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帰宅部少年と引っ込み事案転校生のラブコメ前日譚

作者: かいちょう

 微睡みの中、意識が急激に現へと浮上し始める。

 夢の中でのにぎやかな気持ちはそれにともなって急激に冷え切っていく。

 もうすぐ目覚めの時間、嫌な時間だ……


 ずっと夢の中にいられたらいいのに……

 そうすれば嫌な思いをしなくてすむ。

 嫌な現実を見なくてすむのに……


 夢の中のあたしはすごくカッコイイのだ。

 世界中どこへだって飛んで行けて、誰とだって打ち解けられて、誰とだって友達になれるし、世界中の困っている人を助けられる。

 そんなスーパースターなのだ!


 夢の中のあたしは誰もが知ってる輝かしい存在。

 そう、そんな誰もが憧れる存在。


 夢は見る人の願望を映し出す心の投影機だという。

 あたしの夢を見れば一目瞭然だろう。

 憧れを自身に投影して安心しているのだから……


 あぁ嫌だ、起きたくない……

 また苦痛しかない、ビクビクするしかない一日が始まるのだから……


 pipipipipipi


 小さな一人部屋に目覚まし時計の音が鳴り響く。

 しかし、その目覚まし音に反応して目を覚ますべき主はすぐに目覚ましのアラーム機能をオフにすることができなかった。


 なぜなら、とても情けない格好でベットから上半身を投げ出し、ベットに足だけを残して床にほとんど身を投げ出していたからだ。

 わかりやすく言えば寝相が悪くベットから落ちているのである。


 「……」


 その体がむくっと起き上がった。半覚醒の頭はまだボケーっとしている。

 しばらく無言で眠たそうに目をショボショボさせていたが、ゆっくりとした動きで大きく伸びをしてアクビをすると目覚まし時計のアラームの機能をオフにした。

 目をゴシゴシと擦りながら一階へと続く階段を下りていく。


 一階に下りると台所から朝食の臭いが空腹を刺激し目覚めを促進……させなかった。

 無理もない、そこは戦場だった。

 家族全員が寝坊して戦々恐々としていたのだ。


 父親は「おはよう」の言葉だけを事務的にかけ一気に玄関へと走っていく。

 妹は……すでに家を出た後だった。

 母親は素早く食パンをトースターから取り出すと。


 「夕実ごめん、このパン最後の一枚だったから冷蔵庫におにぎり入ってるからそれ朝食にして!」


 言って母親は我が娘の朝のだらしなさに時間がないにも関わらず叱咤をかける。


 「ちょっと!まだ制服に着替えてないの?もう時間ないわよ!おにぎり食べながらでもいいからさっさと着替えなさい!」


 朝は低血圧で活動がとろいのを知っていながら勝手な!

 思春期特有の反抗期を心の中でのみ唱えて冷蔵庫の扉を開ける。

 なるほど、確かにおにぎりがあった。

 賞味期限が昨日を表示しているコンビニで販売されてるものが……


 昨日食べてないのかよ!

 盛大なツッコミも心の中のみで展開され外に漏れることはなかった。

 そんなゆったりな動作のまだ半分起きていない娘に母親は急かす言葉をかける。


 「早く用意済ませなさい!今日登校初日でしょ?転校生は特例で遅刻OKってルールはないんだから!」


 母親の言葉に娘は首を縦に振って答えた。

 そう、今日は登校初日だ。

 なので早めに行って色々としなければならないことがあるわけだが別段緊張はしていない。

 もししていたらこんな呑気にはしていないだろう。


 父親が仕事の関係上日本各地を転々とすることが多く、割と短いスパンで勤務地がコロコロと変更する。

 その都度単身赴任していては事実上の別居状態となるため半ば強引に家族揃って引っ越しを繰り返そうと数年前決定してしまった。

 そのため酷い時にはわずか3か月で再び引っ越しということもあった。

 これも父親の仕事のコネがなせる技だというが、一体その引っ越し資金はどこから来るのか?

