ブローチ
暗くさびれた小さな部屋。鼻が捥がれるほどの悪臭が漂っている。その場所は――地下牢屋。
閉鎖されて使われなくなった牢屋は、掃除はされず放置されていたこともあってか、水路に流れていた水はすっかりと腐り、行き場もなくした腐った空気はその場にたまるばかり。
「臭せぇーな」
口を保護する魔法を――ガスマスクを着用し、目も当てられない惨状を見渡しながら小さく吐いた。びちゃびちゃと吐しゃ物が足元へ散乱すると、まるで餌を待っていたとばかりに小さな虫たちが群がってきた。
なんとも言えない不気味さと気持ち悪さにシロは硬直してしまう。
「面倒くさいな!」
不満げに漏らし、シロはひとり地下通路を歩いていく。その先に、求めるものがあるからだ。
人を失った場所はすぐに風化してしまう。少し手も手入れがあっても風化の時間は多少遅くなるだけですぐに加速してしまう。
そんな場所をシロがただひとり来ていたのは、ソラからの頼み事からだった。
――一時間前。
「シロー!」
泣きながら寄ってきた。またなにか嫌なことがあったのかとソラに尋ねたら、
「ブローチが…盗まれた…」
「だれにだ?」
「ねずみさんに」
ソラは涙声に混じりながら言った。ねずみさん? とシロは聞き返した。
「あっちに」
指をさした方向には昔、町だった建物がすでに倒壊、半壊してしまった産物が残された場所だった。そこはかつて鉱山などで栄えた町だったと聞いた。目当ての鉱石がとれなくなったことから廃棄されてしまったそうだ。
鉱山からは使い古しになった機材や道具が残されており、ガソリンや謎の液体などが気化し危険な状態になって、政府でも近寄る人はいないとされている場所だ。
そんな場所にネズミがいるとは思えないと苦い顔を浮かべるが、ソラの泣きじゃくる顔に耐えられず、「わかったいってやるよ」と言ってしまった。
入ってみて分かったが、地下通路から明らかに息ができないほどの悪臭と喉を焼き捨ててしまうような異様な感じがした。シロは魔法でガスマスクを生成し、魔法で防護服を作って着用した。
皮膚がどろどろと泡を吹いて崩れるのが見えたからだ。
「気味悪いな」
防護服を着たこともあって、何ともないが、時間の問題だと理解した。
ネズミがいるであろう――道を探して迷ってしまった。
鉱石を見つけるために散々開けた穴がまるで迷路のように作られており、案内所があったはずの看板はすでに廃れてしまっており、目視することは叶わなかった。
「チッ! しかたねーな」
シロ特有の魔法を発動した。
この魔法は対象者関係なく発動するから使い方が難しいところだ。自分よりも上だと思っている連中には効かないが、下と思っている奴は確実に発動する。
「ブローチを持った奴出てこい!」
命令を下し指を鳴らした。
するとものの数十分でブローチを持ったネズミが出てきた。
「悪いな大切なものでね」
謝りながらそのネズミからブローチを取り上げた。すると、ブクブクと泡がたちネズミの身体が裂け、破裂してしまった。ドロドロと泥水のように広がる醜悪さは気分を悪い。
「チッそろそろ危ないか」
急いでもと来た道に戻る。
ガスマスクの端から徐々に液状に溶けつつある。防護服も白色からみるみる茶色に染まっていっている。この空間特有なのだろう。シロは慌ててこの場所から逃げるように走った。
「シロー! どうしたのその服?」
外に出たところ、防護服はすっかりと紙のようにふやけてしまい、ガスマスクに至っては口と鼻を覗いて溶けてしまっていた。やはり、あの空間は魔法使いであっても近寄らない方がいい。
それに、出口が分からず転送魔法で出てきてしまった。大きく労力を消費してしまった。
「やるよ。もういらないから」
その場に捨て、青空を見上げながら仰向けに倒れた。
「空気、おいしいな」
ソラがボロボロになった服だったものを見つめながら不思議そうに尋ねた。
「空気は食べれないよ」
「そういう意味じゃねーよ。でも、確かにな。」
「……ブローチ見つけたぞ」
ソラに両手に向かって投げた。キャッチし、ブローチを見つめながら「ありがとう」とお礼をくれた。ソラはブローチを胸ポケットにしまうなりソラの横に寝た。
「着けないのか?」
「いまはいい、シロの横にいたい」
「あっそう」
ハッと気づいたとき、日が暮れていた。すっかりと空気は冷たくなっており、気温が下がっていた。
「やばい、早く寝床を見つけないと!」
慌てるシロの横でぐっすりと静かに眠るソラにシロは不服そうに「しゃーねな」と抱っこして寝床へ向かって走った。