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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
おまけ
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息子の家族たち

「行ってらっしゃいませ、シュトレリウス様」

「行ってきます」


 真っ黒いローブを被った長身の男性に向かって、薄い茶色の髪を一つにまとめた女性がにこやかに手を振りながら見送っていく。


「行ってきます、お母様」

「行ってきます、母上」


 男性の横に、銀の髪を二つに縛った女の子と、薄い茶色を少しはねさせた男の子が同じように挨拶をしていった。


「行ってらっしゃい。辛くなったらすぐに言うのよ」

「「はーい」」


 その二人にも手を振って見送ったら、馬車がゆっくりと動き出す。


「ふう……。さて、天気がいいから畑に行こうっと」


 およそ貴族の女性が呟かない言葉を言ったら、門を閉めて鍵を掛ける。


 ……前は一応、年に二、三回は入ることができた家だけれど。

 今はこうして厳重に鍵まで閉められた家の中には、そう簡単に立ち入れない。




「父上、挨拶をしなくて良かったのですか?」

「また殴られるかもしれないから……」


 私と同じ茶色の髪をゆるく揺らしながら、同じくタレ目の瞳を向けた息子が尋ねてくるけれど。


 馬車に乗ったのは私のもう一人の息子で、双子の男女は息子の子供だ。つまり私にとって孫に当たる二人にも息子にも、話し掛けても問題ないはずなのだが……。


「まあ、父上が躊躇ためらうこともわかります」

「うん」


 挨拶をするだけでも、私にとっては勇気がいる。

 タイミングと言葉選びを間違えれば、容赦なく拳が飛んでくるからだ。


 我ながら情けないとは思うけど、息子も頷いて理解を示した。


「気に入っていると聞いた店のチョコレートを持っていけば、話くらいはしてもらえると思ったんですけど。かえって警戒されて、門も鍵も閉められました」

「食べ物はダメに決まっているだろう」


 店で包装されたままの箱を持ってきたとしても、渡された者がわかれば警戒することは当たり前だ。

 怪訝な顔をしているルィーズに顔を向け、もっと信頼されないと受け取ってもらえないことを教えていく。


「毒がまったく効かないのはシュトレリウスだけだ。気に入っている物だとしてもそのままを伝えたら、勝手に調べたことを怒られるに決まっている」


 殴られないだけ運が良かったと言う私の言葉に、妙な視線を向けてきた。


「何やら、すごく実感がこもった言い方ですね?」

「すでにやらかしたからな」

「……なるほど」


 ルィーズと同じくいつも手ぶらだったことを思いだし、子供が産まれる前に挨拶に行った。

 自分にとっても初孫になるのだから、国王様よりも先にお祝いを持っていこうと思い立っただけだったのだが……。




「誰が、誰の孫だって!?」


 父親譲りのおっとりとした目元を釣り上げたばかりか、下からにらみ付ける、あの謎の迫力。


 夫の父親に対して「あぁ?」とすごむどころか、拳を握りしめるなんて。


 小さな溜息とともに話した私の言葉に、ルィーズが顔を引きつらせた。


「……キュレイシーの奥様も、なかなかの人でしたよね?」

「そうだな」


 孫の一人が女の子だと聞いて、そちらも似るのかと心配をしているくらいだ。


「というかこの先、真正面から会えるんでしょうか」

「……わからない」

「「はー……」」


 厳重に閉められた門扉を遠巻きに見ながら、どうやったら仲良くなれるのかわからずにいる息子と一緒に頭を抱える。


 城で見かけたら挨拶くらいはしてくれても、それだけの関係なのだ。


「最初から仲は良くないですから、最低の印象を限りなくゼロにしないと無理ですよね」

「無理だな」


 今日も何もできなかったと肩を落としながら、家に帰ろうと背中を向けた。




 ルィーズと行っても無理なら、同じく初孫を持つキュレイシーと行けばどうかと声を掛けたら断られた。


「一応、双子には祖父だと認識されてるじゃないか。メイリアに邪険にされている理由は、私にもわからないから無理」

「そこをなんとか!」


 仲を取り持てと言われてもと肩をすくめるキュレイシーに頼みこみ、なんとか一緒に向かうことができた。


「何を持って行こうか」

「孫たちの服や小物は日に三回以上、着替えても余るくらいあると言われているから、これ以上は迷惑だよ」

「そ、そうか……」


 ルィーズを注意した手前、食べ物はやめておこうと思っただけなのに。

 アッサリ手土産は不要と言われてしまわれては、それでどうやって印象を良くすればと頭を抱えてしまう。


