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逃げろ!聖女さま

作者: 丁太郎


 「逃げるな!待て!!」


 そう言われて待つ馬鹿なんているか。なんて意味のない言葉だろうね。当然ながら待つ訳無く、ひたすら逃げる。そんな逃げ足には定評のある私はこの国の聖女だ。そして今、山賊?盗賊?よくわからんけど、そんな感じの連中に何故か追われている最中だった。だから兎も角逃げる。どこかも判らない山道を全速力で駆け上がった。


 「速いぞ!見失うな!」


 背後の野太い声が遠くに聞こえる。だいぶ引き離したっぽいね。でも油断はしない。私は速度を落とすこと無く、一心不乱にひたすら走った。どれくらい走ったかな、背後の追手の気配はいつの間にか無くなっている。徐々に速度を落としやがて完全に足を止める。息切れは全く無い。さすが私だね。恐る恐る後ろを振り返ってみた。誰もいない。追手の姿は無いようだ。


 ーーふう、ここまで来ればだいぶ時間を稼いだかな。 よし! 今の内に!


 私はもうじき日が落ちる赤い空に向かって祈った。ごく簡潔に。


 ーー神様!私を透明にして!!!


 祈った瞬間、視界に入っている私の手が徐々に透けていく。やがて完全に見えなくなった。私の神様への願いは、他者を直接傷付けたり、妨害する内容でなければ叶えられてしまう。それが神に愛された聖女の力だ。私は手や足を見て、自分が透明人間になっているのを確認してようやく安堵した。ふぅやれやれだ。安堵したらどっと疲れが出た。山頂はまだまだだけど日が落ちてから闇に紛れて行動するとしよう。それまではちょっと休憩。


 ーー神様!私を透明のまま木登りの天才にして!


 私は手頃な木によじ登り、日が落ちるのを待った。




☆☆☆☆☆



   せい………………………せいじょさ……………せいじょさま………………聖女様………聖女様


 「アクア聖女様。祈りの時間でございますよ。お起きになられて下さい」


 頭を揺さぶられている。ああ、せいじょさまって 私のことか。そっか私は神託によって聖女にされてしまったんだった。


 「アクア様。聖女に就任なされて1年なんですから。そろそろ言われなくても起きれるようになってくださいよ」

 「ふぁぁぁ。おはよーリーナ。もうちょっと。あと5分だけ」

 「アクア様往生際が悪いですって。朝が弱い聖女なんて洒落になりませんよ」

 「うー、そんな聖女がいたっていいじゃないの」


 と、いつものやり取りをして、リーナの強権により強制的に寝所から追い出されてしまった。聖女に対して横暴じゃない?と思うけども、大神官様に与えられている権限なんだって。私がいつも定時に起きないから。じゃぁ仕方がない。


 朝起きて、水浴にて身を清め、祈りの間にて国の平和と安寧を神様に祈る。効果があるのかないのかよく判らないのだけど、平和だし、飢饉だの疫病だのの話は聞かないので効いているのかもしれない。祈りが終わると朝食兼昼食でそれが毎日の楽しみである。これが美味しいのよ。一般市民レベルの貧乏男爵家の出身の身としては、こんな贅沢してバチ当たらないかしらと思ってしまう内容だ。新鮮な生野菜にはドレッシングがかけてあってしっかり味がするし、パンも焼きたてではないものの柔らかいし、なんといっても果物が毎日日替わりで出てくるのだ。これがとってもあまーーーーくて瑞々しいのよ。

 午後からは、基本自由時間だけど神殿からは出られない。私は主に神殿の中庭で日向ぼっこしながらぼーっとしていることが多い。本当は違うのだけどそう見えているのだろうし、意識は半分こちらに居ないから半分は合ってるのかもね。

