13 side:Heracle
「あーね、なるほどね、うん、わっかんねーよ」
イニャスを引き連れて厩に向かう中、俺はグラシアンから聞いた話をする。けれど、ううーんとイニャスは天を仰ぐ。その間にも使用人に声をかけ、俺の馬を準備してもらう。
「イニャス」
「いや、もう、なんで準備しちゃうかな。いや、まぁ、殿下に言われたら準備しちゃうか」
鐙もつけ、準備万端とばかりの愛馬にイニャスは大きな溜息を吐く。いつぞやかジラルディエール嬢が言ってたな、溜息を吐くと幸せが逃げるとか。だとしたら、イニャスの幸せは逃げてしまってるんではないだろうか。まぁ、だとしても、イニャスのことだから自分でなんとかしてしまいそうだが。
「ん」
「はいはい、連れてけばいいんでしょ」
諦めて馬に乗ったイニャスは手を広げて、上げてくれるのを待つ俺を抱え上げる。
「まぁ、一人で突っ走らずに俺を連れてきた上に馬も一人で乗ろうとしない点は褒めるべきなのか」
そもそも一人で乗って遠乗りをすることは許可が降りてないのだから、イニャスを頼るのは当然だろう。大体、イニャスはそのためにいるようなものだ。
「言っておくが、俺はどちらかというとエルを止める立場だからな」
俺よりも五つも上のイニャス。いつ、俺の考えを読んだのかそんなことを言う。確かに正しくはそうなんだが。そうこうしている間にもイニャスは俺の体を自分とベルトで繋ぐ。そして、城を抜け出し、王都をでた。
「イニャス、急いでくれ」
「あー、はいはい、これ終わったら俺休暇もらうからな」
「父上には言っておこう」
頭の上で溜息が聞こえた。なんでだ。間違ってないことは言ってないはずだ。イニャスの休暇などは父上たちが用意しているはずだし。
王都を出てからイニャスは俺の言った通り急いでくれた。馬に強化魔法と疲労軽減を使い、駆ける。さらに通常は風の影響を受けるところも防壁を作り、影響のないようにしてくれた。
「ほら、エルは寝ていろよ」
「いや、でも」
「目を擦ったり、欠伸したりしてるんだから、眠たいんだろ」
寝ろ寝ろと言われたら逆に眠たくない気がするんだが、揺れが心地よく自然と俺の瞼は落ちていた。きっと、俺が寝たことで頃合いを見てイニャスも休憩をとってくれるだろう。
目が覚めた時、まだ馬は走っていた。休憩を少ししか取らなかったのかとイニャスの顔を覗き見れば、明らかに疲弊した顔。
「イニャス、休まなかったのか!?」
「あぁ、平気だ。一応、まだ俺の備蓄魔力は使ってねぇし」
イニャスの持つ固有スキル備蓄魔力。日々、使用しなかった魔力を備蓄するというスキルは基本的には大量に魔力を使用するときにその力を発揮すると言われている。それよりも現時点でまだとは言っているがそれを使わなければいけなくなるほど魔力を使っているということじゃないか。
「ほら、屋敷が見えてきたぞ」
「いや、そうだが、休憩ーー」
「ここまできたなら、駆け抜けた方が楽だ」
そういうとそのまま公爵邸の前に馬をつけた。
「話は通してるんだよな」
「嫡子であるグラシアンから家紋入りのカフスを預かってる」
「……大丈夫か、それ。ジラルディエール令息はまだ学園に入ってないだろ。そこまでの権限は、いや、公爵が裏から手を回してるとしたら」
ぶつぶつとイニャスが言っていたが、どうしたと俺が尋ねれば、いやなんでもないと首を振られた。それから、門番にカフスを見せれば、すぐに通された。そして、執事に迎え入れられ、イニャスはサロンへ俺はジラルディエール嬢の部屋へと案内された。
「カフスはこちらで預かりましょう」
「あ、あぁ」
さっさと案内され、呆然としていた俺に執事は手を差し出す。そこに俺がカフスを置けば、彼はそのカフスを確認すると確かにと頷き、ハンカチに包み、内ポケットへとしまう。
「扉は開けてご入室を」
「わかっている」
普通ならば、それすら許されないだろう。だが、今回は彼女の見舞いとして通された。それゆえのことなのだろう。
「……え、これは」
部屋を見て、驚いた俺は説明を求めるように振り返ったがそこにはすでに執事の姿はなかった。いや、これはどういうことだ。疑問を抱いたまま、その驚いた原因の物のそばまで行く。
乱雑に紙が積まれた机。その上には灰色の頭の人形。その人形の手には縫い付けられているのか額が一つ。
「俺、だよな」
額の中に飾られているのは十歳の時に数点のみ発行された俺の絵。そして、気づく、額が縫い付けられている人形は俺を模したものなのではと。どういうことかと周りをよく見れば、散りばめられていた。散りばめられていた俺の色が、俺のモチーフが、よく見ないと気づけないほど細かく。
よろりとよろけた瞬間、机に手をついてしまう。その時、手に当たったのは腕輪だろうか、銀のミツバチがあしらわれていた。そこで腑に落ちた。グラシアンが『互いに』と言っていた意味が。彼女はこれをつけて行く予定だったと。
「……私が、ーーーーとも、成立ーーのに……ーー、ーー、私が、死なーー、ならーーの」
