林檎は地に落ち泥にまみれる
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同作者連載中の「幼女化ヒロインは逆ハーレムを望まない」も是非宜しくお願いします。
ラノベ的オカルトラブ。現在80部を超えて読みごたえは満点です( ´∀` )b
ぐしゃ………と。
学園内を歩いていたら、急に頭上から林檎が落ちてきた。
「ご、ごめんなさい!」
聞こえてくる若い娘の声。
私のすぐ横を歩いていたお兄様は、その声に不愉快げに眉を寄せ、一言に冷たく言い捨てた。
「学園長。どうやらこの学園には野生の猿が住み着いているようだな」
そのあからさまに不機嫌な声に慌てたのは、共に歩いていたこの学園の理事長だ。
「礼儀も知らぬ猿を飼うような学園に愛しい私の妹を預けるわけにはいかぬ」
「そ、そんな……………!!どうかお考え直しをっ!」
お兄様の膝にすがりつき、へこへこと頭を下げる学園長。
だがお兄様はそちらに視線を向けることもなく再び私の手をとると、当たり前のように肩に手を載せ、「行くぞ、マリア」と構わずそのまま歩きだす。
「お、お待ちくださいベレス伯爵!!」
絶望しきった表情を浮かべる学園長には悪いが、お兄様は、私の身の安全に関することでは何一つ妥協することがない。
どうやら私は今回、学園に入学することなく一生を終えることができそうだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ………!!」
さぁ帰ろうと踵を返したその時、ドサドサという無作法な音と共に現れたのは一人の少女ーーーお馴染みのヒロインだ。
頭には木の葉をつけ、制服のポケットには溢れるほどの林檎の実。
『ぷっ。なぁに?あの格好。聞いてはいたけど想像より酷いわね
』
ルナが吹き出すのも無理はない。
私の記憶を得たことですっかり貴族としての常識を身につけたルナにとって、今の彼女の姿は嘲笑すべきもの。
そもそもこの林檎は観賞用に植えられた色鮮やかな品種のもので、貴族であれば近くで愛でようとはしても、むざと手折ろうとするものはいない。
食そうとするのは貧しい階級の人間か、それこそ野生の動物くらいのものだ。
「この学園には随分大きな猿がいるのね。確かに私がここで学ぶべき事はなさそうだわ」
ねぇ、お兄様、と。
にこやかに語りかけた私に、当然だと頷く兄。
「あのような危険なものをマリアの側に落としておきながら正式な謝罪すらせぬとは…………」
あれが学園の生徒だというのならレベルのほどが知れるものだと怒りをにじませながら嘲る兄に、慌てて追いかけてきた学園長が「とんでもございません!!」と顔色を蒼白にして否定する。
「あ、あのようなものは我が伝統ある学舎の生徒などではございませんっ!」
その言葉に驚いたのはヒロインだ。
「え!?ちょっと待ってください学園長!!私は歴としたこの学園の生徒ですよ!?今年特待生で入学した………!!」
特待生。その言葉に兄が「あぁ」と納得したように一言漏らす。
「なるほどな。貴族ですらない塵が混ざっていたか」
「………………特待生制度は、昨年をもって終了とさせて頂きました。よってあの娘はわが校の生徒などではございません」
「賢明だな」
冷や汗を垂らした学園長は、国随一の権力を持つ現伯爵である兄の不興を買うことを恐れ、市井から特待生として入学してきたヒロインの存在を完全に抹消することに決めたらしい。
どうやら今回、メインキャストとなるはずだった誰一人として舞台に上がることなく、すでにゲームは幕を閉じようだ。
「では即刻。妹に無礼を働いたあの女を捕らえ、然るべき処罰を」
「は、はいっ………!!」
平身低頭した学園長が目配せすると、近くで様子を窺っていたらしい学園の教師達がこぞってヒロインの元に駆けつけ、その腕を捕らえ、頭を押さえつけ直ぐさま拘束を行った。
「え!?え!?嘘でしょ??拘束するなんて酷い!!それに私はちゃんと謝ったじゃない!たかだか林檎がひとつ落ちてきたくらいで大袈裟なのよ………!!」
「学園長」
「は、はい!!」
わめくヒロインとそれを強引に取り押さえる教師達。
兄から名を呼ばれた学園長は、今にも気を失いそうな有り様だ。
「あれを今すぐ処分しろ」
「ヒィ!!しょ、処分でございますか……!?」
どうかそれだけはお考え直しをとすがる学園長。
だがそんな学園長の思いもなにもかも台無しにするように、ヒロインが叫んだ。
