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A戦場へようこそ。  作者: 三方カケル
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ターミナルタウン

聖なる水が流れる街。

水の都と、この街が呼ばれたのは随分と過去の話となる。

長年緊迫した状態だった隣国との関係は悪化の一途をたどり、ついに始まった戦争は街に流れる清流を黒く染めた。

科学の塵と、戦場の血で汚されたそれは何故か戦争が終わっても元には戻らず。

ただ今も、ごみとヘドロと、そして死体ばかりが流れてくるのだ。

皆はこの街をもう水の都とは呼ばない。

ここは全ての終着点。

死が流れ着く街ーターミナルタウンと。

だけど、そんな場所だからこそ貰える仕事もあるわけで。

戦争によって増加した孤児、その一人である俺は今、死体回収で飯を食っている。

俺の仕事は街に流れ着く死体を見つけ、発信器をつけ、報告すること。

回収と言っても本当に回収するわけでなく、見つけるまでの簡単なお仕事と言われがちだが、街のお役人さんでも把握しきれないほどの水路があるこの街では無茶苦茶な難易度になってしまうお仕事だ。

成功報酬制なので、死体を一つでも見つければ飯にありつけるが見つからなければ勿論報酬はない。

とてもシビアで、だけどこれぐらいしかできることのない俺にはピッタリの職業。まあ運が良ければ沢山見つけられる日もあるので夢のある職業と言えるかもしれない。まあこの仕事そのものに夢がないんだけど。

さて、今日も仕事のお時間だ。

南の入水路から入った死体を新人ちゃんが見つけたのだが、発信器を付けそこない見失ってしまったのだという。

まあよくある話だ。

場所と時間を考えると俺の管轄内に来ることはまず間違いない。

どこから探したものかと考えていると、女の子の泣き声が聞こえた。

ここらは治安が悪い、よからぬ輩に絡まれているのならば助けてやらないといけない。

俺は駆けだした。

この街の名物であるレンガ造りの家。隙間なく、そして堂々とそびえたつ。

これは増水時に本来水路でない場所が水路になってしまっても大丈夫なようにこうなっているのだが、急ぎの時はそれが邪魔をする。

幾多の塀をよじ登り、飛び越え、少しだけ壊して。

たどり着いた先の光景に思わず息をのんだ。

1人目の男、それは俺の知り合いだった。

二人目の男、倒れていた、明らかにもう死んでいた。

少女、死んだ男に縋り付いて泣いていた。

そこまでで状況を完全に把握し。

少女に銃を向けるその男に銃を向けた。

男は俺を一瞥し、すぐ興味を失ったように再び少女に視線を戻し引き金を…

「薬なら持ってる!!」

引くその前に俺は薬瓶を掲げた。

「………っ」

男は舌打ちをして銃を下ろす。

それを確認して俺は男の元に駆け寄った。

少女は泣きながら死んだ男に縋り付き放そうとしない。たぶん今の俺たちのやり取りも聞いていないんだろうと思った。

「こいつが南以外から入ってきたならどうするつもりだ。」

男ーブルーノが険しい形相で俺に問いかける。俺は資料を見せた。

「南の新人ちゃんが取り逃がしたモノの特徴がコイツに似ている。南から来たならなんとかできるだろ。」

瓶を振って見せる。

ブルーノは資料を俺の手から奪い、ペラペラとめくる。死体とそれとを確認して、長い間にらめっこをしてから、不満そうな顔でため息をついた。

「…好きにしろ。」

そう言って立ち去っていく。この場所は俺の管轄内、基本的には俺の決めたことには管轄外の人間は逆らえないのだ。報酬もこっちもちでいいらしい。

一呼吸おいて、目の前で失意に沈む少女にどう声をかけたものかと思案する。

年齢からみて恐らくは父と娘。

死体はまだ新しいことから、少女も男が帰ってこないことなど考えていなかったのかもしれない。

ほんの少し長い、出張程度にしか。

だけど死体が速く見つかるのはそれだけで幸運なことだ。戦争が終わってずいぶん経つのに未だ新たに発見される当時の死体の多い事や。

白骨化までは至らず、人間だったとは到底思えないナニカは、残された人々の心を残酷に抉っていく。

それに比べたら随分と幸福なこの状況、だけどそんなこと少女には関係がない。

少女は今、世界で一番不幸な少女である。そう、思っているのだろう。

だけど、こんなものは日常茶飯事。問題があるとすれば、少女がマスクをつけず、手袋をぜずに死体に接してしまったことで…

ーもうすぐあいつらがくるー

そう思ってしまったのがいけなかったのだろうか。

後ろから足音が聞こえ、振り向くと大きな機械を背負った真っ白な人間がいた。

「ただいま到着いたしました。焼却部隊ー28班副班長、ヒナリです。」

綺麗な声で物騒な言葉が聞こえた。

俺の仕事は死体を見つけること、では回収をする別の仕事があるのか…否。そんな仕事はない。

外から来た死体はそれぞれ必ず絶望を運んでくる。

南は飢え、東は争い、西は勝利、北は死。

それはマスクを付けなけていなければ近づくだけで感染し、手袋を付けないと触れるだけで感染する。

ゆえに、回収は困難を極め、尚且つリスクに見合ったリターンもないためこの街には回収屋はいず、いるのは死体と死体に触れたモノを燃やす焼却部隊だけである。

「それらが…対象物ですか?」

綺麗な声で、そして指で二人を指す。

片方の手には、対象が生きていても一瞬の苦しみも与えず焼却する救いー彼らに言わせればーの兵器。

慌てて俺はさっきと同じ説明をした。

「なるほど…確かにこの資料の男と対象は類似点がいくつかあり、対象は南から来たと判断するには十分な証拠といえるでしょう。」

「南の飢えだけは確かに比較的容易な方法で取り除くことができます…しかし、他の病である可能性も除外できないため精密検査となりますがよろしいですか?」

「ああ…構わない。費用は全て俺が持つ。」

「了解しました。ではこれは回収します。」

そう言って少女に近づいたかと思うと。

少女の腹を殴り気絶させた。

「ちょ、おい!」

「問題ありません。」

少女を担ぎ上げ物騒な兵器を彼女の父親と思しき男に向ける。

「…焼却を開始します。」

燃え上がる炎は男の体を包んだかと思うと、それを一瞬で消滅させた。

悼む間もないほどあっさりと、これが送り火だと言わんばかりに豪快に。

黒き炎は天へと昇って消えた。

「………焼却、完了いたしました。」

少女を担いだまま立ち去る白服に、俺は声をかける。

「これ!俺の連絡先。その子に…その子が目を覚ましたら渡してくれないか?困ったことがあったら力になるからっていっといてほしい。」

「………」

「だめか…?」

沈黙が場を包んだ。

「………分かりました。伝えておきます。」

そう言ってメモを受け取り、今度こそ立ち去った。

辺りはもう一度静寂に包まれ、あの男のいた場所から立ち上る煙だけが。

彼がいたことを俺に知らせてくれた。

ああ、今日のご飯は何にしようか。

少女の検査費は膨大な額に及ぶだろう。裕福なら払ってもらえばいいが、きっとそうでない気がした。

「削るかぁー」

しばらくは昼抜きになるのかと、いまから憂鬱になるのだった。

そんなこんなで生きていく。

この街で。たった一人で。

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