小学校には夢と希望と魔法少女が詰まっている。あと狸。
駒沢文具店を出た少年少女達。
さあ地区公民館、文具店と続いた町内案内。
「次はどこを案内するの?」
妹の問いかけに、昭君はちょっと考えてこう言った。
「小学校に行こうか。近いし」
どうせ萬美ちゃんも人間のふりをするのなら通うことになるだろう。
だったら主な生活の場となる小学校を案内するのは、多分理にかなっている……んじゃないかな?
しかし明ちゃん(魔法少女)と羽恒君(悪組織の幹部)が現役で通い、昭君やさくま(仮名)君(忍者ジュニア)が卒業した小学校だ。
……果たしてそこはどんな教育理念を掲げているのだろうか。
いくら何でも生徒達が自由奔放過ぎやしないだろうか。現在進行形で。
しかし通っている当人達は疑問に思うこともなく。
彼らはすったすったと小学校へ向かった。
大きく広々したグラウンド。
白いけれども雨風にさらされて薄汚れた校舎と、木造の旧校舎。
後に建て替えられたのか他の建物よりも新しい体育館と、川沿いに面して作られたプール。
そして大きな二宮尊徳像(3m)と、偉容を誇る巨木のメタセコイア。
この界隈の子供達がみんなお世話になった、立派な小学校である。
部外者を入れちゃいけませんという、学校側の苦労など子供達は知ったことではありませんとばかりに校門を潜った。昭君達にとっては近日中に編入予定の萬美を案内するという大義名分がある。転入予定者の見学であれば、全くの部外者という訳でもないだろう。
「一応事務室で入校許可書を発行してもらうでござるか?」
「さくま(仮名)、今日は日曜日だよ」
当然ながら、事務室など開いていない。
むしろ校舎全体が施錠されている。
彼らが立ち入れるのは、休日でも校門を開いて開放されている場所……学校の校庭や裏庭、グラウンドに体育館脇のビオトープ。それから学年ごとに作られた小さな畑と飼育小屋くらいなものである。
「懐かしいでござるなぁ! 拙者、在学中はよくあの農業用水池でザリガニを捕ったものでござるよ! あとタニシ」
「さくま(仮名)おにいさん、今あの池はビオトープと呼ばれているんですよ。近年この周辺で田畑を耕す方も減ってきましたから。あの池も需要がなくなって放置され、荒れていたので土地を所有している方が小学生達の学びの為にと、整備してビオトープにしてくださったんです」
「なんと。そう言われてみれば心なし、田んぼの姿が減ったでござるかなぁ」
「周辺の光景そのものは然程変わってないよ、さくま(仮名)。減った気がするなら、それは気がするだけで気のせいってヤツだから。僕らが小学校の頃、既に田んぼは姿を消していたし」
「そうでござったか?」
グラウンドでは、休日にも関わらず揃いのユニフォームを纏った野球少年達が練習に励んでいた。
全面が使われている訳では無かったが、賑やかな空気を避けて昭君達は気づけば学校の裏の方……体育館の近くまでやって来ていた。
体育館では、バスケ少年達が玉を転がす音がする。
独特なキュッキュッという、体育館から響く靴音。
それを遠くに聞きながら、学校の隣にあるそこそこ大きな池を覗き込む。
蓮の葉や水草の隙間から、学校関係者の手によって放たれたメダカたちが群れ泳ぐ姿が見える。
直ぐ側の川にはサギの姿が見えるのだが、この池の生き物も少なからず犠牲になっているのではなかろうか。
「昭さん、あの小屋は家畜用ですか?」
自然の光景や食物連鎖が珍しくもない環境で育ち、池など見飽きた萬美ちゃんが目を向けたのは、近くにあった飼育小屋だった。
彼らの小学校では定番の鶏と兎を飼育している。あと狸。
「あれらは……食用ですか?」
「いや生きた教材だよ」
「小学生達に生命倫理を教える為、というヤツでござるな。昭殿!」
「そもそもあれだけの鶏や兎じゃ、学校関係者のお腹は満たせないよ」
「鶏が十羽に、兎が三羽もおりますが……あと狸がにひき」
「萬美、山で育ったならピンとこないかも知れないけれど、小学校は生徒人数だけでも百人単位で人がいるんだよ」
「な、なんですって……!」
「萬美は山で動物と接して生の尊さや有難味を知っているかも知れないけれど、この辺の子供は動物と接する機会も少ないからね。鶏や兎の世話を通して生き物のことを学ぶんだよ」
「では、狸は?」
「あれは校長先生が前後不覚の千鳥足で拾ってきたんだよ」
