へと促す。それにエルキュール様は一礼し、私に手を差し出す。婚約者がいる場合は婚約者も共に上がらなければならない。あくまでこれは儀式、儀式よ、私。そっと、その手を取れば、ぎゅっと一瞬握られる。握る必要なんてありませんでしょうに。壇へと上がれば、とっていた手は腰に来ていた。腰に回す必要ありませんのよ? ちらりと見れば、にこりと微笑まれる。なぜ、そんなに嬉しそうなのかしら。わからないわ。
そして、向き合うのは陛下ではなく貴族たちと。多くの目が向けられるのは心地いいものではないわね。特に私は悪い噂ばかりだから、尚の事。
「これより、彼の者をーー」
滔々と司教が語り出す。また、長いのが続くのね。ただ、司教の言葉が終わるまで棒立ちってもう少し何かなかったのかしら。作法があるとか言ってたけど、結局、王笏から光を受けるアレのことだったのかしらね。むしろ、そのへんしか思い当たらないわ。
そもそもよ、彼らは教えてもらわなかったのかしら。叙任式が始まると出入りができなくなるというのを知っていたということは 入れ知恵があったのだと思う。けれど、王笏や式自体のことは知らなかった。今回は異議を聞いてくれたけど、本来であれば、異議の申し立て自体行ってはならない。また王笏の管理に対することも知っている様子はなかった。もしかしたら、王笏に替え玉は通用しないと自体も知らなかったのでしょうね。異議の件に関してもだけど、こちらも過去に事例が存在する。叙任式の時に高熱を出してしまったため、よく似た侍従を変装させて参加させていたらしい。そこで名前を呼ばれたが、侍従に反応することはなかった。そのため、やむなく別のものが立太子する形となったとか。そういうことがあってから、体調不良でも会場に来るだけは来させるという形になったらしい。今回は不調者はいなかったようだから、あれだけどいたらいたで部屋で休ませてあげなさいよと思ってしまうわね。凄くかつての風邪のCMが頭をよぎるわ。
そんなことをぼんやりと考えていたのだけど、ずっと私に視線があることに気づく。いえ、視線があるのはエルキュールの隣だからというのもあるだろう。けれど、悪意のある視線なら無視できた。その気になった視線は悪意が感じられなかった。
気にし始めると気になるのも人というもので。誰からだろうとその方向へと目を向けると。
目があった。赤い目と。お父様たちと反対に位置する場所に立っているということは私と同じ公爵家の人間よね。公爵家は代替わりで侯爵家になることもあって多くはない。現在は我がジラルディエール家とカントルーブ家の二家のみ。となると彼はカントルーブ家の人間ということになる。それにしても金髪赤目の彼はどことなくエルキュール様の髪色違いを思い浮かばせる。それほど、似てると言えば似てる。それに一番前の壇に出てきやすいところに立っているということを考えると王太子の候補者であったのかしら。
目が逸らせずにいるとにこりと微笑まれた。えっと、なんなのかしら。彼と私は特に接点もないし、親戚付き合いというのがあるわけでもない。ふと彼が口を開く。読唇術は持ってないわよ、私。一応、唇の形を覚えて、後で調べるのもアリなのかしら。
けれど、彼の唇が形を作る前に私の視界は遮られた。
「何か気になるものでもあった?」
遮ったのは私の腰にあった手。そして、耳に吹き込まれたのはエルキュール様の声。
「いいえ、特に」
「そう? そうならいいよ。ただ、見つめるのは俺だけにして」
見ていたのわかってるじゃない。この人は本当に、もう。微かな声で言葉を交わしているといつの間にか司教の話は終わっていた。
その後の行程は滞りなく終わり、陛下、妃殿下と退席。私もエルキュール様に伴われて会場を後にした。その後に爵位が高い順から退席していくだろう。ギルメット家の人間がどうなるかは知らない。まぁ、妥当なところだと牢へと移送される形かしら。
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