続・魔法使いの家族たち
「……メイリア」
「なんですか?」
頭を撫でていた手のひらが両頬を包んだと思ったら、とっても久しぶりに紫色の瞳が覗きこんできた。
あんまり久しぶりすぎて、わたしはポカンとしてしまったくらいだ。
それでもじっと見つめ続けるから、なんだろうと見上げたら。
「メイリアが足りないのだが」
「へ!?」
今は夜で、ここは寝室のベッドの上で。
子供たちは子供部屋だし、執事とメイドも別な部屋だ。
つまり、二人きり。
「……」
「……」
……ええと。
わたしは目の前にいるのに、足りないとはどういう意味だ?
わたしはメイリア。
十六歳でキュレイシーからファウムになって、もうすぐ八回目の春が来る。
お相手は四六時中、真っ黒いローブを被っている人で。
年齢も十歳上だったから、ビッミョウだなあと思ったりもしたけれど。
そのローブも家の中では外すようになって、手を繋いだり、ぎゅっとしたり。
……ええと。秋にだけれど、きちんと夫婦にもなれて。
そんなのんびりペースな夫婦は、双子の子供たちも産まれて毎日賑やかだ。
十歳年上の旦那様と、五歳の双子の子供たち。
メイドと執事で庭師の六人で、今日も仲良く暮らしている。
うん、そうそう。
多すぎず少なすぎず、ちょうどいい人数の我が家。
うるさい時もあるけれど、子供が元気な証拠だし。
……うん。
ええと、それで。
足りない。わたしが。うむ。
思わず散々足りないんじゃないかと思っていた胸元を、じいっと見つめる。
いやでも、頑張って寄せなくても自然な谷間ができている胸になったんだから、これはこれで十分じゃない?
それともあれか。結婚するくらいに大きくなった王女様の成長っぷりを見て、どうして自分の妻は片手くらいの大きさしかないのだろうかとか思ったんだろうか。……やかましわ。
「……」
「……」
とっても真剣なシュトレリウスの表情を見て、胸じゃなさそうだと気が付いた。よし、それなら脇に置いておこう。
「……」
「……」
ええと、それで。
無言で待っていてくれているんだから、わたしも真剣に考えよう。
っていうか、なんで急に言い出したんだろう。
今日は何かあったっけ?
突然すぎるシュトレリウスの言葉から、わたしは朝の出来事から振り返ってみることにした。
朝はいつも通りに起きたら、朝食の支度を済ませて。
いつものように子供部屋に行ったら、二人を起こして支度をさせたんだよね。
「お母様、今日は一つに縛って!」
「はいはい」
旦那様のシュトレリウスと同じ、銀の髪をわたしに向けながら。
こんな風に編み込めとか、仕上げはこのリボンで結べと指定してくる娘が椅子に座って待っていた。
服は自分で着るようになったのに、髪だけは自分でしようと考えないんだよね。
そんなに難しいことはしてないから、覚えればいいのに。
「よし、できた」
「リボン!」
「ああ、はいはい」
なんとか言われた通りの髪型をしていくわたしの手元が見れるように。
手鏡を持ってまで、仕上がりまでを入念にチェックしながら睨んでいる。
……わたしが小さい時って、ここまで髪型にこだわっていたっけ?
「はい。できたよ」
まあまあ良い出来じゃないかと娘にドヤ顔を向けたら、手鏡に映る自分を見て、左右に首を振って確かめていた。
なんだ、その眼は。足をプラプラしたまま無言でいるんじゃない。
「うーん……。まあ、いっか」
「”いっか”、じゃねえだろうがゴラァ」
「ふひはへふぅ。……ありがとうございます、お母様」
面倒な編み込みをしたというのに、お礼よりも先に溜息を吐くんじゃない。
ジュリエラのふくれた両頬を包んで、むぎゅっと押してやったら唇を尖らせつつもお礼を言っていった。
「かわいいよ、ジュリエラ。今日の服にも合ってるね」
「でしょ!?」
双子の片割れのレミリオが覗きこみながら、ニコニコと髪型と服を褒めていく。
満更でもない顔で笑ったジュリエラが椅子から立ち上がって、嬉しそうにくるんと回った。
「今日の服なら、絶対に編み込みが似合うもん」
「うん、そうだね」
ちょっと濃い色の赤のタータンチェックのワンピースには、胸元と肩にシルクのリボンが編み込んである。
わたしよりもわかっているレミリオが指差して、この服に合う髪型は絶対に編み込みだというジュリエラに賛成していく。
女子力っていうんだろうか。それともモテ力?
