くも
レポートをまとめていたらすっかり夕方になってしまって。
雨が降り出して洗濯物を取り込もうと窓を開けたら下から甲高い声が聞こえた。
「へい、旦那!!」
見ると勿論誰もおらず。しかし、よくよく目を凝らすと、俺がこの世で最も嫌悪している生き物がそこにいた。
気味の悪い八本の足に醜悪な顔、いつ飛びかかってくるか分からない不気味さを持ち、益虫だから少しだけ殺すのがためらわれる厄介な虫。
そう、蜘蛛である。
優しさなんて微塵も持ち合わせていない俺は殺そうと蜘蛛除けスプレーを持って、それを蜘蛛に向けた。
「ちょ、ちょっと!!待ってください、旦那ぁ!!」
「え?」
思わず後ずさる。どこからともなく聞こえる声、だけど姿は見えない。
「こっちですよ。こっち。」
声はやはり下から聞こえる、そしてその先にいるのは。
「初めまして旦那。俺っちは、今あんたに殺されそうになった蜘蛛です!!」
「………」
「あ!ちょっ!!黙ってノズルの先をこっちに向けないでください!!死にます!!死んじゃいますからぁーー!!」
「……蜘蛛が何の用だよ。」
「よくぞ聞いてくれました。」
蜘蛛は腕を組み深刻そうな表情?をして話し始めた。
「雨が降ってるじゃないですか。雨宿りさせてほしいなーなんて。」
「……それだけ?」
「それだけ。」
「……」
「俺っちがいれば、うっさいハエやゴキブリがいなくなりまっせ。」
「お前にゴキブリは殺せないだろ。」
アシダカグモだったらその場で蹴り飛ばしている。
ただ最近部屋をよくコバエが飛んでいるので悪い取引ではないと思った。
「一メートル以内に近寄るなよ。」
「ありがとっす旦那ぁ!!でも1Kじゃそれは無理っす。」
「……1Kじゃねーよ。」
そうやっておかしな共同生活が始まった。
それ以来ハエは全くでなくなり、俺も少しは認め始めていた矢先、そいつはやってきた。
「のそのそ、良い家じゃねーか。せっあっかっかっか!!。」
「お、お前は。セアカクナイゴケグモ!!なんでこんなところに。」
「雨が降っているからなぁーーー!!!」
「くそぉぉお!!」
「なんでうちに来るんだよ。」
その蜘蛛はとても大きかった。
「旦那!!ここは俺っちが。うおぉぉぉぉぉ!!!うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「どうした……この程度かぁ?」
俺は踏みつぶした。
「この家には一センチ以上の蜘蛛は立ち入り禁止だ。」
「だっ……旦那ぁ……俺っちはもうだめだ…短い間だったけど…世話に…なった…な…ばた。」
蜘蛛は倒れた。
「よし、片付けるか。」
「死んだふりでしたぁー」
「………」
しばらく同居生活は続きそうだ。