騎士が来た
「イーリ町…」
崖の下に町がある。小さな川が流れている町で、人工は百人程度。大人は子供より多い。農業を営み、毎年、この島を収める領主に農作物を税金として支払っている。町並みは比較的穏やかで、クドいわく「楽しみは何一つないが、少しの幸せをつかむなら、いいかもしれない」と評価していた。
「騎士様!」
初老の男がせっせと騎士様にごあいさつした。
この初老の男はイーリ町の町長を務めている人だ。
「それで、依頼通りの内容なのか?」
かしこむかのように町長は話した。
「――はい、先日のことです。夜、仕事が追え、帰宅途中の道具屋が発見しました。黒い髪の青年が魔法を使っていたというのです。私は、この話を聞いたとき、彼ではないかと思い浮かびました。けれど、私は思えないのです。間違っていてほしいと。でも、彼らは不思議でそれもありなのかもしれないと考えてしまうのです。だから、調査してほしいのです。彼らが魔法使いであるかを――」
騎士様はすんなりと納得し、町長に黒髪の青年の家はどこかと尋ねた。
町長は重い腰を持ち上げ、こちらですと案内した。
そこは、町から少し離れたところにあり、小さな川を渡ったさきにあった。
その家は一年前ほど、雨にうたれた兄妹が流れ着いた場所で、町長はかわいそうだと町の大人たちに相談したのち、匿ったのだ。
ちょうど、魔女の一味が逃げ出したという期間とあっていたが、この子たちが魔女の一味だとは思えなくて、町長は彼らを何らかの理由で家を失った孤児だと説得した。
二人の身は町長の手にあり、大人たちも最初は疑っていたが、信用することにした。その後の兄妹の活躍のおかげもあって、兄妹を疑う人は次第にいなくなった。
ところが、道具屋だけは違った。
二人のことを最初から怪しいと察していた。
道具屋は町の生まれではない。兄妹とは違う道順でたどってきた離れ商人だった。商人同士が大移動するキャラバンから少し小便行っている間に、いなくなってしまい、仲間たちのところへ戻ることが叶わず、この町に流れ着いた。
道具屋というだけあって、道具の知識に右に出る者はおらず、兄妹と道具についてよく話す先生のような存在へと変わっていった。
それが、ある夜を境に一変し、兄妹を監視するようになった。
「魔女だけじゃねぇ、魔女の兄妹、家族、友達であろうとも、生け捕りにすれば、金になる」
商売仲間から持たされた情報だった。
道具屋は兄妹が発した光は魔法ではないかと察したのだ。
町の大人たちにも監視するように促し、そして、魔法を使った瞬間を目撃し、それを町長に報告したのである。
「…がめついた男です。私は正直、好きになれなかった」
町長がガックリと来るのもわかる気がする。
でも、道具屋がしたことは正しいことだ。魔女はこの世にいてはいけない存在だ。滅ぶべき存在なのだ。だから、町長の気持ちを察することもできるが、魔女だと分かれば、速やかに仕事をするだけだ。
騎士様が家の扉を軽く叩いた。
すると、ひ弱そうな青年が顔を出した。
町長の情報通り、黒髪の青年だ。痩せており、とても体付きがいいとは思えないほどだ。
「あなたが、シロですか?」
「ええ、俺がシロです。あっ! 町長さん、おはようございます」
「おはようシロ」
「ところで、この方はどちら様ですか?」
「それはですね…」
町長を押しのけて、騎士様が前に出た。
「あなたが魔法を使っているのを目撃したという情報があった。それは、真ですか?」
シロは黙った。無表情でそれはまるで心がない石像のようだった。
「それは、認めるという合図ですね」
「ちが――ッ!」
「――シロ」
シロの背後から眠そうに顔をのぞかせる青と銀色を混ぜたような髪をした少女が顔を出した。買ったばかりのパジャマ姿。
「これは、ソラちゃん。ごめんね、眠かったかい」
「うん、眠い」
ふふぁわあーーと大きな欠伸をして、目をこすっている。
「この子は?」
騎士様に尋ねられ、町長は答えた。
「ソラちゃんです。シロの兄妹でこの町に流れ着いたのですよ」
「…そうか。」
騎士様の眼が変わった。
「ひとつ、聞きたい。お前たちは魔女なのか!?」
