全力で甘える。それが一番難しい。
『まっとうな事を言って殺されるなんて割に合わないわね』
最もな発言だが、そういうシナリオなのだから仕方ない。
「直接私が兄のもとに出向かずとも結果は一緒だったわ。
私の名を騙ってヒロインを中傷する手紙が届くようになり、なんとかして欲しいと泣き落とされた兄に殺されるの」
迷いない瞬殺だった。
正直なところ、私はもうあの兄に対して身内の情だとかそんなものは全く期待していない。
殺される時も一瞬だ。
なんの葛藤もありはしない。
「まぁ、賊に殺される以外は比較的楽な死に方だったけど……」
賊に捕まった時が一番面倒なことになる。
散々に犯された上に崖から投げ落とされて殺された。
『ちょっと、それ冷静に言えるような話?』
「今となってはどうでもいい事よ」
むしろルナが私の死を悼んでくれていることが嬉しい。
あの時の私を悼んでくれる人間は、誰ひとりとしていなかった。
『ねぇ、本当にそうなの?』
「え?」
『あなたの死を悼む人間は、本当に誰もいなかったの?』
「………ルナ?」
今更一体何を言っているのだろう。
きょとんと首をかしげた私に、ルナは何か言おうとして――――やめた。
『まぁいいわ。その時の分まで今回取り戻せばいいだけのことだもの』
「でもあの義兄は強敵よ?」
妹のことなど、道端に転がっている石程度にしか見ていない。
利用価値があれば残し、邪魔になれば排除するだけ。
『そもそもルナマリアは王族の婚約者だったわけでしょ?なんで修道院送りになったりしてるの?』
「簡単よ。父母が捕まったことで私の縁談が白紙に戻っただけ」
貴族の婚姻なんてそんなものだ。
『見る目のない王子ねぇ……』
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、ほとんどあったこともないのよ、私達」
実際に会ったのは、舞踏会と数度の晩餐のみ。
会話とて一字一句全て覚えていられるくらいに少ない。
『覚えて?一字一句?』
「ええ。だってとっても簡単なことよ?あの方はいつもこう言うの」
――――あなたの好きなようにすればいい。
「何を聞いてもいつも同じ事を言うのだもの。流石に聞き飽きたわ」
『最低な男』
「王族なんてそんなものよ」
そう。今更傷ついたりもしない。
お前には興味がないと言われているようなそのセリフも、別にどうだっていい。
『いつか思い知らせてやるわ……』
「ルナ?」
ルナがぽそりと何かをつぶやいたようだったが、よく聞き取れなかった。
聞き返しても「気にしないで」と流され、話はそれで終わってしまった。
『じゃあ、今回のポイントをおさらいするわよ?つまりジークハルトが求めているのは家族の愛なの』
「……さっきも聞いたけれど、それは本当の話?」
彼の今までの態度を見ていれば、とてもそうとは思えなかった。
『私が言うんだから間違いないわ。
だからね、私がやるべきことはひとつ」
『「最初から徹底的に、義兄に甘え倒すこと」』
同時につぶやきながら、片方は楽しそうに。
片方は、少し困ったような調子で。
「……そんなこと私にできるかしら?」
『大丈夫大丈夫。私も協力するわ。マリアはそのうるうるのお目目で『お兄様♥』とでも言う練習をしておいてくれればいいのよ』
「………」
簡単そうに言うが、これはなかなかの難問だ。
今までの回では、私はほとんど義兄と交流をした記憶がない。
無意識のうちにいつかこの兄に殺されると感じていたのか、引き取られてきた彼を「兄」として見ることが私にはどうしてもできなかったのだ。
他人行儀ながら最初は多少話しかけてきていた義兄も、頑ななルナマリアの態度を拒絶と受けとめ、それ以上近づいてこようとはしなかったし。
「……一番最初は……どうだったかしら」
少なくとも苦手意識はなかったはずだ。
私は義兄と、どんな付き合いをしていたのだろう。
何度もの繰り返しで、記憶すら擦り切れたように曖昧になってしまった。
だが恐らく、王族の婚約者としての教育が忙しく、ほとんど兄と会話をすることはなかったのだと思う。
「不安だわ……」
うまくいくかしら、とこぼすマリアに対し、ルナは相変わらずお気楽だ。
『心配なんていらないわよ。
こ~んな可愛らしい妹に慕われて嫌な気分になる兄がいるわけないでしょ?』
「可愛い、妹……」
果たして私に、うまくやれるだろうか。
『大丈夫。マリアは何も心配しなくていいの。あなたは今回もきっと幸せになれる。ね?』
「ええ……」
がんばるわ、と。
力なくつぶやきながら、窓の外に目をやったその視線の先で。
迎えの馬車から降りてきたばかりの少年が、窓から自分を見下ろす少女に気付き、ニコリともせず静かにゆっくり頭を下げた。
はぁ……。
――――やっぱり、不安だ。