サラッと褒める手腕は誰から習ったんだろうってくらい、自然と全体を褒めていく息子に感心する母。
うん、もっと頑張ろう。
自分は何年物のワンピースを着ているんだろうかと裾をつまんだわたしの横で、レミリオはちょっと残念そうな顔をしながら呟いた。
「んー……。ぼくのところに、リボンはないね」
「でも、柄はおそろいだもん」
「おそろいだ」
ご機嫌なジュリエラとレミリオが一つ頷いて、手を繋ぎながらようやく部屋から出て行った。
「はあ……やっと行った」
肩を回しながら、わたしもようやく子供部屋から出て行くことにした。
息子は相変わらず、髪をはねさせていても気にしていないというのに。
娘は毎朝毎朝、服はどうしよう髪型はどれが似合うのか、とっても細かくてすごく疲れる。
でもまあ、あの満足そうな嬉しい顔を見れれば、それだけでいいんだけれど。
「おはようございます、お父様」
「おはようございます、父上」
「おはよう。ジュリエラ、レミリオ」
食堂にはシュトレリウスが椅子に座っていて、子供たちが元気よく挨拶をしていった。
やっぱりわかりにくいけど、小さく微笑んで挨拶を返すシュトレリウスは、真っ黒いローブを被っていない。
本っ当に、こうして朝から被らなくなるまで大変だったな。
まあ、「剥ぐぞ」って脅せば被らなくもなるか。うん。
それぞれの椅子に座ったら、メイドのユイシィと一緒に朝食を並べていく。
わたしと一緒にこの家に来たユイシィは、今のことろ辞める予定はないらしい。
この世界でいうイイ歳になったんだから、結婚退職するかと考えていたんだけどなあ。
「今日は、みんなでお城に行くんだよね?」
サラダを口いっぱいに詰めこみながら、レミリオが首を傾げていく。
「そうだよ。レミリオにもジュリエラの補佐が出来るように教えてもらうの」
「わたしはー?」
「ジュリエラは、詠唱の言葉を覚えるんでしょ」
行き先が学校だったなら、今日の授業はなんだろうって話になるんだろうけど。
二人が行くところはお城で、勉強の内容は魔法に関することだ。
魔法の使えない一般人が聞いても意味がなくても、親として妻として、しっかり知っておかないと。
それでも魔力が体の中にあるって状態はいまだに謎だし、魔法使いの子供がお腹にいてもそれは変わらなかったけれど。
関係なくないわけじゃないなら、わたしも勉強しないとね。
「お母様は、また図書館に行くの?」
これまたパンを口いっぱいに詰めこんだジュリエラが、反対側に首を傾げながら尋ねてきた。
魔法に関する勉強を子供たちと一緒に聞くことになっているけれど、ずっと一緒にいるわけではない。
今日はこんなことをしますっていう内容を確認したら、後は先生役の人に任せて退散だ。
せっかく、魔力がなさそうなレミリオもお城勤めになったのに、いつまでも親が一緒にいたらいけないもんね。
そんなわたしは、もっぱら図書館に通っている。
ついでにみんなでお城に行くときはお弁当を持って行くから、お昼はどこに集合か言っておかないと。
「本を借りたらシュトレリウス様の部屋にいるよ」
「じゃあ、終わったら父上の部屋に行けばいい?」
「それまで待ってるよ」
シュトレリウスも軽く頷いて、三人一緒に部屋に向かうことを約束する。
「じゃあ今日は、王女様とかと一緒には食べないんだ?」
「……そんなに毎回、お弁当は作りません」
何が珍しいのか、たまーに王女様や国王様。それと結婚したことで王族となった変態……、デーゲンシェルムも一緒に昼食を摂ったりする。
前と違って無茶振りはしないし、妙なリクエストも勝手にしないし、毎日のように味を変えて作ってこいとかも言わないけれど。
それでも作るとなると大人数だから、ものすっごく面倒くさい。
お弁当が欲しいときは、あらかじめ材料とメニューを渡すことになっていても。
面倒くさいものは面倒くさい。
料理長に作ってもらって、温かい物を食べたほうが美味しいと思うんだけど。
「おはようございます。旦那様、奥様。坊ちゃま、お嬢さま」