 実は娘でありながら聞いた事がない。


 まぁそれはともかく、そんなわけで学校で友達などできるわけもなく、自然と無口で人見知りになっていった。


 最初の頃は引っ越しするたびに溶け込もうと努力した。

 でも結局はダメだった。

 やがてある時期を過ぎた頃から引っ越しするたびになぜかイジメを受けるようになり、外の世界に対する興味は完全になくなってしまった。


 新天地へ逃げても、そこでも拒絶され、いじめられ、また新天地へ逃げるが、そこでもまた……それの繰り返し。

 ある意味ではイジメが酷くなる前に逃げ出せて幸運だったとも言えるが、もはや期待と言うものはないも同然だった。


 (今回の学校もきっと同じだ。いつもと同じであたしをいじめる……だから正直行きたくない)


 ため息をつきたくなるほど憂鬱だ。

 毎度いじめられていると家族に相談した事がないから仕方がないのだが、そんな娘の気持ちなどいざ知らず慌ただしく母親が仕事へと出掛けて行った。


 父親もすでに出かけ、妹も学校へと出掛けた。

 妹はあたしとは違ってどうやらクラスに溶け込める万能スキルを所持しているらしい、なんともうらやましいことだ。

 きっといじめられる云々の悩みとは無縁だろう……


 あぁ……一度でいいから妹と入れ替わってみたい。

 でもきっとそれはそれで人間関係で疲れそうだなと味わったこともない気苦労を考え、ぐったりとする。

 やっぱり考えれば考えるほど独り身がいい。

 他人の顔色を窺わなくてすむから……

 他人からイジメられる事もないから……


 とりあえずうだうだしてても仕方ないので賞味期限の切れたおにぎりを口に放りこんで学校へ向かうことにした。


 玄関へ向かおうとして手持ち無沙汰なことに気づく。

 別段鞄を忘れているわけではない、鞄ならちゃんと手に持っている。

 忘れているのは他でもない大切な友達だ。


 「いけない……やまちゃん置いてっちゃうところだったよ!」


 机の上に置かれたそれを抱き上げるとギュっと胸元で抱きしめる。

 やまちゃんと名付けたそれはアザラシのぬいぐるみであった。

 ぬいぐるみとは言ってもただのぬいぐるみではなく唯一の友である。


 そのぬいぐるみがなぜ唯一の友なのか?

 その経緯は大阪にいた頃に遡るわけだが、長い話になるので回想は割愛しておく。


 何にしても大切そうにやまちゃんを撫でると慌てて玄関へと急ぐ。

 いよいよもって時間が危なくなってきたからだ。

 自分以外家には誰もいないのでこのまま学校に行かないという選択肢もあるにはあるが不登校になるにせよ、さすがに初日からバックれるのはまずいだろう。


 やまちゃんと鞄を抱えて急いで玄関を出る。

 幸い家から徒歩で通える場所に学校があるため電車の時間などは気にせずにすんだ。

 その分通学路を柄にもなく全力疾走することになったわけだが幸か不幸か、そのせいでこれからの学校生活を大きく左右する出会いと出来事に遭遇することになる。



 坂道を下り終えて曲がり角、そこを曲がれば学校の校門へと続く一直線の道へと出る。

 そこまできた時だった。

 勢い余って坂道を走って下って来た勢いそのままで交差路へと出てしまう。

 そして、そこですぐ目の前に寝起きそのままと言わんばかりの豪快なアクビをしながら歩く男子生徒が横切ったのだった。


 「あっ!?」


 慌てて止まろうとしたが普段運動とは無縁な運動音痴少女が全力疾走で坂道を下ってきた速度をいきなり落とせるわけもなく、そのまま男子学生へと勢いそのままにタックルをかますことになった。

 そして抱えていたやまちゃんと鞄が宙を舞い、事件は起きた。




 その日俺はいつも通り退屈な朝を満喫していた。

 退屈を満喫というのもおかしな話だが、それ以外に表現する方法がないのだから仕方がない。


 さて唐突だが特にこれといった青春純愛イベントも、熱血スポーツ部活イベントもない万年帰宅部皆勤賞の男子高校生にとって毎日がどんなものかおわかりだろうか?

