第十七話 ライバル
俺とヤなケンが言い合っているところで横から仲裁の声がかかった。
「その辺にしておけ。教官が来るぞ。」
周囲にざわめきが起こった。二世レーサーになるツチヤリョウだ。
ツチヤと言えばマジカルレース界で知らぬものなどいない、キングと呼ばれる頂点に立つ選手の事だ。
魔導車王とか魔導キングとか呼ばれたりもする。いやマドーキングて。そのうちでっかい顔が変形するロボットでも出てくるんじゃないだろうか? と思ったのはもちろん内緒だ。
ツチヤリョウはそのマドーキングの息子になる。いや、馬鹿にしてませんよ? 馬鹿にはしてないんですけどちょっとその、面白いだけ。言い訳になってないか。
ツチヤリョウのいつもの言動は落ち着いてはいるがどこが冷たく、人を寄せ付けない雰囲気を醸し出していてよく一人でいるところを見る。
実技試験も俺とは別の会場だったのだが試験官顔負けのドライビングだったそうだ。そのような経緯があり周りの42期生からどころか41期生や教官からも一目を置かれているそうだ。
俺? 確かに試験で目立ってはいたんだけど一目おかれるというよりは珍しいものを見る感じがする。見世物屋のサルかなんかだろうかと思った。
まあ、父親の意向を背負った人とバックボーンが何もない曲芸的な走りをしただけの人ではちょっと扱いが違うというかなんというか。
その二世レーサーのツチヤが止めに入ったのだ。ミヤモトも渋々といった感じで「けっ!」と吐き捨てて去ろうとしたところで教官がやってきた。
「何事だ! 」
と当然のように問われた。俺たちはすぐさま直立不動姿勢だ。
あー、別に暴行があったわけではないけど騒ぎを起こしたのは確かだったので何と言ったものかと考えているとツチヤが説明してくれた。
「ちょっと考え方の違いで口論になりかけましたがきちんと収まりました。問題ありません。」
「おう、ツチヤか。」
教官がツチヤを見て一瞬驚いたようだが俺も続けて教官に謝罪した。
「お騒がせしたようで申し訳ありません。」
「そうか。騒ぎを起こさないよう注意するように。」
と、教官はすぐに去って行った。
ヤなケンは「ふんっ!」と鼻を鳴らすと一瞥をくれて去って行った。そこは「けっ!」じゃないんだ。口癖だと思ってた。
俺はツチヤに感謝の言葉を述べた。
「ありがとう。助かったよ。」
「別に。騒がしかったから静かにさせようと思っただけだ。」
「それでもありがとう。」
「そうか。」
と、特に感慨もないように去って行った。
そのあとすぐにヨーコとナカタさんとタカハシさんが話しかけてきた。
「マコト、ありがとう。大変だったね。」
「おめー、なかなかやるじゃねえか。」
「あのあの、ありがとうございました。」
「いや、結局火に油注いだだけだったし。ツチヤに感謝だね。」
三者三様の言葉で感謝されたが、本当にこの場を収めたのはツチヤだったので素直にツチヤのおかげだと思った。
ああいう場合頭に血が上った当事たち間より第三者が入っておさめるのが一番だよね。
「それでもありがとう、マコト。」
「おう。」
ヨーコは俺がツチヤに言ったみたいにお礼を言ってきた。いや、コメントかぶってるから。もちろん余計なことは言わずヨーコに一言で返事する。
だいたいもしヤなケンと喧嘩になってたら殴られることしかできないからね。人なんて殴ったことないし。
殴った手のほうが痛いこともあるんだよ? とどっかで読んだようなかっこいいことを思ってみたり。
その後ヨーコ達三人はタカハシさんをはじめ教練で遅れてしまう娘たちを集めて話をしてみると言って寮に戻って行った。
俺にできることがあれば協力するからと言っておいた。
寮に戻るとすぐにルームメイトのスズキダイスケが声をかけてきた。
「おう、マコト。大変だったみたいだな。大丈夫だったか? 」
出会ってまだ1週間だが俺のことをいろいろ気にかけてくれるいいやつだ。お互いを名前で呼び合うようになっている。
「ああ。ちょっと口論になったけどツチヤのおかげで教官に咎められずにすんだよ。」
「そうか。暴力沙汰にならなくて良かったな。一緒に卒業できなくなるとこだったぞ。」
ダイスケは笑いながら言った。冗談っぽく言っているが心配してくれているらしい。
俺から手を出すことがないといっても問題を起こせばどのような沙汰が下るか分かったものではない。
すでにこの厳しい養成学校生活で辞めるものが出ているのでダイスケも気にしてくれているようだ。
「ありがとう。気を付けるよ。」
「ああ。何かあったら言ってくれ。手を貸すから。」
ダイスケの気持ちに感謝しつつ気を付けようと気を引き締めた。
「それにしてもツチヤが、な。」
「え? ツチヤがどうした? 」
「いや、あいつ他人に関しては我関せずな感じだったからな。俺はあいつと同じ試験会場だったんだが実技試験が凄くてな。試験官顔負けな走行だったんだが車から降りてからも何食わぬ顔だったよ。」
「そう、なんだ。」
俺は試験の時かなりテンション上がっててたぶん顔がにやけてたと思う。我ながら傍から見ると気色悪かったと思うが周囲のテンションも凄かったからね。気にならなかったのかも。
「で、お前もすごかったらしいな。」
ダイスケの目がきらっと光った、気がする。やはり同期生でありライバルなんだろうなと思う。
「あー、かなりはっちゃけたと思う。」
俺は苦笑いしながら頬をぽりぽりした。
「だからじゃないか? 」
「何が? 」
「ツチヤが仲裁に入ったの。マコトのこと気にしてるんじゃないかって話だ。」
「そう、なのか? 」
「たぶんな。」
うーん。ライバル認定なのか敵視されているのか分からないが友好的な態度でないのは確かだ。さっきのは敵に塩を送るというやつだろうか。
「まあ、あせらずいこう。始まったばかりだ。」
「おう。」
いろいろ気にしてくれるダイスケに感謝だ。
その次の日からタカハシさんたちは入浴時間の前に走り込みをすることにしたそうだ。
そして俺も一緒に走ることにした。体力人並だし。ルームメイトのダイスケも一緒に走るそうだ。付き合いのいいやつだな。
俺はヨーコと一緒に教官にコース内の走り込みの許可をもらいに行き入浴を最後にしてもらうようにお願いしてきたりした。もちろん寮が別々なのでそれぞれの寮監にだ。
協力できることがあればと言ったのであれこれヨーコに刈り出されてしまった。入浴のことがあるから男も必要だったというのもあるしまあいいんだけど。
でもよく考えたらダイスケはともかく現役JKと一緒にランニングて。
マジカルレーサー養成学校とはいえ、16歳の女子の学校生徒だからJKでいいんだよね? 誰に聞いてるかわかんないけど。
合法JKという単語が頭に浮かぶがランニングと言っても皆作業着だからね? 体操着ですらなく夜中で建物の明かりしかないからよく見えないし。
でもまー、前の世界では体験できなかったよね。高校になれば男女別の体育の授業だったし。一緒に走ってるだけでもなんかいいよね。
と、かなりおっさんくさいことを考えていたのは内緒だ。走ってるとき何故かヨーコが横からジト目で見てきていたがスルーした。内心冷や汗をかきながらだが。
それからひと月後には教練で遅れるような女子はいなくなり、ヤなケンたちも大人しくしているようだった。