誘拐①
ある町に着いたのは数日後のことです。そこは一見してみれば観光地。町のなかには水路がいくつもあり、住んでいる人は船をこいで移動したりするそうです。
その町で幻覚の植物が侵食していることを町長から知り、仮面を通して、この町から発生する幻覚の植物を探して十日が経った。
すっかりとこの町の生活にしみ込んだシロとソラは小さな幸せの生活を堪能していた。
「シロー! 今日ね今日ね」
楽しそうにはしゃぎながらなんやらねだっている。シロはいま、片付けに必死でそんなことに構っている暇はない。でも、ソラの必死なおねだりに叶わず、折れてしまうシロは聞いてやることにした。
「市場に行きたいの!!」
「市場? どうして、また…」
「騎士様が!」
市場ではこの町の特産品だけでなく遠くから運ばれてきた野菜や果物、肉、魚などたくさんの食べ物が運ばれてくる。食べ物だけでなく金物や細工、道具、装飾、武器、防具といったあらゆる面が集まる。もちろん、薬草や子供用のおもちゃまである。
「ソラは何が欲しいの?」
「あたいわね、シロが喜びそうなものがほしいな!」
「あら、どうして?」
「シロね、いつも大変そうなんだ。いつもあたいに構って、自分を大切にしていない時があるの。だから、せめてシロにって思ってね」
「なるほど、たしかにそれはあるわね。いいわ、だったら市場に行ってみるといいよ」
「市場?」
「食べ物や装飾、薬草などいろんなものが集まる場所だよ。私は仕事があるから行けれないから、シロと一緒に行ってみるといいかもね」
「わかった」
「――なるほどね」
つまり、騎士様が伝えたのだ。
あれほど、市場だとお金を使うから、ソラに言わなかったのにとしていたのに。余計なことを言ったものだと騎士様に嫌気をさした。
「だから、行こうよ!」
「片付けてからね」
「今じゃなくちゃッいや!」
我が儘だ。仕方がない、帰ったから片付けよう。
シロは一通りのお金とカバンだけ持って、建物から出た。
楽しそうにはしゃぎながら隣で不服そうに欠伸をかきながらシロは市場に向かっていた。
市場は賑やかだった。まるで祭りのようにテントが開かれ、その中で人が商売していた。ものの珍しいものはあり、ソラが気に入っては買わないように説得するという繰り返す時間がやってきた。
「なにも買わねーぞ」
「むー」
不服そうに頬を膨らます。ソラはシロに上げたいものがある。でも、金はない。金の管理はシロが握っている。シロにあれこれ言って、買わせてもらい、あげることで任務達成と目論んでいたが、物に目が全く興味がないシロを相手に勝負を仕掛けるのは一工夫がなければかないっこない相手だったと悟らされた。
「これ!」
「いらん!」
「これ!」
「そんなもの何に使うんだ」
「これなら、日常的に使える」
「歩き旅だぞ! 電気がねー」
「だったら、これなら食べれる…」
「そんなもん腐っちまうし、あと高い!」
「これ!」
「却下!」
ソラとシロの交渉は続いた。あれもダメ、これもダメとソラは粘るがいっこうに許可が下りない。
最終的にソラはぐずりだすが、それでもシロは折ることはなかった。
「むーなにならいいのさー…」
「そうだなー、あれとかどうだ?」
メガネをかけた猿のようなぬいぐるみに指をさしている。
「なに、あれ」
「かわいいじゃねーか」
どこをどう見たらそう思うのだろうか。まだ、タヌキの置物の方がまだかわいく見えるものだ。ソラは苦そうな表情を見せ、シロの感覚はどっかネジが飛んでいるのではないかと疑った。
「使い道がない」
「抱いていれば、少しは暖かいし落ち着くだろ」
「あたいじゃなーい――ッ…!?」
思わず口が滑りそうになった。渡す相手がシロであってソラではない。
ソラは慌てて口を両手で塞ぐが、シロは何か察したようで、「もしかして好きな人のための買い物か?」と尋ねられ、ソラは「ちがうよー!」と拒否した。
でも、「あはーん」と察しられ、ソラはみるみる青ざめていく。
失敗だと。
「そうか、そうか、なら懸命に決めなくちゃな」
シロは乗り気になった。
でも、好きな人がいると勝手に誤解してくれたこともあって、ソラはかすかにまだ望みはあると。それが、どのような形で裏切られてしまうのか、ソラは心の中で叫ぶかのように「どーか、見つかりませんように」と願った。
市場から離れて、昼休憩をとりに喫茶店で昼食をとっていた。
三色バターとあずき、ジャムを乗せたトーストに卵と白菜を乗せたサラダ、コーンスープを注文し、食べていた。
料理に特に興味がないシロの献立はいつも中途半端だ。今日もそうだった。
シロは途中買った本に目を当てながら注文した昼食を口にしていた。
「シロ」
「どうした」
「シロは、好きな人はいるの?」
急にどーしたとシロはハッとなったが、頬を赤く染めるソラはどこか気になっている様子だった。