シロがかすかに反応した。一方で、ソラは「魔女! 魔女ってどこにいるの!?」とキョロキョロと周辺を見渡し始めた。
「どこにいるのだー!!」
ガオーと怪獣のポーズをとる。ハハハとかすかに笑う町長と平謝りするシロの二人の姿と「魔女はどこー?」と尋ねるソラに騎士様は「……」黙ってしまった。
「…明日、またくる」
そう言い残し、去っていった。
町長は追いかけるように騎士様の後を追っていった。
二人の姿が見えなくなる。ソラを家に入れて、シロも家の中に入った。
「見事な作戦だったぞ!」
「うん。わたし頑張った!」
どうやら二人の作戦だったらしい。とはいえ、あれで退場した騎士様はどうやらまだ新人だったようだ。経験不足な騎士様はどういう行動したらいいのか、戸惑ってしまう。マニュアル通りにいかないからだ。経験を積んだ騎士様はそうはいかない。行動が読めないのなら、次の行動をとることができる。
もし、熟練の騎士様だったら、町長の前でも魔法を使っていたのかもしれない。剣を使って騎士様と対抗して、ソラを逃がしていたのかもしれない。
「それにしても、騎士がここに来るなんておかしい話だ」
「たしかに…」
この町に流れ着いてから魔法なんて一度も使ったことはない。魔女クドいわく、外の世界で使うことは自らの命を削るものだと言われていたからだ。
だとしたら、誰が魔女なんて言ったのだろうか。
「ソラ知っている!」
「それは本当なのか」
「うん。道具屋さんだよ」
「道具屋さん…? 先生のことか」
「あの人、ずっと私たちを魔女じゃないかと疑っていたよ」
「なるほど。先生であることも考えられる」
思い出してみると不審点が記憶の中で横切った。
道具屋さんはかつて旅の商人だった。キャラバンと呼ばれる商人たちが集まって一斉に移動する集団のことだ。道具屋さんはちょっと野暮用で離れている隙に見失ってしまったという。そこで仲間の後を追いかけるも見つけることができず、困っていたところ町の住人に助けられたという。
そこで、道具でさえもヒドイ有様でまともな職人もいないと知った道具屋は先生と呼ばれるほど道具の知識は豊富で、シロもちょくちょく話しを聞きに言っていたほどだった。
先生は、旅の商人で、地方の噂や情報をもらってくることもあると言っていた。
「――多分そこで訊いたんだな」
ひとつの可能性が浮上した。
それは、魔女にかけられた懸賞金のことだろう。魔女の家族、友人に関係なく魔法を使ったもの、知ったものを捉えたものには破格の賞金がもらえるという。
「ソラ、ひとつ提案がある」
「なんだいシロ、もしかして私の裸が見たいのかい?」
「毎晩見てんだろ。そんなことよりも、先生をいっちょ試してみようじゃないか」
「?」
再び夜になってから、先生の家に尋ねた。
すると、先生は暖かく出迎えてくれた。
「どうしたんだい? こんな真夜中に。お店は閉めたから明日にでも来るといい」
「――先生! 俺たちは明日がないのかもしれません」
道具屋(以下、先生)が立ち止って、こっちに振り返った。
「どういうことだ?」
「今日、騎士様が尋ねてきました」
「騎士様が!? それで、何しに訪れたのですか?」
白々しい。シロが呟いた。
「魔法を使ったものを目撃しなかったのかと尋ねられました。もちろん、俺らは知らないと答えました。けれど、納得していない様子で騎士様は明日にもう一度来ると言いました」
先生は「そうか」というと、シロに何も答えることなく「帰ってくれ」と突き飛ばした。
建物の外に放り出されるシロに先生は言った。
「俺を巻き込まないでくれ!」
そう言って、扉を閉め、固くなり閉じこもってしまった。扉を再び叩こうとしたが、先生はなにかを隠している様子だった。
「…どういうことだ。先生はなにか知っているのか? でも、答えないということはなにか知られてはいけない何かを隠し持っているということか?」
いろいろと困惑する中、かすかに頭の中で声が聞こえた。
(”シロ! たすけて!”)
その声はソラだった。ソラは家にいたはずだ。何かあったに違いない。
シロは真っ先に自宅に向かって走り出した。
自宅に帰ると、荒らされた後が残されていた。誰かともみ合った形跡があった。
(”ソラ!”)
