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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
おまけ
82/91

もう一人の息子

 真っ黒いローブを被った、私の腰よりも低い男の子が静かに立っている。


 よろしくと手を差し出しても、うかがうように少し頭を揺らすだけで。

 ぎゅっとローブを握りしめたら、無言で小さく頷いた。


 これが無詠唱の魔法使い、シュトレリウス・ヴァン・ファウムか……。


 母親に拒絶されてローブまで被せられた小さな魔法使いは、何かを話そうと口を開いてみたけれど。

 諦めたように、きゅっと小さな口元を引き結んでうつむいた。




「シュトレリウス、私に娘ができたんだ」


 教育係になってくれと頼んでも、いつものように小さく頭を揺らすだけで。

 それでも拒否も何もしないからと、近付けて大丈夫なのかと心配する周りの反対を押しのけて勝手に任命してやった。


「しかし、リュレイラ様は金の髪を持つ正当な後継者です」

「何かあってからでは困るのですよ!?」


 母親が言った『ローブの中を見ると呪われる』という言葉とともに。

 無詠唱の魔法使いシュトレリウスが口を開いたら、攻撃されると本気で思っているらしい。


「魔法使いに効くわけがないし、呪いなどあるはずがないだろう」


 ……馬鹿しかいないのか、ここには。


 私がいくら引っ張っても外せないローブの中は、まだ誰も見たことがない。

 最小限しか話さないことも相まって、シュトレリウスは孤立したままだった。


「それならデーゲンシェルムも就ければいい」

「デーゲンシェルム様、ですか……」


 金に銀の髪はそれほど珍しくなくても、白金プラチナの髪は滅多に産まれない。

 無詠唱は初めて聞くが、白金プラチナの魔法使いを生きているうちに見れることのほうがまれなのだ。


「さすがに王族の血を引く私の娘と、産まれたら国が百年栄えると言われている白金プラチナの髪を持つデーゲンシェルムがいれば問題ないだろう?」


 それではかえって、人質が増えたようなものではと言われるが。


私の・・決定に異議を申すと言うのか?」

「……大変申し訳ありません、国王様」


 いつまで喋っているのかと一蹴したら、渋々と許可を出していった。


 ああ、国王というのは面倒なものだな。




 十八歳を過ぎても婚約者もいないシュトレリウスに、ウチの娘をどうかと尋ねたら。

 少しも考えないで却下をし、デーゲンシェルムが合っていると勧められた。


 向こうのほうが歳は近いが、人格的にアレなんだよなあ。


「シュトレリウスには、誰かいないのか?」

「いつ死ぬかもわからない自分には必要ありません」


 これもすでに諦めていることなのか、首を横に振りながら小さく答えた。


 魔法使いは、普通の人が持っていない魔力を体内に閉じこめている。だからか短命だと言われていて、五十歳でも長生きをしたと言われるくらいだ。

 百歳近くまで生きることが普通と言われれば、いかに寿命が少ないかがわかる。


 まあ、私はリュレイラの子供を見るまで死ぬ気はないが。




 リュレイラよりも七歳上の娘を持つキュレイシーが今日ものんびりした顔で微笑んで、見た目通りのおっとりとした口調で娘の話をしていった。


「そのメイリアも年頃になりましたからね。シュトレリウス君と結婚させようかと話しているんです」

「シュトレリウスと?」


 何かの詐欺に引っかかったキュレイシーを、昔からの仲のファウムが助けたとは聞いていた。

 けれどあんなに子供を大事にしていたはずなのに、まさか借金のカタに娘を差し出すとは思っていなかった。


 リュレイラと同じ歳の双子が産まれたときだって、「ウチの子のほうが絶対にかわいい」と言い張って、国王の私と取っ組み合いの喧嘩をしたのだから。


 いくら家族全員が路頭に迷うところでも、そこで子供を差し出すなんてと見つめたら、きょとんとした顔で首を傾げる。


「違いますよ。シュトレリウス君にはメイリアが合っていると思ったからです」

「は?」


 ウチの娘なら幸せにしてくれると、ニコニコした顔で言い切った。


 その自信も根拠もわからないまま、穏やかな春の日にシュトレリウスは嫁を迎えることになる。




 春もかなり過ぎて、少しずつ暑い日が増えた頃。


