第一種接近遭遇
唐突に次回から始まる、昭君による町内案内。
彼らの住む街の一端が、明らかになってしまうのか……?
そういう趣旨で今回はお話を進めようと思います。
ちなみに町内案内を受ける対象は 人外(天狗) です。
本作はシリーズ物の作品となります。
お話がわからないよ!という方は、シリーズ作品に目を通していただければ幸いです。
お山の天狗どんが、遊びに来ていた陸の人魚どんにこう言った。
「わしの孫娘、ちょいとお主んとこに遊びに……否、社会勉強に行かせてよいかね」
「孫娘? 天狗の、お前に孫『娘』が?」
人魚どんが驚くのにも、無理はありません。
だって天狗はみんな男ばかり。
女の天狗はいない、というのが人魚どんの知る通説だったからです。
だというのに、天狗の孫に『女』が生まれたというではありませんか。
人魚どんはびっくり仰天です。
「血の繋がった実の孫じゃよ。何の突然変異か、おなごに生まれたものの能力は天狗そのものでなぁ。じゃが女の身では、天狗の郷はちぃとばかし過ごしにくい」
「ああ、基本的に天狗(男)と、天狗の攫い嫁しかいないだろうしなぁ」
「嫁は基本攫ってくるものという認識じゃからなぁ。その点を鑑みると、貴重な女天狗じゃ。いつどこの天狗に攫われるかと気が気じゃないわい」
「ほほう。だけど天狗の、お前も嫁は攫ったんじゃなかった? 因果応報、攫ったからには攫われるのも甘んじるべきじゃないのか」
「嫁に行ってもおかしくない年齢なれば納得するがのぅ。儂もかつては嫁を攫った身じゃて。じゃがなぁ、孫はまだ十歳程の童じゃからなぁ。まだまだ童の年頃なのに攫われでもしたら、儂、暴れるよ?」
「つまり、まだ子供なのに攫われそうな兆候があるから、嫁に行ってもおかしくない年齢になるまで天狗の郷から出すという話か。ん? 我が家に預かれという話か?」
「いや、住む場所は儂がきちんと用意する。じゃがなぁ、人里に出しても天狗の郷とは勝手が違うじゃろ? 誰か事情を把握している先達に、慣れるまで様子を見てもらえんかとな」
「そのくらいなら、日頃から世話になってるし構わないが……」
「そうか、そうか。助かるの」
こうして、人魚どんのお宅に天狗どんのお孫さんが訪ねてくる事となった。
人魚どんのお名前は、三倉 大。
4人のお子さんを持つ、一家の大黒柱である。
そんな訳で、とある日曜日。
三倉さんのお宅を、お訪ねする2つの人影あり。
天狗どんと、その孫娘である。
「来たぞよ」
「お邪魔いたします」
「ああ、天狗の。ようこそ我が家へ」
にこやかに迎え入れる、人魚どん。
目の前にいる少女に、コレが世にも珍しい女天狗かと内心驚く。
天狗と聞いていたが、人里に出てきている為だろうか。
擬態でもしているのか、その鼻の大きさは人類の範疇に収まる。
ちょっと鼻が高いかな、くらいの規模だ。
隣に佇む祖父の天狗どんは、天狗姿の時より控えめ程度で目立つ鼻をしていたけれど。
「それじゃあ町内の案内をすれば良いんだったかな」
「うむ。頼む」
縁側で、お茶をすすりながら天狗どん。
妻に切ってもらった栗羊羹を口に運びながら、さてこの年代の女の子にどこを案内すべきかと人魚どんは思案する。
何しろ天狗どんの孫娘は、十歳になるかならないかといった年齢で。
人魚どんにとっては自身の末娘と同年代の女の子だ。
案内するにしても、大人と子供では紹介が必要な場所に食い違いがあるだろう。
どうしようかなぁと考えていた、その時。
人魚どんと天狗どんの目の前、三倉家の庭に。
忍者ジュニアがあらわれた。
忍者ジュニアは今日も通常装備で顔の半分が覆面だ。
まだ人魚どんと天狗どんには気付かない様子で、二階の窓辺りを見上げながら声を上げた。
「あーきらー殿ー、あーそーぼうでござるー!」
「はーあーいー」
そして、縁側の奥からとたとたと歩いてくる足音。
天狗の郷で生まれ育った、下界も人間の常識も知らない天狗の孫娘。
彼女が初めて出てきた人里で、最初に接触する人間。
そんな記念するべき第一種接近遭遇が、なんだかとても特殊なものとなりつつあった。
ちなみに昭君とさくま(仮名)君は現時点で中学生です。