にく
騎士様が付いてくるようになって数週間、道を歩けばどこか人が住む町へたどり着くのではないかと思いながら歩ていた。魔法を使えば道なんて単調になるのだが、魔法嫌う騎士様がそばにいれば、そんなことをしようとは考えたくもない。
「また、休憩か」
騎士様はあきれ顔で俺を見つめていた。
「騎士様みたいに体力あると思っているんですぅ?」
煽るように言った。疲れていたのもあれば、ソラをおんぶしている俺を見ればわかるだろうと言いたげだった。
「なら、私が背負って――」
「それはやだね!」
頑固拒否した。魔女の子であるソラを騎士様に渡すなんて師匠が俺に託した願いも捨ててしまう。ましてや、師匠に怒られてしまう。ソラと離れ離れになるのは、俺にとってつらい事なんだ。
「だったら…」
騎士様は何か言いたげだったが、やめてしまった。
騎士様はある方向へ目を向け、言った。
「馬車に乗せてもらうか」
指を向け、俺もその指先へ目を伺った。
木々を抜け、道から外れた場所に一頭の馬と荷車が泊まっていた。
「何かあったのかもしれん」
騎士様は早々と先に出向き、どうしたんですか? と声をかけた。
その瞬間を狙って騎士様とはなることもできたが、俺達が魔女ではないことを証言するためについてきてもらっている身だ。そういう条件で付いてきてもらっているのだから、離れてしまった時点で、認めてしまっている。
ソラは騎士様は「いい人」とは言っていた。たしかに、先生の裏切りでも助けてもらった人だ。エルフという珍しい騎士様でもある。
確かに信頼はできるが、それがどこまで信用したらいいのか正直、俺でも検討が付かない。
とりあえず、騎士様についていくことにした。
「どうかしたんですか?」
先に尋ねていた騎士様を前に、一人の男がため息を吐きながら小箱を椅子に座っていた。
「それが、荷車の車輪が壊れてしまってね」
と、確かに荷車の前輪が壊れてしまっていた。何か強い衝撃でも走ったのだろうか。車輪自体を変えない事には直せないほどひどい有様だった。
「これでは、荷物が運べない」
困っている様子だ。
魔法ならあっと言う間なのだろうが、騎士様がいる。邪魔だ。こういうときほど魔法を信用しない人を傍にいてほしくないと思う。
ソラには悪いが、騎士様を一時的に記憶忘れの魔法で消してしまうかと手を伸ばした時。
「…シロ」
目をこすりながら眠そうに言った。
「起きる」
抱っこしていた両手をほどき、地面に着地させた。
ソラは「くぅーう!」と背伸びすると、シロに向かって言った。
「ダメだよ。そんなことしちゃ!」
「そんなこととは?」
騎士様に尋ねられ、困ってしまう。
「ごめん、ごめんね。もうしないからね。だから許してくれよ」
俺は謝った。記憶忘れの魔法なって、師匠にあれほど使ってはいけないと念を押されたではないか。ましてや騎士様に使うなんて、俺はどこか善意の記憶を捨てていたようだ。
「いいよ許す。しかし、乗り物を直してからな!」
一通り知っていたようだ。眠っている振りをして聞いていたのであろう。
「でもさぁ、これ自体を直すには取り換えるしか…」
「私にいい考えがある」
「ほう、それはどんな?」
騎士様が興味津々に首を傾げた。
「マ――」
慌ててソラの口を手で追い隠した。このバカ、魔法て言おうとしただろう。
「むーむー」
口から手を放し、そっとつぶやくように言うように告げた。
「どうして、つぐむの? 魔法であっと言う間だろ!」
「バカ! 魔法なんて使ってみろ! 騎士に魔女だとバレて終わりだろうがあああ!!」
「だったら、バレないようにすれば…」
「騎士様の眼を見ろ! あれは、完全に疑っている目だ。そんなことした時点で、師匠が悲しむぞ!」
「ママが…?」
「そうだ、ママが悲しむぞ! 人様の前で魔法を使ってはいけないって言われたろ」
「むぅー」
両手を組み、真剣に悩みだした。
結局振り出しに戻っただけだった。
「なにか妙案が浮かんだんじゃ…」
「えーと…つまり…」
ダメだ。マからの先の言葉が見つからない。バレてしまったのだろうか。いや、魔法自体をまだ見ているわけではないから、まだ大丈夫だ。ソラには後で言い聞かせれば何とかなるだろう。
その前に、この車輪を直す方法を考えよう。
「騎士様はなにか考えはありますか?」
ダメもとで騎士様に頼ってみよう。もしかしたら、いい方法があるかもしれないからな。
「〈もとに戻す薬〉なら作れるぞ」
「もとにもど…はい?」
聞いたことがない道具だ。…薬か? それを振りかければたちまち直るとかいう一種の秘密道具の様なものなのだろうか。そんな道具あるわけない。でも、聞いてみる価値はある。