ソラに呼びかけるが、返事がない。眠らされたのか、それとも――。
考えてもらちが明かない。
ソラは町長のもとへ駆けつけ、「ソラがいない!」と叫んだ。
ちょうどラーメンをすすっていた騎士様と町長が食事をしている最中だった。
騎士様はエルフだった。長い耳に、エルフ族にはあまり見かけない空のような青い髪をしていた。
「ちょっと失礼」
騎士様は机の上に置いてあった兜をとり、頭にかぶると「なにがあった」と聞いてきた。シロは今あったことを説明した。
――なるほど、何者かに妹を誘拐されたと。
「わかった。魔女の一件から変更して、誘拐犯の行方を追うことにする。町長、目的が変わるが問題はないか?」
「ああ、いい。それよりもソラちゃんは大丈夫なのかい?」
シロは頭を振った。
無事なのかどうかはシロが一番気にしていることだ。
「それで、場所はわかるのか?」
「ああ、大体検討はついている」
向かった先は道具屋だった。
先ほどまで明るかった窓には暗く閉ざされていた。店じまい。そう考えてもおかしくはないのだが、二階の部屋も電気が消えていた。
「おかしいな。道具屋がこんなにも早く店を閉めるなんて」
町長が不思議そうに声を漏らした。
今の時刻は八時を回っている。
道具屋は道具の交換、管理も行っており最低でも九時までは開いていることが多い。それを八時で閉めるなんて今までなかったことだ。
「町長さんは、扉をノックしてください。俺は裏から回ります」
「それだったら私も行こう」
騎士様はまだシロを疑っているようだ。魔法を使うかもしれないと。本来なら、町長と一緒にいるべきだろうが、この時ばかりは騎士様はそちらへ頭がいかなかったようだ。むしろ、本来の任務を優先したのだろう。
窓を騎士様の鞘で割ってもらい、中に侵入した。
派手な音がしたのに、先生は一向に出てこなかった。
「おかしいな」
騎士様が首を傾げ、奥の扉へと向かい、蹴り飛ばした。
すると、地下に通じる道が開けられていた。
「これは、地下道のようですね」
(”シロ! 地下にいるよ”)
ソラからの緊急報告だ。シロは内心焦っていた。表面では無垢で無表情だ。妹がさらわれたというのに慌てることもなく頑固のようだ。騎士はそう解釈した。
「降りてみましょう」
シロの意見に同情するかのように騎士は頷いた。
なかは洞窟だった。
何年も掘ったようなつくりで、雑な壁や天井が目に行く。
「いつの間にこんな道が…」
「騎士様、どうやらあそこまでのようです」
奥の方に真っ白な光が神々しく輝いていた。その中に駆け込むなり、騎士様は道具〈目の包容〉を使った。真っ白なまぶしい光は瞬時に止み、通常通りの明るさに戻った。
「〈目の包容〉ですね」
「ああ、そうだ」
道具名を言い当てるも、騎士様は頷いただけだった。
「どうしてここが分かった!」
目の前に三人の男たちがソラを荷造りのように箱にしまおうとする光景があった。
「ソラ!」
「うーうー」
口には布のようなものでふさがれ、手足にはローブで縛られていた。
「ソラになにをした」
冷静にものをいう。シロは落ち着いてた。内心は怒りいっぱいだったが、騎士様が隣にいてはそうはできなかった。
「へー、意外と冷静なんだな。見ての通り、俺はこの子を誘拐して金を得る計画だったわけよ」
「どうして、その子を選んだ!」
騎士様が尋ねると男は大声で笑い、冷静を取り戻してから説明した。
「この町は不景気でね、いくら道具屋として商売していてもちっとも儲からない。九時まで店を開いてほしいと頼まれても金は入らない。そんな仕事が嫌でね。でもよ、ふと思い出しちまうんだよ、キャラバンの時代はよかった。なんせ、安いものをうっても高く売れるんだからよ!」
ガハハハと笑いあげる。
あの優しかった先生がもうどこにもいなかった。
「だから、誘拐したのか?」
騎士様が訊いた。けど、返答したのは別の答えだった。
「この町の連中はバカだ。子供を誘拐されても親は何も言わない。半年にひとりずつ誘拐していても誰も気づかない。ましてや、神隠しにあった。魔物に食われた…だけで終わる。誘拐されたという発想もなかった。だけど、最近の子供は金にならない。そこで、魔女の疑いをかけ、誘拐したら金になるかもしれないと仲間と相談したわけよ」