朝食が終わってお弁当を持ったら、いつもの御者と馬車が門の前に待っていてくれた。
「おはようございます、おじちゃん!」
「おはようございます!」
ファウム家よりも頻繁に会っているからか、双子たちはとっても懐いている。
今もニコニコと満面の笑みで挨拶をして、今日はお城で何をするのかまで話してから乗り込んでいった。
この光景を見たら、きっと義父と義弟は悔しがるんじゃないだろうか。
ローブの中身だって、何度も見ている人だもんなあ。
「動くから、二人とも座って」
「「はーい」」
今日もガタガタと揺れる馬車に乗ったら、真っ白い建物が近付いてきた。
この馬車も、もうちょっと揺れなくなったら助かるのに。
いつものようにシュトレリウスにしがみついて、なるべく酔わないように頑張らないと。
「……」
「?」
何かを言いかけたシュトレリウスの口が開いて、すぐに閉じられた。
顔を上げたら、言葉の代わりに頭が撫でられていくけれど。
「??」
なんだったんだろうか……。謎だ。
ああ、そうだ。馬車の中でも何かを言いかけていたね。
それでも結局なんにも言わなかったから、そのまま忘れてしまったんだった。
お城での過ごし方は、これまたいつも大体決まっている。
「では、二人をよろしくお願いします」
「お預かりいたします」
簡単に、今日からする勉強の内容を聞いたら、すぐにわたしとシュトレリウスは部屋から出て行く。
子供たちは教師の人と一緒に過ごして、シュトレリウスは別な部屋へと向かう。
そこに向かう前に図書館まで、わたしを送り届けることがいつものコース。
わたしは図書館で本を借りたら、シュトレリウスの部屋で勉強だ。
「わからないところがあったら、教えられる範囲で教える」
「紙に書いてまとめておきます」
図書館の前に着いたら、仕事に向かう旦那様を見送る妻。
さすがに図書館の人には、わたしの姿が見えるようになっている、らしい。……そんな変なところに、面倒くさそうな魔法を掛けなくてもいいのに。
仕事の内容も、いまだに何をしているのかわかんないけれど。
国の中枢や防衛に関わることらしいから、やっぱり訊かないほうがお互いに良いよね。
それでも無茶振りかますようなら、相手が国王でも殴って止めさせてやる。
パアンッと右手の拳を左手で受け止めながら歩き進めて、目当ての棚の前で足を止めた。
「この前はここまで見たから、今日はこっちに行こうかな?」
棚を指差しながら、本を何冊か手に取ってから廊下に出る。
貸し出し手続きは不要って大丈夫かと言ったら、城に入っている時点で登録されていると返された。意味がわからん。
シュトレリウスの部屋に入って、ふかふかすぎるソファに座ったら。
のんびりと本を開きながら、優雅にお茶を飲みながら過ごす。
って、なんだかすでに隠居したような生活だな。
大丈夫か、わたし。まだ二十代の前半だろうが。
「今までが慌ただしかったからね。ちょっと休んでいるように見えるだけで」
退屈なわけでも暇なわけでもないもん。だってこれは、家族と魔法を知るための勉強だ。
うん、そう。自分にない魔法のことは、少しでも知らないと困る。
双子が産まれてからのめまぐるしい毎日と、余裕で昼寝ができる今と比べると、落ち着き過ぎていると感じるだけなんだ。
それでも枯れすぎな気がするけど、毎日幸せだもん。
「……シュトレリウスは、どうかな?」
ちゃんと毎日、幸せだなって思っているのかな。
それともダラけてきている妻の姿を見て、やべえとか思っているんだろうか。
「……」
思わずお腹をつまんで肉の具合を、顔を撫でて乾燥具合を確かめる。
「イケる!……たぶん」
前は誤解だったけど。
このまま体型もダラけたら、浮気とか考えても不思議じゃない。
パンッと勢いよく本を閉じたら、シュトレリウスの部屋の中を歩き回る。
当たり前だけど、夫婦についての本なんてものは見つからない。
だって、もしかしなくとも。
馬車の中で何か言いかけたのって、最近のダラけ具合を突っ込もうとしたんじゃないの?
