幻覚と仮面
荷車に揺れながらゆったりとした旅気分を満喫していたころ、道中で仮面をかぶった奇妙な子供と出会った。
「仮面か!」
「いや、それはわかるけどさ…」
騎士様が口が飛び出るほど声が出た。シロがそのままだというのだが、どうやらそういう意味ではないようだ。
「こいつらには正式な名前はない。ただ、仮面と名付けられているだけだ」
「そうだよ♪ おいらは仮面なのさぁ!」
楽しそうに歌いながら踊っている。
仮面――昔、聞いたことがある。
師匠が仮面をかぶった妙な集団がいるという。そいつらは魔法を使ってこの世で困っている人たちを助けているという。魔法を禁止された魔女と比べて、規制はゆるく魔法を困っているのであれば使っていいという認識だという。
「魔女はだめで、仮面はいいのか理解苦しむ」
と濁していたが、仮面をかぶった怪しい子供。どうも信用できない。
シロは黙って仮面の子供を見つめていた。
「それで、なにかあったのか?」
「騎士様! おいらたち困っているのさ。ただ、魔法を使うから騎士様には目を瞑っていてほしいのさぁ」
仮面は袖の上から手を合わせてお願いしている。
仮面の下はどんな表情をしているのか想像できないが、騎士様にお願いを乞うということはやはり階級や制度は心得ているということか。
「いいだろう。それで、一体どうしたんだ?」
「はい。実は、ぼくは離れ離れなのです」
「どういうことだ? 詳しく聞かせてくれないか」
騎士様が尋ねると仮面の子供はこっちだよと案内を兼ねて説明するよと言った。その先は町へ続く道とは違い小さく細い道だ。獣の道と呼ばれ、人が作ったものではなく自然的もしくは野性的な動物が道しるべとして造った道のことだ。
その道を通ってついてきてくれよと仮面の子供は言っていた。
「時間、いいか」
「別にいいよ。俺的にも仮面の子供のお願いとやらが気になるんでね」
皮肉っぽく言った。まるで子供だ。大の大人が苦手な人に対して警戒と皮肉を兼ねての告げるなんて、今までなかったのに。
妙に好かなかった。この仮面の子供。馴れ馴れしくて騎士様に堂々としている。まるでソラと似ている。似ているが何かを隠し持っているようで恐ろしく思う。
「シロ! 私も気になる!」
ソラが興味深くシロを見つめている。
「全員一致だね♪」
仮面の子供は再び踊り、そして楽しげだった。
「――ったく」
ため息を吐きながら、仮面の子供の後をついていくことにした。
馬車に乗せてもらった男にお礼を言い、別れた。男は「では、またまた」と言い、手を振ってさよならした。
「それで話とはなんだ?」
「おいらね。ずっと気になっていたんだ。でも騎士様がずっと見ている。でもね、おいら思ったんだ。騎士様! 正直に言ってください。騎士様は騎士様ではないのでしょう?」
どういう意味だとシロは思った。
騎士様は「おかしなことを聞くな仮面の子供よ。私は騎士だ。魔女を観察し、捕らえることを目的とした一団だ。それがどう見たら私が騎士でないと否定できるのだ?」と疑問ありげに答えた。
仮面の子供は再び笑った。
「おかしなことを言うね。騎士様は二人のことをとっくに魔女だと気づいているのになんで、捕らえずにてきているの!?」
確信を迫ったような発言だった。というよりも、皮膚から滝の如く汗が噴き出た。
仮面の子供。並大抵ない観察力と洞察力。魔法を見せてもいないのに気付いていた。シロは確信した。この子供をもしこのまま放棄していたら、周りから襲われる可能性が高くなるはずだと。
静かに殺意を向けず殺すことが重要だとシロの表情が無表情のままだが、心底変わっていくのが仮面の子供とソラは気づいていたようだ。
「殺意を隠していてもダメだよ。見破られているんだから、隠しても意味がないよ。それにね、おいらを殺そうとしているようだけど、それは考えない方が身のためだよ」
パチンと指を鳴らした。
すると木々や草木から次から次へと姿を現す仮面をかぶった男女が現れた。全員、奇妙な仮面をかぶり、子供と同じような服装をしていた。
「おいらはね、監視を任されたんだ。騎士様が妙な行動をしていると。そして、つい数日前に川原でオークの惨殺遺体があった。遺族が通報してねわかったんだ。こんな行為を及ぼすのは殺戮を楽しむ変人かオークに恨みを抱く復讐者か素材を求める魔女しかいないと。それで調査の結果、どうやら君たちだと分かったあよ」
どうやら初めから観察されていたようだ。
すっとぼけな騎士様を配置させたのもこいつが仕掛けたようだ。
「…それで俺らを捉えてどうする!?」
「おかしなことを聞くね。簡単だよ、皆殺しさ」
その言葉を聞いてシロはとっさに動いた。魔法を唱えるべく口を開こうとしたとき、声が出ないことに気づいた。沈黙の呪文に掛かったようだ。
「ダメだよ。おかしな行動をとると容疑が固まっちゃよ。それにさ、おいらは平和的に解決したいんだ♪ だから、捕まってよ。そして民主の前でバラバラに刻まれてよ。痛くて生きているのが辛いと見させてあげないと!」
ダメだ。コイツは明らかに頭のネジが飛んで行ってしまっている。何を言っても仮面の子供には通用しないだろう。命乞い。生きて恥じるもの。それに、ソラだけでも逃がさなくてはならない。でも、囲まれてしまっている。この状況、どうするべきか――。
「シロをイジメるの許さない!!」
ソラが涙目声で吠えた。
