衝撃的な出会い
いま思い出してみても当時の自分はかなり生意気で、傲慢でかなり世間知らずな子供だった。
家系的に産まれやすい、金や銀とは違う。
白金という、いつ、どこから産まれるかわからない髪を持ってしまったのだ。
周囲の扱いの違いと待遇で、自分は特別なのだと、思いこんでしまっても仕方がないだろう。
強制的に、城に勤めることにもまだ納得していない頃。
私の名前で集められたパーティに参加しなければいけないことも、うんざりしていたし意味などないと思っていた。
「ごきげんよう、デーゲンシェルム様」
この髪に産まれたことで、国のために命も一生も使うことが決まっている。
ついでに男ということで、娘をどうかと次から次へと紹介してくる。
「鬱陶しい」
少し高めな媚びる声も、こちらを探るような含まれた視線も。
物心がつく前から、散々繰り返される同じ表情と同じ台詞に。自分もだけれど、相手も誰一人として自分を見てはいないのだと早くから気付いていた。
白金の魔法使いがいることで、この国は安泰だと思わせる意味しかないのだと、あの時までは信じていた。
「はー……、退屈」
十歳になったばかりの自分は、パーティを開くことができても会場に降りることはいけない。
招待客が挨拶に来ることはいいみたいだから、こうしてお飾りでも参加していることに、意味があるのだろうけれど。
「ん?」
今日も退屈で疲れるだけだと思っていたパーティに、今まで見たことのない人を見掛けた。
私が座っている場所は、パーティ会場よりもかなり上にある。
下からは見えないが、こちらからは見える位置で、退屈しのぎに人の流れを目で追っていた。
「ねえ」
「どうかなさいましたか、デーゲンシェルム様?」
隣りに常に立っている、執事代わりの遠縁のオジサンに声を掛ける。
毎回パーティで挨拶に来るヤツらはいい加減覚えても、名前はまったく知らないままだった。
交流が増えるのは、成人してからだ。必要なら執事に訊けばいいと、覚える気すらなかった。
それでも繰り返し挨拶をしに来るヤツらの中で、その二人には今まで会ったことがないと気が付いた。
私が指を差した人物を確かめた執事は、少し考えながらも頷いていく。
「ええ、そうですね。あちらのお二人は今までのパーティにも参加されていませんので、今日が初めてのはずです」
まだ十歳で顔出しはできなくても、私の名前で人が集められているパーティだ。
初めてなら、主催者である私に挨拶に来ることが普通なのではと首を傾げたら。
中央に来ることが久しぶりで、顔見知りに捕まったのではと言われてしまった。
それなら黙って待つかと、なんとなくその二人を目で追っていく。
「……」
しばらく目で追って、声を掛けられているのではなく、自分たちから掛けていることがわかった。
それはつまり、参加をするのは初めてのパーティなのに。
主催者である私には挨拶をしに来ず、知人のほうを優先させている、ということになる。
白金の魔法使いと言えば、産まれたら国が百年栄えると言われている稀少で貴重な魔法使いのはずだ。
それなのにあの二人は私に見向きもせず、ひたすら世間話を続けている。
「デーゲンシェルム様!?」
未成年のうちは、会場には降りないようにと言われているけれど。
ちっとも挨拶に来ない不届き者には、主催の立場として追い出さないといけないだろう。
ガタリと椅子から立ち上がった私は、声を掛けるべく階段を降りていった。
私が姿を現したことで、ザワリと会場がざわめきだす。
それでもまったく、こちらを見ようとはしない二人に近付いて、ここに何をしに来たのだと尋ねようと口を開いた。
「そこの二人。いつになったら私に挨拶に来るのだ」
名前を訊かなかったことで呼べなかったけれど、私が後ろから声を掛けたことでやっと振り向いた。
「あら、どこのクソガキかしら。口の聞き方には気を付けなさい?」
「なっ!?」
振り向いたと思ったら、こげ茶色の髪の女性がニコリとも微笑まずに一蹴した。
……いま、なんて言ったんだろう。
クソガキが私のことで、言葉遣いを窘めているのだとわかっても。
初めて言われた言葉が衝撃的すぎて、ただ呆然とするしかなかった。
「こ、この髪を見ればわかるだろ!?」
城にいるもう一人の魔法使いは、いつでも真っ黒いローブをかぶっている。
