闇の伯爵は最愛を手にいれる②
どうしよう。
お義兄様編が終わらない(泣)
私は伯爵家の遠縁とされているが、真実は違う。
先先代。
マリアの祖父と、その愛人との間に生まれた息子。
つまりは庶子。マリアの義兄ではなく血の繋がった叔父なのだ。
だが、そのことはマリアは当然として、義両親ですら知らぬ事実。
何故か。
それは私の母が、そもそも伯爵家の分家筋に嫁いだ人間だったからだ。
父は晩年にできた愛人を信頼のおける分家に嫁がせて、自らの子を生ませた。
勿論、それを知るのは愛人であった母と、育ての父、そして実の父親のみ。
育ての父はそれによって莫大な融資を受け、誰にも知られることなく実の子として私を育てた。
私がそれを聞かされたのは6歳を過ぎた頃。
先々代伯爵が亡くなり、跡を継いだ先代伯爵に娘が生まれたその時だった。
生まれた子が男であれば、きっと彼等は墓場までその秘密を持っていったことだろう。
だが、生まれたのは爵位を継げぬ女児。
しかも、その時の産褥が原因で正妻はそれ以上の子を産めぬ体となり、夫婦仲は悪化。
王妹を下賜されていた伯爵は愛人に子を産ませることもできず。
その時から私の父母は、私を分家の子ではなく、伯爵家を継ぐ者として考えていたのだろう。
融資を受けた資産をなげうって、私に伯爵家の継子として相応しいだけの教育を施した。
そして、父母の献身は身を結び。
伯爵家の娘が第二王子の婚約者として選ばれたその日、私は優秀な遠縁の子として、伯爵家の養子に迎えられることが決まった。
「ジーク?何をしているの?」
「……マリア。お前との出会いを懐かしんでいただけだ」
足音で彼女が近づいてきていたことはわかっていた。
扉をあけ、窓の外を眺めていた私を不思議そうに見つめる彼女。
「ジーク……いえお義兄さまが我が家にやって来た日の事ですか?」
「そうだ」
勘のいい彼女はすぐにいつの話か気がついたのだろう。
「あの時は………」
「あの時は?」
少し困ったような表情で呟いた言葉の続きを急かす私に、彼女は言う。
「あの時はとても不安でしたわ」
「不安?」
「ええ……」
その不安を既に知りながら、私は敢えて尋ねる。
「何を不安に思うことがある?あの時お前は王族との婚約も内定し、なに不自由なく過ごしていたはずだろう」
それは、兼ねてからの疑問だった。
なぜ彼女は、あんなにも怯えていたのか。
「強いて言うならば、定められた未来が、でしょうか」
「王族との婚姻を憂いていたのか?」
「さぁ……」
私にもわかりません、とあの時のように瞳を揺らす彼女を手招き、抱き寄せた。
「今も不安か?」
そっと耳元に囁いた言葉に、彼女が首を横に振る。
そうだ。なにも不安に思うことなどない。
お前の為にならぬものなど、全て消し去ってしまえばいい。
爵位も継げぬ厄介者とお前を疎んだ義両親も、己の権力のためにお前を利用しようとした元婚約者も。
マリアを私に与えたことで私の手綱を握ったつもりになっているようだが、それは愚かな話だ。
そもそもベレス伯爵家は王家の狗。
王に歯向かう愚か者共を粛清してきた影の一族だ。
その忠誠を捧げられるのはただ、己が王と見定めたもののみ。
そして私は既に、第一王子と契約を交わしていた。
彼は私に言ったのだ。
「私に付くならば、君が一番欲しいものを手にいれることができるぞ」
それが何を意味していたのか。
今更言葉にするまでもない。
彼女を手に入れられるなら、悪魔とだって喜んで契約しよう。
そして私は彼の狗となり、約束通り欲しかったものは今私の腕の中にある。
第二王子は見誤った。
ルナマリアを妻とすることで伯爵家、ひいては自分の狗を手にいれようとしたようだが、残念ながら先々代の伯爵以降、闇の伯爵の名を継いだのは伯爵ではなく分家であった育ての父。
ーーーその彼に次代を託されたのは、私だ。
つまり私は、伯爵家に引き取られるよりもずっと以前から闇の爵位を受け継いでいたのである。
第一王子という後ろ盾を手に入れた私が、先代伯爵を廃しルナマリアを手にいれる事などは実に容易いことだった。
「……マリア?なにか言いたいことがあったのでないのか?」
腕の中で黙りこんでしまった彼女に優しく尋ねれば、彼女は一言「薔薇が………」と呟いた。
「薔薇?」
口にした瞬間、何故だろう。
真っ赤な血を流し、土に沈む彼女の幻が頭をよぎり、そのあまりのリアルさに口許を抑えた。
「………お義兄ーーーーージーク?」
「すまない、大丈夫た」
まだなれない呼び名を改めながら、心配そうにこちらを見る彼女。
その、白い肌が血に染まる姿は壮絶で、大地に咲いた大輪の薔薇のようだった。
ーーーーー私は、かつてあの光景を………。
そこまで考えた所で、ぺたりと額に冷たいものが触れた。
「顔色がよくないわ。話は後にして少し休みましょう」
心配した彼女の手が、私の額に触れている。
「冷たいな」
「………そうかしら?」
自分ではよくわからないと首をかしげる。
冷たい。
だが、まだ彼女の鼓動は止まってはいない。
「お前の言う通りだな。私達には休息が必用なようだ。なにか暖かいものを用意させよう」
扉の裏に控えていた侍従に目配せすれば、無言のままに頭を下げた彼が静かに側を離れていく。
この家に仕えるものはみな、一から私が集めた「闇の伯爵」の配下だ。
無能なものなどこの伯爵家には不要。
「所でマリア。薔薇とは?」
聞き返せば、今思い出したという顔の彼女がその理由を口にする。
「どなたかからは分からないのですが、薔薇の花束が届いたのです。………何か、心当たりはありませんか?」
「何………?」
次回は主人公視点の予定です。
今回の話で思ったのですが、近親相姦タグは必要なんでしょうか……?




