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キバチに連絡を取り、迎えが来るまでの間、私はエルキュール様に捕まっていた。えぇ、ひと段落したわとソファに腰を下ろしたところで捕まった。私を抱きしめてゴロゴロ。匂いをつけるように首元なんかに頭をぐりぐり。頬をペロリもされたわね。そして、しまいには私の膝に頭を乗せてスピスピ。耳がピクピク、尻尾は私の腕にがっつり。
「なぁ、お嬢、オレは休日に呼び出された上に何を見せられてんだ」
「緊急事態なのよ」
「わかるっちゃわかるが、分かりたくねェ」
「フハハ、面白いことになっているではないか。さすがユルリッシュだな」
めんどくせェと頭を掻くキバチに彼が必要になるだろうと連れてきた痩せぎすの男性は口を大きく開けて豪快に笑う。白い肌に漆黒の髪、少し尖った耳にアレキサンドライトのような青緑な目をした男性は夜の民と呼ばれる幻獣種。天の民や海の民よりも更に珍しい幻獣種。えぇ、幻獣種ホイホイの称号を見事獲得したわよ。
「わざわざ魔王が来てくれるとは思わなかったわ」
「たまたまな、良質なロンムーを入手したから持ってきたところだった」
いや、それにしても面白いものが見れて愉快愉快と笑う魔王もといロンジェ。ロンジェヴィテ。夜の民の長であり、諸外国では魔王と呼ばれている。冗談めいて魔王みたいねって言ったららしいなと肯定が返ってきた時は驚いたわ。まぁ、その原因の大半は夜の民の容姿のせいなのだけど。誰も彼もが暗い髪の色に病的とまでは言わないが白すぎる肌をしている。異質に思えるのも当然かもしれない。その上で夜の民は日光に弱い。それもあって、外の国に出かける時は日に肌を焼かれないように黒ずくめになる。つまり様々な要因が重なり他所の人間たちには悪魔的な害悪であるかのようなそういうイメージを持たれている。
この世界では悪魔は伝説上の存在だ。更に悪魔に似た形であれば、魔族も存在しているけれど、彼ら魔族は人族の一種でそこには獣人族も入ったりする。初めは幻獣種かとも思ったのだけど、かつてこそはそう呼ばれていたけれど、本来の姿がそのままであることから人族に組み込まれたらしい。つまり幻獣種とは本来の姿をもつものであるらしいのよね。まぁ、その本来の姿を見れた人は歴史の中でもごく僅か。簡単に見れるものではない。まぁ、名称を持たないというのも幻獣種の特徴ではあるらしいので多くはそちらで判断してるのだとか。確かに思い返してみれば、皆名前を持ってなかったわね。どうにも名前を持つということはそのものと縁を結ぶ契約になるのだとか。
「ふむ、それにしても猫化か。魔法陣や人族ではこれが限度だろう」
「あー、やっぱり? そんな気はしてたんだよな。姿替えにするのもありかと思ったけど、それだと外見がそう見えるだけであって肉体はそのままだからと考えてたんだけど、そうか、無理か」
「可能になれば潜入捜査に向くであろうが、そうなると魔法陣自体も複雑になる」
「複雑になると作れる人間も限られてくるし、制作時間もかかるか。まぁ、でも、不可能なんだろ?」
「であるな」
ユルリッシュとロンジェは魔法陣を見ながらたらればを語り合う。猫化が実現できたとしても言語がわからなくなる可能性もあり、そこを調整しないといけないだとか、身体能力の件だとか色々と話し合っている。えぇ、話し合うのはいいの、いいのよ。でも、今じゃないのよ。
「はいはい、二人とも魔法談義はその辺にしてちょうだい。先にエルキュール様の件を片しましょう」
「まぁ、それもそうであるな。それでどうする?」
にんまりと悪い顔をするロンジェにそんな悪いことをするわけじゃないのにと呆れる。
とはいえ、そんなことを言っていると話は全然進まないから作戦をザッとロンジェを含めたバージョンで説明する。
「なるほど、ここに来たのが余でよかったな。」
「えぇ、それはありがたく思ってるわ。後日値下げして商品を卸させてもらうわ」
「それはこちらが助かるな。オーブがまたこちらに遊びに来たいと言っておったからな」
「そう、それは嬉しいわ。まぁ、その頃には私はまた王都にいるでしょうが」
嬉しそうにするロンジェの顔はまさに父親の顔。オーブという子はロンジェの息子なのだから当然でしょうけど。ちなみにそのオーブが夜の民と私が出会うきっかけになったのだけど割愛するわ。
「それじゃあ、キバチ頼んだわ。馬車に入れた後もできるだけ抑えておいて」
「了解」
その言葉でキバチはサッとエルキュール様を掴み、消えた。その一方でロンジェはその姿を変えていた。
「……!!!」
「イニャス様は初めて見るのだったかしら、これが夜の民の特性よ」
どろりと液体がロンジェを包み込むと、次に現れた姿はエルキュール様にそっくりだった。
「まぁ、及第点ね」
「中々、厳しい点数だな」
「……声変えないの?」
「どうせ、馬車までだ。黙ったままいけるだろう」
そうなのだけどね。そうなのだけど、すごい違和感しかないのよ。ロンジェそのままの声はエルキュール様の姿では低すぎる。ロンジェの姿ならとっても似合うのに。
「とりあえず、黙ったまま仏頂面はやめてちょうだい。声をかけられたら微笑む程度で構わないわ」
「そうか、王太子であったな」
「えぇ、そうよ。理解したのなら、さっさと行きましょ。時間をかけてはキバチに申し訳ないもの。イニャス様もよろしくて?」
「え、あぁ」
「ユルリッシュ、今回話す予定だったことは後日また時間を取るのでいいかしら」
「うん、それで問題ない。だいたいここにいるし、いつでも時間空いてるし」
ユルリッシュとの話は後日時間を作る必要があるけど、とりあえずはこのまま帰宅したらエルキュール様のことをお父様に報告して、エルキュール様の様子を見ながら過ごすことになるわね。明後日は商会での仕事があるし、帰るギリギリになりそうね。
そんなことを考えるもすぐに思考を切り替える。イニャス様とロンジェを連れて、私は帰路につく。子供達にあった時も普通に心がけ、ロンジェも私に言われたように微笑みを浮かべる程度で対応してくれた。まぁ、見る人が見れば先程までのエルキュール様とは違うと気づくだろうけど、深く関わった人がいなかったこともあって、不思議がられることもなかった。おしゃべりをしたマルゴは別の絵を描くと言って工房に篭ってしまったらしいので、それも救いだったわ。
「なんとかいけたわね」
「ふむ、余の演技力も捨てたものではなかろう」
「えぇ、そうね。感謝するわ」
物陰で姿を元に戻したロンジェはふっふっふと胸を張る。
それから、馬車で待機しているキバチと合流。馬車の内部はボロボロになっていたけど、同じようにキバチもボロボロだった。その原因は私に抱きついているお方。
「特別手当」
「ええ、上乗せで出すわ」
「修繕費用は王家に」
「どういう理由で出すの? エルキュール様が猫化したため暴れてと? そうなれば、猫化させてしまったこちらの過失でもあるわ」
ただただ、ボロボロになってしまったと言うことにしましょという私の言葉にイニャス様は静かに頷いた。帰ってからはお父様に説明しないといけないと考えるとホント胃が痛いわ。
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