けれど私はそのままなのだから、この国に一人しかいない白金だとわかるはずだ。
けれど女性は片眉を上げたら、とても面倒くさそうな溜息を一つ吐くだけだ。
「躾のなっていないクソガキと、話をしに来たのではないのだけれど……。この程度も理解できないなんて、お城にまともな教育係はいないのかしら」
「なっ!?」
心底呆れているような顔の女性が、隣りの夫らしき男性に視線を向けた。
女性と違ってニコニコとした顔を崩さない男性は、賛同するように頷いていく。
「そうだねえ。十歳でこれじゃあ、そのうちカモにされるんじゃないかな?」
「は?」
国で唯一の白金の魔法使いの私が、カモにされるとはどういう意味だろう。
女性の言葉の意味もまだ理解が追い付いていないのに、男性の言葉でもっと訳がわからなくなってしまった。
パーティの主催者である私に、挨拶をしないことを注意しに来たはずなのに。
このままでは私の将来が心配だと、なんとも妙な話になっている。
固まったままの私を放った女性が、隣りに向かって呆れた溜息を吐いていった。
「あなたこそ、変な詐欺には引っ掛からないでくださいな。メイリアがいなかったらどうなっていたか……」
「気を付けるよ」
へらっと微笑む男性を窘めたら、会場に戻ろうと背中を向けていく。
「あの方には挨拶がまだだったわ」
「そうだね。行こうか」
「……そ、そっちより先に挨拶しないといけない者がいるだろう!」
よくわからないことを言うだけ言って、私を無視するとはおかしいじゃないか。
そう言って、服をつかんで引き留めた私に鋭い視線が向けられたと思ったら、手の甲が叩かれ、なぜか頭まで殴られていた。
「女性をつかむなど、はしたない。どうやら挨拶以前の問題だったようね」
「うぐぅ……」
目の前がチカチカして、頭のてっぺんと右手がとんでもなく痛い。
涙目でぼんやりとした視界でも、最初とは違って極上の笑顔を浮かべながら拳を握っている女性が見えた。
「ヨソの子供の躾はとやかく言いたくないのだけれど……ここまでわからずやなら仕方がありませんね」
「……」
その、握っている拳はどういう意味なんだろうか。
けれど私の躾がなっていないことで、拳を握りしめるのは仕方がないことらしい。
握られた拳に息を吹きかけたら、綺麗に微笑んだ女性の目元が鋭くなった。
「人に名前を尋ねる前に、自分の名前を言うのは基本でしょうがっ」
「ぎゃんっ」
一瞬、目の前が暗くなったことで、先ほどは手加減をしていたことを身をもって知る羽目になった。
「っ……っっ」
ものすごく痛い頭を押さえながら膝をついたら、パンッと一つ手を叩いて払っていく音が響く。
「国王様にも言っておかなくちゃ。コレのせいで国が滅んだら最悪だわ」
「まあまあ、母さん。これから直れば大丈夫だよ」
気軽に国王の名前を出していくこの二人は、どうして今までパーティに呼ばれなかったのだろうと不思議に思う。
「直るかしらね?」
「どうだろう。直らなかったら、その時はその時だね」
ここで直らなかったら、どうなると言うのだろうか。
「……」
まだぼやけた視界の中で、二人と目線が合ったら。
とっても綺麗に無言で微笑まれ、私は口の端を歪ませることしかできなかった。
中央に来るのは久しぶりということは、きっと辺境の小さい貴族なのだろう。
けれどこの瞬間から、二人は得体の知れない恐ろしい存在になってしまった。
頭を押さえたまま固まる私に、男性がキョトンとした顔をしながら首を傾げる。
「無詠唱で魔法が使えるのって、シュトレリウス君だけって聞いたけど」
口元をパクパクと動かしていた私に、魔法を使っていると思ったらしい。
それでも何も起こらないことを不思議に思った男性には、女性がサラッと物騒な言葉を返す。
「あら、使おうとしていても問題ありませんよ。喉を潰せばいいんだから」
「っ!?」
決められた詠唱を唱えないと魔法は使えない。
私も歴代の魔法使いと同じく、長ったらしい詠唱の言葉を覚えている最中だ。
それでも魔法使いというだけで、普通の人は一定の距離から近付いてこない。
普通なら、攻撃範囲に入らないように気を付けているのだ。
それなのに、目の前にいる女性はなんでもないことのように微笑みながら。
魔法使いに対して、禁止されていることをサラッと口にしている。
この身に他の人にはない魔力を閉じ込めているということで、産まれたときから国が保護をすることになっている。