「そもそもここにルナマリアがいること自体がおかしいのよ!!貴方はジークに嫌われてるはずでしょ!?なんで彼の側にいるのよ!今は私とジークの出会いのシーンの筈なのに、貴方のせいで全部台無しだわ!!」
そしてきっと私を睨み付け、彼女は言う。
「悪役令嬢の癖に、私の邪魔をするなんてありえない!!」
『あーあ』
これはもうダメね、と完全に失笑するルナ。
『シナリオを口にするなんて一番やっちゃいけないことでしょ』
「きっと頭がおかしいのね」
ルナと兄、どちらに向けたともとれるよう言葉を選びながら口にすれば、学園長がもう駄目だとばかりに額に手をあて肩を落とし、「すぐ………仰せのままに致します」と力なく項垂れた。
いかに教育者といえど、頭のおかしい娘一人を庇うために、この国の伯爵位を持つ兄を敵に回すことはできない。
実に賢明な判断だ。
この瞬間、ヒロインのゲームオーバーは決定した。
尚も喚くヒロインの口に轡がかけられ、引きずられるようにどこかに連れ去られていく。
『おめでとうマリア』
「ありがとう」
労いのこもったその台詞に思わず声をだせば、自分に言われたものと勘違いした兄が嬉しそうな顔でわたしの唇に口づけを落とす。
「まだ人前ですわ、お兄様」
「構うものか。自分の婚約者に触れることの何が悪い」
兄の思惑通り、私を手放さずにすむことが決まり余程嬉しいのだろう。
元々兄は私が学園に通うことに反対だったのだ。
自分は妹から離れたくないがためだけに全ての学位を家庭教師から学び、本来であれば学園の在学中であろう今年、正式に伯爵位を受け継いだ。
「兄ではなくジークと呼んでくれと言っているだろう?
私達の婚約は既に陛下にも認められたもの。何も恥ずべき事はない」
「……そうね、ジーク」
確かに私達は血の繋がった兄妹ではなく、禁忌はどこにも存在しない。
『まさか王族との婚姻を破談にさせて、そのまま自分の婚約者にしてしまうなんて予想外よね』
可笑しそうに笑うルナの言葉通り、私は去年王族との婚約を破棄された。
父母と訪れた舞踏会の帰り、馬車を賊に襲撃され、足の怪我をおったことが原因だった。
全く歩けないわけではないが、王族の妻としてこの傷は致命的だ。
婚約は破棄され、その場で兄であるジークハルトとの婚約が結ばれた。
理由は簡単だ。
馬車を襲撃された際、父母は不運にも命を落とし、伯爵位を継ぐ資格を持つものはその時点で私とジークの二人。
つまり私の夫となるものが爵位を得ることも可能だったのだ。
そこでジークを自らの側近として欲していた私の元婚約者は、私をジークに与えることでジークに対して恩を売り、彼を自らの配下に引き入れようと考えた。
そこに私の意思などどこにも存在しない。
『ねぇマリア。貴方が義兄は手強いといったけど、本当だったわね。上手くやったつもりだったのに、転がされていたのは私達だったみたい』
ルナとも一度よく話し合った。
全てが兄に都合よく進んだあの一件は、果たして本当に偶然に起こったものか否か。
犯人は既に処刑され答えを知るものはこの世には存在しない。
だが。
「どうかしたのか?マリア」
「いいえ、ジーク。貴方と結ばれることができてとても嬉しいと思って」
「私もだよ、マリア。やっとお前を私の物にできる………」
私を抱き締め、うっとりと微笑むジークハルト。
その言葉に潜む闇を、敢えて照らすような真似はするまいと私達は決めた。
『現実問題、たとえ籠の鳥にされようとも貴方は幸せなんでしょ?マリア』
「そうね。私は幸せよ、ジーク」
「マリア……………!!」
感動に声をつまらせながら激しく包容するジーク。
この腕から逃げ出すことに、いったいなんの意味があるだろう。
「早く家に帰ろう。長居はお前の体に障る」
足は痛まないかと聞かれ、敢えて「少し……」と答えれば、心配そうな顔をしながらもどこか満足感そうな、ジーク。
たとえこの足を傷つけたのが貴方だったとしても、私達はかまわない。
それが、今生でのルナマリアの選択だ。
鳥籠の鳥は贅沢な檻の中で高らかに囀ずり、真っ赤な林檎は地に堕ちた。
捕捉
本来のルートでは、ジークハルト一人で居るときにヒロインが林檎の木から降ってくる。
貴族の令嬢ではありえないその行動に興味をもち、ヒロインに接触。
自由なその行動に憧れに似た感情を覚え、やがて恋に落ちる。
※今回のジークはルナマリア一筋。
婚約が決まり、ようやくルナマリアが手に入りそうな今、他のものには目もくれません。