第二十八話 スタートについて
今回はスタートの説明が長く続きますが、要はゲートから発進し好きなコースに入って決まった時間までにスリットを通過するのがフライングスタート方式です。
先にスリットから抜け出して第一ターンマークを廻ったもの勝ちと理解していただければ大丈夫ですので興味のない方は飛ばしていただければ幸いです。
スリット位置の記述を追記しました。
ワタナベ教官のスタートタイミングを追記しました。
誤字脱字を修正しました。
今日より実技の課業ではスタートの練習が始まる。吐く息も白くずいぶん寒くなってきており、マジカルレーサー養成学校での最初の冬がやってきていた。
整列した42期生の前でイシヤマ教官が説明を始める。イシヤマ教官は初老で白髪だが鬼の教官として生徒から恐れられるほどの厳しい教官だ。
ついたあだ名が白髪鬼だ。前の世界のバスケットボール漫画でそんなあだ名だった先生がいた気がする。
「本日よりスタートの練習を始める! マジカルレースにおいてスタートはとても重要だ! そして失敗すればお客さんやマジカルレース場に多大な迷惑をかける行為でもある! 心して練習するように! 」
「「「はい! 」」」
俺たちはお腹から力いっぱい声を出すように返事をする。
イシヤマ教官がスタート失敗するとお客さんやマジカルレース協会に迷惑がかかると言った理由だが、フライングや出遅れといった失格になるとそのフライングした選手に賭けていたお金がお客さんに返還されるのだ。
そうなるとマジカルレース場の売り上げが減るし、欠場した選手のせいでお客さんの予想したレース展開を大きく壊してしまうことになるのだ。
賭けたお金が返って来るので問題ないというお客さんも多いが、フライングしてなければ当たっていたのに! と憤るお客さんも決して少なくない。
マジカルレースはモータースポーツでありギャンブルだ。これこそがマジカルレースの醍醐味でもある。
「それでは教官数名で模擬スタートを行う! よく考えながら見ろ! 分かったな! 」
「「「はい! 」」」
教官が乗った数台の魔導車がゲートに並ぶ。その中にワタナベ教官もいる。今日は模擬スタートを行うのでイシヤマ教官が説明していたわけだ。
マジカルレースではこのスタートがとても重要だ。勝敗に直結すると言っていいと思う。マジカルレースはフライングスタート方式と呼ばれるものを採用しているからだ。
このフライングスタート方式はグリッドで静止状態からグリーンシグナルでスタートするわけではなく、発進してから決められた時間までにスタートラインであるスリットを通過するというものなのだ。
しかもその決められた時間から1秒以内にスリットを通過しないと、失格になってしまうという難しいものになっている。スタートのスリットはホームストレートの中心位置にある。
前の世界のボートレースと同様のものだ。マジカルレースは前の世界のボートレースのボートを魔導車に置き換えたものと考えていいと思う。
今教官たちが乗った魔導車がそれぞれのゲートに並んでいる。コース入り口にゲートと呼ばれる発進位置があり各車レース前にここに並ぶ。
発進灯が点灯すると各車一斉に発進する。前の世界の競馬のゲートを想像してもらえればいいと思う。馬のような生き物ではないので扉はないけど。
ゲートでは各車、後輪をジャッキで上げられ発進灯の点灯と同時にジャッキが降ろされる。教官たちが乗る魔導車が魔導エンジンの回転数を上げ始め、発進灯が点灯しゲートを勢いよく発進して行った。
ジャッキが一斉に降りるのでこの時点でのフライングはない。決められた時刻より早くスリットを通過してしまうことでフライング、逆に1秒より遅れても出遅れとなり欠場となる。スタートすら切っていないのでスタートでの失格の事を欠場と呼ぶ。
この欠場が先ほどの話にあった賭け金返還となる。レース場関係者はスタートでのフライングや出遅れの事をスタート事故と呼んでいるほどだ。ゲート付近には「スタート事故0!」 と書かれた標語などもある。
教官たちの魔導車はホームストレートを真っすぐ進まず第二ターンマークに向かって行く。第二ターンマークをくるっと廻ってホームストレート上のスタートラインであるスリットに正対しコースに入るためだ。
バックストレートから第二ターンマークを廻ってホームストレートに戻りスリットに対して正対したところでコースインしたことになるのだ。
ターンマーク側より並んだ順で1コース~6コースとなっている。ある程度の位置の制限はあるが並んだ順がコースとなる。
レースに出場する車両は1号車から6号車まで白、黒、赤、青、黄、緑の大きなナンバーゼッケンを運転席ドアとボンネットにつけておりゲートにはターンマーク側より1号車~6号車の順で並ぶ。
しかし、1号車が1コースというような号車とコースは必ず一致するとは限らない。ルールさえ守ればどのコースに入ろうと自由になっている。
であれば多くのどのようなレースでも内側が有利であるのは自明の理であるので、誰もが1コースを取りたがると思うだろうがそう簡単なものでもない。
