誘拐②
シロから逃げるように走った。
フイに角を曲がったところでだれかとぶつかった。
ドンと転がるかのようにソラは吹き飛ばされた。
「ご、ごめんなさい」
頭を下げ、相手の方へとゆっくり顔を上げた。
そこには顔はくずれ、なにかを追うような男と数人の性別がわからない者たちが徘徊していた。
「魔物!?」
魔物だ。体はすでに汚染されており、本来の体の上から苔のようなものが生え、白目で涙を流し、口と鼻からは血を流していた。
「これは…なんだのだ?」
汚染というよりも感染。それも体の隅々まで張り巡らされていた。異常な光景だった。
「! ソラ!!」
背後からシロが叫んだ。
目の前にいた魔物は声に反応し、ソラに向かって襲いかかってきた。ソラが一瞬遅れ、振り向いた時、魔物はソラを覆いかぶさるかのように倒れてきた。
「あぶない!」
シロよりも早く駆け出し、魔物を切り捨てる。
そいつは、騎士だ。シロたちが知る騎士様とは違う、雰囲気を持った騎士様だ。
「騎士様」
「危なかったな、こんなところに迷い込むとは、お主ら一体…」
シロが駆け寄り、「すいません。この子が勝手に…」と謝った。
騎士様は剣をしまい、「ここは、結界の中だ。どうやって入ってきた?」とシロは弁明しようした。その前にソラが不満げに言い放った。
「こんな薄い結界なんて誰が作ったんやら…。こんなんじゃ、あたいだけじゃなくて、普通の人でも入れちゃうわ」
「お前ら、何者なんだ? まさか、魔女なのか」
騎士様はソラを疑い持ちかけている。
シロが違いますと抗議するが、「言い訳はどうでもいい、まずは話し合おうか」と指を鳴らした。すると、ソラを囲むかのように結界が張った。
シロを追い出し、ソラと騎士はどこかへとテレポートしてしまった。
「ソラーー!!!」
叫んだ。誰も寄り付かない通路の中で、その声を聞いた魔物達が寄ってくる。シロは剣を抜き、魔物達に悔しさを吐き出すために突撃した。
ひとり、宿屋に帰路したとき、部屋の中で騎士様が座って待っていた。
「聞いたぞ、ソラが捕らえられたと」
「…俺のせいだ」
「ちがう。あれは仕方がなかった。私はともかく、魔女を毛嫌う連中は多い。大方、その連中に狙われたんだろう。魔女の根は未だに根強くアメーバごとく広がりつつある。魔女は悪いやつだけじゃない。それはシロが一番よく知っているだろ?」
「…なぜ、俺たちが魔女だと知っている」
騎士はどこで知ったのだろうか。魔法は使っても、仮面曰く魔女ではなく魔法使いとして成立しているのだと。だが、騎士はソラを疑っていなかった。ましてや、魔女だと知りつつ、上に報告してはいなかったようだ。
「同期がきみらを調査していたのを今日、彼らから聞いた。おそらく、でっちあげで魔女を捉えて、魔女を殺害して、魔物の存在をうやむやにするつもりだと話していたからだ」
「ーーだれがそれを!?」
「それを言ったら、君はどうするつもりだ」
言葉を押し切ってしまう。
どうするのか、その答えはすでに決まっているからだ。
「私が、必ず助け出す。仮面にも伝えてある。協力者はそばにいる。だから、わたしらを頼ってくれ」
騎士様は肩をつかみ、お前だけが苦しいのではないのだと言っているようだった。
「俺はまだあんたらを信用してはいない」
「そうか、ならそれでいい。私は直接本部に顔を出す。ソラの冤罪を晴らすよう努力する。その間、仮面とシロはソラを助けてやってくれ。場所はーー」
騎士様の情報通り、町から少し離れた場所に山がある。そこに古戦で使われた古い城がある。かつて領土が別れる前は領主が住んでいたというが、王の話は聞いたことがない。
領土が分けられ、領主がいなくなった城は牢獄として姿を変えたという。そして、いまは騎士達が本部を置き、地下には魔女や犯罪者を幽閉する地下世界が広がっているという。
「情報通り、空は結界だらけだ」
飛龍に乗って空から渡ろうとしたが、何重にも張り巡らされた結界を解きながら進むのは骨が折れる。それに、飛龍はここを異様に怖がっているようで、近寄らない。
「結局、途中までだったな」
「しゃーないね」
飛龍に降ろしてもらい、あとは山を登って進むだけだ。
山を登る途中で罠がいくつか発見した。どれも透明の魔法で隠されており、シロの魔法なしでは視界には映らないほど巧妙な魔法だった。
山を登ると、そこは城だった。
かつて大きな橋が架かっていたであろう吊り橋は朽ちておりなく、代わりに魔法によって橋が作られるような小細工が仕掛けられていた。
「あんなに魔法嫌いな騎士様が魔法だとは、おかしな話やな」
たしかに、仮面の言う通りだ。魔女や魔法を嫌う騎士が魔法を使うなんておかしなものだ。それに結界を何重にも作っている時点で騎士様の裏にはなにか大きな組織が絡んでいるようだ。
「騎士についてなにか知っていないのか?」
「なんや、知りたいのか?」
「ああ、今から侵入するからせめて情報が欲しい」
「高くつくぞ」
「出来る範囲で支払う」
「ならーー」
提供されたのは、ソラ自身を譲るというものだった。もちろん即効拒否した。
