小学生御用達、駒沢文具店
6/18 誤字報告をいただきました。
てってくてってく、少年少女が歩いて辿り着く。
大きな看板、白い文字。
躍動感のある『駒沢文具店』のデザイン。
文房具を中心とした商品が所狭しと並ぶ、子供が好きそうな賑やかな店内。
ガラスの扉を開いて潜れば、ドアにつけられたウィンドベルがキラキラした音を立てる。
「さあ、ここが駒沢文具店でござるよ」
微笑む、忍者ジュニア。
覆面に覆われた顔で微笑んでも、表情の変化はあまりよくわからない。
店内は行って直ぐのカウンターには、経営者一家の駒沢さん。
今日は駒沢家のお嫁さんが愛犬を抱いて立っている。
駒沢家の番犬、豆柴のベルンハルトが「あん!」と鳴いた。
「わあ、小さいわんこですね。子犬ですか?」
「あらあら、この子はこれで大人なのよー」
微笑む駒沢家のお嫁さん。
この子達は何が欲しいのかしらと微笑ましそうに子供達を見守っている。
「萬美、学用品で体操服とかリコーダーとか、授業で必要だけど新調する機会があまりない物はこのカウンターで店員さんにお願いしたら出してもらえるから」
「そうなのですか。『たいそうふく』、とか『りこおだあ』、やらはよくわかりませんが、必要な物があればお店の人に相談する、ということですね」
「そう。それから名札はカウンターの上に置いてあるから、必要だったら一枚ずつ取って買う。お勘定もこのカウンターでね」
「なるほど、これが名札……この空欄に、自分の名前を書くのですね」
「名前だけじゃなくて、学校に編入したら自分の振り分けられた学年と組を書き込むようにね」
ほどほど丁寧に、萬美ちゃんをカウンターに招き寄せて説明を行う昭君。
その姿を見て、何故か衝撃を受ける明ちゃん。
目の前の光景は、普通の光景だ。
普通に、普通の、文具店の説明を行っている姿の筈だ。
だというのに。
「お、お兄ちゃんが、普通に説明してる、なんて……!? 正しい姿の筈なのに! なのに、なんでこんなにびっくりしているの、私!」
「ふふ、驚き過ぎですよ。明ちゃん。昭おにいさんだって年下には面倒見良く接しますよ。確かに丁寧に他人の面倒を見る姿は珍しいですけど」
「そうじゃないの。そういうことじゃないの、羽恒君!」
『昭君が普通に文房具店を案内している』その現実に、衝撃を受ける実妹・明ちゃん。
普通の光景の筈なのに、自分が衝撃を受けた事実にもう一度びっくりだ。
「そうだ、萬美。ノートの類いも買っておいた方が良いよ。授業で使う。事前準備として、各教科ごとに必要だろうし」
「ノート……この帳面のことですか。規格が決まってるのか、同じ大きさの物ばかりですね。色々ありますが、どういうのが良いんですか」
「そこは現役小学生に聞いてみたら? 明、羽恒、いま学校ではどんなノートが流行り?」
「えっ!? あ、えっと……はやりとかって訳じゃないけど。やっぱり可愛いノートが人気だよ。キャラクター物も良いけど、私は……これ、この定番ノートのシリーズで、最近販売されてるカラフルな水玉模様を使ってるよ」
「僕はこっちですね。ルーズリーフでバインダー一冊に全教科分のノートを纏めています」
「それノート提出の時はどうすんの」
「その時は提出用の表紙と一緒にルーズリングに通して提出しています。分離です、分離」
「ほほう、最近は拙者が小学生の時とは随分と違うんでござるな。拙者が小学生の頃は定番中の定番、ジャ●ニカを愛用してござったが」
「そうして僕もジャ●ニカ学習帳」
小学生御用達の文具店には、専用のラックにずらりと並ぶ某学習帳。
色々あるんだなぁと萬美ちゃんはノートだけで店内の一角を占領する多種多様なカラフル満載な光景に圧倒された。これだけ色々取りそろえてどうするんだろうかと。
「ああ、それにノートだけじゃなくって筆記用具も必要だよね」
ノートだけで一杯一杯になっているところに、更に怒濤の勢いでカラフルが押し寄せる。
昭君が示した棚には、実用性一辺倒な物から実用性をかなぐり捨てている物まで、小学生の需要と供給を満たす文房具がたくさんだ。