 そんな私に、不思議な顔をしたキュレイシーが首を傾げた。


「ファウムはシュトレリウス君とお酒が飲みたいの?」

「え?」

「それともメイリアとお茶がしたいの?」


 結婚をする前に家に顔を見に行ったときは、軽くお茶をして少しの会話だけで終わりで。

 結婚後にキュレイシーと一緒に行ったときも、短い会話とも言えないものをしただけだった。


 いまさら何がしたいのかと問われて口ごもった私に、呆れた溜息を吐いたキュレイシーが首を振る。


「自分がシュトレリウス君たちとどうなりたいかわからないなら、向こうだって迷惑だよ」

「……」


 決まるまでは一緒に行かないと言われてしまい、私は固まったままその場に立ち尽くすしかなかった。




「お母様ぁー!どーこー」

「畑にいるよ」

「はぁい」


「……はっ」


 聞き慣れた声に我に返り、いつものぞいている壁の近くまで歩いてきてしまったことに気が付いた。


「危なかった……。このまま門の前まで行くところだった」


 胸をなでおろしながらも、高い塀の向こうを見上げてみるけれど。


 こうして外から声を聴くだけ、遠い壁から姿をたまに見かけるだけ。

 そうなった原因は、病んでいく妻から息子を守るためだったはずなのだ。


「はあ……」


 孫を待っていたくせに、魔法使いが産まれることは怖がった。

 二人の子供なら関係ないと言い切るメイリアさんなら、妻と同じにはならないとわかっていたはずなのに。


「母上、花が咲いてるよ」

「これはカボチャの花だよ」

「カボチャ、好きー!」


 きゃあきゃあと明るい声から、楽し気な雰囲気が伝わってくる。


 畑は壁のすぐ向こう側にあるのか、三人の声がここまで響いていた。


「帰ろう……」


 今日は珍しく門が開いていても、この家はもう息子家族の家なのだ。

 色んな話をしている輪の中に入れないのだからと、背中を向けることにした。




「……おじいさま?」

「え?」


 まだ高い、けれど男の子の声が下から聴こえたと思って振り返ったら。

 薄い茶色の髪をはねさせ、タレ目がちな紫色の大きな瞳を私に向けていた。


「え、ええと……」


 双子の男の子のほう、名前はレミリオと言ったはずだ。


 何度か顔を合わせたことがあるからか、私がシュトレリウスの父親で、自分たちの祖父だということは覚えているらしい。

 らしい・・・なのは、きょとんとした顔で、首を傾げながら確かめるように声を掛けられたからなのだけれど。


 門が開いていることで、一人で外に出てきてしまったのかもしれない。

 壁の向こうでは、まだメイリアさんと目の前の男の子の片割れ、ジュリエラの声が響いていた。




「……」

「?」


 じっと黙って見下ろす私に、どうすればいいのか戸惑い始める。

 シュトレリウスと同じ紫色の瞳に見つめられ、居心地がとても悪い。


「あ、そうか!」

「え?」

「間違った」


 怪訝な顔をしていたレミリオが、あっと思い出したように手を叩く。


 間違ったということは、私と話してはいけないと言われていたのだろうか。


 シュトレリウスを守るためでも、この家に放置していたことは事実なのだ。

 何を言われていても仕方がないと肩を落とす私に、顔を上げたレミリオがニコリと微笑みを向けてきた。


「こんにちは、ファウムのおじいさま!」

「え?」


 はいっと手を挙げながら、元気よく挨拶をしていった。


「……それが、間違った、なのかい?」

「うん。母上がいつも、挨拶はちゃんとしなさいって言っているから」

「そうか……」


 孫ができたと国王様から聞いて、この家に顔を見せに来たときは。

 目の前の子供の母親に、「ごきげんよう」の挨拶とともに思いっ切りお腹を殴られて雪の上に倒れたものだけれども。




「……」

「おじいさま?」


 あの時の痛みも思い出してお腹をさする私に、今度は心配そうにのぞきこんでくる。


「いや、その……ありがとう」

「”ありがとう”?」

「いや、違ったね。こんにちは、レミリオ」

「はい!」


 目元は私に近いタレ目だが、ニコニコと嬉しそうに微笑んだ顔はキュレイシーそっくりだ。


 ……そういえば、シュトレリウスとこんな風に話をしたことはなかったな。


「おじいさま、今日はどうされたのですか?」

「あ、ああ。……ええと」


 何も考えずに、ここに来ただけだ。

 躊躇ためらっていたら、もう一人の声が近くから聴こえてきた。


「レミリオ―、どーこー?」

「ジュリエラ―!そーとー!」

「あっ」


 いつもこっそりとのぞいている壁からは、かなり離れている場所だったことを思い出す。