 そして夕食、そう夕食の時間である。とっても大事なイベントである。この為に日々祈っているといっても過言じゃない。 ふ、ふふふ、 なんといっても夕食では肉が出るのですよ。聖女はそういうのダメかと思ったけど、そんな戒律は無いと聞いて驚きつつ喜びましたとも。貧乏貴族令嬢だった時は滅多に食べることが出来なかったお肉、そのお肉が毎日出てくるんですよ。だから私は毎日お肉を食べる為に国の平和と安寧を祈っているのだ。私はそんな俗物聖女である。どんなに高尚な思想であっても目の前の香ばしいお肉には勝てないのだ。


 基本的にはそんな毎日を過ごしているけど、週に一日だけ午後から聖女のお悩み相談室が開かれる。国民の悩みを聞き、人々の為に祈るのだ。怪我や病気の治癒だったり、商売繁盛だったり、恋愛成就だったり、合格祈願だったり、家内安全だったり、開運だったり実に様々だ。まあ漠然とした内容の願いは強い効果を発揮しないんだけどね。


 それと聖女の仕事はもうひとつあったね。悩みを持つのは一般市民だけではない。高貴な方々だって悩みはある。だから呼び出されて貴族の邸宅に出向くこともある。そっちはお布施次第なんだろうけど、私のお肉の為に一杯寄付をしてほしいものである。


 そんな破格な力を与えられている聖女の私ではあるが、じつは良いことばかりではない。聖なる力の反動なのかなんなのか私は聖女に任命されてからトラブル巻き込まれ体質になってしまったのだ。そして大抵トラブルは貴族に呼び出された時に起こる。対策はしようがない。何が起こるのか判らないから。護衛をいっぱい付けてみても拐われる時は拐われるのである。今回は馬車の中でほけーとしていたらいつの間にか拐われていたのだ。馬車ごとね。たぶんだけど、呼び出した貴族家が図ったんだろうね。公爵家だったかな。いちいち覚えてないけど大した悩みじゃ無かったし。この国の王太子の婚約者の私が疎ましかったってところか。私が居なければ、自分の娘がとでも考えちゃったのだろう。


 あらら?窓から見える景色がいつもと違う。ああこれはトラブったなと思って、祈りの力で馬の足を強制的に止め、さらに自身の足が早くなるように祈って、馬車の外に出た。で、案の定、護衛の騎士さん達がいないし。今ここに居るのは神殿騎士の格好をした見知らぬオッサン達だった。だから走った、私はひたすら走った。私の祈りの力では直接オッサン達を攻撃出来ない。そしてオッサン達が私を拐いたいという意思に対してそれを妨害する力も働かないのだ。オッサン達を千切っては投げ、千切っては投げなんて無双の活躍も勿論出来ない。味方がいるなら味方を強化して間接的に妨害できるんだけど、かわいか弱い聖女の私にできるのは逃げ足強化を自身に掛けることくらいだったのだ。まあこんなイベントが結構頻繁に起こるんよね。誘拐は慣れっこさ。

 しかし今日に限って祈りの力が絶好調で気が付いたら、王都を飛び出していた。で、流石に振りきっただろうと思って、神殿に帰ろうしたんだけど、そこで落とし穴に落ちて気を失ってしまったのだ。

 気が付いた時、私は手足を縛られて幌付きの荷馬車に乗せられていた。私の祈りの力は物の所有者次第では物に対しても有効だ。例えば敵の剣を切れなくするのは祈り対象の妨害になってしまうけど、今私を縛っているこの縄は私が身に付けている事になるので私の所有物となる。だから縄の結び目を解くなんて簡単なことなのだ。で、私はまたも馬の足を強制で止めて…そして冒頭に繋がるのである。



  は!、意識が覚醒した。いつの間にか寝てしまったみたい。 一日を振り返る夢をみてしまった。やれやれ夢の中でも必死に走ったよ。ふぁぁぁあ、大きく伸びをしながら欠伸をする。さてとりあえず山頂を目指すとしますか。