「俺は師匠とソラしかいねーな」
「そ…そーなのか」
「どうした? 今日に限って変だぞおまえ」
ソラは戸惑っていた。
なにをどうして伝えたらいいのかはっきりと言葉にできない。
昼食をとりながら、後半の戦いで決着をつけなくてはならない。
「おやあ? シロさんとソラさんじゃありませんか」
不意に顔を出す仮面の人。
「昼食をとっているだけだが、なにか用なのか?」
「いえいえ、外食なんて珍しいので、つい声をかけてしまいましたよ」
確かに、魔女とバレることを避けるために外食をするなんて、今までなかったからな。
「ほしいなら、追加するぞ」
「いえいえ、おいらはすでに食事をとりましたので結構ですよ。それよりもお二人方、話しを聞きましたか?」
「なんだ?」
ヒソヒソ話になった。
頭の中で囁くように仮面の人は伝えた。
「市場に幻覚作用がある種を売っている子供を見つけました。なにか知っているのかもしれませんよ」
と、仮面の人はサッと手を振って、町の人々のなかへと消えていった。
「ソラ、食事を終えたら、任務だ」
シロの険しい表情に、ソラは内心複雑だった。
昼食を終えたシロたちは仮面の情報を頼りにその場所へと向かった。
その場所は市馬から離れた位置にあり、人通りが少ないところで店とは思えないような素朴なテントに売り物とは言い難い粗末な紙袋が木箱の上に置かれていた。
よほど場所を確保できなかったのか、それとも人知れず隠れて売るつもりで建てたのかそんな風だった。
「ごめんください」
シロが店に顔を出すと、仮面が言った通りに子供が商売していた。
「いらっしゃいませ」
品がない無愛想な子供が椅子に座っていた。
近くには親の存在がなく、子供1人で店を開いているのかな? と思いながら、「この店はなにを売っているのかな?」と聞いてみた。
「薬を売っている」
「くすり?」
「そう」
「どんな薬だい?」
子供は黙った。何の薬なのかと尋ねただけなのだが、なにやら言いたくないのか口をゴモゴモと揺すりながら喋ろうとはしなかった。
その様子を見ていたのか、その子供の親であろうか、横入りする形で参入してきた。
「心地よい夢を見るための薬だよ!」
「そ、そうだよ。」
その子供は固く閉じていた唇をはきはきと言った。
「その薬はとても希少で手に入らない薬なんだ」
「だから、お得意様しか売れないんだ。悪いな、交換券がないお客さんには売れないんだ」
参入してきた大人はそう言いまとめた。
あとで付け加えたと言わんばかりに、律儀に手製の看板を立てたのだ。
シロのことを疑っていると感じた。
なんとかしても、その薬の成分を知りたい。シロはその薬を譲ってくれないかと頼むが、子供は「1000ベルなら」とやや高めの金額を振ったが、隣の大人は「交換券がないお客さんはダメだ」と言った。
明らかに意見が食い違っている。
でも、二人とも話し合うことはせず、何もなかったかのようにスルーしている。
「1000ベルで売ってくれ」
子供の意見を尊重し、その金額で買わせてくれと言った。
1000ベルといえば、昼食でとった食事代は820ベルほどだ。アルバイトの日給が約9000ベルに対して1000ベルは大金といえばそうだし、そうでもないという金額だ。それに、別の件で稼ぐ方法もすでにあるため、これくらいのマイナスならまだ平気なところだ。ベルはお金の単位。
「はい、少々お待ちを…」
隣で見ていた大人が声を荒げた。
「おいおい、特別な代物だぞ! 一桁たりねーぞ! 10000ベルが妥当だろ!?」
「この子が1000ベルならいいだろう」
シロは大人の不満げにうんざりだった。そもそもこの大人はなんだろうか。横から来てああだこれとか言ってくる。終いには取引金額に不満があるのか、高くしてきた。
「覚えておけよ!」
ソラを押しのけてどこかへと走って行ってしまった。
なんだったんだろうかと、ソラに大丈夫かと声をかけつつ、子供が差し出す紙袋をもらって、帰ろうとした時、「あの人なんなのだ」とソラがシロに対しての不満を子供にぶちまけた。
大人の対応は明らかに横暴で、シロを高く売ろうとしていた風にも見えたからだ。それ以前にバカにした素振りだった。
「ああ、あの人はこの市場で仕切っている人だよ。気をつけたほうがいい、君らは目をつけられた。この町にいたらきっと、よくないことが……」
「大丈夫だよ! シロは強いんだよ」
得意げにソラは自信満々に言った。
「頼もしいですね」
「いえいえ、ソラには腕が上がらないよ」
ソラの方が強いときっぱり断った。せっかくシロが強いとアピールしたのにと不満げな表情で「シロのバカ!」と言い捨ててどこかへと走って行ってしまった。
「あ、ソラ!」
慌てて後を追って走った。
走りざわに子供から「くれぐれも注意してください」と念を押され、子供にお礼を言い早々に後を追いかけた。