ガキ
「おじちゃん!おじちゃん!」
目の前でガキが飛び跳ねる。
公園、真っ昼間。ベンチで一服している俺の前でだ。
「おじちゃんってば!おじちゃんおじちゃん!!」
「…なんだ、うるさい。」
根負けして返事した。
「おじちゃん!!やっぱり聞こえるんだね!!」
「…ああ、風邪でもひいたのか?大丈夫だ。お前は元気ださようなら。」
「ちょ!待ってよ、おじちゃん!僕じゃないよ、お母さんだよ!!」
立ち上がる俺を引き止め叫ぶガキ。
「はぁ…俺は便利屋じゃねえぞ。」
「知ってるよ。お医者さんでしょ。僕のお母さんを治してよ。」
「だから便利屋じゃねえって。お前…勘違いしてんな、俺は…」
「お金ならあるよ!」
そう言ってガキは懐から小銭を幾つか見せた。
「…舐めてんのか。」
「舐めてないよ。お願い。お母さん苦しそうなんだ。いっつも僕を治してくれるじゃん。」
「だから勘違いだ。俺は…」
「お願いします。」
どこで覚えたのか腰を九十度に曲げて頭を下げるガキ。
「……手に負えなくても知らねえからな。」
満点の笑みを浮かべるガキ。渡してきた小銭は、とても軽かった。
「お母さんは僕を育ててくれたんだ。」
「お金?も、あんまり持ってないのに、いてくれるだけで幸せだって。」
「だけど最近はずっと寝たきりで、なんとかしなきゃって。」
道すがら…ガキは自分の話をした。
そのほとんどは聞いたことのある話で、それはガキも分かっていただろうが、それでも話したし、話を聞いた。
「ねぇ…幽霊っていると思う?」
ガキの家の前について、そのときガキが言った。
「いねえよ。」
俺はそうかえした。
「そっか。」
ガキは少し寂しそうにそう言って。
俺はもうガキの方は見ず、家に入る。
母親は居間で倒れていた。
死んでいるかと思ったが息はある。
専門ではないが取りあえず一通りの処置をすると一時間程で目を覚ました。
「幽霊って…いると思いますか?」
布団に横になりながら母親が言った。
「いねえよ。」
俺はそうかえした。
「そうですか…」
母親はそう言って少し寂しそうに仏壇の方を見た。
そこにはガキの写真が飾られていて。枯れた花が添えられていた。
「夢を…見たんですよ。あの子が逝ってしまった日の夢を。」
母親は遠い目をしていた。
「それにしても獣医さん…なんで私がこうなっているって分かったんでしょう?」
「…動物には、人間の医者と獣医の違いなんて理解できないだろうからな。」
母親は認知症をわずらっていた。
息子のことは思い出せても、飼っていたペットのことなど覚えてはいなかった。
ポケットを漁ってみた。中には大量の葉が。
「舐めてるよな、ほんと。」
仕返しに家の中に葉をばらまいて、金にならない仕事は終わりをつげた。