第十四話 マコトはっちゃける
文章の小変更を行いました。
テンションが上がりすぎた俺が三周目の第一ターンマークに向かう。先ほどのバックストレートと同じくらいの外側にラインをとる。
今度は先ほどのブレーキングポイントでブレーキも踏まずにステアリングをタイヤバリヤのほうに切った。
そう、タイヤバリヤに向けてだ。
120Km/hの速度でタイヤバリヤに向けてステアリングを切るなんて普通で考えたら正気の沙汰ではないと思う。
実際に試験官が「なっ!」とかいって驚愕に目を見開いている。そしてすぐさまステアリングを逆に切り込むとクラッチを踏みつけサイドブレーキを一気に引いた。
これはフェイントというテクニックだ。外に一度車を振っておいて内にステアリングを切る。そうすると振り子のように車のリヤが振られて横Gがかかるのだ。このときにサイドブレーキを思いっきり引いたのだ。
もちろん車はスライドを始める。時速120km/hでだ。そのままサイドブレーキは引きっぱなしのまま離さない。
試験官が「にー!」と叫んでいる。さっきの「なっ!」は「なにー!」と言いたかったらしい。先ほどから試験官はロールバーをしっかりつかんで離さない。ドリフトは横Gかかるからね。
エンジンの回転数を落とさないようにアクセルを煽りながら車をそのまま横に向いてけたたましいスキール音と煙を吐きながらをまっすぐ滑り続ける。
横に流れる景色! ドリフトはこうでなくては!心の中で「おりゃー! 」とか叫んでいたが試験中だということは頭の片隅にあったのでかろうじて言葉にはしていない。
しかし頭の中はドーパミンどっぱどぱであふれんばかりだ。もちろん視線はターンマークを捉えて離さない。
ターンマークに近づいてくるとフットブレーキも使って速度を調整しつつギヤをヒール&トゥで2速に入れサイドブレーキを戻すとともにそのままアクセルを全開にする。
そのままドリフト状態を維持して一気にターンマークを廻って立ち上がった。心の中では「おっしゃー! 」と雄叫びを上げている。
そう、これは直線からドリフトをする直ドリだ。サイドブレーキをずっと引きっぱなしにするのでロングサイドと言われる方法になる。
これも16年ぶりの直ドリだ。テンション上げるなというほうが無理がある。久しぶりすぎて初めて直ドリした時の気持ちを思い出した。
初めての時はホームストレートの壁に向けてステアリング切るのがほんと怖かったから。16年ぶりの今回もドキドキした。
何せより難しい直ドリに挑戦していく上でホームストレートのコンクリートウォール前に置かれたタイヤバリヤと二桁回数ほどお友達になっていたから。
もはや親友と呼べる。
よく失敗するとタイヤバリヤに突っ込む車を見てきたが下手するとそのままタイヤバリヤどころかコンクリートウォールまで突っ込む。
廃車になる車も見てきていたからその恐怖は推して知るべしだ。
そのまま最後の三周目第二ターンマークも同様にロングサイドで直ドリを決める。
けたたましいスキール音と煙を吐きながら第二ターンマークを立ち上がりそのままクーリング走行に入る。
ゴールのスリットを抜けて第一ターンマークを廻った後にピットに戻るので全開までぶん回した魔導エンジンを冷やすために回転数を低くして走るのだ。
試験官はもう声もでないようだ。確かに何も知らずに直ドリする車に初めて乗ったら声もでないかもしれない。
ドリフトにはテールスライドを誘発させるためのきっかけ作りがいろいろあり直ドリも同様だ。
詳しい話はいずれするが今回試したのはそれらの中のテクニックの一部でしかない。いや半分くらいは試したか。
ピットに戻って運転席から降りるとすごい騒ぎになっていた。
「すげー、何だ今の! 」
「見たか!? ターンマークのすごい手前からドリフトしてたぞ! 」
「あんなの見たことない! 」
声を抑えようともせず周囲の受験生がこっちを見ながら興奮している。あー、もしかしてやりすぎた?
