第四十八話 卒業レース①
マコトのスタート加速時のツチヤとヨーコの声を上げるところに説明を追記しました。
マコトたちが魔導車に乗り込み各車の魔導エンジンが始動される。準備が終わった車両からそれぞれのゲートに移動していく。
このマジカルレーサー養成所にも、他のマジカルレース場のよりは小さくて簡易的だが観戦スタンドがある。
そこに他の42期生と教官が模擬レースでの最後のレースを見るために集まっていた。
もちろん試験の時からマコトのことを見続けてきた教官のワタナベもそこにいた。そしてそのワタナベに話しかけるものがいた。
「隣、いいかな?」
「これはイノキ校長!? もちろんです。どうぞ」
校長のイノキも42期生頂点を決める最後のレースをスタンドまで見に来ていた。
「ワタナベ君は誰が優勝すると思う?」
おもむろにイノキがワタナベに聞いた。
「そうですね、順当に行けばツチヤのイン逃げで決まりでしょう。ですが、隣にヒビノがいますからもしかしたら何かあるかもしれません」
「ほう、ヒビノはワタナベ君にそうまで言わせるか」
イノキはワタナベの現役時代の実力を知っていてそのように言ったのだ。
「イノキ校長もヒビノが気になったからこちらまでいらっしゃったのではないですか?」
「そうだね。もちろん42期生たちの最後のレースを見届けるためでもあるが、ヒビノのレースが気になったでもあるね」
イノキはワタナベの言葉を肯定した。
「やはりそうですか。ヒビノはおそらくこの養成学校始まって以来初めてのドリフトをやってみせています。もしかしたらマジカルレース界の常識を変えるかもしれません」
「確かにターンの常識は変わるかもしれない。だが、マジカルレースはターンだけではないというのはワタナベ君もよく知るところだろう」
「はい。確かにヒビノはスタートも魔力も、ツチヤや今のマジカルレース界のトップレーサーには及ばないと思います。しかし、それでもヒビノには何かをやってくれる期待感があります。そのドリフト技術をどんなときに使ってくるのかという期待感が」
「ふむ。では私も期待している一人だな」
「不死鳥と呼ばれた殿堂入りのレーサーでもですか」
「すでに引退して過去の人間だがね」
イノキは自重気味にそう言ったが、その風貌、威圧感、存在感は現役当時そのままだとワタナベは思った。
イノキとワタナベが話をしている間にすでにゲートに各号車がスタンバイしていた。準備灯が点灯する。皆の視線が集まる。
マコトはとても緊張していた。試験の時などもそうだったが大事の前はかなりの緊張体質だった。それこそ手に震えがくるほどだ。
しかし発進灯が点灯しアクセルを徐々に踏み込み回転数を上げていくと、それに比例して手の震えが収まってきていた。
「よし、行くぞ!」
ヘルメットの奥でつぶやくように、だが力強くそう言葉にして言った。気合を入れるためだ。すると完全に手の震えが止まったのだ。
各号車の魔導エンジンの回転数が上がる。発進灯が点灯し各車一斉にゲートから発進した。ゲートに甲高いエキゾーストノートと光る残留魔力が吹き荒れる。
「ゲート離れは各車一緒だ」
「そのまま枠なりだろうな」
ワタナベの言葉にイノキがゲート離れからコースインの順番予想を続ける。枠なりとは号車の番号と同じコースに入ることだ。
イノキの言った通り各車そのまま自分の号車と同じコースに入る。それを見ながらワタナベがイノキに質問した。
「スリット隊形はどう予想されますか?」
「ツチヤがトップスタートでそのまま逃げ隊形だろう」
「確かに。ですが、3コースのアマノもスタートが早いです。その両名に比べてヒビノの今までのスタートを見るについていけるかどうか。そうなるとアマノから仕掛けるということもあるかもしれません」
「ふむ。ではヒビノのお手並み拝見といこう。スタート巧者に挟まれてどうするかをな」
二人がそう話しているとき、4コース4号車のダイスケと5コース5号車ナカタもヒビノがスタートで遅れた場合のことを考えていた。
ダイスケはヨーコが仕掛けたら、ヨーコの捲りに乗って捲り差しを狙っていた。ナカタはとにかく思いっきり外をターンする気まんまんだった。
ヨーコが捲るならさらにその上を捲ってやろうと。
しかし、ヨーコが捲らない、捲れないのであればセオリー通りとなるだろうとも誰もがそう予想していた。