ボソボソと聞こえた声に俺はジラルディエール嬢のことを思い出した。泣き出しそうなその声に俺はふらりふらりと彼女の寝台へと向かった。
苦しいものから逃れるように布団を握りしめ、首を振る彼女から強気な様子は見受けられない。ただ、か弱い少女がいるだけだった。ポロポロと涙を溢しながら、しきりに死にたくないと呟く。
思わずといった行動だった。そっと布団を握り締めている手を俺は握った。
「ジラルディエール嬢」
気づけば、声もかけていた。うっすらと開いた目には水の膜が張っている。
大丈夫かと声をかけようと口を開こうとしたら、不意に彼女は微笑んだ。
「ほんと、美しい人」
先程のまで悲痛な声とは違うまるで愛おしい人に向けるような声。驚いて目を見開けば、彼女はさらにくすりと笑う。
「ふふ、そんなに大きく目を、見開いては、美しいルビーが、零れ落ちますわ。貴方は、王太子として、凛と真っ直ぐ、前を見つめていて、ほしいの」
俺は王太子でもないのに彼女は俺を通して誰かを見ているのか。いや、でも、ルビーということはそれだけ紅い俺の目を見ているのだろうけど。気怠いだろう体を動かし、彼女は俺の握っていない手を俺に伸ばし、俺の顔に触れる。まるで慰めるようなその手。とても不敬だろうという気にならなかった。
「貴方と、出会う前から、お慕い、してます、エルキュール様。いつか、貴方が、ヒロインの手を取ろうとも、私はーー」
彼女の口からそんな言葉が出るなんて驚いた。しかも、いつもは殿下としか呼ばないのに名前で呼ばれるとは。けれど、それよりも気になったのは「ひろいん」という言葉。俺がいつかその言葉の何かを手にとるような言い方。そして、彼女はそれでもと何かを続けようとしたけれど、体から力が抜けたのか俺の顔を触れていた手も寝台に落ち、目を瞑っていた。
「ジラルディエール嬢?」
顔を彼女の顔の傍に近づけると聞こえたのは先程とは全く違うすぅすぅという安心したような寝息。それにホッとしつつ、俺の中には疑問が占める。
そっと手を離し、彼女から離れる。けれど、頭の中にあるのは彼女の言っていた「死にたくない」と「ひろいん」という言葉。もしかしたら、これが婚約解消しようとしている理由なのか。
部屋を出ようとして、また机を見た。彼女の言葉が真実なら、俺はかなり好かれているのだろう。
「『ヒロイン』、これは」
引き出しからはみ出ていた紙に気になっていた言葉が書かれていた。それを無視はできなかった。音を立てないように引き出しを開け、取り出した紙には俺の名前はもちろん『トゥルーエンド』や『バッドエンド』『乙女ゲーム』などわからない言葉の羅列。そして、俺以外の名前もあった。じっくり読もうと紙に顔を近づける。
「殿下、そろそろよろしいでしょうか」
「あ、ああ、すまないわかった」
バッと紙を背に隠し、引き出しを体で押してしまう。俺が返事をすると執事が部屋に入ってきて、ジラルディエール嬢の様子を確認する。魘されている様子などないことを見るとホッとしたようだった。
「殿下に見舞っていただき、お嬢様も嬉しかったようですね。何よりです。殿下には御足労いただき、感謝いたしまう」
「あ、ああ」
背に隠した紙に冷や汗が垂れる。俺はそのまま執事について部屋を出ることになった。どうしよう、返すタイミングを無くした。
ここまで、読んでいただきありがとうございます。 もしよければ、☆評価をしていただければ、幸いです。
小話といういうか自分用のメモというか。
イニャスはエルキュールよりも五歳年上。学園は飛び級で卒業してます。本来はエルキュールの諌め役。けど、甘いのか流されやすいのか大体エルキュールの望むように取り計らってしまう人。
後、下におまけを置いておきます。
とある親子の会話+発見者
「全く、きちんと先触れだけでも出しなさい」
「申し訳ありません、父上。少しばかり気が急いてしまっていて」
「まぁ、殿下もあの子の部屋を見たら、否が応なくわかるだろう」
「むしろ、引かれませんかね。領の屋敷の方は偽装されてない部屋ですし。あ、ヤバ」
「どうした」
「サロンに侵食していたエル様人形を一つ仕舞い忘れてました」
「それは、ヤバいな」
「でしょう」
一方の公爵邸
「申し訳ないですが、なんか水とか貰えます?」
「えぇ、もちろんでございます。何か消化の良いものもお持ちいたしましょう」
「あー、助かります」
公爵の使用人にサロンに案内されたイニャスがお願いをすれば、使用人は鷹揚に頷くと去っていく。その様子を見つめた後、イニャスは近くにあったソファに倒れ込んだ。あーもう、無理などと言いながら、部屋を観察しようとして、目がテーブルの上に釘付けになった。
「……え、なにこれ、エルっぽいな。いや、もしかしなくても、エルの人形? いや、なんで??」
水や食事を持ってきてもらっても、イニャスはそれに口をつける余裕なくテーブルの上の人形と睨めっこをしていた。