☆☆☆☆☆☆

Side:王太子


「そうか了解した」


 聖女アクアが失踪したとの報告が入った。いつもの事だが、今回は王都を飛び出して行ったらしい。アクアはなんというか力の加減が出来ない人なのだ。聖女の力を逃げ足に使ったなら、追い付ける者など誰もいない。賊もそして味方も。そして聖女の行動を妨げてはいけない事になっているので門番もそのまま通過させてしまったのだろう。アクアは自身の評価を地味で目立たない存在と思っているらしいが、実際の彼女はとても目立つ。それは容姿の問題ではなく、彼女が放つ神聖な気が駄々漏れているからで、気付かないでいる方が難しい。公表はしていないが歴代最高の神聖力の持ち主だと神殿からは聞いているし、実際その通りなのだろう。しかし、力が強すぎるからなのか、彼女は陰謀に巻き込まれやすい。彼女が神殿より出ると大抵拐われる。拐ったとて神聖力が駄々漏れなので簡単に居場所がわかる。なのにどうして成功すると思うのか。拐ってどうするつもりなのか。神に愛されし聖女である彼女には直接の危害を加える事が出来ない。つまり人質にならないのである。そしてその事は全国民が知っている事だったりする。だから拐う側も当然知っている筈である。本当になぜ誘拐しようと思うのか謎だ。それにしてもアクアはひょっとしたらその事を知らないのかもしれない。


 「聖女様の位置は?」

 「いま神殿で確認しておりますが、そろそろ連絡が入る頃かと」

 「では、迎えにいく準備をしておいてくれないか」

 「既に近衛騎士1隊が待機中であります」

 「そうか、皆優秀で助かるよ」

 「有りがたきお言葉であります」


 彼女が聖女に就任して1年であまりに頻繁に誘拐されるので、部下達も慣れてしまって実に冷静に対応している。彼女絡みで驚くような事は最早早々ないだろうね。拐われる彼女は大変だろうがお陰で部下の緊急対応力は急速に上がった。


 今日の彼女の予定はヤーシンカ公爵家への訪問だったな。調べたところで尻尾は出さないのだろうね。あくまで法的には、だが。しかし本当に黒ならば此方が動く必要なく、向こうの方から証拠がやってくるだろう。彼女に手を出したということは神に喧嘩を売ったに等しい。人の目は誤魔化せても神の目は誤魔化すことは出来ない。さて、そう言う訳だから連絡は入るまで少しでも書類を処理するとしよう。


 「殿下」

 「すまない、ちょっと待ってほしい……よし、OK。しかし早かったね。まだ2件しか処理してないよ」

 「神殿も慣れたものでしょうから」

 「それもそうだね。では迎えにいくとしよう」


☆☆☆☆☆☆

Side:聖女


 祈りの力で夜目が効く人になった私は山頂を目指す。祈りの力で神殿まで一気に瞬間移動できればいいんだけど、祈りの力だって万能ではなく制約があるのだ。祈りの力は私の視界に入らない場所には効果を発揮しない。逆に視界に入るなら瞬間移動だって飛行だってできる。という訳で山頂を目指している。なぜ夜なのかといえば、祈りの時間までに神殿に帰りたいからだ。できればいつもの枕でしっかり寝たい。私は枕が変わると寝れないタイプだったりするから。そしてもっとも重要なことだけど、朝に動き始めて万が一朝食に間に合わなかったら……考えるだけでも恐ろしい。夕食は泣く泣く諦めたのだ、その上朝食までなど万が一にもあってはならない。そんなことは神様が許しても私が決して許さない。


 山頂を目指すこと1時間、祈りの力で山登り名人になった私はもう少しで山頂だろうところまで来ていた。


 「ん? あら?赤い光? どんどん数が増えて」


 えーっと、これってまさか


 「ぎゃーーーー! まものだーーーー」


 赤い光は魔物の光る赤い目だった。赤く光る目を持つのは魔物以外にはあり得ないのだ。私は来た道を全速力で駆け戻った。 緊急時に備えて逃げ足が速くなる効果もつけていて正解だった。


 げーーーー! 追ってきてる。背後に感じる禍々しい気は全然離れていかない。それどころか増えてきている。追い付かれはしないものの気を抜いて速度を落としたらアウトだ。


 やがて前方に小さな火がいくつも見えてきた。あれは松明かな。ということは人の集団が前方にいる? ヤバイ、ヤバイヨ。このままでは巻き込んでしまう。全力で走っている今、祈る隙もないので兎も角叫ぶ。