鉛筆、シャープペンシル、香り付きのカラーボールペン。
消しゴム、練り消し、修正テープ。
使い手のニーズに合わせた、それぞれ売りの異なる文房具達。
「おお、懐かしい。ロケット鉛筆でござるな!」
「さくま(仮名)、一時期それ好きだったよね。ああ、このパステルカラーの動物型の消しゴムとか小夜が使ってたヤツに似てるね」
「拙者、常々不思議だったのでござるが。この細かい耳の部分とか、絶対に使ったら千切れて欠けるでござろうなぁ」
小学生にとっての文房具は、どことなく半分玩具っぽい色が無くも無い。
それどころか小学生御用達の文具店は、小学生の需要を叶える為に本当に玩具色の強いあれこれを置いているのである。
「これは折り紙? まあ、なんて小さな。あら、このキラキラした物は?」
「ビーズとかスパンコールとか、見たことない?」
「図画工作の授業で色々使いますからね。材料になりそうな物も売ってるんですよ」
「……虫籠もその図画工作の授業とやらで使うのでしょうか」
「いや、それは純粋に虫用だと思うよ」
「そういえば三角定規やコンパスや……彫刻刀は持ってますか?」
「彫刻、刀……つまり彫り物用の刀?」
頻繁に使う物ではないかもしれないが、小学校の授業で使うこともある。
そんなアイテムだって駒沢文具店にはある。
刃物の類いは危ないので、カウンターの奥から店員さんに取ってもらう形式だ。
「つまり、肥後守ですか?」
「ひごの、かみ?」
「かか様が男子の必需品と言っていましたが、知らないのですか?」
「年がばれるよ、お母さんの」
「間違ってはいませんが……いや、間違ってますね。ええ、彫刻刀とは別物でしょうね」
「よくわかりませんが、色々あるんですね……」
戸惑い混じりに、店内をぐるりと見回す。
あちらの棚には釣り道具があり、あちらの棚には駄菓子コーナーがありと、本当に店内は様々な商品が置かれていた。
「ところで昭殿」
きゃっきゃと小学生時台の気分を思い出し、文具店の棚を見ていた時。
ふと顔を上げてさくま(仮名)君は隣の昭君へと言葉を発した。
「先ほど言うてござった、吸血鬼避けスプレーなどの商品はどのあたりにあるんでござるか?」
見てみたい。
そんな気持ちを純粋に表して、忍者ジュニアはそわそわとしている。
さっきの兄の発言を無かったことにして忘れたかった明ちゃんの肩が、びくっと震えた。
妹のそんな様子を意に留めることもなく、ああ無情。
昭君はこっくりと頷き、さくま(仮名)君達をとある棚へと誘った。
そこは入り口の横にあるからこそ、ある意味死角となっていた小さめの棚で。
確かに言われてみればスプレーらしきアイテムなどが陳列されているのだが。
「こ、これが吸血鬼避けスプレー……!」
戦慄きながら、さくま(仮名)君が掲げる、ソレ。
スリムなボディに、爽やかな色合いのデザイン。
スプレーには夏によく見る吸血生物(蚊)が、デフォルメされた姿で描かれていた。
「って、まさかのジョークグッズ!?」
「効能は本物だよ」
それはどこからどう見ても、蚊避けスプレーだった。
駒沢文具店
店長 駒沢安雄(62)
本業は現役の吸血鬼狩人。ヴァンパイヤハンター協会の重鎮。
見た目はハードボイルドを背負ったような苦み走った渋いおっさん。頬に大きな傷がある。
自信のアイデアグッズをさりげなく商品化して、自分の店(駒沢文具店)で売っている。
安雄の嫁 駒沢順子(58)
週に一回フラメンコ教室に通っている。
主に文房具メーカーとの交渉や、店に仕入れる商品の管理を行っている。
安雄の息子 駒沢暢弘(32)
文具店は手伝わず、とある一般企業で営業職に勤めている。
暢弘の嫁 駒沢希世子(38)
日中の店番を主に担当。棚の配置や商品の陳列など、彼女の感性に左右されている。
実は祖父が吸血鬼だが、駒沢の家の誰もその事実を知らない。
番犬 ベルンハルト(65)
長年安雄の相棒を務めた狼男。
子供の頃、吸血鬼に一族を惨殺され、復讐のために安雄とともに世界を駆け抜けた。
ヴァンパイヤハンター協会の生きる伝説だが、現在は引退して楽隠居している。希世子さんの膝で。