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「さて、言い分を聞こうか」
こつりと杖が床を叩く。お父様、まだまだ若く杖などいらぬのにここぞとばかりにこうして杖を持ってくる。一種の脅しでもあるのでしょうけど。
「言わぬのか。では、こちらが尋ねよう。はいかいいえで答えるように」
青くなった男爵に困惑する主人。お父様はそんな彼らを気にすることなく、一つ一つ確認するように尋ねていく。まぁ、大体、認めたくないから異なる答えを返してるわけなのだけど。
「では、店主。娘から、領収書をもらったな?」
「い、いいえ」
「ローズ」
「はい、お父様。主人にはこちらをお渡ししております」
こちらは私側の控えにございますとキバチから渡された領収書をお父様へと渡す。お父様はそれを受け取ると、名はこれであっているなと主人に確認する。それには主人も頷くがサインはしていないという。
「そもそも、そっちの嬢ちゃんはサインしてない」
「だって、サインする必要などありませんもの」
「この紙自体がジラルディエール家のサインなのだ」
ほら、透かしてみれば我が家の家紋が入っているだろうと紙を透かして見せる。しかも、この透かし、親と子でも細部が異なる。つまり、親のものか子のものかとわかるようになっている。
「そもそも、この紙で書いたものは例え領収書であろうとも正式な文書として認められる。すでにこちらの領収書も正式な文書と認められ、陛下へ提出予定の今年の目録の一つに含まれている」
「お、オレはサインしていない!」
「ペンを渡されただろう。あれは特殊なペンでな、文字が書けぬものでもサインできる優れものだ」
「は?」
ペンを持ったものの魔力を使用して文字を書く。そのため、その文字にはサインしたものの魔力が宿る。大体は平民の罪人に使うことが多いらしい。それは名前を記す意味もあれば、魔力を記憶するという意味もある。前世で言えば、指紋認証と同じようなものかしら。ちなみに商人同士であれば最低限文字の読み書きが出来るため、本来であれば必要としない。ただし、重要な商談などにおいては間違いのない証拠として使用する場合もある。
「魔力鑑定をすればわかることだ。なんなら、やってみるか」
お父様にそう言われると主人は震えだした。恐怖かしら、それとも怒り?
「そもそもだな、店主のところの商品で十万オルもする商品はあるのか?」
「そそそそりゃ、勿論、ありやす。今は売り切れてございませんが、幻とまで称された」
「いや、それではなく、だ」
「へ?」
平淡なお父様の言葉に言われた意味がわからないとばかりの主人。
「その幻のなんとかはルヴェール君が来たあとからだろう。その前の話をしている。弁償として働かせる、まぁ、その問題は目を瞑ってもいいだろう。だが、その当時にそれほどまでに価値があるものがあったのかと聞いているのだ。私もね、若い頃に行ったことがあるのだが、とんと見かけなかった」
「え、あ、それは、その」
もごもごと言い訳をする主人にお父様ははっきり言いなさいとばかりに杖で床を叩く。けれど、はっきりとした答えは出てこない。
「まぁ、もうよい。ルヴェール君の返済はローズが行った。文書にも残っているし、工房周りにも目撃者はいる。そういうことであるため、決して誘拐ではないということだ」
きちんとこちらでも調べてあるという言葉に主人はヘタれこんでしまった。さて、と男爵に向き直るお父様。男爵は主人に対し、なんてことをと怒りを顕にしてるけど、信じたのは貴方でしょうに。
「このものらは貴公に助けてもらえると牢の中で散々騒いでおったのだが」
「し、知りませぬ。儂は知りませぬぞ、そのような輩共は」
「そんな!? 男爵様!?」
「ほう、そうか」
お父様の頷きに男爵はホッとした様子。なんで、ホッとできるのかしら。
「まぁ、一つ余罪が増えるか増えぬかの話だから私としてはどちらでもよかったのだが」
「は? 余罪? まるで儂に罪があるようではありませぬか」
「領主である私に許可なく高税を課す。しかも、それを民に還元することもなく、私腹を肥やす」
「許可なくとは言葉が悪い。儂は公爵様の文書通り税を上げただけ」
「なるほど、文書は読んでいるようだな。では、そこにこう書かれていたのも覚えているだろう。高くした分、民に還元を。病院の拡充、道路の整備にあてよと」
高くした分、民の負担は増える。だからこそ、少しでも過ごしやすく、生活しやすくするために道路の整備や病院の拡充を推し進めるようにとお父様は各区に通達していた。まぁ、都合の良いところだけを読み取ったのね。
「ただな、ここら一帯に聞き取りをしたところ、おかしなことがわかった。高税は高税でも、私が指定した金額よりも多く税を取られているらしい。さらには、私への報告書や納付とは税の金額が大きくズレている。その差分はどこに消えた? 民は生活が苦しくなるばかりだという。おかしいよな」