 「にげてー、にげてー!」


 華奢に見える私だけど、声の大きさには定評がある。前方の集団が私の声に気付いてくれた。そして私の背後の魔物の群れにも気付いた。ん?よく考えたら私の声に関係なく魔物に気付くかも。こんなに禍々しい気を撒き散らすんだから気付かない方がおかしいか。で、前方の集団も慌てて逃げ出す。とはいっても私程の速度では走れないだろうから直ぐに魔物に追い付かれるだろう。なんとかしないと。


 ん? この集団はさっき私を拐った山賊だか盗賊だね。 じゃ、いいか。悪党にかける情けなど私にはない。


 ということで、私はさっさとこの悪人集団を追い抜いて行った。そして悪の集団が魔物の群れに飲まれて消えるのが背後の気配でわかった。しかし魔物は止まらない。なので私も止まれない。しかし今日はなんて日だろう。トラブルのお祭りじゃないか。なんて事を思いながら走るっていると前方にまた小さな光を放つ集団が見えてきた。でもあの光は火じゃないね、なんだろうか。


 げげげーーーあの赤く光る尻は魔族じゃん!しかも集団って!

 魔族軍が攻めてきたーーーーーーー!!


 だがしかし私はそのまま魔族軍に突入することにした。魔族軍の方でも私にというか更に背後の魔物の群れに気づいた様だ。さっきの盗賊と違うことは流石は軍隊というか直ぐに迎撃に体制に入った。


 『なんだ、魔物群れを率いてる女がいるぞ』

 『迎撃体制をとれ!女ごと殲滅するぞ』


 なにが嫌かって聖女の基本スキルのせいで魔族の言葉が理解できてしまうのだ。更には有り難くない事にこちらの言葉も勝手に翻訳されて伝わってしまう。


 私は武器を構えた集団の中に飛び込んでいった。普通は自殺行為だけど私は腐っても聖女、聖女のパッシプスキルによって低位の魔族の攻撃は自動で無効化されるのだ。だから私に突き出された槍も斬りかかかってきた剣も私に当たる前に粉々になった。それはもう小麦粉のようにきめ細かい粉になって。でもその粉は淡い光を纏っていて、それに触れた魔族は同じく粉々になった。ま、そっちのほうは只粉々になっただけだけどね。連鎖するならこの一団を殲滅できるのかもだけど、それはそれで今は困る。背後には魔物が迫っているのだ。


 直ぐに魔物の群れが魔族軍に雪崩れ込んできた。私は魔族軍を中央突破してして様子を探るべく立ち止まって振り返る。いい感じで乱戦になってくれたようで魔物の群れも魔族軍を抜けない様だ。できるなら共倒れが望ましい。まあ魔族軍が魔物を狩ってくれるのでもいいけど。見た感じ強そうな魔族もいないから私に触れる事すらできないだろう、ってあれ?


 魔物も私に触れることできないじゃん!


 なんて事だ。そもその逃げる必要がなかった。私が逃げた為に盗賊だか山賊だかの犠牲がでてしまった。まぁいいけど。しかし魔物は臭い。そう臭いのだ。触れることは出来なくても匂いは届く。だから逃げたのだ。うん、そういう事にしておこう。


 『貴様、聖女だな。魔物を率いてくるとはなんて悪辣な。それでも聖女か!』


 禍々しい声が頭上から響いた。見れば宙に浮いた魔族が4人いた。その内の一人に話かけられたようだ。見るからに魔族として格上に見えた。聖女の力でも攻撃を無効化できないかもしれない。や、ヤバイじゃん。私絶体絶命かも。4人は私を囲むように降り立った。



