七話:招待状は催促状
シュトレリウスの同僚っぽい変態とのお茶会が終わったと思ったら、その日のうちに城から招待状が届いた。
暇か。暇なのか、王族は?
「これって無視していいんですか?」
「したければしろ」
「シュトレリウス様の城での立場が悪くなったりします?」
「国王と王女としか接していないから問題はないだろう」
「おい、そのメンツやべぇじゃねえか」
そもそもこの招待状は王女様が直々に書いたものらしい。どうりでちょっと可愛らしい幼い文字だと思った。
実家の弟妹を思い出して懐かしんでいるわたしの手元から招待状を奪ったシュトレリウスは、ものすごく嫌そうに眉間に皺を寄せているけれど。
「……」
さて、確認しようではないか。
今は夕食も終わり、お風呂も入ってさっぱりしたところ。
つまり夜で、さらにベッドの上。……座ってるだけだけど。
そして二人きり。
「……」
パァンッ
「なんだ、急に」
「気合いを入れただけです」
「……寝るだけなのにか?」
なんでそこできょとんとする。さっきデーゲンシェルムに何を言われたか忘れたのか。
お前こそもっと気合いを入れんか、気合いを。
パァンッ
「??」
気合いを入れたらこっちに来るってことに気が付いて、反対側の頬も叩いて落ち着かせる。ふう、危なかった。
心臓が変にどくどくと言い始めたから鎮めるために叩いたのに、またしても覗き込む旦那様。空気読めや。
「魔法は使わないでください」
「勝手に出るのだから大人しくしていろ」
念じれば魔法が出るって相当な魔力を持っているってこと?わたしが叩いた赤くなった両頬を、シュトレリウスの手のひらが包んでいく。
ローブを取れと言ったからか今日は最初から被っていない。だから近い、顔が。
「……」
今までどんな顔をしていたか思い出せなくて、視線をさ迷わせた挙句に瞳をぎゅっと閉じて目を逸らすということをしてしまった。
「……」
これでは不自然極まりないではないか。そもそも無言で目を閉じてどうする。
もう一度、気合いを入れようと瞳を開けたら、ものすっごく近い距離にシュトレリウスの顔があった。
「……」
「……」
近い距離に顔があったってことは、ばっちり目が合ったってことで。
わたしももちろん驚いているけれど、いきなり瞳を開けたわたしにもシュトレリウスが驚いていた。
「……」
ええと、あの、もしかして。
あの、アレだったりする?わたし、もしかして自分で自分の首を絞めた?
どうすればと固まっているわたしからそっと離れたら、頭を撫でて隣りの書斎に行ってしまった。
無言で。
あああ!?もしかしなくとも、あれだったんじゃないの?
結婚してから初めての、そういう雰囲気だったんじゃないの!?
今まで散々、「手ぇ出せや、このヘタレ」とか言っといて。それを自分でぶち壊すとかなにやってんの。鬼畜か、悪女か、馬鹿なの、阿呆なの!?
あああぁぁぁっと頭を抱えながらベッドの上で転がって、思いっきり落ちて顔面を打った。
「……痛い。はーーーっ」
次はこっちからいかないと、絶対に手は出してこないだろうね。
パァンッ
あああ、わたしのバカ。今日のデーゲンシェルム以上の大馬鹿者だ。
とても失礼なことを思いながら、今日も布団を被って広いベッドに一人で潜り込んで誤魔化すことにする。
いつの間に寝たのか戻ってきたのか、わたしはまた真ん中にどーんと爆睡してて、シュトレリウスは端っこに丸まってすやすや眠っていた。ローブを被ったまま。
「……」
もしかしなくともローブを被っているのって、わたしが布団をぶん取っているから?
だっていつも真ん中に寝てるし、しっかり布団はつかんでいるし。
それなら潜り込めばいいのに、わざわざ端っこにローブに包まっているとか……。
いや、昨夜のわたしのほうがひどかったからね、うん。ヘタレとか言わないであげよう。
パァンッ
「よしっ」
「!?」
両頬を叩いて気合いを入れ直したら、その音に驚いて黒い塊が慌てて起き上がった。
「……なんの音だ?」
「気合いです」
「そうか……」
ぼおっとした声だから寝起きっぽい。わたしが答えたら一つ頷いて、もそもそとローブを被り直した。
寝直すな。もっと突っ込め!