そうそう。この時に変だなあとか、ちょっと思ったりもしたんだよね。
それでも、見事に忘れてしまったんだけど。
でも、”足りない”なんだから、太ったってことではないはず。……はず!
「お母様ばっかり、お昼寝ズルい!」
「んあ!?」
うーんと、あちこちつまみながら本を読みながら、考えこんでしまったら眠ってしまっていたらしい。
いや、そもそもソファがふかふかなのが悪いんだ。
文字だらけの本だって、ウトウトしろと言っているようなものじゃないか。
「身だしなみはちゃんとって、いつも言っているのはお母様なのにぃ」
「はいはい」
少し乱れているわたしの髪を指差して、娘が自分の支度と同じくらいに突っ込んできた。
いくらシュトレリウスの部屋で昼食を食べるからって、ボサボサなままでは見苦しいか。
「いかがですか、お嬢さま?」
「うーん、まあまあ!」
「んだとゴラァ」
髪をまとめて皺を伸ばして、優雅なお辞儀をした母親に”まあまあ”ってなんだ。喧嘩売ってんのか。
「母上も、いつもかわいいよ」
「……どうもありがとう」
息子がフォローを入れてくれるけど、必死な様子がかえって痛々しい。
……頑張ろう。
あれ、これか?
前に王女様には、服を褒めたりしてくれるって話したこともあったけれど。
今日の服は二、三年前に作ってもらったワンピースだし、髪はいつもシンプルにまとめているだけで。
誕生日プレゼントにもらったネックレスを身に着けているだけで、相変わらず他の装飾品は皆無だ。
今だって、子供たちと一緒に寝ていないっていうのに普通の寝間着。
……前はユイシィが色々仕込んでくれた物も、今はサイズも歳も変わって全然着ていない。
これはあれか。まだ二十代前半なのに、枯れすぎていないかっていうダメ出しってことか!?