 『聖女よ。お初にお目にかかる。我は魔王軍四天王が一人、バルバロッサ』

 『同じくワイズマン』

 『ウェンディー右に同じね』

 『ジョンだ。四天王をやっている』

 『あ、これは土丁寧にどうも。私が聖女です』


 なんだろう、最初の一人はいかにも四天王だけど、紹介が進むにつれグレードが下がっていくこの感じは。最後のジョンなんてクール気取ってるけど、見た目はその辺のオッサンだ。鎧じゃなくてボロい作務衣だし、腹も出ている。その上ハゲていた。


 『さて聖女よ。よくも我が軍を壊滅させてくれたな。卑劣ではあるが我が軍を退けた事誉めてやろう』

 『え?』


 バルバロなんとかの上から目線の言葉に少しイラッとはしたが、それ以上に言葉に驚いて先程の乱戦の方を見れば、立っている者は魔族たった一人だった。その一人もフラフラだ。一応勝ったのは魔族軍、いや魔王軍だけど、これはもうほぼ相討ちだった。


 『フ。だが我らは運が良い』

 『こんな簡単に聖女を見つけられるとはな』

 『ええ、この小娘一人倒せばいいのだから。この国はもうオシマイ』

 『……………………フ』


 ジョンという名のオッサンに鼻で笑われるのはすごくイラっとするけど、ピンチなのは違いない。今こそ祈りの力でって思うけど、バルバロなんとかの威圧感が怖くて上手く祈れない。あわわわ。もうダメだ。


 『さて聖女よ。覚悟!』


 バルバロなんとかの持っている長い柄の付いた大きな刀が私の頭上に降り落とされる。それはすごくユックリに見えた。そして視界に入っていないはずなのに。迫りくる刀とは別の光景も見えた。それは先ほどの中央突破で私に攻撃しかけて光る粉になった武器の何か。その中のたった一粒。乱戦の最中、舞ってしまって何に触れることなく、風に流される事もなく最後に残ったたった一粒。その一粒が乱戦を一人生き残ったフラフラの魔族の頭の上に止まった。


 ぱらららったったたーーん!

  

 途端、私の頭のなかに響くファンファーレ! 

 そして突如私は光った。


 『な!』

 『う!』

 『きゃ!』

 『フッ』


 眩い光に視界を奪われたけど、眩しくはない。白い視界の中で四天王の悲鳴が聞こえた。そしてジョンの断末魔?には最後までイラッとさせられた。光が消えた時、四天王も消えていた。危機が去った安堵から力が抜けて私はヘタリ込んでしまった。


 あ、危なかったー! まさかギリギリでレベルアップするなんて出来すぎ。でも助かったぁ。


 あのピンチの最中で最後に勝ち残った魔族を運良く浄化してしまった事で私は聖女のレベルが上がった。レベルが上がると新たな力が流れてくるんだけど、なんというか神様の仕事って雑なのでいつも大量の力が流れ込んでくるのだ。でもまだLV5の私のキャパシティは大きくないので流れ込んできた聖なる力は私を壊す事なくただ溢れるのだ。それが先ほどの光の正体だったりする。人には無害でむしろ癒しになるのだけど、魔族には致命的だったようだ。


 さて、ピンチは去ったけど、ここは何処だろう。また山に戻るのは嫌だなあ。


 そんな事を考えながら立ち上がった時だった。頭の中で声が響く。


 『聖女よ。そくぞ我の封印を解いてくれた。感謝しよう』


 先程とは比較にならないほど強大で禍々しい気がこの場を支配した。その禍々しい気は闇を纏って渦巻き、そして渦巻きが消えた時、一人の美しい青年が立っていた。その凶悪さは先ほどの比ではない。


 『ぎゃーーー! 変態だーーーーーー!』



 足が早くなる祈りの力を消してなかった私は一目散に逃げ出した。


 『変態とは酷いな。我が魔王ぞ。四天王を倒してくれたお陰で我の封印が解けたのだ』

 『謎設定の説明はいいから。くるな!変態魔王』


 変態な魔王が走って逃げる私を同じく走って追ってくる。私の速度についてくるのだから流石魔王である。しかし魔王はパンツ一丁で現れたのだ、しかも只のパンツではない。股間からスワンの首と頭がニョッキリ生えた変態仕様だった。変態だから部下に封印されたに違いないのだ。