いろいろ制約があるのだ。また必要になったら説明しようと思う。
教官たちの乗る1、2、3号車が1、2、3コースに入り、残りの4,5,6号車が1,2,3号車より後ろに引く形で4,5,6コースに入る。1,2,3号車より助走距離を取った形だ。
前にいる1,2,3号車がスロースタート、後ろにいる4,5,6号車がダッシュスタートと言う。これには意味がありこの助走距離がコース取りやスタートにとても重要になるがそれはまた今度の話にしよう。
各車タイミングを計りながらゆっくり進んでいく。どのように時間を計っているかというとスリットのスタンド側に秒針を刻む大時計があるのだ。その大時計を見ながら選手はアクセルを踏むタイミングを計る。
一度コースインをしたら基本的にコース変更はできない。そして大時計にて残り時間を見てスリットに向けて加速していくのだ。これがマジカルレースで視力が必要とされる最大の要因となっている。
時間が近づき各車回転数を上げ始まる。まず、後ろにいる4.5.6号車が加速を始めた。遅れて前にいる1,2,3号車も加速を始める。
加速し始めた各車から残留魔力が排出され光る粒子が舞い、排気音がこだまする。音だけ聞くと前の世界と変わらないんだけどね。
排気ガスの煙じゃなく残留魔力の光る粒子が出るところがファンタジーだ。ほんとそこだけなんだけどね。
大時計の針がゼロに近づき各車多少のばらつきはあるがおおよそ横に並んでスリットを通過した。
スリットを通過した時点で定刻0秒時のスリット写真が管制室や俺たちのいるピットのモニターに表示されるようになっている。ちなみにモニターはもちろんブラウン管だ。
スリット写真とは0.1秒のタイミングごとにスリット線が入った写真のことだ。この線の位置でスタート0秒からコンマ何秒遅れか分かる。
1秒までに通過しなくてはならないからコンマ1秒刻みなわけだ。そう、スタートはコンマ1秒を、それどころかコンマ01秒を競っているのだ。
フライングや出遅れの場合はスリット写真確認後、すぐさま放送で場内に放送される。
レース中の選手たちには失格、欠場信号灯と失格、欠場号車表示装置にて番号が表示され知らされることになる。
逆に言うとフライングした選手はその信号灯を見るまで自分がフライングがどうか分からない。
しかし、選手たち自身は「今フライング切ったかも!? 」と分かっているのでその信号灯をドキドキしながら見ているのだ。
信号灯が点灯するのを見ると「やってしまったー! 」と嘆きながら周囲の車を妨害しないよう速やかにレースから離脱しゲートに帰っていく。
これが第一ターンマークを廻って1着だった場合、その選手を買っていたお客さんの悲鳴が上がる瞬間だったりする。
フライングじゃなかったら車券が当たってるからね。逆に外したお客さんはホッとする瞬間だ。
さらにフライングは選手に重い罰則が科せられる。フライング1回で30日の出場停止処分となるのだ。
1つの期にフライング2回するとさらに60日、3回目になると90日の出場停止処分となる。
フライング3回もしてしまうと合わせて180日、半年もの間お給料がなくなるということなのだ! 選手にとっては死活問題である。
モニターに映るスリット写真を見ると、タイミングの速い教官で0.18秒くらい、遅い教官で0.26秒くらいだろうか。
研修生から、おお! と声が上がる。ちなみに0.18はワタナベ教官だ。さすが引退してまだ何年も経ってないだけある。
マジカルレースだとコンマ2秒くらいが平均的でA級レーサーになると平均スタートがコンマ1秒台が当たり前となる。
マジカルレース界で一番スタートの早いロケットスターターと呼ばれる選手で平均スタートが0.11秒になっている。
このスタートがマジカルレースではとても重要になってくるのだ。内側有利のレースにおいてスタートでほぼ横一線になれば内側1コースの車が先に第一ターンマークを廻ってそのまま簡単に勝ってしまう。
それではギャンブルとしての興行は成立しない。そこでこのフライングスタート方式だ。スタートで内側の車より前にいればその内側の車を捲って先に第一ターンマークを廻ってしまえるのだ。
先にターンしてしまえば、魔導車から排出される残留魔力で周囲の魔気は乱され、それを吸い込む後塵の車は加速が鈍ってしまうわけだ。
残留魔力はいわば魔力の燃えカスだから。
要はターンマークは先に廻ったもの勝ちなのだ。そのためにたとえ6コースであろうとスタートで他車よりも抜け出せば勝てるのでスタートがとても重要となるわけだ。
ただもちろんレースはそれだけではないのだが先に廻ることがどれだけ重要かが分かってもらえることと思う。
教官たちが第一ターンマークを廻り戻ってくるのを見届けてからイシヤマ教官が声を上げる。
「見たか貴様ら! あれを今からお前たちにやってもらう! 最初からスタート決めるつもりでやってこい! いいな!」
「「「はい! 」」」
俺たちは直立不動で声を張り上げるように返事をする。イシヤマ教官相変わらず怖いなーと思いながら自分のスタート練習が始まるのをわくわくしながら待つのだった。