午後からもそれぞれお勉強に仕事に精を出したら、夕方にようやく家に帰る。
わたしだけのんびりな気がするけど、お城でできるような仕事はないもんなあ。
「おかえりなさいませ」
「ただいま帰りました」
門扉が開かれたら、夕食のいい香り。
みんなで食事を摂ったら、お風呂の時間……って。わたし、何もしてなさすぎだな。
「メイリア」
「なんですか?」
さすがに寝間着の準備は自分でしようと部屋に戻ったら、シュトレリウスに呼ばれてしまった。
小さな声に振り返ったら、目の前が真っ暗だった。
あ、抱き締められたからか。そりゃ暗いわ。
……じゃなくて。
「どうかしましたか?」
まさか背中にも肉がついているとか余計なことを突っ込む気じゃないだろうな。喧嘩売ってんのか。
久しぶりに抱き締められてことに驚きつつも、段々、強くなる腕の力に押しつぶされそうになってきた。
……く、苦しい。
「お母様!」
「父上!」
「「おーふーろー!」」
ドンドンと扉を叩きながら、子供たちがお風呂に入ろうと声を掛けてきた。
「ああ、はいはい。……シュトレリウス様、お風呂ですよ」
ポンポンと背中を叩いたら、ようやく腕を緩めて離れていく。
そうして何事もなかったように扉を開けて、廊下で待っていた息子の手を取って歩き出した。
……なんだったんだろう。
「お母様、おーふーろぉ!」
「はいはい」
ジュリエラがスカートの裾を引っ張ったことで、わたしもお風呂場へ向かうことにした。
「お母様、洗ってぇ」
「自分で洗いなさい」
一緒に入っていても、もう何度も自分で洗っているはずなのに。
朝と同じく頭を向けて、わたしに髪を洗えと言ってくる。
「お母様は、お昼寝して疲れてないでしょ?わたしはレミリオと魔法のお勉強で、頭がパンパンなのっ」
「はいはい」
確かに今日はなんにもしてないから、仕方なくわしゃわしゃと洗ってやることにする。
シュトレリウスと同じ銀色なのに、髪質は違うんだよね。面白い。
「お母様、抱っこ!」
「抱っこ?」
身体も洗って湯船に入ろうとしたら、今度は両手を伸ばして抱っこをしろと言ってくる。
なんだ、今日は。
「こら、眠らないの」
湯船まで運んでしばらくしたら、ウトウトと眠り始めてしまった。
軽く頬を叩いて起こしても、イヤイヤと首を振ってぐずりだす。
「んんー……おかあさまは、おひるねしたでしょー」
「……はい」
本当に疲れたみたいで、首はフラフラ目はシパシパで、眠気と必死に闘っているみたいだ。
ジュリエラがこうなら、レミリオも電池が切れたように眠っているかもしれないな。
「ほら拭いて」
「んぅぅー」
「腕を上げて」
「はぁいぃ」
なんとか服を着せたら、気合いを入れて抱え上げる。……重い。
「……やっぱり」
反対側から歩いてきたシュトレリウスも、すでに熟睡しているレミリオを抱えていた。
まだ浅い眠りのジュリエラよりも重そうだなあ。
子供部屋の大きすぎるベッドに寝かせようと、抱え直して背中をトントンとしていく。
レミリオはベッドに下ろしても静かで、っていうか息してんのかな。あ、してた。セーフ。
じゃあとジュリエラも下ろそうとしたら、両手と両足をわたしに絡めて暴れはじめた。……く、首と腰が絞まってる!
「んんーっ!」
「こら、暴れない!」
背中をポンポンとしても頭を撫でても、ちっとも大人しくならない。
しがみついていた腕を離したら、のけぞるように背中を反らして大暴れだ。
「おかあさまは、おひるねしたでしょぉーっ」
「はいはい、そうだね。ジュリエラも眠っていいよ」
「い・やあー!!」
下ろすと怒って眠らそうとしても怒って、それでも眠くてぐずってる。……どないせいっちゅーねん。
大人しいレミリオに布団を被せていたシュトレリウスは、娘の姿に固まってしまった。
わたしも久しぶりの暴れ具合に、どうしようかと途方に暮れていたら。
「……じゅりえら」
「あい!」
「ん?」
眠っていたレミリオが起き上がって、ジュリエラに向かって手を伸ばしたら。
暴れていたジュリエラが急に止まって、わたしの腕から自分で降りてベッドに横になった。
「「おやすみなさい」」
「……お、おう」
二人が並んで挨拶をしたら、そのままパタリと横になり。
すかーっと、すぐに寝入ってしまった。
なんじゃこりゃ。
「あいたた……」
五歳児でも、暴れられればあちこち痛い。
首に肩にと回しながら部屋に戻ったら、シュトレリウスが頭を撫でてくれた。
「?」
さっきもだけど、こうして頭を撫でてもらうのも久しぶりかも。
ジュリエラの髪を洗うことも久しぶりだったけど、そういえばシュトレリウスと最後にお風呂に入ったのはいつだったっけ。
頭を撫でられながら、そもそも普通に眠って普通に起きているだけの毎日ということも思い出す。
「……寝ましょうか?」
「そうだな」
双子だったから、なんだか目まぐるしい毎日で。
やっと自分のことができるようになって、ホッとしたのは最近で。
なんだか今日は疲れたなあと思いながら布団を被ろうとしたら、長くて使いこまれている指が伸びてきた。
「……」
うん。
それで、さっきの「足りない」発言に戻るんだけれど。
「……」
これはアレか?
