第三十七話 梅雨の季節
ツチヤとのレースで負けてから二月ほど経ち、マコトたちがマジカルレーサー養成学校にきて二度目の梅雨の季節が来ていた。こちらの世界にも四季があり梅雨がある。
これだけ前の世界と似てるのにお金がGって! 久しぶりに俺のセルフツッコミが作動したようだ。どんだけ気にしてるんだか。他人ごとのように思う。
あのレースが終わってピットに戻るとざわざわしていた。騒然というほどではない。
やっぱツチヤのほうが速いんだ、でもヒビノのあのドリフトもすごいぞ、でも結果が、なんて話が聞こえてくる。
おーい、聞こえてるぞー。本人の聞こえないところでやってくれ。レース中はツチヤの走りに感動したものの、やはり1号車で負けたというのは堪える。圧倒的有利な1コースだったのだ。
ちなみにマジカルレース全体での1コース勝率は50%を超える。A1級レーサーになると80~90%にもなる。A級なら1コースから勝って当たり前なのだ。
ヘルメットを脱ぐとすぐにグループメンバーのみんなが寄ってきて声をかけてくれる。
「マコト、残念だったな」
「あのあの、ヒビノ君ドンマイだよ」
「相手はあのキングの息子なんだからしょうがないよ」
「あたいが見てもあれはどーしよーもなかった」
ダイスケ、タカハシさん、ヤマダ、ナカタさんが次々に声をかけてくれた。続けてヨーコが肩にぽんっ! と手を置いて来た。
励ましの言葉でもくれるのかと思ったら違った。
「マコト、あんたどうせ車の中で『こなくそー!』 とか言ってたでしょう? 」
「なっ! なんで分かるん!? 」
「イントネーションがおかしいよ? 」
「ぐっ! 」
思わず俺は口を抑える。
「マコトは昔からテンションが上がりすぎるとたまに変な言葉遣いになるからねー。」
「ぐぬぬ。」
さすがに前の世界の方言とは言えない。
「ははは。マコトもアマノの前では形無しだな。」
「ほんと。」
「だねー。」
「だなー。」
と、タカハシさんとヤマダとナカタさんがフフフ、ハハハ、ワハハと笑った。ヨーコも満面の笑みだ。俺も仕方ないと言った感じで一緒に笑った。
どんな失敗もどんな結果もこんなに笑いあって話ができる仲間がいるって、ものすごい幸せなことだと体の芯から温まるような気持ちと共に思った。
「俺は大丈夫、次はこうはいかないよ。」
「うん、その意気! でもその前にあたしが敵を取ってあげるよ。」
ヨーコがやたら男前なことを言う。
「期待せずに見させてもらうよ。」
「おー、言ったなー。負けたくせにー。」
「ぐっ! 」
「あー、ごめんごめん! 」
ヨーコがべしべし俺の肩を叩く。ヨーコが俺の気を紛らわせてくれようとしてるのが分かっているので、嬉しさと共に気恥ずかしさがあった。
そうしてると後ろから声がかかった。
「惜しかったなヒビノ。」
「ワタナベ教官! 」
俺はびしっと直立不動姿勢になる。と思ったら俺だけだった。周りのみんなはそのままの姿勢だ。
「最初からいたよ? 」
「一緒にレース見てたんだ。」
ヨーコとダイスケが言う。あ、そうなの? 気づかなかった。
「あれがツチヤリョウ、キングの息子だ。私もキングと何度もレースを走っているが、走り方がよく似ている。」
「やっぱりそうなんですか」
俺がうなずきながら答える。
「ヒビノ、お前はコントロール技術はずばぬけているがレースの経験はまだほとんどない。もっと模擬レースでいろいろ学ぶといい。」
「はい! 」
ワタナベ教官が去っていく後姿を見ながらヨーコが話しかけてくる。
「ワタナベ教官にも気にかけてもらってんだから頑張んないと! 」
そういいながら俺の背中をぺーん!と叩いた。
「おう」
そんなヨーコに俺もいつものように返事をしたのだった。
今は雨が降っている中、課業の実技練習が続いている。そんな中、俺の持論をあえて言おう。
梅雨を制する者はドライをも制す!