ヨーコも興奮した様子近づいてきてまくしたてるように言った。
「マコト! あんたすごいね! いっつも魔導車眺めてばっかでマジカルレース見にいったときなんてフェンスに顔ごとへばりつく変態だと思ってたんだけど、それだけのことはあったんだね!」
「誰が変態だ! 誰が! 」
人聞きの悪いことを言われたので即座に訂正した。そして用意していた言葉を続ける。
「イメージトレーニングのたまものだよ。伊達にいつも眺めてたわけじゃない。」
「へー。ぼーっと見てるだけじゃなかったんだー。」
としきりにヨーコが感心する。嘘は言っていない。魔導車やマジカルレースを眺めているときは常に自分が運転席にいるつもりでどうするかを考えて見ていたから。
だいたい前の世界で自動車乗ってましたなんて正直に話しても冗談にしか聞こえないだろうし。ヨーコが「またまたー。」とか言ってバシバシ叩いてくるのが目に見えている。
周りも試験中だというのにずっとざわついている。すげー、何者だあいつ、なんであんな運転ができるんだとかなんとか。
ヤンキーの娘もみつあみの娘も信じられないものを見る目でこっちを見てる。はい、前の世界で自動車乗ってたからです。心の中で答える分には自由だよね。
試験官も降りてきて声をかけてきた。
「君はどこかで魔導車の運転を、いやレースでもやっていたのかい?」
一瞬ドキっ! とするがヨーコに答えたのと同じように答える。
「いえ、初めてです。ただずっと魔導車やマジカルレースを見てました。自分だったらどうするかをいつも見ながら考えていました。」
「それだけで...。分かった。」
と言うと試験官は周囲に向けて声をかけた。
「受験者の皆さん静かにしてください! 各自試験を続行してください! 」
どうやら他の試験官も一緒になって俺の走っているところを見ていたようだ。
まあ、前の世界でドリフトしているときもギャラリーはいつもいたので走っているところを見られるのはあまり気にはならないのだけど。
ドリフトは目立ってなんぼだしね。それにピットからもコースは直近にあるほどでもないし。前の世界だとドリフトができるサーキットだとホームストレートで壁一枚挟むだけでドリフトを観戦できたから。
だが、確かにそれでドリフト中に外れたタイヤがギャラリーに飛び込みケガ人を出してニュースにもなっていたが。
マジカルレースは安全にはとても配慮がされていて、コースはタイヤバリヤで覆われその外にガードレール、さらに数メートルおいてコンクリートウォールがある。
お客さんがいる観客席はさらにそのコンクリートウォールから高い位置にあるので万が一事故が起きてもお客さんの安全はしっかり確保されている。
ふと突き刺さるような視線を感じるとヤな感じがこっちを睨んでいた。歯ぎしりしているような表情だ。
あー、別に彼に対して何かしたわけでもないのだがプライドでも傷つけただろうか?まあ俺の知ったことではないが。
もしかしたら魔導車の運転ができることで自分が一番実技試験でうまくできるとでも思ったのかもしれない。
だとしたら井の中の蛙だよねー。俺よりもうまい人はごまんといるよ?ただマジカルレースで直ドリまでやってる人はいないだろうけど。
試験官も驚いていたしマジカルレースでも見たことがないから。
俺の実技試験後ももちろん他の受験者の試験は続いた。
ざわめきは収まっているが試験官がいないところで時折ひそひそと会話が聞こえ指さされたり視線を感じたりする。
うーん、いたたまれない。やっぱりちょっとやりすぎたかも。試験官と同じことができればそれでよかったんだろうなー。
ちょっとテンション上がりすぎちゃったかな。だが後悔はしない。反省しても悔やんだりしない。前の世界では文字通り死ぬまで後悔はしてこなかったのだ。
事故で死んだのもどうしようもない状況だったし後悔する部分なんてなかった。前の世界でも悔やまない人生を送ったしこの世界でももちろんそうするつもりだ。
その後実技試験も終わり面接へと移った。面接では志望動機やらどんなマジカルレーサーになりたいだとか、今までどんな努力をしてきたかといった質問だった。
だいたい予想通りの質問だったので俺の魔導車やマジカルレースに対する考えやそれこそどれだけ好きかといった気持ちを含め今までやってきたことを踏まえて質問に対し説明した。
それこそ淀みなくスラスラと胸を張って応えることができたと思う。そもそも魔導車やマジカルレースに関して話しろと言われたら一晩でも二晩でも話せるのだ。
ただ話がしつこく、くどくならないように簡潔に答えるよう気を付けはしたのだが。
興奮冷めやらぬまま試験は終わり俺とヨーコは家に帰るために試験会場を後にして魔電車に乗りこんだ。
魔電車の中でヨーコが聞いてきた。
「試験どうだった?」
「うん、たぶん大丈夫だろう。」
一次試験のときの会話と逆のやりとりだ。だが、ヨーコが聞きたかったのはそうではなかったようだ。
「そうじゃなくて、楽しかった? 満足した? 」
「え? あ、ああ。めっちゃ楽しかった。すげー満足した。」
「そっか。良かったね。」
「おう。」
思わず思い出し笑いで顔がにやけてしまったがヨーコも嬉しそうに笑った。
試験が楽しかったかと聞くのも珍しいというかなんか違うというか、でも俺は楽しかったからその通りというか不思議な質問だなとマコトは思った。
マコトは知る由もなかったがヨーコはこの試験でマコトの居場所はきっとこのマジカルレースにあると確信していた。
どこかにいってしまいそうな危機感は薄れたが少々暴走気味な幼馴染をやはり放っておいてはいけないと思っていた。
だからマジカルレースに自分も身を投じることは間違いではなかったと、このマジカルレースの世界でマコトのことをしっかり見ていてやらねばと新たに決意していたのであった。
その一か月後、二人にマジカルレーサー養成学校合格通知が届く。
マコトがそのドリフト技術でマジカルレース界を席巻し、ヨーコがその天才肌の才能で女子レース界にその名を轟かせるようになるとはその時誰も思ってもみなかった、