さて、答えてくれまいかというお父様。男爵は主人や襲撃犯たちにも疑念の目で見られ始め、脂ぎった顔からだらだらと汗が零れ落ちる。
「ここは、儂が、儂が、任された、土地で」
「任されたと言っても、貴公の所有ではない」
「ここは、ここは、儂の、土地なのだ!! 儂が何をしようと、許される!!」
「相分かった。それが貴公の答えだな。本日付けで区長を更迭とする。新しくは子爵位のものが就任する」
魔法を使い、お父様を攻撃しようとした男爵はお父様によって簡単にその魔法を打ち消された。そして、すぐさま冒険者に扮した騎士たちに取り押さえられ、判決とばかりにお父様は杖で床を叩いた。あぁあああと嘆く男爵はそのまま騎士たちによって、彼のご実家である伯爵家へと輸送される。また襲撃犯に工房の主人も男爵と手を組んでいたことと私に危害を加えようとしたことにより、牢へと入れられた。
「男爵に騙されていたのは哀れだとは思う。しかし、その手を犯罪で染めたのは君たちである。その責は負わねばならん」
工房は閉鎖され、犯罪に関わっていなかった者たちは別の工房に移ることとなった。その後、就任した子爵によって税は領地統一になり、福祉の拡充などにしっかりと使われるようになる。
「今後、大きな金額を動かすときは事前に報告しなさい」
帰りの馬車。私はお父様に使用した金額が大きいと怒られていた。まぁ、お父様を通さないものだったから仕方ないのは仕方ないのだけど。
「だって、お父様に早く眼鏡を作って差し上げたかったんですもの」
「ついでとはいえ、そう言ってくれるのは嬉しいが何かあってからは遅いからな、その点理解しておきなさい」
「えぇ、理解しましたわ。それよりも、ついでってなんですの? 誰がそのようなことをお父様に吹き込みましたの? ナタン? それともギーかしら?」
「あー、待て待て誰からも言われてない。私が勝手にそう思ってしまっただけだ」
酷いですとむくれる私にお父様は苦笑いを零す。
「お前が殿下殿下と殿下ばかりでつい寂しくなってしまったのだ、許しておくれ」
そんなに殿下殿下と言った覚えはないのですけど。お父様を寂しく感じさせてしまったのはダメね。気をつけないと。
優しく宥めるように頭を撫でられ、私はそれ以上何も言うことはできなかった。
後日、とある噂が広がった。彼のご実家が流したのか、彼自身が積極的に流したのかは知りたいとも思わないのだけど、私の我儘でとある優秀な男爵が更迭されたというもの。貴族の手本となるべき公爵が娘の我儘を聞き、優秀なものを排除するとは何たることかと。基本的に領地に引き籠もっている私のもとまで届くのだから、だいぶ盛況なようね。近々、奏上するだのなんだとまで聞こえてきたけれど、奏上してどうするのかしら。どなたかが彼を引き取るのかしら。今度、王城に行った際には耳を澄ませてみましょ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!!
ようやく区切れた!!次からエルキュール視点になるかと思います。引き続きよろしくお願いします。
とある王と奏上者たち
「ふむ、なるほどな。公爵が」
「はい、その通りでございます。ですので、そのような者が公爵であり続けるのは如何と」
玉座の間。王は玉座へと座り、下段のものたちを見下す。手にはそのものらが提出した奏上。侍従に渡され、読んだが、正直読む気にもならないものだった。
「公爵においては何もいうまい。とはいえ、お前たちがこれほどまでいうのだ、お前たちのところで男爵を迎え入れてやったらいい」
「は?」
「え?」
「陛下、それはどういう」
「何、そのままの意味だ。お前たちのところで土地を任せてやればいい。奏上にも書いてある。優秀なものなのだろう。どこへとでもやろう」
さあさあ欲しいものは手をあげなさいという王に対し、奏上者たちは互いに顔を見合わせる。そんなつもりではなかったと。どうすると。
「元の公爵領に」
「なぜ?」
「え、あ、それは、馴染みあるところの方がよかろうかと」
「必要はない。すでに後釜には子爵が入っている」
話すのも面倒になってきた。王はもう言ってやろうと男爵の罪状を伝えた。その罪状に奏上者たちの顔が引き攣る。自分たちの領地でそのようなことが行われたのならばと想像してしまったのだ。
「一応、公爵の気遣いであったのだがな」
ほら、異国の言葉であるだろう、知らぬが仏とな。にんまりと笑った王に奏上者たちは取り下げますとだけいうと静かに引き下がっていった。
「噂を信じて調べぬからそう軽率なことを起こすのだ」
お前も気をつけろよと玉座に隠れている小さな影に王は語りかけるのだった。







