なくては困る
春休みの大学生ほど暇な生き物はない。かといって勉強をする気にもなれないのが、僕たち大学生という生き物である。今日の暇をどう潰そうか悩んでいたところ、スマートフォンが鳴った。
連絡をしてきたのは仲のいい後輩の錦野だった。ポニーテールでメガネをかけ、いかにも文学部に在籍していそうな雰囲気を醸し出している彼女だが、性格はというと、決しておとなしいわけでも、本しか読めないわけでもない。つい先日なんて、僕の同期と熱い論争を繰り広げていたし、(どうやら、原因は「何故先輩方は簡単な事を難しく言い換えるのですか」と言った事らしい。僕もそう思う)テレビゲーム、確かレースものだったと思うが、それでも圧倒的な差をつけて一位でゴールしていた(が、これもまた、そのゲームが得意であった先輩のプライドに傷をつけたせいか、最近ではゲームに参加させてもらえてないらしい)。多くのサークルのメンバーはこういった彼女の行動が気に食わないらしいが、僕は結構気に入っていたりする。
大学の校門を通り抜け、2、3分ほど歩き、サークル棟に入る。僕たちのサークル室は、大学の隅に建てられた、築40年は経っていそうなサークル棟の建物 二階に位置している。色々なサークル勧誘のポスターが張られた階段をのぼり、サークル室までしばらく歩く。僕たちのサークル室は、棚やテレビといった備品が置いてある部分を除いても8畳くらいはある広い部屋で、たまに外から聞こえてくる自動車部の騒音を除けば最高の部屋であった。
そんな最高の場所だから、いつもは誰か4人くらいがたむろして、ゲームや授業の課題何かをしているものだけれど、ドアを開けて入ってみると、部屋にいたのは錦野一人だった。
「あ、先輩。おはようございます」
錦野は部屋に備え付けられたパソコンから音楽をかけながら、本を読んでいたところだった。
「会議はどこであるんだ?」
僕が訪ねると、しばらくして
「ないですよ」
と本に栞を挟み、そう答えた。僕に先ほど送られてきたメッセージは「来年の予算を決める会議が今日あるんですが、来栖先輩がこれなくなったので来てもらえませんか」という内容だったのだ。
どうやら、一杯食わされたらしい。
「錦野はどうしてここにいるんだよ、委員会もないならやることもないだろ」
「この季節の暖房代は馬鹿になりませんからね。寒い部屋で過ごしたくなくて、大学に来てるんですよ」
と答えた。後に続けて、「先輩お茶、どうします」と訪ねてきた。今日は彼女の暇つぶしに付き合わされるようだ。
それからオセロをしたり、最近よく聞いている音楽のことを話し、結局午後3時まではあっという間に過ぎていった。先ほどまで使っていたボードゲームをしまい、椅子に座る。少しの沈黙の後、
「彼女が欲しい」
僕はそんな、大学生にありがちな相談を彼女にすることにした。この話題は僕が好きな話題の一つでもある。年齢が上がるにつれて話題というものは、汚れていくことが多い。最近なんて、誰々がサークルで出しゃばっている、浮気したらしい、詐欺にかけられた、などなど暗い話題ばかりだ。けれど、この話題はそんな心配をすることなく、気を使う必要もない。だから、僕はこの話題が好きなのだ。
「ああ、なんかこいつの隣が僕の居場所だったんだー、みたいに思えるような、包容感ある優しい彼女が欲しいよ」
僕は独り言のように付け足した。こんなバカみたいな話だが彼女は「愚かですねえ」と言って話に乗ってくれるようだった。
「人や居場所なんて、本当はどこでも、誰でもいいものだと思うんですよね」
冷蔵庫にあった僕のプリンを開けながら話し始めた。
「そうか?そんな事ないと思うけど」
