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「イニャス様のように備蓄魔力を持っているならまだよしも普通の人には厳しいらしいのよ。うちは魔石も生成してるから魔力が少ない子でも利用できるのだけど」
正確には利用できる方法を発見したというべきかしら。それでも、正直万民が気軽に利用できるというものではない。
「イニャス様はギーにだいぶ魔力を使われたから理解できるかと思うけど、魔力が枯渇に近くなると思考が鈍るでしょう。それから、急激に睡魔が襲ってくる。これは防衛本能からくるものよ」
イニャス様はギーにスキルのレベル上げと称して魔力を大量に使わされ、何度も倒れられていた。どうにも備蓄魔力というスキルはそれを使わないことにはレベルが上がらないらしい。なぜ、そんなことをギーが知っているのかは知らないけれど、我がギルメット家には必要なことだと言っていたからそういうものなのでしょう。
「まぁ、現状はエルキュール様にはそれほど消費の影響はなかったみたいだけど」
疲れて寝てくれた方が楽だったのだけど、馬車の中で暴れただけでは枯渇まではいかなかったよう。未だに元気に私の膝の上でゴロゴロと鳴いている。
猫は夜に行動することも多いから、一日だけとはいえ夜も油断ならない。朝までぐっすりしてくれた方が助かったのだけど、そうはなってくれないらしい。
どうしようか、こうしようかとイニャス様と話し合い、客室で食事をとる。流石にお父様たちの前に今のエルキュール様を連れて行くのは無理だわ。そういうこと。ラウルはニャーくんと一緒にご飯食べるとごねたけど、一日イニャス様といられる日を作ることによって解決された。本人は苦笑いだったけど。
「にゃむにゃむにゃむ」
食卓で大変だったのは皿に顔を突っ込もうとしたことね。私とイニャス様が慌てたのは記憶に新しいわ。猫だからそうなるのは分かってるわ。分かってるけど、流石に人の姿でそれはダメでしょう。とりあえず、イニャス様がエルキュール様を椅子に固定し、私が口まで食事を運ぶということで落ち着いた。くんくんと匂いを嗅いでパクッと食いつくのを見るのは少し楽しかったのは秘密。
「くわぁ」
「あら、おねむかしら。確かにそういう時間ね」
膝の上で欠伸をし始めたエルキュール様。それを見て、私は彼の頭を膝の上から退けて立ち上がる。
どこ行くのと目をまんまるにするエルキュール様。その表情はまだあどけなさを残していて胸が締め付けられる。
「お休みの時間だから、バイバイですわ」
「にゃぅ」
私がドアに向かって歩けば、ついてくる。イニャス様はすごく苦笑い。側から見ていたら私もそうなりそうだわ。
「エルキュール様、おやすみなさい、良い夢を」
普段の彼にだったら恐らくしない。けれど、今のエルキュール様は不安げな顔を見てしまったら、自然とそうしていた。
ドアの近くまできたエルキュール様の額におやすみなさいと告げながら、軽く口付けを落とす。何が起こったのかわからないのかしら、エルキュール様の口は三角に開いて、目はまんまるになっていた。けれど、すぐに目はとろりとなって、表情もふにゃリトしたものへと変わった。
「……なんか混ぜた?」
「夜に暴れられても困るので睡眠導入剤を少しばかり。日頃の疲れもあってかうまく作用してくれてるみたいだわ」
安心したからか疲れが今頃になってやってきたのかにゃむにゃむと言って眠たそうにし始めたエルキュール様。そんなエルキュール様を見てイニャス様はおやっと首傾げられた。えぇ、よくお分かりで。
「デカくなったから、寝台に運ぶのしんどいんだが?」
「そこは、まぁ、頑張ってくださいまし」
「うわぁ、他人事だと思って」
ほほほと笑って客室のドアを閉めれば、ドアの向こうから「おっもっ」や「いっそのこと、床に転がしておいてやろうか」などといった独り言が聞こえた。
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