第四十話 ドリフト特訓とヨーコの告白
次の日、ぱらぱら降る雨の中俺たちは実技課業で練習車両の準備をしている。今日は走行練習であり模擬レースはない。
そしてドリフトの練習にはこれくらいの雨がちょうどいい。 ざーざー振っていると当たり前だが前が見にくいのだ。しかし、マジカルレースはもちろん雨の日も行う。
それこそ雨が降ろうが風が降ろうが雪が降ろうが。ボートレース場によっては多少積もろうとも除雪して行う。そもそもそれほど積もるような地方にマジカルレース場はないのだが。
俺の車両の準備が出来たので、ヘルメットとグローブを着用し運転席へ座る。隣にはダイスケが同乗している。
ヤマダとタカハシさんのとき同様、今回も同乗での練習を教官に許可をもらっている。
「それじゃあ、マコト頼む」
「おう」
言葉がヘルメットのせいで聞こえにくいのでオーバーアクション気味に首を縦に振る。
整備士さんの外部チャージにより魔導エンジンを始動させ発進させた。ゲートを通りそのままホームストレートを加速する。
実はマジカルレースのターンは最初のターンが一番難しい。皆今では慣れているのでそうではないが、初めのころはよくスピンしていたものだ。
何故ならタイヤが温まっておらずグリップしないからだ。ドリフトさせるからグリップしなくてもいいのでは? なんて思う人もいるかもしれない。
ただ横に滑らすだけなら滑る方がやりやすい部分もある。アンダーパワーの車って簡単にはテールスライドがおきないからね。
逆にパワーのある車ならアクセルオンですぐリヤが滑るから。言ってみればアクセル踏めばすぐに滑らせられる。しかしアンダーパワーの車はそれができない。
しかし、滑る方がドリフトしやすいと言ってもこれがレースとなると話は違ってくる。レースとは速さが必要なのだ。ただ横に滑っていればいいというものではない。
単に横に滑るだけでなく、向きを変えたらトラクションをかけて前に加速してくれなければ速くない。そのためにタイヤのグリップ力は必要なのだ。
ドリフトとは横に滑らすだけでなく向きを変えるためのテクニックでもあるのだ。なので同じ速度であるなら滑らせる期間はなるべく短いほうが速い。
マジカルレースでサイドターンが主流なのはそこにも理由がある。サイドターンで小さく廻ればすぐに加速できるのだ。
俺がブレーキングドリフトを使っているのはスライドする分ターンスピードを上げるからである。
ちなみにマジカルレース車のようなアンダーパワー車だと人一人のせただけでもかなりドリフトしづらくなるのだが、雨の日なので前回ヤマダを乗せたときよりも全然問題なくできる。
ホームストレートから1Mへ向かいフルブレーキングからフロントに荷重をかける。ブレーキをリリースしながらフロントタイヤを押し付けるように曲がろうとすると、リヤタイヤが限界を超えてスライドを始める。
そのまま1Mをドリフトで廻り、バックストレートを立ち上がりながら今のブレーキングドリフトをダイスケに説明する。
「ブレーキングポイントはサイドターンの時よりも深く、ステアリング切るときのブレーキはブレーキを残す感じでリリースするんだ。」
「なるほど。」
「車を止まるときにお釣りがこないようにブレーキをふみっぱにせずに最後に緩めるだろう? あれと同じだ。」
「なるほど! よく分かった! 」
ダイスケがぶんぶんと首を縦にふっている。納得できたようだ。お釣りとは車を停めようとブレーキを踏みっぱなしにしてると、完全停止するときに反動でがっくんとなる、あれの事である。
がっくん、とならないために完全停止する前にブレーキを緩めるのだ。これが荷重を残しながら曲がるときの操作と同様の操作になる。
残りのターンマークも同様にブレーキングドリフトをしながら細かい注意を伝え3周後ピットに戻った。
今度はヨーコを隣に乗せる。今回は全員乗せて走る予定だ。ブレーキングドリフトできるの俺しかいないからね。
「考えてみればマコトの隣に乗るのって初めてだねー」
「確かに。女の子乗せるのも初めてだな」
「そっかー。あたしが初めてなんだー。ふふふ」
「何笑ってるの?」
「いや、なーんでもー」
ヨーコがやけに嬉しそうだ。そういえば中等部上がってからこうやって隣同士に座るということもなかったな。
なんか家のリビングで隣で座って宿題をしていた昔を思い出す。ヨーコも昔を思い出しているのだろう。
発進しゲートを通りホームストレートを加速する。1Mでブレーキングドリフトをしながらダイスケの時と同じように説明する。
しかし、ヨーコは俺の手元、足元に集中しており何かぶつぶつ言っていて俺の説明が耳に入っていないようだ。
「あの辺からブレーキしてハンドル切るときのブレーキがこれくらい、立ち上がるときの……。」
完全に俺の操作を映像として覚えようとしているようだ。やはりヨーコには説明するより見せたほうが早い。そのまま3周してピットに戻る。
次はナカタさんだ。
「ヒビノ、ヨロシクな!」
「こちらこそ」
ナカタさんが言うと夜露死苦と聞こえるのは失礼だろうか。ダイスケとヨーコ同様に走りながら説明する。1周してホームストレートを加速しながら聞いてみた。
「一周してみたんだけどどう? 分かった?」
「おうよ! あれだろ、がーって言ってブレーキどんっ! って踏んだらすーっと離しながらステアリングをくっ! って切ればいいんだよな!? 」
「あ、ああ。たぶんその通りだと思う。」
「だろー! ばっちりだぜ! 」
擬音だらけで知らない人が聞いたらたぶん分からないだろうが、分かる人には分かるから大丈夫だろう。そのまま3周して戻った。