「どうだ、シュトレリウス。……メイリアさんと言ったかな?」


 結婚したシュトレリウスを捕まえて、リュレイラもなんとか聞き出そうと頑張っていたらしいのだが。

 何も話さないどころか、そのせいで仕事がたまって家に持ち込んでいたと聞いて、リュレイラが落ち込んでしまった。


 だからこうして昼に酒を飲もうと誘って尋ねたら、珍しく少し考えるように頭を揺らしていく。


「まったく物怖じしないので、今までで一番、会話というものをしているかもしれません」

「そうか」


 ローブから見える場所は口元だけで、小さく微笑みの形に動いたように見えた。

 ……ハッキリ言い切れないのは、本当に少ししか口の端が動いていないからだ。


 二十年近く、たまにでもこうして会っているというのに。

 ローブが邪魔をして、どんな表情をしているのかを知ることができない。


 それでも前と雰囲気が変わった気がするのだから、シュトレリウスと合っていると言った、キュレイシーの言葉は間違っていなかったということなのだろう。


 ……ふぅん。




 季節が進む間に聞く話は、挨拶をしなくて蹴り飛ばしたとか、みぞおちを殴ったということばかりで。

 それをデーゲンシェルムが楽しそうに報告をしてくる意味はわからないが、やはりあの(・・キュレイシーの娘だと妙に納得する内容ばかりだった。


「私は背中を蹴られて、お皿まで投げつけられました!」

「わたくしは頬をつねられたシュトレリウスを初めて見たわ」


 うっとりとした顔で報告をするデーゲンシェルムからは顔を逸らして。

 とても楽しそうにおかしそうに、小さく笑いをこらえているリュレイラを見やる。


「キュレイシーの娘だからね」

「そうね……ふふっ。お父様は次にシュトレリウスと何かを食べるとき、きっと驚くと思うわよ」

「?」


 本当におかしそうにクスクスと、いつまでも微笑んでいる娘を見ながら。

 どうして食べるだけなのに驚くのかと不思議に思いながら首を傾げる。


 それならメイリアさんと食事をしようかと、誘ってみることにした。




 初めてメイリアさんを見た感想は、キュレイシーにそっくりだということだった。

 おっとりとした見た目も薄い茶色の髪も、ニコニコとしている表情も。


 親子だというだけで、これほど似るものなのかと思わず見つめてしまった。


「……」

「国王様をにらむんじゃない」


 マジマジと見つめてしまったからか、どうやらシュトレリウスににらまれてしまったらしい。

 まったく気が付かなかったが、ムスッとしているところをさらにメイリアさんがたしなめていく。


「あら。お父様にヤキモチを焼いているの?」

「そうなんですか、シュトレリウス様?」

「……」


 見上げたメイリアさんから視線を逸らすように、少しだけ頭を揺らしたシュトレリウスには、楽しそうにさらに突っ込んでいく。

 小さく微笑んだメイリアさんをつついたシュトレリウスを見て、何も話さないのにわかり合っていることがよくわかった。


「そうか……良かったなあ」

「?」


 私の呟きには、怪訝な顔をしてしまった二人だけれど。

 嬉しそうなことは伝わったのか、小さく微笑んでくれた。




 ……それにしても。キュレイシーの娘だからなのか、表に出ないだけなのか。

 物怖じしないと言っていた通り、誰の前でも変わらない態度に感心しながら見つめていたら、同じ視線を感じて顔を上げた。


 どうやらメイリアさんを見る私を、シュトレリウスがまたにらんでいたらしい。


「やだわ、シュトレリウスったら。やっぱりお父様にヤキモチを焼いてるのね?」

「はは、毎日見ているじゃないですか」


 クスクスと揶揄からかうようにリュレイラが突っ込めば、デーゲンシェルムも合いの手を入れていく。

 なんだか、この二人もお似合いっぽく見えるなあ。


 二人の婚約を決めたのは自分なのにと複雑な気持ちになっていたら、揶揄からかわれたシュトレリウスは、やはりローブに隠されてどんな顔をしているのかわからなかった。


「なに変な顔をしているのですか」

「……」


 ちょっと呆れた口調で言うメイリアさんの言葉で、微妙な顔をしていたことを知る。


 ローブ越しでも、春からのまだ短い付き合いでも。

 メイリアさんは、ずいぶんとシュトレリウスのことを知っているみたいだ。


 私のほうが長い付き合いなのにと、少し不満に思いながらも。

