51 side:Ignace
「これからドレスを着替えるから出ていってちょうだい」
まだある疑問なんかは叙任式が無事に終わってからねと言って追い出された。わけがわかんねぇ。昨日今日で怒涛の変化で頭が混乱する。身のうちに巣食ってた呪いがなくなったかと思ったら、次期ギルメット伯爵にされるし、なんなんだ。
「あ、あいつ、ジラルディエール家の執事」
思い出した。いた。黒髪に左右に白のメッシュが入った男が。いや、でも、年齢違うだろ。あっちは若かったはずだ。でも、今日見たのは爺さんだったし。……やめよ、考えるのやめた。その方がいい。間違いなくいい。
ただ俺は自分の身のことを振り返りながら、エルの部屋に続く廊下を歩く。
呪いを受けたのはいつだったか。多分、エルの侍従になってからだったはずだ。その前には検査とか色々と受けさせられていたからな。一つは“死の拡散”。自決すれば周りの人間も道連れにするというもの。これは俺が自殺しないようにと予防でかけられたんだと思ってた。あぁ、今までは馬鹿なことにそう思ってた。普通は教えないだろうからな。もう一つについては教えられなかった。まぁ、それでも隷属関係の呪いであるのはわかった。父親に命令されたら逆らえないからな。命令に関しては反論すらできない。そもそもだ、自決させたくないのなら自決できないように命令すればいい話だ。それをしなかったということは俺が死んでもいいということだろ。なんで、こんなことに気づかなかったんだろうな。自分のことなのに馬鹿すぎて笑える。
ふと、足を止める。今なら、逃げられるんじゃないか。逃げられるな。足の向きを変えるけど、足は進まない。理由なんて簡単だ。
「情を移すなってのは無理な話だろ」
ふぅと息を吐いて、エルの部屋への道に足を戻す。家族よりも長い時間一緒にいたんだ、家族よりも情が生まれるのは当然だろう。
「ま、アイツらはそれも計算してたんだろうな」
今ならそれがわかる。情が生まれれば呪いのことを忘れて自決を選ぶこともあるだろう、失敗して捕まったとしてもエルが情状酌量を求めるかもしれない。エルを殺せるように上手く仕組んだつもりだったんだろ。そう考えるとアイツらの後ろに別の人間がいそうだな。呪いに関しては勿論、アイツらがそこまで考えられるとは思わねぇし。だって、アイツらができるのは人の見下しに罵倒と暴力ぐらいだし。ロクでもねぇな。
「起きてるか」
部屋に辿り着くとドアをノックする。入っていいぞという返事に部屋に入れば、すでに着替えも済ませ、優雅に紅茶を飲んでるエルの姿。
「今日は早かったんだな」
「そりゃ、ローズモンドもいるんだ、当然だろ」
あ、これは目が冴えて早く起きたパターンだな。ジラルディエール嬢とのお茶会の日がそうだからな。控え室に向かいながら、さてどうするかと思考を巡らせる。
「儀式の最中に眠たくなるなよ」
「わかってる。むしろ、ローズモンドが隣にいるのに眠たくなることの方が難しいな」
あー、これはジラルディエール嬢だけ見つめるパターンか。ちょっとぐらい儀式に集中してほしいもんだがな。
マジか、このウッキウキのエルをギリギリの時間まで押し留めとかないといけないのか。これ、かなりの重労働じゃねぇか?? さて、どうするよ、俺。一応、下剤とか持ってるけど、それはねぇな。叙任式に出られなくなる可能性の方が高い。控え室に辿り着くとソファに腰を下ろしたエルは俺の口数が少ないことを不思議に思ったらしい。考え事をしてたら自然と減っちまったんだよ。
「イニャス、どうした?」
「いや」
なんでもないと言いかけて、あの事情を話してもいいかと考える。それなら少しは時間潰しになるだろ。できるだけ、時間がわかるものをエルから遠ざけておくか。
「あぁ、実は人伝に聞いたんだが」
「うん」
「廃籍されたらしいんだ」
「誰が?」
「俺が」
「は!?」
ガタリと立ち上がるエル。ありえないだろとその顔には怒りが浮かんでる。
「イニャスは俺の侍従をやめることになるのか!?」
「いや、その話を聞いた直後に声をかけられたから、問題なく続けられるはずだ」
「???」
まぁ、そうなるわな。俺もそうなったからな。話したのはギーと呼ばれた人物についてだ。
「あぁ、なるほど、ギルメット伯爵のことか」
「……知ってるのか」
「まぁ、父上から話は聞いてる。正式なギルメット伯爵家は姓を名乗らないらしい。だけど、イニャスは名乗ってたから分家かそこらだと思ってたんだが」
違うのかと首を傾げられる。悪い、そこは俺もわからねぇ。
「それで、ギルメット伯爵の養子になったと」
「あぁ、名前を取られた」
「じゃあ、大丈夫だな。そうか、よかった」
そんなに嬉しそうにしてくれるなよ。ズルいだろ。その後も二言三言と会話を重ねる。ゴーンゴーンと時間を告げる鐘が鳴る。しまった、時の鐘のことを失念してた。
「ん、そろそろ、いかないとな」
ドアに向かうエルの前に俺は立ち塞がる。行かせるわけには行かない。
「イニャス、どういうつもりだ」
「どうって、そういう命令なんでね」
ジラルディエール嬢からのな。ギリギリまでエルを出すわけにはいかない。苦しげに顔を顰めるエルはきっと勘違いしてるんだろうが、今は正す気にはならない。ゴーンと次の鐘がなる。入場の鐘だな。
「イニャス!!」
「開始ギリギリまで行かせるわけにはいかねぇんだよ」
ドアを死守する俺にエルが叫ぶが俺は離れることをしない。ゴーンと鐘がなる。王族の入場。
ゴーンと鐘がなる。入場が終わった合図だ。俺とエルは睨み合う。俺は頭の中で叙任式の行程を引っ張り出す。今は司教の演説が行われているところぐらいか。司教の演説が終われば、出入りはできなくなる。
「イニャス」
「はいはい、行ってどうぞ」
「……どういうことだ?」
「言っただろ、お前を開始ギリギリまで行かせるわけにはいかねぇって。そういう命令だった。それだけだ」
ほら、行かないと入れなくなるぞ、その背を押す。
ゴーンと鐘がなる。あ、これ、入れなくなったんじゃ。
「ご苦労さん。ギーの養息子。後はこっちがやる」
影から現れた暗い髪の男はエルの腕を掴むと影の中に沈んでいった。
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