 私がこんなところに突然いたら、片割れを守ろうと殴りかかってくるかもしれない。


「レミリオ、見つけた!」


 隠れようかどうしようかと、私がオロオロしている間に。

 日の光に反射する、まぶしい銀の髪を二つに縛ったジュリエラが門から出てきてしまった。




「う?」


 レミリオを見つけた時に満面の笑みだったジュリエラは、私には首を傾げてしまった。

 殴りかかられないだけマシだが、そんなに私は不思議な存在なのだろうか。


「あ、そうだ。ちょっと待ってて」

「レミリオ?」

「えっ!?」


 何かを思い出したのか、レミリオが私とジュリエラにここで待っているように伝えて家の中に慌てて入って行く。


 もしかしなくとも、メイリアさんを呼んで殴る気なんだろうか……。


 私に似ているところが見つけられる男の子のレミリオではなく、ツリ目がちな目元で、さらにあまり接する機会がない女の子と二人きりなど。


 どうすればいいかわからずに、ただ黙ってその場に立っているしかなかった。




「……」

「……」


 レミリオと違って、ジュリエラは話し掛けてこない。

 ただ黙って、じいっと見つめる大きな蜂蜜色の瞳は、メイリアさんそっくりで固まってしまう。


「……」

「……」


 待っててという言葉から、すぐに戻ってくるのだろう。

 メイリアさんを連れてきたら、なぜここにいるのか訊かれるかもしれない。


 キュレイシーに言われたことを考える私に、それでも静かなジュリエラの銀の髪はとてもまぶしい。


「綺麗な髪だね」


 シュトレリウスと同じ銀の髪。

 けれど、私は産まれた一瞬だけで見れていない。妻が真っ黒いローブを被せてしまったからだ。


「お父様と、おそろいなの!」


 二つに縛った髪をつまんだジュリエラが、嬉しそうに微笑んで揺らしていった。




「……おじいさま?」


 ジュリエラは、本当に気に入っているから言っただけなのだろう。


 その一言が聴きたかったのだと、こんなに時間が経ってから気付かされた。


「お待たせー!あのね、……おじいさま?」

「ああ……いや、なんでもないんだ」


 道路の真ん中で泣いていれば、誰でも驚くことだろう。


「違うよ、レミリオ。わたし、殴ったりしてないもん!」

「わかってるよ、ジュリエラ」

「……」


 やはりメイリアさんに似たらしく、ジュリエラはすでに誰かを殴ったことがあるらしい。

 必死に両手を振りながら、自分が泣かせたわけではないと弁解していく。


 レミリオが気が付いてくれたから良かったが、危うく双子の仲まで悪くしてしまうところだった。




「いや、申し訳ない。二人が元気に育っていることが嬉しくてね」


 これも嘘ではないからと伝えたら、よくわからないと怪訝な顔をされてしまった。


「ええと、それで?レミリオは何をしてきたの?」


 妙な空気を振りはらうために、戻ってきたレミリオに顔を戻した。


「あ、そうだった。あのね、これ!」

「花?」

「そうだった!次に会ったら渡そうねって言ってたもんね」

「え?」


 リュードに切ってもらったのか、薔薇がまとめられて小さな花束になっている。


 次に会ったら渡そうとは、どういう意味かと双子を見やる私に。

 双子は顔を見合わせて、にいっと同じ顔で笑っていった。


「あのね、ファウムのおばあさまは、お外にあんまり出られないんでしょう?」

「だからね、これ、お見舞いなの!」


 いまだに自分の部屋からも滅多に出ない妻のことは、私以上に話していないと思っていたのだけれど。


「おじいさま、おばあさまに渡してくれますか?」

「次はね、お気に入りのチョコレートをお見舞いに渡すね!」

「……うん、ありがとう」


 少し不安そうに見上げるレミリオと、嬉しそうに話すジュリエラと同じ目線にかがんだら。

 小さな手から花束を受け取って、ちゃんと妻に渡すことを約束していく。




「早く戻らないと心配するだろう」


 ずいぶん長いこと外に出ていたはずの二人を、家に入るように促していく。

 素直に頷いた二人は、仲良く手を繋いで門に向かって走っていった。


「あ、ジュリエラ。挨拶してないよ!」

「そうだった!」


 くるんと二人が振り返って、私に向かって大きな声で手を振っていく。


「こんにちは、おじいさま。またね!」

「またね、おじいさま!」


 レミリオにたしなめられたジュリエラは、最初の挨拶もまとめてしていった。


 二人に私からも手を振って、同じ言葉を返すことにしよう。


またね・・・。レミリオ、ジュリエラ」


 次は自分から挨拶をしなければと思いながら、綺麗に咲いた薔薇を持って家に帰ろう。


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