 答えは簡単、面白味もない普通の毎日だ。


 眠い目を擦りアクビをして登校し、友人と喋り、時々エロイベントに歓喜し、放課後が訪れ、帰りに寄るところがあれば寄って帰る、バイトがあればバイト場に直行する。

 なければ直行で家に帰り、適当にゲームか何かでもして、はいお終い。


 こんな毎日をずっと続けていれば飽きもくるってものである。

 思うに非日常のバトルものの主人公は帰宅部に絶対にすべきである。

 何故なら部活動を満喫している連中は青春を謳歌するので手一杯であろうからな!


 非日常の分野は手が空いて暇を持て余している帰宅部に委ね一任すべきだ。実にそう思うね。

 身体能力の高さからくる矛盾に関しては、あれだ秘めた力が目覚めたって設定ですべて解決できるし、人間には火事場の馬鹿力なんてものがある。

 運動系の部活動を満喫してるやつは精々憎まれ役で参戦くらいで主役を帰宅部から奪い取るべきではないだろう。


 そんなわけで別段望んじゃいないが、この退屈を破綻に追い込んでくれるくらいの非日常を望んでいる俺こと山岡タケルはその日も遅刻気味でありながらも特に慌てることはなくゆっくりと通学路を悠々と歩いていた。

 アクビを連発しながら……


 そんな通学路において、よもや狭い交差路から超高速で見知らぬ女子高生が飛び出してきて横っ腹にタックルをお見舞いしてくるなど普通に生活していたら夢にも思うまい。

 なので完全に油断しきっていた俺は交差路に出てすぐに坂道を猛スピードで下ってくる女子高生と目が合いながらも何もできず。


 「どほーん!」


 とか間抜けな声を上げて盛大に宙を舞った。

 いや、それは少々……いやかなりオーバーに表現しているが実際吹っ飛んだのだから仕方ない。

 変わりといったらおかしな話になるが思わず手を放した鞄が宙を舞った。

 あと何かぬいぐるみっぽいものも宙を舞っているがあれは一体?

 そう思っていると体が地面にぶつかった。


激痛にのた打ち回るかと思いきや、宙を舞っていたぬいぐるみをついつい絡め取ってしまい、思わずクッションにしてしまったようだ。

 やるな俺の運動神経!秘められた力が解放されたか?


 そんなアホな事を考えながらも体を起こし改めてぬいぐるみを見る。

 それはアザラシのぬいぐるみだった。

 愛らしいぬいぐるみだが大きさはそこまで大きくない。

 だからクッションとして使用できた部分も急所だけであった。


 そう、吹っ飛ばされ地面に激突する瞬間、自分でも驚く反射神経でぬいぐるみを掴み取り、股間に押し付けて股間を衝撃から守ったのだ。

 こんな愛らしいぬいぐるみを股間を押し付けたのは申し訳ないが、おかげで男の大事な部分を激痛から救うことができた。

 まさに救世主だ!


 「おぉ……これは神の使いか?ありがとう!!愛してるぜ!!」


 なので俺は思わずアザラシの口あたりにぶちゅーとマウストゥマウスで熱烈なキスをした。

 アホな行動だとは思うが、男子高校生とはそういうものである。


 「ひっ……!」


 その時だった。となりで女の子の声と何かが地面に落ちる音がした。

 声を出したのは俺にタックルをお見舞いした女子高生であり、彼女は自分の鞄を地面に落としてワナワナと震えていた。

 どうも彼女は自分にタックルをお見舞いしたおかげでこけずにすんだらしい。


 「あーもしかしてこれ君の?いやーこれのおかげで助かったよ!てか気を付けてくれよ?マジで坂道を全力疾走で下るの危ないぞ!ぶつかったのが俺じゃなくて車とかだったらどうするつもりだったんだ?」


 俺は鞄を拾ってぬいぐるみと一緒にその女子高生に差し出したが、そこで気が付いた。

 彼女、何か今にも泣きそうなんですけど?


 「や……」

 「や?」

 「やまちゃんがりょ、凌辱されたーーー!!うわーーーん!!」


 なんかとんでもなく周囲に誤解されること叫んだーー!?