「その薬は本当にあるのですか?」
「作ればある。でも、材料がない」
「材料は何が必要なのですか?」
「それは――」
ざっくり聞いたところ、薬の素材はすでにあるそうだ。ただ、ないのは魔物の血液と繊維だけらしい。魔物ならなんでもいいぞと騎士様は言っていたが、どうも信じがたい。
でも、「私はこの者を見ている。すまないが素材を探してきてくれないか?」と言ってくれたのは案の定、助かった。
草木を分け、森に入る。
そこは鳥たちの歌声から葉のサラサラという音が風に沿って流れてきた。
師匠がいた場所もこんな感じだった。
人様から離れた遠い場所に一軒家があった。そこは森と草木に囲まれた怪しい場所にあったのだが、昼夜関係なく鳥たちの歌声や動物たちの鳴き声が囁いていた。
「この森も似ているな」
懐かしく思いながらそう呟いた。
「シロ、いたよ」
ソラが指を向けていた。そこには小太りな豚の頭をした魔物が数体、水飲み場で体を洗っている最中だった。
「オークか」
「血液と繊維、あと肉がいっぱい! 久しぶりの食事!」
満面なく笑みを作っているが、正直、魔物の肉はあんまりおいしくないものが多い。師匠が作る魔物の料理もマズイものばかりだった。
「魔力を蓄えるには魔物が一番。その次に人間だよ」
って言っていたのが思い出した。
さすがに人間に手を出すことはなかったが、その話を聞いたソラが「食べてみたい」といったときにはゾッとした。
「――とはいえ、オークか。魔法であっという間だが、騎士様の監視もあるし、魔法は使えないよなー」
格闘で仕掛けても勝てる気がしない。ましてや、一体倒したとしても逃走したり二体で向かってきたり、ソラが人質になった時のことを考えるとうまくいく気がしないな。
「シロ」
腕に指でツンツンと突っついてきた。
「どうした?」
ほいっと剣を差し出した。どうやら、荷車に入っていたものを勝手に拝借したものらしい。
「剣、か」
師匠に散々剣の扱い方を習った苦い記憶を思い浮かべた。スパルタだった。ああ、地獄だった。剣を握るだけで魔物の討伐を命じられ、肉片を持ってこなければ外で運動会だったからな。
「ソラ、この剣、どこから持っていた?」
「荷車から」
「許可は?」
「後で使うことになるからいいかなって!」
魔物を伐採するためか!? アホか。まあ、でもおかげで格闘で戦わずに済む。ソラに感謝をこめて頭をなでながら鞘を抜いて剣を取りだした。
鏡のように発光し、まだ使ったためしもない新品だ。おそらく売るためのものだろうが、これをオークの血肉に染めるのはもったいない気がした。
「ソラ、黙ってみているんだぞ」
「うん。わかった。がんばれ!」
ソラに見送られ、ゆっくりオークに向かって走った。
師匠に無理やり叩き込まれ、そのときに応じて編み出した必殺技の数々。魔法でなくても剣であれば使える技だ。師匠は「猿が躍っているみたいで愉快だぞ」とほほ笑んでいたが、正直、生きるために覚えたに過ぎない。才能の持ち腐れは努力家のことなんて何も感じないのだろう。
「オーク!」
オークが一体気づいた。残りの二体も順に気づいたようだ。
声を出せばそれは気づくだろう。でも、これで準備は整った。
「水月!」
剣を横に振った。すると水の斬撃が正面へ放たれた。閃光というべきだろうか一直線に突き進み、オークの身体を真っ二つにした。
音を立てて川の中へ叩き落とした。
「グオオオオ!!」
オークが音もなく側面から攻撃してきた。さすが、魔物だ。人縄ではいかないようだ。
「風神の舞」
剣が軽やかに身を傾け、オークの斬撃を防ぐ。
ガキンと音ではじき、風神の如く風船よりも軽くなった剣は素早くオークの両腕を切り落とす。千切りごとくバラバラに粉砕した。
血肉が飛び散り、繊維が細切れになる。
「グオオオ!」
もう一体が大きな体を持ち上げ、倒れた味方の体積を利用して放り投げた。川に倒れたオークの上半身だった。大きく宙を舞い上がり、その重量は俺に降りかかった。
「飛翔好転」
風が足に纏い、素早く一歩後退する。
オークの上半身が地面へ大きな音を立てて落下したのち、素早く引き戻した自身を前方へ勢いよく突き飛ばした。
弓矢の応用だ。弓の弦を引き、矢を発射するかのように。俺自身を矢に例えて放った。
その勢いはオークの上半身でさえ小石の如く吹き飛ばす。
投げ飛ばしたオークの上半身は投げ飛ばしたオークの頭に向かって撃ち返した。上半身の内臓が飛び散り、オークは思わず目に両手を当て、川の中へと入り、水で洗おうと飛び込んだ。
その瞬間を狙って「垂直斬り」と垂直にオークの頭部へ止めを刺した。