なるほど、そういうことだったのか。
シロと騎士は納得した。
魔女と疑いをかければいくら価値が少ない子供でも比較的に価値が急上昇する。それが詐欺であっても彼らは雲隠れするだろうから。
それで、流れ着いた兄妹を標的にしたということか。
「しかし、魔女だという噂を流したものの、騎士様が本当に来てしまうとは想定外でね。こんな辺境地にも来るなんて想像できなかったよ。おかげで計画が狂ってしまった」
「ふん。魔女と聞けば、どこでだろうと飛んでくるのが騎士や務めだ」
仕事熱心だなと先生の仲間が褒めていた。
先生は話しを続けた。
「大人を騙すのは簡単だった。商売をしていれば済む話だ。現に、兄妹を魔女かもしれないといっただけで、最初は拒んでいたのを最終的には一緒に監視するようになった。ふん、バカだね。お前ら両親はみんな子供が誘拐されたとは思いもせずに…」
利用するだけ利用したということか。
反吐が出る。
「騎士様、こいつらを逮捕することは可能でしょうか」
「ええ、証拠も得ましたのでね」
ポケットから小型の機械を取りだした。マイクとカメラが仕込まれたものだった。
「なぜ、それを…!」
「これは友人が騙されたといわれて、知人に改造してもらったものなんですよ。いやはや、知人は大切にするものですね…」
録音の機能を持った機械だ。先生曰く大金払っても手に入らないものだと説明していた。知人がどんな人なのかと気になるところだは、これで先生らを確保する証拠を得た。
先生は冷や汗をかきながら、部下たちに命令を下した。
「俺は、一足にこの子を連れていく。お前たちは二人を倒したら、転移装置で戻ってこい」
「了解」
「うぃっす」
転移で消えようとするなか、騎士様は剣を抜き、先生の腕に命中させた。その隙をついて、ソラへ駆け寄る。
「貴様ぁ!」
二人の敵をなぎ倒すかのように足蹴りで一人の男を地面にたたきつける。
騎士様は空になった鞘で男の足を思いっ切り舞い上がらせ、腹に渾身の拳で一撃を葬る。両者とは地面へ倒れると同時にとどめの蹴りが入り、男らは完全に気を失った。
「ひぃぃ」
先生は怯みながら魔法陣へとソラを連れて行こうとするが、シロが駆け出し、先生からソラを引き離すかのように蹴った。数歩ほど飛ばされ、地面へ顔面が直撃する。
「痛い!」
悲痛な叫びをあげながら、騎士様は先生に歩み寄る。
「誘拐及び詐欺、殺人未遂の罪で貴様を捉える」
先生はチクショウと吠えていたが、騎士様の〈眠り粉〉を嗅ぐ和され、眠ってしまった。
「それも、秘密道具ですか?」
冗談交じりに言うと、騎士様は微笑みながら「知人の秘密道具だ、内緒にしてね☆」と誇らしげだった。
ソラの紐を切り、布をほどいた。
「シロ!」
シロに思いっ切り抱き付き、シロも「ソラ」とぎゅっと抱いた。
騎士様は剣を収め、シロに近づき、こういった。
「さて、尋問を戻す。明日、聞くつもりだったが、お前は魔女なのか?」
先ほどまでの仲間とは違う。仕事に復帰した戦士のようだった。目は柔らかくなく鋭い獣のような眼つきに変わっていた。
つばを飲み込み、シロは答えた。
「本当に魔女だと信じるのなら、俺達についてこないか?」
「…なんだと」
妙な提案だ。危険物を身近に置くとはおかしい話だ。
でも、魔女かもしれないと疑いを持たれた兄妹をこのまま放棄して、他の騎士に横取りされるよりはいいかもしれない。騎士様は、その妙案を聞き受けた。
「いいだろう。しかし、妙な動きをしたら即刻、魔女として捕らえるからな」
こうして、新たに騎士様を迎えた。
でも、もうこの町にはいられない。
なぜなら、一度でも魔女と疑われたら、この町いたら別の騎士様が来てしまう。噂は魔女を消すまで広めてしまうからだ。
「いいのか? 別れの挨拶をしなくて」
夜明けと同時に、家を出て崖の上に立っていた。
騎士様に聞かれるまま、シロはソラを見つめながら「いいさ、また来るかもしれないからな」と、穏やかな表情を見せた。
先ほどとは無関心で無表情とは違う。暖かい血が通った人間そのものだった。