 一斉に周囲の通学中の学生の視線が集中する。


 「ちょ、待てよ!!何言ってんだよ?おい!」


 言ってる間に恐るべき速度でその女子高生は走り去っていった。

 残された俺は冷たい視線とヒソヒソ話に晒されるハメとなった。



 「はぁ……何か朝から散々だ」


 教室に着いた俺は机に鞄を投げてドガっと席につく。

 すると前の席に座っていた女子が振り返って話しかけてきた。


 「バカタケル、また何かやらかしたの?」

 「またって何だよ。俺の日常はそこまでイベント満載な楽しい毎日じゃねーぞ?」


 適当に言って俺は机に突っ伏した。


 話しかけてきたのは前の席の女子、古賀沙耶香。

 高校1年の時からクラスが一緒で何かと席が近いことが多く、無駄に突っかかってくるやつだ。

 とはいえ別段仲が良いわけではなく、学園ものにありがちな一方通行な片思いを寄せていたり、寄せられていたりといったことも多分ないのでここでは他人行儀で古賀と表記することにしよう。


 「何か失礼なこと考えてない?」

 「お前は人の心の中でも視えるのか?超能力者かお前?」

 「あら?バレてしまったかしら?オホホホ何を隠そうワタクシが稀代の天才美少女超能力者……」

 「痛いから止めといたほうがいいぞ?あと自分で美少女言うか?」


 とまぁ、こんな具合に毎朝ホームルームが始まるまでバカ話をしているわけだが、この日はやけに担任の教師が来るのが早かった。


 「はーいさっさと席につけお前ら!ホームルームはじめっぞー」


 めんどくさそうに担任の先生が入ってきた。

 ジャージを着た30代も後半に差し掛かろうかという女教師だ。

 当然巨乳である。

 何が当然なのかはわからないが、巨乳である。大事なので2度言おう。


 「はーい、ちゅうもーく!今日はお前らに新しい仲間を紹介すっぞー」


 そう言ってジャージ巨乳女教師は入ってこーいと教室の入り口に声をかける。


 「もしかして転校生?男かな?女かな?」


 古賀が言うと俺の隣の席の親友であり悪友たる辻がニヤニヤしながら典型的なアホ発言をした。


 「美少女転校生か?ついに春が咲き乱れるか?きたな!俺のハッピーラブコメハイスクールライフが!!」


 鼻息荒く言う辻を見て呆れてしまった。

 たとえ美少女だったとしてもお前に春が咲き誇ることはないだろう。

 親友としてそのイベントフラグすべてへし折ってやるから安心してバッドエンドを期待するがいい!

 そんな事を考えていると教室に転校生が入ってきた。


 「し……失礼します」


 弱弱しい声で教室に入ってきたのはどこかで見たことのある女の子だった。

 両手で鞄とアザラシのぬいぐるみを胸の前で抱きしめており、髪の毛はくしゃくしゃな短髪。


 どう見てもつい先ほど交差路で坂道を猛スピードで下ってきて俺にタックルをくらわした女子高生だ。

 なので自分でも鏡を見なくてもわかるくらいに驚いた顔で転校生を見る。

 そして向こうも俺に気づいたらしい。

 ジャージ教師が彼女の紹介を始める前におびえて涙目になると。


 「ひっ!や……やまちゃんを凌辱した人!!」


 またしても誤解をまねく爆弾発言をした。

 教室中の視線が一斉に俺に向けられる。


 「ちょ……ちょっと待てぇーーーーい!!言い方ぁぁぁ!!」


 思わず立ち上がって大声を上げてしまったが、そんな俺を見て彼女はより一層おびえると。


 「いやーーーーー!!!!!」


 大声で叫びやがった。


 どうしたことかこれより先、退屈だけが取り柄でいつも非現実的な非日常でも起きねぇーかなーと中二病なことを考えてなくもなかった俺は、ご期待通りにある意味において非日常な日常ドタバタに巻き込まれていくことになる。


 これはそんな帰宅部少年である山岡タケルと引っ込み事案の転校生である倉敷夕実、2人の出会いの物語……



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