少年と少女
7時55分。
縁側に座った少年が掌にまで垂れそうなアイスを嘗めとった。横に座っている少女は、なにやら思案顔で少年を見つめている。
少女は少年に尋ねた。「生まれ変わったら何になりたい?」
少年は間をおかずに答えた。「蛍になりたい」
残っていたわずかなアイスを頬張っていた少年は、灯りの灯らない蛍光灯を見上げ、独り言かのように淡々と、彼の物語を開始する。
「夜、僕は時々怖くなる。自分が宇宙の隅にぽつねんと浮かんでいるような、あるいは、深海で水圧に押し潰されているかのような、そういう気分になるんだ。もしかしたら君も知っているのかも知れないな。一人佇む街灯に自分を重ねてしまう夜の孤独。わかるかい?」
少女は首肯した。
それは例えば一人机に向かう時。
数字の波に思考が支配された瞬間、孤独は心をノックする。
努力を重ねれば重ねるほど、壁の高さを痛感する。
「僕はね、特に夏の夜が怖い。花火が上がり、祭りに人が浮かれる夜、僕は自身の孤独を強く感じる。そして泣きそうになる。いや、僕が気づいていなかっただけで泣いていたのかも知れない。とにかくそれくらい、夏の夜は怖いんだ」
そこで初めて彼は彼女を見つめた。
「そんなとき、僕はいつも蛍を思う。静かに自分に気づいてほしいと主張する、あの健気な生き物に思いを馳せる。好きな人に気付いてもらおうと懸命に光るその姿に、自分を重ねるんだ」
少女は口を挟もうとして、結局、口を閉じた。
彼女は彼の意見を最後まで聞こうと決めたのだ。
「例えば、勉学に励む彼女を照らす、蛍光灯より」
彼は頭上を差した。光は消えている。
「努力を続ける彼女の心を温める、小さな光の一つになりたい」
縁側から目の前にある川を見やった。仄かな、ちっぽけな光が、そこにあった。
彼は彼女の顔を覗き込む。
「せめて、来世でね」
少女は止まった。少年は力を抜いて笑みこぼれる。幸せでたまらないと、彼の表情が語っていた。その笑顔に何を思ったのか、少女は投げやりに口を開ける。
「彼女に気づかれたら、今世だって蛍みたいな存在になるのは可能だと思うけど?」
少年は、しばらく迷った。
すると、一匹の蛍が、羽をはためかせ必死に飛んでいるのが見えた。
小さな光は、彼に勇気を与えるのには十分すぎた。
「気づいてくれた?」
少女が真っ赤に染まった、8時12分。
意味を理解した彼女が、少年にちゃんと言葉にするように頼み、彼が赤くなりながら思いを伝えたのは。
また、別のお話。