「お迎えに上がりました。シュトレリウス様、メイリアさん」
今日も笑顔も白金の髪も眩しく輝かせて、蒼い瞳を向けながら馬車から降り立つ変態。
胡散臭い笑顔が気持ち悪くて思わず羽虫を見るような視線を向けたら、もっと熱の籠った潤んだ瞳を向けられてしまった。
「キモイキモイキモイ」
「落ち着け、いつも通りだ」
「なお悪いわ!ボケがぁっ」
「あぁ……朝から素晴らしい罵声ですね。さすがメイリアさんですっ」
「気持ち悪ぃっ!」
ぞくぞくと震わせた身体を両腕で抱え、恍惚とした表情でうっとりとした表情を浮かべている変態をなんで朝から見なくちゃいけないんだ。
「……あの、奥様?」
「言わないで、ユイシィ」
「はい……」
昨日は遠巻きだったからか、なんの会話をしているのかわからなかったユイシィが、まともにデーゲンシェルムを見て顔を思いっきり引きつらせている。その気持ちはわかる。
でも言わないでくれ。確認したくない。
「行ってきます」
「行ってらっしゃいませ。旦那様、奥様」
丁寧にお辞儀をして見送るユイシィに手を振って、今まで乗ったことのない豪華な馬車で城へと向かう。……変態と一緒に。最悪だ。
「国王様は都合がつかなくて王女様だけになってしまうのですが、とても楽しみにしていらっしゃいますよ」
「そっすか」
「あの招待状は王女様自らが書かれたんですよ」
「大変可愛らしい文字でした」
「でしょう。ご本人ももちろん可愛らしいですよ」
「そっすか」
馬車に乗ったら、これから会う招待状を寄越した王女様についてペラペラと話していくデーゲンシェルム。うっとりとしていないみたいだからか、まだ口調は爽やかだけど。
「ところでメイリアさん」
「なんすか」
「シュトレリウス様のローブから出てきませんか」
「キモイから嫌です」
「できれば私の目を見て罵っていただきたいのですが」
「貴方の趣味に付き合う気はありませんので」
「放置とは新しいですね!」
「キモイ」
「……」
馬車に乗ってからずっと、わたしは旦那様のローブに隠れている。正確には潜り込んでいると言ったほうがいいだろう。
シュトレリウスがビッミョウな視線をちらちらと上から向けてくるけど無視だ。だってこの狭い馬車の中で変態を見なくちゃいけないなんて最悪じゃないか。
「シュトレリウス様が羨ましいです。見た目が良すぎて罵ってくれる人は皆無ですから」
はあっと悩ましげな溜息を吐いていくけど気持ち悪いこと堂々と言うな、変態め。
鳥肌も出尽くしたかと思ったらまだ出てきた。思わず腕をさすったら、大きい手のひらが重なった。
……くそっ。これだけで安心するとか、いつから触れられることが嫌じゃなくなったのか。最初から別に嫌じゃなかったなと思い当たって、またしても頬を思いっきり叩いた。
落ち着け、わたし。散々言っていた手を握られたくらいで動揺してどうする。
「何故叩く」
「気合いです」
「イイ音ですね!どうですか、そろそろ私を叩いてみるというのは……」
「黙れ、変態」
「それ以上メイリアに近付くな」
ローブ越しだけどしっしと手のひらで追い返す仕草をしたら、呆れた声が上からしていく。
思わず見上げたら紫の瞳と目が合って、わたしからまた逸らしてしまった。
だ、だってまた名前呼んだし……。呼べって言ったのはわたしだけど。
ローブの中でとても気まずい空気が流れたと思ったら、ガタンと馬車が止まって扉の開いた音がした。
「お待ちしておりました。シュトレリウス・ヴァン・ファウム様、メイリア・ヴァン・ファウム様。デーゲンシェルム・ウェン・ヴァイツ様」
お城に着いたようでそれぞれの名前を言っていく声がした。恐る恐るローブから出たら、真っ白く輝く壁が見えた。
「お手をどうぞ、メイリアさん」
バシッ
先に馬車から降り立ったデーゲンシェルムが差し伸べてきた手をシュトレリウスが叩いたら、ローブでその手を拭っていく。
……うん。その気持ちはわかる。
「シュトレリウス様に叩かれた!」とうっとりとしているデーゲンシェルムは置いといて。念入りに拭いた手はわたしに向かって差し出される。
いつもの長い指と使い込まれている大きい手のひらに、わたしも手を置いたら馬車から降り立った。
王女様の部屋とかいう場所へ向かうまでもデーゲンシェルムの口は閉じられることはない。うるさい。
「口を開けなければいいのに」
「無駄だ」
「イケメンの無駄使い」
ぽつりと呟いたら聞こえていたみたいで、こちらもぼそっと呟き返していく。
身長差があるから聞こえにくいと思ってたんだけど、もしかしてそういう作用がある魔法陣もローブに組み込まれているんだろうか。
誰ともすれ違わない真っ白い廊下を歩いていたら、少し先の扉からひょこりと金の髪が現れた。
「デーゲンシェルムの声しか聴こえないけれど、本当に連れてきてくれたの?」
「王女様。もちろんですよ、ほら!」
「王女様?」
くるくると巻いてある金の髪を両脇でまとめ、きらびやかなレースをふんだんに使ったドレスを着た幼女しか見えないけど。何歳だっけ、王女様って。
「……王女様?」
「ああ」
二人に王女様と呼ばれたその人は、好奇心に彩られた深紅の瞳を向けてにこりと小首を傾げた。
「聞いてくださいよ、王女様。シュトレリウス様ってば馬車の中でもイチャついていたんですよ」
「くわしく聞かせてくださいな」
「ついでに私は今日も罵倒されましたよ。羨ましいでしょう!」
「まったく羨ましい要素はないわよ、デーゲンシェルム?」
ばっさりと切り捨てて、自分が出てきた扉を指して王女様自らが案内をしてくれるらしい。
「とりあえず、わたくしの部屋へどうぞ。メイリアさん」
「へ!?」
王女様にさん付けて呼ばれるとは、わたしって何者だ。