ズシリと重く、骸骨を貫き、中の脳みそをグチャグチャとスプーンでかき混ぜるかのような感じた。中はプリンのように柔らかく、そして暖かった。
剣から伝わる中の解放感は初めて俺のなにかを満たしたかのように感じた。
「グオオオ!!」
もう一体のオークが逃げるかのように逃走しようとしていた。
両手を失い、両足だけで逃げるつもりのようだ。
「そうはさせないぞ!」
と駆けだした時だった。川から身を出ようとしたとき、既に息絶えていたはずのオークが右足を握ったのだ。仲間を逃走させるためか、それとも己の意識がそうしたのか。オークは俺から離れることはなかった。ガッチリとつかみ、死後硬直後の関係か、とても俺でも引き離すことはできなかった。
剣を抜き、つかんでいたオークの腕を切り落とし、つかんでいる手だけが付いたまま、川から出た。
そのとき、オークがソラを人質に取っていた。
「グオオオー!!」
「ほうかほうか、仲間が殺され、なぜ、俺達を襲ったのか問うているんだね」
半泣きしながらオークの言葉に耳を傾けていた。
ソラは昔から、動物や小鳥、魔物の声を聞くことができた。それが、いま、代替わりに会話をしている。
「なぜなんだい? シロ! どうして、俺達を襲った!?」
「私が代わろう。それは、お前たちの肉が食べたいからだ」
「は?」
「もう一度言う、私たちが食いたいのだ」
「え、ええー! ていうか、まさか…」
冷や汗をかき始めるオーク。両足で押さえるかのようにソラを捕まえたと思っていたようだが、逆にソラの方から殺意を向けられていることに気づいたようだ。
「シロ! こいつ食っていい?」
「生身は危険だぞ」
「わかった」
クルっとオークに振り向き、ニヤリと笑みを浮かべた。
次の瞬間、オークの両足をそぎ落とし、指パッチンでオークが火柱如く燃えだしたのだ。
「焼けばいいんだな」
「……そういう問題じゃ」
ソラがどうなることやらと心配したが、取り越し苦労だったようだ。
「さて、味はどうなっておるかな」
楽しみそうに涎を浮かべている。オーソドックスに焼いているだけで味付けは血とオーク直々の汗だけだ。塩っけになると思われるが、正直、繊維と肉を回収するために、赤く染まった川へ足を向けていた。
しばし、繊維と肉を回収している間、ソラが俺の袖を引っ張ていた。
不満そうに「シロー」と言い、「味は?」と聞くと「まずい」と答えた。
だろーなと思いながら、「持っていくの手伝って」とソラに伝え、「わかった」と素直に従って運んでくれた。
馬車に戻るとすでに車輪が元に戻っていた。
「遅かったから、私が直しておいた」
「いやー一次どうなるかと思いましたよ。まさか、騎士様が修理の嗜みを持っているとは…」
俺たちは呆然とした。あれほど苦労して手に入れたオークの肉片はどうなるのだろうかと。騎士様は俺らに視線を向けると「〈もとに戻す薬〉、あれやっぱり素材間違っていたわ。ごめんねー」と両手を合わせ、平謝りしていた。
さすがにため息を吐いた。
「おや、なにか困りごとかな?」
ソラが心配そうに顔を覗き込んだ。
「ああ、重大なことだ」
持ってきたオークの肉をどうするべきかと指を向けた。
男は腰を抜かしていたが、騎士様は拍手をして、「すごいな、さすがだな」と褒めていたが、あんたが頼んだ代物だぞと言ってやった。すると、騎士様も困り顔をした。
「切り刻んで、素材にしてしまうはどうでしょうか。オークの肉なんて早々手に入らないですし、錬金術士とか魔法に流通している人はさぞ、欲しがるはずです」
男はそういった。
騎士様は顔を変えず、聞いていた。
「なるほど。では、素材にしますか」
「えーー! だったら残りは食べる! ここなら味付け抜群だからな」
と荷車に指を向けてソラが言ったが「あれは男の所有物だし、そもそも魔物の肉は食わないのが常識だよ」と注意した。
不満そうに「えー」と言っていたが、念のため二人にも尋ねてみた。
「却下!」
想定していた言葉が帰ってきた。
ソラは不満げだったが、オークの肉を切り盛りしてくれたので、作業がはかどった。
俺らは皮の袋にオークの肉片を入れ、馬車に乗せてもらい近場の町まで乗せて行ってくれた。男は「直してくれたお礼だよ」と言ってくれたけど、騎士様が俺らを別行動にした理由はもしかしたら――いや、そのはずはない。騎士様も魔法が使えるなんてありえない。
それにしても、男はさっき言っていた。騎士様の目の前で「魔法に流通している」と。つまり、魔法は禁止ではない。でも、魔女の存在は許されない。
この謎はきっと、次の町でわかるはずだ。
今は、騎士様が隣にいる。うかつなことは聞けないからな。