今度はヤマダの番だ。
「ヒビノよろしくね。サイドターンの時以来だね」
「おう」
ヤマダにも前の3人と同じ様に説明する。ヤマダにも1周してみて理解できてるか聞いてみた。
「うん! ヒビノの説明は分かりやすいから大丈夫! すぐに練習してみるよ! 」
「そうか。それは良かった。」
理解の早い人に教えるのは教えがいがあるね。さすがヤマダだ。
最後にタカハシさんを乗せる。
「あのあの、ヒビノ君よろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
丁寧な口調のタカハシさんに俺も丁寧な口調になる。それにしても他のメンバーにはそうでもなかったのにタカハシさんが乗るとなんか緊張する。
タカハシさんが座るとシートにすっぽり収まってなんかかわいらしいんだよねー。 ふと視線に気づいて横を見た。
運転席の窓の横でヨーコが睨んでいた。「鼻のばしてないでちゃんとやんなさいよ! 」と、めっちゃ目に力入れて言ってるのが伝わってきた。
そんな睨まんでも。きちんとやることはやりますよ。だいたいヨコシマな気持ちは一切ないしって、なんでこんな言い訳みたいなこと考えなきゃなんないんだか。
俺はヨーコに親指を突き出して発進する。ヨーコも「しっかり行ってきなよ!」みたいな感じで深くうなづいた。
あれ? なんか尻にしかれてる? まだこちらの世界では所帯を持ったこともなければ付き合ったこともないのに。気を取り直して俺は魔導車を発進させた。
タカハシさんにも1周してみて聞いてみた。
「ヒビノ君の説明は分かりやすくて助かります。」
「あー、ヨーコとかナカタさんとかと話してると特にそうかもね。」
あの二人を頭に浮かべて俺はそう言った。かたや感覚で話し、かたや擬音で話すからね。
「そうなんです、じゃなくてそうでなくてヒビノ君が、上手なんですよ! 」
「あ、ああ。ありがとう。」
ヒビノ君が、をやたら協調された。あの二人相手に大変なんだろーなーと、今後も生暖かく見守ることにしよう。
そのままピットに戻りタカハシさんは俺に一礼して、駆け足で自分の魔導車に戻って行った。よほどすぐに試したかったのだろう。
分かる! 思いついたことはすぐにでも試したくなるものだよね! うずうずするんだよね。しかもそれが成功した時の高揚感と言ったら。やめられませんなー。
と思ってたらいきなり横から声かけられた。
「マコト、またおっさんくさい顔になってるよ? 」
「おわっ! ヨーコいたの!? っていうか誰がおっさん顔だ、誰が! 」
俺は驚きながらも突っ込むことは忘れない。伊達にセルフツッコミで鍛えてはいない。
「いたよ。マコトがタカハシさんにセクハラしてないかチェックしにきたの。」
「誰がするか! 」
「ジョーダンだよ」
ヨーコがふふふ、と笑う。あれっ? いつもは背中ばしばし叩いてくるのに?
「どうしたの?」
思わず聞いてみた。
「何が?」
ヨーコが聞き返してくる。
「いや、なんかいつもと違うなーって。」
「そう? でもそうかも。マコトと一緒にマジカルレーサー養成学校に来て良かったなーて思って。」
「なんだよ、いきなり改まって」
「いきなりじゃないよ? 養成学校に入ってからメグミやユーコと出会って、同じ目標を持つ仲間同士で苦楽を共にしながらこうして頑張ってて。困ってたらお互い助け合ってつらい日もあるけどみんながいるから頑張れてるの。しかもみんなは仲間でありライバル。こんな刺激のある世界にこれてマコトにはとても感謝してる。」
「そう、か。」
実はヨーコをこの世界に巻き込んだことがずっと頭の隅に引っかかっていた。ヨーコにはもっと別の世界があたのではないかと。マジカルレースの世界に来てよかったのかと。
それがヨーコの言葉によって氷のように溶解していくようだった。ヨーコはさらに続けて俺に言った。
「マコトはあたしが、あたし達が困ってると必ず手を差し伸べてくれる。メグミが陰で文句言われてた時も、サイドターンでメグミとヤマダ君が退学になりそうだったときも。今回もそう。どうせ魔導車やマジカルレース見ながらいつも考えてたことなんでしょう?」
「お、おう。」
やはり今まで魔導車やマジカルレースを見てイメージトレーニングをしてきたと言ってきただけあって、ヨーコもそう理解してくれているようだ。
「改めてマコト、ありがとう。そしてこれからもよろしくね。」
「おう。まだまだこれからだからな。先は長いから一緒に頑張って行こう。」
「ずっと?」
「おう。」
「何があっても?」
「おう。」
「そっか、ふつつかものですがよろしくね。」
「お、おう。」
最後の一言が何かひっかかったが俺は力強くうなづいた。俺がうなづくのを見て満面の笑顔をヨーコは浮かべていた。それは大輪のヒマワリのような笑顔だった。太陽に向くように真っすぐ前を向き、迷いのない決意に満ちた笑顔だ。
「じゃあ、あたしも行ってくる!」
「おう、行ってこい!」
なんか新婚さんが玄関で見送りするよう気分になった。俺は主夫か! セルフつっこみをしつつ気恥ずかしくなりながらヨーコの背中を見送ったのだった。
このマコトがドリフトを教えたヨーコや仲間たち、そしてツチヤを含めた42期生が今後マジカルレース界で目覚ましい活躍を遂げる。
この42期生を何年も後に人はこう呼んだ。奇跡の世代、ミラクルジェネレーションズと。これを聞いたマコトは「マジカルでミラクルなジェネレーションズってどこの魔法少女たち? 」と内心突っ込むのだった。