周囲の仮面をかぶった男女が軽くよろけるほど殺意と衝撃波を放った。ソラは生まれながらにしてシロを兄のように慕っていた。血がつながっていないにも関わらず、シロをまるで自分の大切な家族のように慕い、そして友人として常に一緒にいる人として、
「シロをイジメる奴は許さない!!」
「うわっは、危ない危ない」
軽やかに舞い、飛んだ。宙に浮きながら胡坐をかいている。
「やはり早く始末しなくちゃな。こんな危険な因子の存在がいままで誰もつかまれなかったのはある意味、奇跡な話だな。でもね、おいらはおいらで仕事をこなしなければいけないから、ごめんね♪」
仮面の子供が手を向けたとき、周囲に展開していた仮面の者たちが一斉に襲ってきた。
その時、騎士様が仮面の子供に向かって剣を抜いた。
「あれ? どうして襲うの? 敵はあいつらだよ。魔女だと証明されたじゃない」
身軽に交わし、騎士様の攻撃がまるで虫のようだとほざきながら遊んでいる。騎士様は必死だった。息が乱れながらも仮面の子供に攻撃が届けばと攻撃を繰り返した。
「騎士様。そろそろ兜とっちゃいなよ」
スポーンと吸い寄せられるかのように仮面の子供の手に兜が引き寄せられた。兜を無理やりはがされ、中からは美少女とも思わしき成人の女性の姿が現れた。
青髪で腰まで長い髪に耳が長い。東の地域ではエルフだというが、エルフにとって青色の髪とは珍しいものだった。
「ハハハッ!!! やっぱりね。騎士様の鎧を来て隠していたんだね。ハーフエルフ。当の昔に滅んだと思っていたよ」
騎士様はカッと頬を赤く染め、剣を振るった。でも仮面の子供には届かなず、力なく剣ごと地面に落ち、その場で崩れる。
「はぁはぁはぁ」
息が乱れる。いままで剣をこんなにも振ったことは一度もなかった。身体が鳴れていない。体力も少ない。
「乱れちゃって可愛いな♪ おいらのお嫁さんにならないかい?」
騎士様に近づき、声をかけるが、騎士様は剣を再び振るうも当たらず、仮面の子供は「ハッハッハッ無理だよ♪ あきらめなって!」とあざ笑うかのように宙で転げまわった。
もう、何もできない。そう諦めかけていたとき。
「偽物に惑わされないで!!」
誰かの声に呼ばれ、騎士様含めて三人は目を大きく開けた。
そこは昼に休憩をした場所だった。
近くには荷車があり、男がぐっすりと眠っていた。
「…いまのは?」
「大丈夫だった? 悪夢にうなされていたようだけど」
心配そうにのぞき込む一人の子供のような体系。
声色を変えており、性別は判断不可能。スカーフのようなローブを着用し、天女のような羽衣を首にかけている。
先ほどみた仮面の子供だった。
「貴様ぁ!!」
がばっと起き上がるが、頭がグラングランと揺れ、その場に足がつく。
(頭がクラクラする。なにがあったんだ?)
馬車の方に目を向けると倒れた二人(ソラと騎士様)と男。眠っているようにその場で寝袋なしで目を瞑っていた。三人とも昼に食べたスープの残りを放り捨てられており、なにか強い催眠的なものを食べたことによる幻覚なのではないかとシロなりに解釈した。
「いま、薬草を飲ませたから大丈夫だよ。うなされていたけど、まさか幻覚草を食べるなんて、いまどき珍しいよ」
仮面の人は熱心にうなずきながら、薬草を煎じたお茶を飲ませてくれた。
数時間後、仮面の人によって幻覚から目を覚ました一行は、仮面の人にあることに聞かされていた。
「最近、幻覚草が町の草木まで広がっているんですよ。なにか不吉なことが起きているようで心配なんです」
「――確かに、食べれる草だと思って食べたが、幻覚だったとは不覚だった」
「不覚って! 知っていて採ったんじゃなかったの!?」
「図鑑には確かにあっていたはずなんだ」
カバンから図鑑を取り出し、見比べる。
「あ、ほらやっぱりあっている」
図鑑を見せてもらった。確かにあっている。違いはなく、素人の眼では気づかないほど繊細で見た目は一緒だった。
「これってさ、食べられる草が何らかの影響で幻覚草の成分が入っているということなのかい?」
シロが訊くと、仮面の人は「その通りだ」と返答した。
つまり、食べられる草や野菜が幻覚作用の成分が浸透しているということだ。
「仮面の者よ、この事態は国はうごいているのか?」
騎士様が尋ねると仮面の人は頭を左右に振った。
「秘密事項だ。こんなこと民主にバレたら一大事だ。密かに解決しなくてはならない」
「わかった。シロ! 人助けだ」
「ソラ!」
無責任だぞと言う寸前に「ありがとう感謝する」と仮面の人がお辞儀した。
「正直、一人で片付けれる案件かどうか検討していたところなんだ」
「仮面の者よ」
「ああ、おいらのことは仮面でいいよ」
「そうなの? あたいはソラ、兄のシロ」
不機嫌そうに「よろしく」とシロが口にした。
「私は、騎士様でいい。正式な名前は事情があって言えない」
「わかった。騎士様ね」
馬車の男が「あ、俺は――」と名を言おうとしたとき、「名前が多いと覚えきれないのでパス」と仮面が言った。男は「ええーーー」と言っていたが、無視して次の目的地を急きょ、変えてもらい男に料金を手渡し、その町へ向かってもらった。
料金は仮面が出してくれた。
それにしても不気味な幻覚だった。
仮面の人が敵意を持って攻撃してくるかもしれない。いつ、ソラが連れ去られてしまうかもしれない。そんな不安が幻覚となって現れたのだろうか。
シロは大きな欠伸をかき、静かにつぶやいた。
「夢であってくれ」
馬車に揺られ、もう少し彼らの旅は続く。