勇者シオン
翌日、何故かロイは王城に呼び出されていた。
昨日クビになった時点で王国の関係者では無いはずだ。にも関わらず、名指しで呼び出されるとはどういうことか。それも兵士の制式装備を身に付けるようにとの指示まであり、謁見の間に来るようにとのこと。
怪訝に思いながら謁見の間に入ると、国王とハイドリヒ将軍が待っていた。
いや、もう一人、見慣れない少女がいる。
腰まである黒髪を後ろに無造作に束ね、武骨な鎧を纏ってはいるが、その髪の艷やかさや体の線の細さが、戦慣れしていない印象を与える。年の頃は14、5といったところか。落ち着いた佇まいは深窓の令嬢のようでいて、きらきらと輝くその瞳だけが対照的に好奇心旺盛な子供の本性を現していた。
「失礼致します。ロイ、命に従い参上致しました」
「シオン殿。こちらが我が国一の脚を持つ男、ロイです」
「ロイさんと仰るのですね。シオンと申します。先程勇者として異世界から召喚されました」
「ロイよ。これよりシオン殿と共に魔王討伐の旅に出てほしい。ああ、2人だけではないぞ?あと3人用意しているのでな」
将軍が少女に敬語を用いるとはいかなる事か、と怪訝な様子だったロイは言い渡された内容に目を見開いた。
魔王討伐の旅などという重大な任務に、兵士をクビになった者をつけるなど、尋常ではない。
ロイ以外に3人も居て、勇者も居るなら戦力的にも問題無いはずで、わざわざ退役させられた三流兵士をつけるのはむしろ失礼なのではなかろうか。
「失礼致します。クロイツ・ドラグーンただいま参上致しました」
「シオン殿、こちらが我が息子クロイツ。騎士でございます」
「失礼致します。マリン、参上致しました」
「こちらが宮廷魔道師のマリン殿です。我々白銀騎士団もよくお世話になっておりましてな」
「何でわしまで行かねばならんのじゃ!?」
「こちらが聖女ニア様。ご覧の通り幼いですが、教皇台下をも凌ぐ聖術の使い手にございます」
他の3人を知りさらなる驚愕に見舞われた。昨夜、共に酒場で騒いだ面々なのだ。
何かまずい事でもやってしまったのかと思い返すが、あいにく泥酔していたロイには定かな記憶がなかった。
とはいえ、騎士と魔道師と聖女だから、なるほど戦力バランスは悪くない。ニアが本当に同行するのかは怪しいところだが。
「む?ロイではないか!なんじゃ、お主もおるなら先に言え!」
「いや、俺は別に…」
「ロイがおるならわしも付いて行ってやってもよいぞ!退屈凌ぎになりそうじゃしの!」
そして、ニアの反応でようやく自身が呼ばれた理由を悟る。
“我が国一の脚を持つ”というのはオマケで、ニアを参戦させるためのエサだったのだ。
傍から見れば、ロイは平民でありながら聖女と関係が深い稀有な存在であり、また兵士1人で聖女を釣れるならばなるほど安いものだろう。
(拒否権は…?)
ロイはハイドリヒ将軍に視線で訴えるが、
(…当然無い)
将軍は小さく首を振るのみだった。
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「出発の前に皆さんのステータスを教えてくれませんか?」
謁見の間から城の出口まで歩いている時、唐突にシオンが口を開いた。
だが、その突拍子も無い言葉にロイ達(見送りに付いてきているハイドリヒ将軍も)は顔を見合わせる。
「ステータス…?」
「教会で多額のお布施をして“鑑定”のスキル持ちに観てもらうやつよね?」
「そんな金あったらあんなオンボロ酒場に通ったりしねえよ」
「えっと、目の前に紙があるようにイメージしながら『ステータスオープン』と唱えてください」
異世界に伝わる魔法か何かだろうか?
しかし、ハイドリヒ将軍も含めた全員が唱えてみたが何も起きない。
「シオン殿、我らをおちょくっておられるのですか?」
「いやいや、これを唱えることで自分のステータスは確認できるはずなのですが。このように…ステータスオープン!」
唱えると同時にシオンの手に1枚の紙が現れる。
細々と字が書いてあるが、もしかしてこれが…
「これが私のステータスです」
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名称:シオン
年齢:17
職業:勇者
レベル:1
生命力:10000/10000
精神力:1000/1000
腕力:2500
耐久:1300
魔力:5900
魔防:4300
脚力:1900
スキル
・全魔術適正
・炎神の加護
・水神の加護
・雷神の加護
・地神の加護
・風神の加護
・聖神の加護
・魔神の加護
・…
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「流石は勇者シオン殿でございますな!これ程数多の神々から加護を授かっている者は初めて見ましたぞ!それに戦闘経験が無いにも関わらずこのステータスの高さ…もう少し成長したら是非とも手合わせ願いたいものですな!」
数値に関してはロイ達には基準がわからなかったが、“軍神”ハイドリヒ将軍が感嘆するほどだから相当高いらしいことだけはわかった。
そして、スキルが凄いことは彼らにもわかる。常時発動型スキルだけでも、こうして読んでいて未だに終わりが見えないのだ。
もう、こいつ1人で十分なのでは?…との思いは胸の内に留め、同行者達は強張った顔を見合わせた。
「それでは、皆さんのステータスは後日鑑定して貰うとして…まずはどちらに向かいましょう?」
「とりあえず聖剣の祠では?」
「それが、先代勇者が祠の鍵を旅の途中で紛失しましてな…今急いで合鍵を作らせているところです」
「エルフの郷でしたよね…往復するだけでも一月ほどはかかりますね」
「それじゃあ、ひとまずシュバルツベルクだろうな。最近モンスターが下りてくることが多いらしいし、ちょっとは間引かねえと」
「その前に一旦冒険者ギルドに顔を出した方がいいでしょう。あそこは駆け出しの冒険者達の育成場所でもありますから、一言通しておいた方が無難です」
「ついでに依頼も受けて報酬頂いちゃいましょう。旅の資金はあって困るものではありませんよ」
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「冒険者ギルドにようこそ!私たちはあなた方を歓迎致します!!」
ギルドは大盛況だった。
「あなたはピート達のところに回復薬を届けて!あなたはニック達に食料配給!あなたは住民達の避難誘導を手伝って!あなたは…」
…いや、対応に追われて慌ただしいと言うべきか。
「騒がしいでしょう?ちょうどシュバルツベルクから大量のモンスターが下りてきてて、冒険者達に防いで貰っているところなのよ」
「そんなに街に来ているのなら、軍が守るんじゃないのか?」
「それが、最近戦役続きだったから近衛兵しか居ないらしいの。王城を守るので手一杯なんだってさ」
想像以上に切迫しているらしい。
「我々も最前線で戦いましょうか?何、心配は要りません。冒険者としては駆け出しですが、こちらの騎士クロイツはかの軍神ハイドリヒ・ドラグーンのご子息ですし、聖女ニア様もヒーラーとして同行して下さってます。こちらの二人も宮廷魔道師と兵士ですし、私は勇者ですよ?我々に任せてください」
シオンの提案にニアを除く面々も頷く。
ロイは走り専門で戦闘能力はたかが知れているが、シュバルツベルクのモンスター程度なら“ヌシ”を除けば遅れを取ることもあるまい。クロイツは戦闘のプロであり、マリンやニアは戦闘職でこそ無いものの、有り余る才で十分戦えるはずだ。王都防衛の役は務まるだろう。
かくして勇者一行の初仕事が始まった。