似たような言葉が前の世界の漫画にあった気がするが気にしてはいけない。
何が言いたいかというと、雨のウェット路面で練習すれば晴れの日のドライ路面でも上手くなるって話なんだ。タイヤも減らないしね。
そういう俺だが前の世界で梅雨で結構な本降りの中、サーキットを1時間ぶっ続けでドリフトし続けたことがある。
車から降りるとさすがに体のGがとれず、しばらく真っすぐ歩けなかったくらいだ。ずっとくるくるバット状態だった。あの立てたバットに頭を付けてその場でくるくる回った後に真っすぐ歩けるかってやつ。
さすがにボンネット開けておいたんだけど、冷却水が沸騰してリザーバータンクからあふれ出てきたっけ。
エンジンノーマルで梅雨のまだ肌寒い気温だったからその程度で済んだものの、下手するとオーバーヒートどころかエンジン焼き付いてたかも。
あのころは若かったなー、なんて遠い目をしてみる。なんてったって別の世界の出来事だし。
そう考え事しながらぼーっと練習車両をみてると後ろ頭をぱーん! とはたかれた。
「マコトー! またぼーっと魔導車みてんのー? 」
言うまでもなくヨーコだ。
「いつも言うけど叩くのやめろよなー」
俺は頭をさすりながら言う。
「いいじゃん、減るもんじゃないし」
「減らなくても出ていくんだよ! 課業で覚えた内容が! 」
「あー。 ところてんだー」
「だれの頭がところてんだ! 」
「ごめん、ごめん」
相変わらず悪びれずにヨーコが言う。
「あー、夫婦漫才のところすまないんだが」
後ろからダイスケに声をかけられた。声をかけるタイミングを待っていたようだ。
「誰が夫婦だ!」
「誰が夫婦よ!」
間髪入れず俺とヨーコがハモルように突っ込む。
「息ぴったりだな」
ダイスケがあきれたように言う。
「あれ? ヨーコ顔赤いんじゃない? 」
「え、あ、そう? そういえばちょっと蒸し暑いかなー」
俺がヨーコの顔を見て聞いた。するとヨーコが慌てたように胸元をぱたぱたする。こら、年頃の娘がやめなさい。ダイスケは慌ててそっぽを向いたようだ。
「え、何? 」
「ヨーコちゃん! ちょっとこっちでお話しよう! 」
近くで聞いてたタカハシさんが慌てたようにヨーコを引っ張って行った。
ほんと禁欲生活でたまっている健全な男子の前でなにやってんだか。余計な刺激を与えないでやってほしい。俺は他人ごとのように思った。
俺? もうそんな歳じゃないし。でもぴちぴちの16歳だから。そろそろどこからか突っ込まれそうな気がする。いや、前にヨーコに突っ込まれたか。
「あー、ごほん。マコト、折り入って頼みたいことがあるんだが」
ダイスケ、キミも顔が赤いよ? もちろんそんなこと口にせず俺は聞き返す。
「何を? 」
「マコトのやってるブレーキングドリフトを教えて欲しいんだ」
あー、確かにやるなら今だねー。さっき俺が話した通り梅雨を制する者はドライを制するだからね。そもそもウェットを制するのでは?ってツッコミはなしでお願いします。
「何々、何の話?」
「なんかおもしれー話してるじゃねーか」
ヤマダとナカタさんもやってきた。その後ろから真っ赤な顔したヨーコとタカハシさんも戻ってきた。
「あのあの、私もお話聞かせてほしいです」
「あ、ああ。いいけどヨーコどーしたの? 」
「うっさい、マコトのくせに! 」
おわっ! いきなりどこかの空き地の土管の上に立つガキ大将みたいなこと言いだした。
「あの、大丈夫! なんでもないよ? それよりも話の続き続き」
「あ、ああ。別にいいけど」
タカハシさんが慌ててフォローする。ヨーコも複雑なお年頃か。などと考えてるとヨーコに睨まれた。久しぶりに出た、エスパーヨーコ。
「ブレーキングドリフトだよね? いいよ。ちょうどいい季節だしね。だけどいいのほんとに? 」
俺は先日ツチヤに負けて以来陰で噂されている内容を知っていた。ヒビノのドリフトは意外に速くないというやつだ。
いや、速度は速いのだがツチヤに負けたせいで結局はサイドターン極めたほうが速いんじゃんって話になっているのだ。
俺としては反論の余地があるのだが結果が全てのレースの世界だ。どう言おうと結果でしか証明することはできない。
それを知っているので俺は特に噂について何も口にはしていなかったのだ。
さらに言うならツチヤとのレースの前までにブレーキングドリフトを多くの同期が真似しようとしたのだ。しかし俺がやるように自由にテールスライドを誘発することができなかった。
さらには無謀にも直ドリに挑戦するものもいたが、見事に失敗してしまいあわやタイヤバリヤのに衝突しそうになり教官に大目玉を食らっていた。
それ以降教官の許可なく直ドリの練習をしてはいけないことになったのだ。
許可をもらおうにもそれだけの技術があると認められないと許可をもらえず、結果的にマコト以外は誰も直ドリは出来なかったのだ。
あのツチヤですらブレーキングドリフトと直ドリの練習をしようとしなかった。マジカルレースには不要、そう言わんばかりだった。
マコトのブレーキングドリフトを封じて見せたのだから当然だ。まさにマジカルレースの王道を行くツチヤなのだ。
そんな噂を気にして聞いてみたのだがダイスケは全く問題ないと言わんばかりに言った。
「ああ、噂のことだろう? あれはツチヤが別格だっただけだ。現にマコトのドリフトは他の同期生では相手になっていない」
「まあ、確かに」
あれ以来の模擬レースでもブレーキングドリフトで活躍はしていた。ツチヤとのレースはまだない。
「あのドリフトはいろんなシーンで生きてくると思うんだ」
ダイスケが熱を込めた口調で言った。
「僕もそう思うよ。あんな速いドリフト、マジカルレースでも見たことないもの」
「あたいも同感だ。あんなはえードリフト見たことねー。あたいもぜひやってみたい」
「あのあの、私もやってみたいです」
ヤマダとナカタさんとタカハシさんも同じようだ。
「あ、あの、あたしも」
ヨーコが赤い顔でそっぽを向きながら小さく手を上げた。いや、ちょっと胸チラしたぐらいでそんな赤くならんでも、って口にしたらたぶん大変なことになるから絶対に言わないけどね。
「分かった。喜んで教えるよ」
よし!とか、やった!とか皆それぞれ嬉しそうに返事をした。結構人に教えるのって好きなんだよね。人の理解の仕方ってほんと人それぞれで、どうやったら理解してもらえるかなーって考えるが好きっていうか。
さて、それでは講義でもしましょうか。