国が守る対象になっている私に、攻撃の意思がわかったら。
きっとこの先もこの女性は躊躇いもなく、私の喉を狙ってくるのだろう。
握った拳を間近で見たのに、頭の上に落ちてきたあとも気が付かなかったくらいの素早さだ。
絶対にやるという確信とともに、避けられないことを思い知った。
「……あの。あなた方は誰ですか?」
初めて敬語を使って話しかけたのに、ハッと一息吐くだけとは、いっそ清々しいくらいに態度がまったく変わらない。
「名前を知りたければ、名乗りなさいと言ったでしょう?主催者が招待客を知らないなんて論外よ。基本的な挨拶から、勉強し直しなさい」
今まで挨拶をしに来た人たちは覚えていない。
この二人も私のところに普通に挨拶に来ていたら、きっとその他大勢として忘れていただろう。
そう言って今度こそ背中を向けた女性は、男性の手を引いたらさっさと会場から出ていってしまった。
パーティが終わっても、次の朝になっても痛みが引かない頭をさすりながら。
今まで見ようとしなかった、招待客のリストを確認することにした。
昨日が初めてだと執事は言っていた。
それなら、前のパーティにない名前を探せばあの二人にたどり着くはずだ。
「あれ?」
そういえば、いつも隣りにいた執事のようなオジサンの姿が見えないな。
「?」
「デーゲンシェルム様、国王様がお呼びです」
「わかっ……、はい。今行きます」
扉を開けたのは国王の近くにいた人で、廊下に出て初めて自分の周りの人間が、一晩で変わったことに気が付いた。
「??」
「君の周囲にいた者たちは不正が見つかったから処分したよ。代わりに身分も家柄も保証する、この者たちが今日から就く」
「え?」
不正という意味がわからないけれど。それは昨日、あの女性が言っていたことと関係あるのだろうか。
目の下にクマができて全体的に疲れきっている国王は、深い溜息を吐いたらグチグチと文句を言い出した。
「国王なのに……いつもキュレイシーは無茶を言う。今までのパーティの参加者と受け取った裏金なんて、一晩でわかるわけがないじゃないか。まったく……調べたけど」
「??」
よくわからずに首を傾げる私に気が付いたのか、ひとしきり愚痴を言った国王が深紅の瞳を向けてきた。
「悪かったね、デーゲンシェルム。家から就けられた者だからと、ろくに調べていなかったことで犯罪に荷担させるところだったよ」
「私がですか?」
「パーティの参加者は毎回、八割が同じ顔ぶれだっただろう?白金の魔法使いということを使って、一儲けしようとしていたみたいだよ。いつの時代でも親戚というものは厄介だ」
いつもいて仕切っていた執事は、遠い親戚のオジサンだ。
それ以外にも私の周りを囲っていた人はと考えて、魔法使いが産まれたら国から出るお金で、自分が実家に売られたことを知った。
「違う違う、実家も被害者だよ。お金に目がくらんだのは親戚たち」
今まで育ててくれたのも、たまに帰っても笑顔で迎えてくれたのも。
全部この髪だからなんだとガッカリしていたら。
顔を上げた私に、先ほどよりも深い深紅の瞳が向けられていた。
「ちょっとワガママ放題に育てたところは困ったけどね。入ってきた時にも挨拶をしたってことは、よっぽど昨日の夫婦が衝撃的だったのかな?」
「夫婦というか、奥様に何度も殴られました」
「あ、そう……」
今もまだ痛い頭をさすりながら、それでもこの痛みを覚えておこうと誓います。
「……ん?」
「私にあのように接してくれる人は今までいませんでした」
「デーゲンシェルム?」
「絶対に次は私から挨拶をして、そしてもう一度、いえ、何度でも殴られます!」
「いやいやいやいや、ちょっと待って」
全身が痺れるような衝撃など経験したことがありません。
今度は自分で主催したパーティも、それ以外でも必ず出席者を把握して挨拶回りに積極的に向かおうとここに決めました。
「ああ、うん。覚えておくことは大事だからね」
少し遠い目をしている国王の言葉に頷いて、基本的な挨拶や言葉の裏まで知れるように、別な勉強も頑張ることにします。
「それならリュレイラと一緒に学ぶといいよ。礼儀作法は、これから大切になってくるからね」
「わか……かしこまりました、国王様」
昨日までの自分から、新しい自分に生まれ変わったような素晴らしい気持ちの昂りを感じます。