子供には抱っこにぎゅっと色々するけれど、肝心の夫にはなんにもしてないってことなんだろうか。
「……ええと」
これが正解なのか、わからないけれど。
同じ部屋の同じベッドに寝ているのに、最近は端と端で寝てたりするし。
身なりは元から気にしていないけど、さすがに髪型も服もよれているのはどうかと思う。
暴れるジュリエラとの格闘で乱れた髪を、ちょっと撫でつけたら。
恥ずかしいから下を向いたまま、両手をちょっとだけ広げてみる。
「……ど、どうぞ」
「……」
「……」
足りないって言われたんだから、これでいいかと思ったのに。
なんだか逆に固まられて、そしてずっと無言とはどういうことだ。
チラッと視線を向けたら、なんとも言えない顔をしたままやっぱり固まっていた。なんでやねん。
「ひゃっ」
これじゃないのかと腕を下ろしたら、逆に顔が近付いてきた。
それでも触れた先が額で、何すんだと睨んだら笑っているとはどういうことだ。
「はひほふふんへふは」
わたしがジュリエラにやったことと同じ、両頬を押しつぶしにかかるシュトレリウス。
……やっぱ喧嘩売ってんな?
ジロッと睨んだら、嬉しそうな顔で微笑んでいるのは意味がわからん。変態か。
「んっ」
急に顔が近付いて、今度は唇が塞がれる。
なんだかとっても久しぶりすぎて、今ごろ緊張してきたな。
服は置いといて、服の下って大丈夫だっけ。
そのさらに下こそ大丈夫か、自分。
胸とか腹とか気にしてたけど、二の腕とか背中ってどうなの?
いや、あれだ。
逆に触り心地がよくなったってことにしておこう、うん。
「……」
わたしより、三十代のシュトレリウスはどうなんだろう。
一般的な魔法使いは、長ったらしい詠唱の言葉を言わなきゃいけないから、身体は鍛えているって変態が言ってたけど。
いや、これはいま確認しなくてもいいな。
脇に置いといて……、
「うえっ!?」
「何を考えている?」
久しぶりすぎて狼狽えるわたしの頬をつねって、不機嫌そうな顔で覗きこんできた。
……何と言われても、いろんな処理が足りてるか気になったとか言えるわけがない。
「なんでもありません」
「……」
「はひほふふんへふはっ」
ぐにぐにと無言で妻の頬を押しつぶすとは、どういう了見だ。
いくら十代じゃなくなったからって、この花の顔はピチピチだろうが。
「ふんっ」
「……フ」
尖らせた唇に柔らかく触れたら、小さく微笑んで。
結婚したときの、最初の春にまた戻ったみたい。
―――もし、来世もあったなら。
やっぱり最初は、喧嘩から始まるかもしれないけれど。
きっと絶対に見つけるから、そっちもちゃんと探してよね。
それよりも、あるのかわからない先よりも。
せっかく夫と妻になって、父と母になれたから。
次は一緒に、おじいちゃんとおばあちゃんになろうね。
曾おじいちゃんと、曾おばあちゃんでも良いけれど。
長い間、お読みいただきありがとうございます。
今話で【没落令嬢の旦那様】、全九十話完結です。
おまけでは今までなかった視点を中心に書いてみました。
一つでもお気に召していただけたら幸いです。
今まで書いたことのないジャンルの連作短編を月末に投稿予定です。
別な異世界、【本日付で、クビになりました~三十六歳、異世界に再就職します】も合わせてお楽しみいただけたら幸いです。