 『聖女よ。我は感謝しておるのだ。どうだ?我の妻にならないか』

 『変態はイヤ。間に合ってます!』


 いろんな意味でヤバイ事に私より若干魔王の方が速い。徐々に差が詰まっている。



 『ははは、待つのだ聖女よ』

 『誰が待つか!』


 変態にこんなこと言われて待つ女がいるだろうか?いや居ない。しかしこのままじゃ追い付かれちゃう。どうすればいいの? 助けて神様!


 ちゃんとした祈りじゃなかったから何も起きない。くっ!神様のアホーー。昼間あんたの愚痴に付き合ってやっただろー。そうなのだ私はよくボーっとしていると他人には思われているけど、その時は大抵神様の世間話や愚痴に付き合ってあげているのだ。寧ろそれこそが本当の聖女の仕事なのだ。普段世話してるんだからピンチの時くらいルール無視で助けろや!


 『聖女よもう少しで我のものだ。可愛がってやろうぞ』

 『だれがアンタのものになんてなるか!』


 こうなったらイヤだけど最後の手段だ。本当にイヤだけど背に腹は替えられない。


 「勇者様たすけてー」


 私が助けを求めた瞬間、魔王に雷が落ちた!

 

 『ぐは!』


 雷に打たれて転ぶ魔王。そして走っていた私はいつのまにかお姫様だっこされていた。


「アクアん。やっと私を呼んでくれたね。君を迎えに行く途中だったが、呼んでくれたから一気にここまで跳ぶことがきでたよ」

「ちょ。勇者様、いえ殿下。ここでキスの雨は止めてください」

「アクアん。私のことは愛称で呼ぶようにといつも言っているだろう。言ってくれないと止めれないよ」

「ラインハルト様今は魔王が」

「ルト」

「あの」

「ルト」

「ほんとに」

「ルト」

「あー!もう!ルト様。いちゃいちゃしたいなら魔王をなんとかしてからにして下さい。私は逃げも隠れもしません」

「ほほう、やっと僕の愛を受け入れてくれるんだね。嬉しいよ」


 そう言ってルト様は私をキスの雨から解放しくれた。でもお姫様だっこからは解放してくれなかった。


 『貴様!勇者か。まさかこの国の王太子が勇者とはな』


 「君、変態にしか見えないけど魔王なんだって?でも何言っているのか判らないよ」


 そう言うと勇者様は勇者の剣を一閃させた。私をお姫様だっこしているので両手は塞がっているのにである。


 『ぐは!』


 真っ二つになる魔王。勇者の力は圧倒的だった。そう、いつも圧倒的だ。ルト様程の勇者となると例え両手が塞がっていても、勇者の聖剣が王宮に置きっぱなしになっていても勇者の剣で認識した相手を斬ることができる。存在を斬ってしまう回避不能の反則技なのだ。変態は光の粉になって消えた。これこそ私が加護を与えた王宮のルト様の部屋に置きっぱなしになっている聖剣の力だ。


 「()()の魔王は手応えがないね。次はもう少し骨があるのがいいかな。にしてもアクアん。今回もなかなか盛大に追われていたね」


 私の名前はアクアであってアクアんではない。でもルト様は自身で勝手に呼び始めたこのアクアんがたいそう気にいっているらしく、お願いしても止めてくれない。最近ではもう慣れた。


「あ、危ないところを助けて頂き有り難うございました。る、ルト様。あのもう降ろしていただいても」


「いや、もう逃がさないよ。さっき魔王を倒したらいちゃいちゃしていいって言ったよね」


 あ!


 私はこれは逃げられないと悟った。聖女は何だかんだで悪意から守られる。でも溺愛からは逃げられない。こうして私はこのまま王宮にお持ち帰りされた。最後の最後に捕まってしまったのだ。私を何故か溺愛する我が最愛の勇者様に。




逃げろ!聖女さま おしまい

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