敗北、解散
「獣風情が。わしに触れられるはずがなかろう」
突如、輝く膜の様なものが現れ、獣の豪腕を防いだ。予想外の結果に驚く魔獣を、ニアは不敵に嘲笑う。
獣は2度、3度と純白の前脚を打ち付けるが、ニアの結界は揺らがない。
「ニアちゃん!私達にもそのバリアをお願いします!」
その様子を見たシオンが、木々の合間から指示を出す。
しかし―
「い・や・じゃ」
返事はつれないものだった。
「だったらせめて私達を回復させてくれない?ヒーラーでしょ?」
「ム・リ・じゃ」
「どうして!?」
「わしはわし自身を守るので精一杯。お前達にMPを割く余裕などこれっぽっちも無いのう」
ふんぞり返りながら満身創痍のシオン達を嘲笑う余裕ならばあるらしい。
「ま…まあ、回復魔法なら私も使えるから、ね?」
「いえ、マリンさんは一発でも多く攻撃魔法を撃ち込んでほしいです!ニアちゃんに気を取られている隙に!」
「わかったわ…蒼くのたうつ焔の蛇よ―」
気遣いを否定された形だが、それで気分を害するほど子供ではない。
深く息を吐き、詠唱を始めると、その頭上に蒼い炎が渦巻き、まさしく蛇のようにとぐろを巻き始める。この蛇は、道中にシオンが乱発していた魔法とは比較にならない熱を宿し、その身が燃え尽きるまで敵を追い、1度食らいついたらそのまま丸呑みしてしまう。マリンがかつて得意としていた必殺の魔法だ。
扱い慣れた呪文を唱えるその声はしかし、か細く震えていて、額には不自然なまでの汗が吹き出ている。だが、彼女の異常に気付ける者はいなかった。
「その灼熱を以て敵を…て、てきを……だ、駄目!やっぱ無理…」
そして、蛇は放たれることなく霧散した。
「え?なんでやめちゃったんですか!?強そうな魔法だったのに!」
「私はもう攻撃魔法は放てないの。かなり久しぶりだからもしかしたらと思ったんだけど、やっぱりダメみたいね…」
聖女は結界に閉じこもり、魔女は攻撃しない。騎士は何も護れぬまま吹き飛ばされ、兵士は一切ダメージが通らず無視されるだけ。
あまりにも悲惨な戦況に、シオンは決断を下す。
「撤退っ!撤退するよ!!」