僕は心からそう言った。例えば、このサークルが、僕にとって「良い居場所」とは言い難い場所なのだ。自分がいかに優秀かという事を自分が受けた大学で示しあったり、やたら難しい単語を使って会話したり、そういった行為がはっきりいって僕は苦手である。ここじゃないサークルに入っていたなら、もっと楽しめたのじゃないかと、大学二年になった今でも思わないわけではない。
彼女はプラスチックスプーンでごっそりとプリンを掬い、美味しそうに食べた。若干見せつけているような感じもするけど、ここは先輩の度量が試されるところであろう。ぐっと堪える。彼女はその口で話し出す。
「いやまあ、生命の危機を感じるような人とか場所は別ですよ?だけど、それ以外はただ時間がそうさせたってだけで、最初からそこじゃなきゃ、その人じゃなきゃ駄目だったってわけじゃないんだと思います」
「でも例えばさ、高校の頃とか去年のクラスの方が居心地良かったな、とか、ない?」
「そう感じる事はありますよ。けれど、それは努力が足りないんじゃないかな、とも思ってしまうんです。」
「努力?」
僕は首をかしげる。
「はい。その、居心地が良かった『去年のクラス』は、ここが自分にとっていい場所になるようにって皆無自覚で努力していたと思うんですよ。だけど、その次の年になると、『前のクラスは良かったな』とか言って、そのクラスで仲良くなろうとはしないんです。そうやって努力しようとしなければ自分にとって居心地いい居場所はできないんだとおもいます。悲しい話ですけどね」
「なるほど」
考え方の異なる者に対して取る行動で、頭の良さというものは顕著に現れる、と僕は思う。人の考え方を変える事は多分、相当難しい。ある程度勉強をして来たせいで、無駄なプライドが出来てしまい、間違いを間違いであると受け入れられないのだ。けれど彼女と話していると、ああ確かに彼女が正しかったなと、納得してしまう。それはきっと彼女の話し方が、「示すもの」ではなく、「諭すもの」だからなのかもしれない。
「要するに、『いい場所』っていうのは最初からそういう場所だったって訳じゃなくて、皆がそうしようと思ってるから作られた、みたいな事でいいのか?」
「そうですね」
彼女はそういうとバッグから「ご褒美です」といって、僕にチョコレートを渡してきた。そういえば今日は、バレンタインだった。けれど彼女からのチョコレートは「貰った」というよりかは「餌付けされた」と言った方が近いのかもしれない。なんか、情けない。
彼女はプリンのカップを持ち、椅子を僕と反対の方向にくるりと回転させる。どうやらゴミ箱にカップを投げるようだ。そのまま話を続ける。
「これに限った話じゃないと思いますよ。恋愛だってこんな感じじゃないですか。だってほら、よく熟年カップルとか夫婦とかいらっしゃいますけど、あれはとても長い時間を共にしてたら他の人とだと居心地が悪いだけだとか、そういうのもあって別れないっていうだけなのかもしれませんし」
そう言い終わると、空になったプリンのカップをゴミ箱に放り投げた。カップは壁にあたり、そのまま真下にあったゴミ箱に入った。
「たしかにそれはそうかも知れないけど、相性だってある事だし、恋愛は違うんじゃないか」
「いえいえ、それは思い上がりですよ。そっちの方がいい、くらいはあるかもしれません。だけど、極論を言うなら適当に選んだランダムな2人組だって、そこに時間をかければ愛情が芽生えるんじゃないですかね」
僕はそんなに議論が得意な方ではない。後々考えてみたら、よくもまあこんな暴論が言えたものだと思うが、その時にはその答えを論破できるような返しが思いつかなかった。自分の頭の回転の悪さというのはこういう時に気づかされるものだ。
「…まあ確かにそうなのかもな。だけど錦野、お前が僕のプリンを食べたっていう罪からは逃れられないぞ。」
