誘拐③
〈ソラ視点〉
地下牢に閉じ込められ何時間経過したのか、両腕には手錠が掛けられ、壁端に鎖で括り付けられている。両足にはアイアンメイデンにちなんだ足をぶっさつ針山に突き刺されていた。
暗くじめじめとした空気のなか、ソラはゆっくりと周囲を見渡した。
窓はなく外の空気も天気も風もなく、足からおびただしいほど流れる紅い血が床の隙間を伝って、入り口と思われる扉に向かって流れている。
扉は魔法陣が描かれており、魔法封じが施されていた。
両手をつなぐ鎖にも魔法封じが施されており、魔法を使って脱出は不可能だ。
「…あれから何時間たったのか」
口はネバネバとしたものでふさがれ、声はゴボゴボと水の中で息を吐いたような感じに声がうまく出せない。このネバネバとしたものは以前、シロが薬を調合するときに見たものに似ていた。水を含めば含むほど大きく膨らみ、周囲を蜘蛛の糸のように針巡り、最終的には密閉してしまうほどの壁となる。窒息…いや詠唱封じを施したのだろう。
喉から流れ出る唾液を吸って、大きくなったようだ。
このままいけば、数時間もしないうちに口からは息さえも声さえも出せなくなりそうだ。
(…シロ)
テレパシーでシロに伝えるも返ってこない。この空間自体が、魔法を一切拒絶している構造なのだろう。この空間内ではいくら魔女の娘でもあっても出ることは不可能だ。
(…あたいは待つ。)
いずれ迎えに来るであろうシロを待って、ひとり辛い痛みに耐えながら、ゆっくりと目を瞑った。
〈騎士様視点〉
――そのころ、騎士団代理団長を前に騎士様が抗議していた。
そこはソラが幽閉された部屋から遥か上空に位置する塔の上の部屋にいた。
「証拠もなくいたけない少女を誘拐し、幽閉するなんて、騎士の誇りとして間違っています!」
騎士団代理団長を含めた三人の騎士が騎士様を囲むように座っていた。木製のテーブルにはそれぞれ好みの飲み物が置かれていた。
「話は聞いた。だが、中級騎士であろうとも、貴様に発言の許可を出した覚えはないぞ」
騎士団代理団長。物腰から古株と思われるほどのすさまじい覇気を放っている。灰色のあごひげを生やし、年配の顔つきをしていた。兜で髪型は不明だが、瞳はグリーン。腰の左右にそれぞれ二本の剣を装備していた。
「しかしね、結界を通り抜き、魔物がいるにも関わらず騎士の邪魔をしたという報告があるが、これはどう弁明するのかね?」
「少女は兄と喧嘩して、逃げ出した先が魔物がいる場所に飛び込んだのです」
「ほぉーそれで?」
「結界はかねてからその少女の兄から聞いておりました。なんでも、仮面の集団から勧誘されるほどの魔法の実力者だったと聞いております」
「魔法の…実力者ねぇ」
世界の掟に魔法使いの存在は否定している。これは、騎士団が掲げた掟に過ぎないが、魔法という存在が世界の秩序を狂わせるという原因から、魔法を破棄するという考えが広がったためである。偽善の行為だが、何百年という歴史において、もはやそれが間違いであるという考え方を持っているのは怪しげな宗教か仮面の団体か、魔女ぐらいだ。
「――――ひとつ、聞いておこう」
「はい! なんでしょうか」
「これを授ける」
剣が足元に放り投げられた。
「こ・れ・は…!!」
「魔女狩りの剣だ。騎士団は魔女を討つとき、専用の武器を使う。これがそうだ。今から、少女に剣で殺せ!」
「ちょっと待ってください! もし、魔女じゃなかったら、殺人ですよ!」
動揺する騎士様に周りは不敵な笑みを浮かべながら、騎士団代理団長は言った。
「魔女狩りの剣は膨大な魔力で刺さり具合が変わる。魔力がなければ肉にも届かない剣となる。魔力があれば、肉をえぐりさすほどの剣となる。つまり、その剣で魔女かどうかを証明して見せろ!」
これがはなっからの目当てだ。たとえ、魔女じゃない少女を誘拐しても、専門の武器で殺せるか殺せないかで試せば真実を知ることができるからだ。
それに、騎士様に委ねたのは、魔女と共謀しているのではないかと疑われているからだ。
「……ッ」
「どうした? とらないのかね」
踏みとどまりそうになる。でも、取らなければ騎士団の裏切り者として、処刑されてしまう。
こんなところで追われるほど柔な精神は持っていない。
騎士様は剣をとった。
「よろしい、では参ろうか」
内心、騎士様は願っていた。
(早く、ソラちゃんを連れ出してくれ、シロ!)
〈仮面視点〉
そのころ、城の中に潜入したシロと仮面は、ソラの行方を捜していた。
徘徊する騎士から魔法で情報を得ながら、ソラが地下牢に閉じ込められていることと、今日中に殺されるのではないかという話を聞き、急いで地下牢へ駆け出す。
「待ってーな。相変わらず、ソラちゃんのこととなると周りが見えなくなるな。これが呪縛という奴か」
おそらく、ソラちゃんが殺されれば、シロは暴走するだろう。
城一帯を…周囲一帯をこの国すべてを塵と化するだろう。そうならないうちに手を打たねばならない。
「少し、用を思い出した。先に行っててくれ♪」
「わかった。先に行っている!」
おいらのことは見ているようだが、どうも何かが違う。
早いところ、教会様に報告するべきところだが、まずは、この城を保護している結界を解くところからやな。結界を解けば、仲間たちが加勢してくれるはずだ。加勢が無理でも、転移魔法で移動することは可能だ。