セオリーでは1,3,5号車の内を2,4,6号車が差すというものだ。マジカルレースは内側有利が常識のため必然的に内に内に廻ろうとする。
皆の考えが交錯するなか、ダッシュスタートである4,5,6号車が加速を始めた。その後スロースタートの1,2,3号車がスタートを始める。
マジカルレースに使われる魔導車は同一機種のいわゆるワンメイクレースだ。しかし、車両ごとの調子の良し悪しがあり加速や最高速、さらにはハンドリングにも差が出てくる。
その差はこの発進時の加速にも表れる。同じタイミングで加速を始めたとしてもすぐに発進加速の差が出てスリットでは差がついているのだ。
もちろん中間加速、最高速での差もでてくる。マジカルレースにおける直線の性能は初期加速、中間加速、最高速に分けられる。
そして初期加速を出足、中間加速を行き足、最高速を伸びと表現している。さらにターンは廻り足と表現する。マジカルレース車両の性能は足で表現するのだ。
出足、行き足、伸びで差がでるなら調子が良い魔導車がスタートで前にいるのでは? と思うかもしれない。
だがそこがフライングスタート方式の面白いところで、直線の性能に差があっても遅いなら遅いなりに早めにスタート加速を始めればよいのだ。
極論を言えば、どんなに調子が悪い車であろうとスタートさえ決めればスリットでいきなり遅れることはないと言えるのである。
もちろん、これはマコトも十分に理解していた。ツチヤは魔力の質が良くマコトよりも伸びる。だからこそ、スタートで負けないためにツチヤより早いタイミングでスタート加速を始めるべきだと。
そして4,5,6号車が加速を始めたとき、マコトは大時計に全神経を集中していた。
「ここだ!」
タイミングを見計らって加速を始めた。1,3号車よりも早いタイミングで。
「む!」
「あ!」
ツチヤとヨーコがそれぞれの車両で思わず声に出た。そのまま200m、100mの空中線を越えて加速していく。
「ヒビノのスタートが早い、いや早すぎるか!?」
ワタナベが思わず声を上げた。ツチヤとヨーコもマコトのスタートが早いと思い声をあげたのだ。ちなみに観戦スタンド側からでも大時計が見えるように裏表に同じように秒針がついて動いている。すべてのマジカルレース場が同じ仕様である。
「おい、ヒビノがフライングするんじゃないか!?」
「ちょっと早いぞ!?」
ワタナベの周囲でもざわざわしだした。模擬レース最後の大一番でフライング!? 誰もがそのような想像をしたのだ。
「いや、これはぎりぎりだな」
一人、イノキが落ち着いた声音でそう言った。
マコトは一人2号車の中で叫んでいた。フライングに怖気づきアクセルを緩めてしまわないためだ。
「これは入っている! いっけー!」
フライングしないぎりぎりのタイミングでスタートするとき、コンマ00位内に入っているという意味で『入る』という表現をするのだ。
ちなみにフライングした時のスタートタイミングは+0.05といったようにプラス表示になる。
マコトはかつてないほどスタートに集中していた。ゲートにいるとき緊張で手が震えていたのが嘘だったかのように今は止まっている。
マコトには自身でも気づいていない才能があった。それは集中力だ。ここ一番となったときの集中力が人一倍あるのだ。
普段でも集中力はある方で、考え事をするとその考えに集中してしまい周りの声が聞こえず、話かけられても気づかない時があるくらいだ。
その集中力がここ一番でさらに増すのだ。まさにこの卒業レースの舞台でその才能を発揮した。
そのまま各車スリットを通過した。マコトの2号車はツチヤ1号車、ヨーコ3号車より1/5車身前にいる。4,5,6号車は1,2,3号車より遅れ外凹み隊形だ。
「欠場信号灯は?」
「ついていません!」
イノキの問いにワタナベが答える。マコトがフライングせずにトップスタートを切ったのだ。ワタナベノの周囲でどっと声が上がった。
「すげー、入った!」
「フライングしてなかったぞ!」
「タッチスタートだったんじゃない!?」
42期生たちが口々に驚きを口にしていた。タッチスタートとはスタートタイミングコンマ00のことだ。そうだとすればまさにぎりぎりのタイミングだったわけだ。
欠場信号灯が点灯していないのを見てマコトは叫んだ。
「よっしゃー!」
そのまま白、黒、赤、青、黄、緑のゼッケンをつけた6台はそのまま1Mへ突入していく。