僕は話題を逸らそうとした。チョコレートで餌付けされて、すべて言い包められたままでは先輩としての威厳が保てないと考えたからだ。…いや、もう威厳なんてないのかもしれないけど。
はっはーと錦野は女子っぽくない声をあげると
「私と良い居場所を作るための『努力』だと思って堪えないと、いい関係が気づけませんよ。私が言いたいのはここからなんですけど」
とこちらを向いた。目が合う。
「付き合う人なんて結局誰でもいいんです。だから先輩、結局これから結婚する人だって本当は誰でもいいんです。多分、運命なんてないんだから、少しでもいいなと思ったら声をかけるべきなんですよ」
「さらに」
「目の前には喋りやすくて、優しくて、バレンタインにチョコまでくれる後輩がいますよ」
そう結んだのだった。二人きりの部屋、パソコンから垂れ流した音楽と、外から聞こえてくる車の排気音。暫くの沈黙が部屋に流れた。少し混乱する。
…こいつは僕に告白させようとしているのか?もしかしてこうするためにわざわざサークル室にだれも来ないような、今日に僕を呼び出したのか?色々考えたけれど、とりあえず質問してみることにした。
「あのさ」
「はい。何でしょう。」
「錦野は本当に僕でいいのか?」
「何がでしょう」
なるほど。これは錦野が僕に告白したという事にしないために、誘導はしない姿勢を貫くつもりなのか。
「でも、もし私の目の前に、優しくて、喋りやすくて、サークルで変わり者扱いされかけている自分にずっと構ってくれる人がいて、その人から告白されたとしたら付き合いますね」
意味が分からない。誘導どころか、これは最早、告白するよりも恥ずかしいのではないだろうか。
「あのさ、錦野。僕さっきの話で要するに、まあ居場所だったり、恋人だったりはどうでもいいみたいな結論が出たと思うんだけど」
「はいそうですね。」
「あれ、やっぱり違うよ。僕は錦野がいい。」
「私の方がまし、ではなくて?」
「うん、錦野だから、いいんだ」
僕は考えた。もし、今日のすべてが、錦野がこんな状況にするために考えた事なら、と。僕のためにここまで努力してくれる人なんてきっと錦野以外に現れることはないだろう。彼女は椅子を回転させて、反対を向いている。顔は隠れて見えないが、耳が赤いのがわかる。やめてくれ、こっちまで照れてくる。しばらく経った後彼女は振り返り、
「おや、なにを仰ってるのかよくわかりませんが、簡潔に、はっきりと言って欲しいですね。簡単なことを難しく言うのは、このサークルメンバーの良くないところです」
とすました顔で言った。なぜそこまでクールを気取りたがるのか疑問ではあるが、案外彼女もそのキャラクターを大事にしているのかもしれない。
僕は覚悟を決める。
「あのさ」
続く言葉は、察してほしい。
初めまして、宮本よしきと申します。
先ずは、私の稚拙な文章を此処まで読んでくださり、誠に有難うございます。もし皆さんの心に「僕」と「錦野」が残って下さったのなら、作者としてそれ以上の喜びはございません。
さて、私はこの小説を書くにあたり、こんな話を耳にしました。小説家の最初の作品は、その作者の性癖や個性が出やすい、という話です。よくある話ですが、こういう事を聞いて私はそれならばと、私の性癖と真逆の物を作り上げてやろう。そう思い、意気揚々とキーボードを叩き始めたわけです。私はその為に自分の好きなものを把握し、キャラクターを考え、出来上がった小説に書かれていたのは全て私のありのままの性癖でした。
もしこの先、自分の小説を書こうと考えている方がいらっしゃれば是非参考にして頂けたら幸いです。性癖は、強いです。
最後にもう一度、私の短くて、稚拙な文章を読んで頂いた皆様に、感謝をさせて頂くとともに、皆様の感想やこんなキャラクターが自分の性癖に刺さる、と言ったことをご指導頂けたら幸いです。
本当にありがとうございます。