いつか拳以外でも痺れるような、そんな女性に会いたいものです。
「……そうして出会った女性がメイリアさんというわけですよ」
「るっせぇ変態、許可なく喋んな耳が腐る!!」
「痛いっ」
カップの下から素早くソーサーを引き抜いたメイリアさんが、私の額に向かって正確に投げつけてきました。
ものすごく痛いですが、私にとってはあのときの拳の比ではありません。
赤くなっているであろう額をさすりながらも笑顔を向けたら。
あの女性によく似た、鋭くも嫌そうな視線を向けた娘が睨んでいました。
「最高ですね!」
「うるっせぇっつってんだろうが!!」
「ほぐっ」
親指を立てて笑顔を向けたら、拳が飛んできました。
白金の魔法使いということと、それなりに良い顔立ちで産まれた私の顔を、これほどまでに憎しみを込めて殴りかかってくる人は他にはいません。
いえ、隣りに座っている銀の髪の小さな少女の顔を見れば、こちらも引き継いでくれそうだと期待できますね。
「早く大きくなってほしいものです」
「娘に近付くな」
隣りの真っ黒いローブの男性は手を振りながら、別な殺気を飛ばしています。
その隣りにいる薄い茶色の髪の少年は、きょとんとした顔で私と女性を見比べているだけとは……。
「惜しい!」
「うるぇせっつってんだろうが!永遠に口を閉ざしてやろうかゴルァ」
「うぐぐぐ……」
ギリギリと襟元を絞めつけられ、いつか言われた「喉を潰せばいい」という言葉が浮かんできました。
そろそろ息がとジタバタし始めた私の横で、カチャリとカップを静かに置いた音がします。
「デーゲンシェルムが、どうしてこうなったのかはわかりました。周りの人間、特に身内って厄介よね」
ふうっと溜息を吐きながら、金の髪を揺らしたこの国の王女が呟きます。
その声でようやく手を離してくれましたが、一度くらいは意識をなくしてみたいものですね。惜しかったです。
伸びきった襟を直しながら座る私を無視して、真っ黒いローブが少し揺れました。
結構長い付き合いなのですが、いまだに最小の動きしかしないシュトレリウス様については謎だらけです。
それが賛同の頷きで、同じく座り直したメイリアさんの顔が歪んでいることで、厄介な親戚を思い出したのでしょう。
まあ、シュトレリウス様の実家のファウム家の人たちのことでしょうけれど。
「そういうわけで、今の私があるのはキュレイシーの奥様のおかげなのですよ」
今まで参加してくれた招待客について、詳しく知れば知るほど無知な自分を思い知らされました。
そして処分をされた人の多さと影響力に、使い方次第では国が滅ぶという言葉の意味も知ったのです。
「当たり前でしょ。国を守る力があるってことは、逆にどうにでもできる立場ってことなんだから」
馬鹿じゃないのと言い切るメイリアさんは、本当にあの女性の子供ということがよくわかります。
詠唱を唱えないと魔法が使えない私たちではなく、無詠唱のシュトレリウス様の近くにいてくれることで。城の上層部が、とてもありがたがっていることを知らないのでしょうね。
二人が結婚していることは、いまだにあまり広まっていません。
子供たちにも何やら見えにくくする魔法が掛かっているそうですが、身内と魔法使いには見えるのですから問題ないのでしょう。
「デュラーさんが見えるのは、大昔に魔法使いが排出されたことのある家系だからでしょうか?」
「メイリア個人を知って会話をしたから、他の者よりも認識しやすくなっているのだろう」
無詠唱の魔法についてもよくわかっていない部分が多いのですが、そもそも魔法自体の研究があまり進んでいません。
寿命が短いこともありますが、国を守ることを優先させられるからです。
「魔法は使えなさそうだけど、ぼくが頑張って勉強するよ」
紫色の瞳をしっかりと向けて、双子の片割れが宣言をしていきます。
タレ目な目元にぼんやりとした雰囲気なだけかと思ったら、意外ときちんとした意見が言えるらしいです。
「……ふむ。君は革派になるのかな、それとも麻縄?」
これは将来が楽しみだと声を掛けたら、真後ろに吹き飛ばされました。
「うちの子に近付くんじゃない、変態がっ!」
「ほぐっ」
……この先も、私が何か間違ったことをしたら。
この人はこうして拳でわからせてくれるのでしょうね。
「それって最高の未来ですね!」
「もう喋んなっ」