ヒロインの登場、そしてさようなら
「お嬢様に触れるな、この下郎が」
「下郎!?」
驚愕の表情を浮かべるのは、愛らしい顔をした金髪の少女。
もう何度も見た顔。
この物語のヒロインだ。
『ふふふ。見た?あの顔。随分間抜けね』
「シナリオにない行動だから驚いてるんでしょ」
そう、本来のシナリオはこうだ。
悪役令嬢の家に奴隷として買われたレオナルドは虐待されて召使として育ち、悪役令嬢がある程度成長したあとには、その見た目の良さ(金髪碧眼)を悪役令嬢に認められ、従者としての教育を施された後、共に学園(現代でいう高校)に送り込まれる。
そこで嫌々ながらも悪役令嬢の世話をしつつ、ふだんから酷い扱いを受けていたところヒロインに遭遇し、優しい言葉をかけられてコロリと落ちるという訳だ。
それが、現在はこの調子。
「ちょ…!どうしたんですかレオナルドさんっ!今までこんなこと一度もなかったのに!!」
悪役令嬢に洗脳でもされちゃったんですか!?と、レオナルドの腕を無作法にも掴むヒロイン。
ルナマリアに手を触れようとした時には瞬時のためらいもなく叩き落としたレオナルドだが、その言葉に対してはまず不愉快そうに鼻にしわを寄せ、事実の確認を行う。
「悪役令嬢とは誰の事を言っているんです?まさか私のお嬢様のことですか?」
「そうよ!だってあなた、そこの女に虐げられてるんでしょ!?今だって荷物を全部持たされて……!!さっき靴に口づけだってさせられてたじゃないっ!!」
馬車からルナマリアが降りる直前。
先に馬車をおりたレオナルドが、膝を折り恭しく彼女のつま先にくちづけたのを目撃していたらしい。
どうりでうるさく騒ぐはずだ。
けれどあれはルナマリアが強制したことではない。
全て彼自身が喜々として行っていることだ。
「この、世界一気高く美しく清廉で神々しい私のお嬢様が、悪役!!」
「え、こ、神々しい!?」
信じられない!と大袈裟な仕種で語るレオナルドに「何言っちゃってんの!?」とたじろぐヒロイン。
え~っと、名前はなんだったかしら?
まぁいいわね。少なくとも今は初対面だもの。
「レオ。始末するなら後にして頂戴。入学式に遅れてしまうわ」
「始末!?」
「勿論ですお嬢様。この女は金輪際二度とお嬢様の視界に入ることのないようきちんと処分しておきますので」
処分ってなによ!!と再びわめき出すヒロインを無視し、その獰猛さの片鱗をちらりと覗かせながら慇懃に頭を下げるレオナルド。
「そう。しっかりお願いね」
「はい。私のお嬢様」
ニヤリと嗤う彼に任せておけばもう大丈夫。
あの女の顔を見ることはもうないだろう。
主に忠実なレオナルドが、ルナマリアを侮辱したものを生かしておくわけがない。
『ね?簡単だったでしょ?』
「そうね。思っていたよりはずっと」
誤算があるとすれば、レオナルドが原作よりも酷いヤンデレを発症してしまったことだが……。
『マリアは浮気なんてしないし、問題ないわよね?』
「そうね………」
何度となく繰り返してきた人生だ。
一度くらいレオナルドの隣で歩んでみるのも悪くない。
奴隷として彼を購入してから、打てる手は全て売った。
かつて獣人の国に奴隷として売られた経験から彼らの国の言葉はマスターしていたし、言葉の通じない国で唯一人自分を尊重し、人として扱ってくれたマリアに随分早くから彼は心酔していた。
若干、病んでいるのではないかと思うほどに。
『今まであの子の扱いは一体どうしてたの?』
「関わりたくもないから檻の中に入れたまま放置していたわ。
あの子を買うのはシナオリで決まっていること。その後私が何をしようと変わらないもの」
気まぐれに優しく接してみようと思ったこともあったが、かつて彼によって咬み殺されたトラウマが発症し、ひたすらに無視することしかできなかった。
そのトラウマも、ルナと一緒になった今回では発症せず。
しっかり依存させたところで獣人の国にもつなぎをとり、王族を保護していることを連絡。
すでにあちらの国もレオナルドの事は承知の上で、現在のレオナルドは国が平定するまでルナマリアの家に匿われているような状況だ。
従って彼がルナマリアに従属する必要など全くないのだが、「私が好きでやっていることです。それともお嬢様は私の生きがいを取り上げる気ですか」と本気で泣き出され、好きにしろと許可した。
そんな彼とは既に婚約が内定し、獣人の国が落ち着き次第彼と共に王妃としてあちらの国に渡ることが決定している。
既に私を己の最愛の伴侶として認識している彼が、それ以外を決して認めようとしなかったのだ。
『ねぇマリア。あなた今、幸せ?』
「そうね」
少なくとも死に怯えることはもう二度とない。
『次は何が来るかしらね』
「一度で諦めてくれるといいけど、きっとそう上手くは行かないわね」
この世界でヒロインが復活を果たすことはもはやありえない。
けれど不思議なことに、この世界は何事もなかったかのように続いていくのだ。
ルナマリアが死を迎えるその時まで。
そしてすべてがリセットされ、再び世界が始まる。
『ねぇルナ、あなたは今何をしたい?』
「そうねぇ………」
少し考えた私は、頬にほんの少し血をつけてこちらに向かってきたレオナルドを眺め。
その血をハンカチで拭ってやりながら、「可愛い獣人の子供が欲しいわ」と哂った。
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