「確か、「怪我をした犬を拾った!」と主張しておいででござったな……今でも犬だと勘違いされたままなのでござろうか」
「酔った勢いって怖いよね」
「最近は頭ではわかってるみたいだよ、お兄ちゃん」
「ですが校長先生も意固地になっている様子で……目を背けて、あえて認めない方向に行っていますね」
「狸たちも上げ膳据え膳の悠々自適生活に堕落して慣れきってるみたいだし。まあ、良いんじゃない?」
「良くないと思うよ、お兄ちゃん……野生動物って、勝手に飼育しちゃ駄目だと思うの」
「だけど狸たちも今更野に放たれても困るんじゃない?」
「豪快に腹を上にして寝てるでござるなぁ……」
萬美ちゃんが興味を引かれたことを皮切りに、少年少女はぞろぞろぞろろ。
鶏と兎あと狸ひしめき蠢く飼育小屋へと寄っていく。
それぞれ動物ごとに区切られた小屋内で、安穏とぐるっぽ過ごす動物たち。
ちなみに元々の飼育計画的に想定されていない狸二匹は、校長先生と用務員さんお手製の犬小屋で暮らしている。小屋のネームプレートからすると、狸共の名前は『まちこ』『キャスリン』というらしい。一匹は雌だが一匹は雄である。
「……あれ、明ちゃん?」
こけこけ鳴きながら餌をつっつく鶏たち。
飼育小屋の網越しに声をかけていたら、ふと明ちゃんにかけられる声。
なんとなく頼りない、か細い少女の声だった。
彼らが振り向くと、そこにいたのは大人しそうな、清楚な美少女で。
その美少女のことを、昭君は知っていた。
何しろ三倉家に、というか明ちゃんのお部屋に遊びに来たことがある美少女だから。
紛う方なきご友人である、明ちゃんがパッと明るい笑顔を美少女に向けて咲かせた。
「亜由美ちゃん!」
「やっぱり明ちゃんだ。こんにちは、どうしたの……ええと、なんだかたくさんの人と一緒だね?」
首を傾げる、大人しげな美少女。
その腕に重そうに抱えているのは、袋入りのドッグフード(ドライタイプ)。
「亜由美ちゃんはどうしたの?」
「私は飼育委員だから……動物さん達のお世話に来たの」
「そのドッグフードは狸用の餌だっけ……」
「うん、犬っていう名目で飼われてるから……」
空っぽの餌入れに、ドッグフードをざらざらと注いでいく。
特徴的な音と匂いに、食欲が仕事をしたのだろうか。
それまでぐーすか寝ていた狸達が、たちまち目を覚ましてお座り待機で餌を待ち望む。
本物の犬のように尻尾がぽっふぽっふと振られていた。
おっと狸の口の端からよだれが……
「こんにちはでござる、亜由美殿ー」
「こんにちは、亜由美ちゃん」
「あ、さくま(仮名)お兄さん、昭お兄さん……こんにちは、明ちゃんと一緒にお出かけですか?」
「まあね。今日は道案内だよ」
「道案内、ですか?」
疑問に首を傾げる亜由美ちゃん。
だけどよく見れば、そこには彼女の知らない子がいるようだ。
萬美ちゃんはぺこりんと頭を下げて、亜由美ちゃんに簡潔に自己紹介。
それに対して、亜由美ちゃんも微かに緊張しながら頭を下げた。
若干人見知りの気がある亜由美ちゃんは、自己紹介が苦手だった。
辿々しく自分の名前を口にする亜由美ちゃんの肩には、変わった星模様のある子猫がにゃあと鳴いた。
「あ、この子はマロンちゃんっていって――」
「フレドリックだったよね」
「え?」
「フレドリック」
「え???」
「フレドリックだったよね、本名」
「ほ、本名……?」
いきなり昭君より『フレドリック』呼されてびくりと震える、亜由美ちゃんの子猫。
亜由美ちゃんも驚いた顔で、子猫を凝視している。
何より、子猫自身が昭君の顔をガン見した状態で固まっている。
人間の言葉がわかっているとしか思えない。
その様子が、何よりも昭君の言葉を肯定していた。
「昭さん、あの子猫はマロンと呼ばれていましたよ? なのに本名、とは……?」
「妖精の国の戸籍にはフレドリックで登録されているらしいよ」
「「!?」」
子猫の顎か、かぱっと開いて落ちた。
人間くさい驚きの表情だ。
一体どういうことなのか……小さな子猫の、一同の視線が集中する。
「ああ、それと人外コミュニティセンターの名簿にもフレドリックで登録されているんじゃなかったかな」
「何故それを……ハッ、しまった!」
昭君が叩き落とす小さな爆弾が、一つ二つ。
ついに耐え切れなくなったとばかり、子猫の口から飛び出したもの。
それは誰が聞いても明らかな、人間の言葉だった。