「売れんぞ」
「いらん」
キッパリとこた割った。やっぱりこういう状況でも仮面は信用ならないのだと改めてわかった。仮面を置いて橋を渡ろうと前に出た。
見張りはいない。いるのは、召喚式が橋の先で展開済みというだけだ。
「おそらく、橋をかけた時点で召喚式からなにかが召喚されるようだな」
「それで、この橋を渡る方法はあるのか?」
仮面に尋ねられ、シロは周囲を見渡した。
割れた壺が二つほど転がっている。そのほかには松明のほかなにもない。
割れた壺に近づき、壺を一枚ずつ魔法で接着していく。
「なるほど、そういうことか」
仮面も察したようだ。もうひとつの割れた壺を拾い上げ、シロと同じように破片を集め、くっつけていく。
そして元に戻る時、それは模様が一周するよう描かれていた。往復するように模様と線が一方通行に書かれており、その壺をもとにあった場所へ戻した時、壺が真っ青に光り出した。
「おいらも」
仮面も元の場所へと移動させ、起動させた。
左右の端に置かれた壺は青白く発光し、そして橋だった場所に道ができた。
「おおー成功みたいやな」
「いや、まだだ」
「おんや?」
召喚式からなにか黒い物体が数体出現する。黒い鎧を着た騎士のようだ。
「魔物か?」
「それに近い存在だ」
「倒せるのか?」
「仮面はやらないのか?」
「あいにく接近は無理やな」
「なら、後方で支援してくれ。俺が先行して戦う」
「それなら、がんばれそうだ」
走ってくる黒い騎士達を相手にシロたちは彼らに向かって剣を抜き、振り下ろした。
真っ向から来る敵に対してシロを追い抜くことは不可能だ。
それは、魔女に鍛えられ、刻印をもつ者。師匠(刻印の魔女)クドに鍛えられ、ソラを実の妹のように暮らし、己の目的のために生き抜いてきた。
だから、一太刀。閃光如く胴体を真っ二つに切り裂かれる。断末魔を上げながら黒い騎士が倒れ行く。
シロの間合いに入ったものは如何なるものでもその存在を塵にしてしまう。
倒れた黒い騎士は這いつくばるようにシロを追うが、シロは無慈悲な一撃で頭部を粉砕した。
「すさまじいーな。あれがシロの本性か…これはあかんな。お仲間さんがソラちゃんを助けないと、今日中に砦が木端微塵になりそうや」
不安とともに心からワクワクと踊るような感覚が湧いてくる。
それは、仮面にとって面白いことがいま起きているという歓喜から来るものだった。
「おいらもマジになろう。そうだ、シロがいれば、前は心配しなくてもいい。これなら、根気よく魔法が使える。それに、アイツにシロの成長ぶりを報告しなくちゃならないからな」
仮面ごしに不敵な笑みを浮かべる。
「二体そっち行ったぞ!」
視線を前に向けた。
シロから横をすり抜ける形で避けてきたようだ。
というよりも、一人で倒してしまえば、仮面を放置してしまうと考えたのだろう。あえて攻撃せず深追いず、仮面に攻撃がいくよう仕向けたのだ。
「ちゃんと前で押さえてくれよぉ♪」
「暇しているんだと思ってさ」
「そんなわけあらないよ。とはいえ、おいらも楽しまなくちゃな」
手のひらをかざし、呪文を唱えた。
「泳げ泳げ、舞い泳げ♪ 足元注意だよ」
走ってくる黒い騎士の足元から突然、鮫のような怪物が襲ってきた。足を噛まれ、異次元に吸い込まれそうになる。
「ほれほれ早くしないと食われちゃうよ」
なにもない空間から鮫のような怪物を呼び出した。
鮫のような体付きだが、水はなく浮いている。そもそも下半身がない。水面のような波を立てながら下はなにもなくただ上半身が浮いているという状態だ。召喚魔法の類だろうが、呪文と言っていたあたり、召喚魔法でありながらも魔法式を書くのではなく言霊で召喚できるタイプなのだろう。
戦いながらシロは仮面の魔法の類を監視していた。
「パターンは同じ、生命のように工夫も持たないようだ」
身軽に交わし、敵の隙を突き倒していく。まるで案山子を相手にしているようだ。動かない的を当てるのは簡単なことだ。この敵もまた同じ。パターンを見抜けば、同じタイミングで攻撃し、行動し、避ける、待機するの繰り返しだ。
「正直言って、つまらない」
いった瞬間、周りにいた黒い騎士たちは崩れ落ちた。
あまりにも速さの太刀筋に敵は叶わなかったようだ。
「そっちはどうだ」
「これが門番だと思うと笑える。まだ、おいらの教会様のほうがまだ難しーいっての!」
「……教会様について尋ねたいのだが…」
「なんや、教会様に興味があるのかいな?」
「ああ、魔法が自由に使えると聞いたからな」
「……まずは、ソラちゃんを救出してからや。それからにしようや」
仮面が全身きって進んでいく。
「そこに罠があるぞ」
ヒュンっと矢が床に刺さった。あと一歩前に出ていたら足元にささっていたところだった。
「うわわわわ! まえ、前へ先に行ってくれたまえ」
「フン」
鼻で笑いながら、仮面の前へ出る。飛んでくる矢を片手ではじきながら、自信満々に進んでいく足取りを見つめながら仮面は言った。
「あちゃーいいとこ見せようと思ったが失敗だったな…」
シロの後を追う。