 わざわざ酒に合うデザートを作ってくれたのだからとカトラリーに手を伸ばすことにする。




「いただきます」

「は?」


 手を合わせて小さく頭を揺らし、いま、なんて言ったのかと思わず顔を上げてしまった。

 二人が食べる前の挨拶をしてからカトラリーに手を伸ばしていく様子はとても自然だ。


 昔、キュレイシーの奥さんにデーゲンシェルムが殴られたのも、そういえば自分から挨拶をしなかったことをたしなめられてだったと思い出す。


 部屋に入るときにも「失礼します」と言ったメイリアさんは、私の目の前に来たら「こんにちは」と挨拶を欠かさない。

 帰りはどうかと扉に向かう二人を見送ったら、予想通りに「失礼しました」と「ごきげんよう」を言って帰っていった。


「どう?お父様も驚いたでしょう?」

「ああ、とても驚いたよ」


 あまり開くことのない口元が動くところも。

 ……さすがに、「ごきげんよう」とはメイリアさんしか言わなかったが。


 私たちと話すメイリアさんを、終始気にするように頭が揺れている様子は見物だった。




「シュトレリウスが誰かを気にするなんて、初めてじゃないかしら?」

「家ではもっと会話をしているんですよ」


 今日でも驚いた口数の多さだったのに、家より少ないとデーゲンシェルムが言っていく。

 そうして何かを思い出したように、カップを置いたら蒼い瞳を輝かせながら身を乗り出した。


「それより、シュトレリウス様は朝に弱いそうなんですよ。全然起きないけど結婚する前は遅刻をしなかったのかと訊かれました」

「そうなの?」

「遅刻をしたことは……ないな」


 もしかしたら執事が起こしてくれていたのかもしれないが、初めて城に来てから二十年近く、遅れたことは一度もない。


「ふぅん……、そうか」


 朝が弱いということも、あんなに話せることも知らなかったのに。

 少し面白くなさそうに呟いた私を、今度はリュレイラが揶揄からかってきた。


「あら、今度はお父様がヤキモチを焼いているの?」

「それはシュトレリウス様にですか、それともメイリアさん?」


 クスクスと微笑む娘と、なぜか瞳を輝かせているデーゲンシェルムをにらみながらも。


 まだ付き合いの短いメイリアさんには、ずいぶんと気を許しているのだなとねてしまった気持ちを抱いたことは事実だ。


 ……そうか、これはヤキモチなのか。


「まあ、仕方がないわよね。わたくしだってまだローブの中を見ていないのに、初対面でアッサリ見たと言われたら悔しくなったもの」

「そうなんですよねぇ。……どんな顔をしているんでしょうか?」


 物怖じしないと言っていた言葉通り、初対面でローブの中を覗きこんだメイリアさんに。

 「目つき悪いだけじゃん」と言い切られては、あれほど気を許すことも当たり前かと妙に納得してしまった。




 季節が二つ過ぎ、もうすぐ三つ目が過ぎようとしている頃。


「……リュレイラ。もしかしなくとも、シュトレリウスは手を出していないんだろうか」

「それ、わたくしに訊きます?」


 少し呆れた顔をして、まだ十歳の自分になんてことを尋ねるのだとたしなめられた。それはそうだ。


 いくら大人びていても、シュトレリウスに色々と突っ込めていてもまだ十歳なのだ。

 けれど他の誰に訊けばと途方に暮れる私に、ガッカリした顔のキュレイシーが訪ねてきた。


「孫はまだなんですよ……」

「そうかぁ」


 結婚してから孫の名前一覧と、赤ちゃん服が描かれているカタログを持っていくたびに。

 「まだ?」という返事は、いつも「まだまだ、かなり先」だと相談をされた。


 朝が弱いことを知っているのに、なんともチグハグな夫婦生活だなあ。


「ええと、ほら。シュトレリウスは今まで一人だったようなものだから、人に慣れることに時間が掛かっているのだろう」

「そうなんですかねぇ……、はー」


 なぜ国王の私がなぐさめなければいけないのかは、わからないけれど。

 仲良くはなっていると必死で伝えたら、トボトボと帰っていった。


 キュレイシーにファウム、さらにデュラーまでもが割り込んで気合いを入れさせたらしいのだが。


「その努力は実らなかったのか」

「四方八方から、とてつもないプレッシャーねぇ」


 リュレイラの小さな呟きに、自分も待っている一人なのだとは言いにくいので顔を逸らしておく。

 「命令するのは野暮よ」とも追加で注意をされたら、経理から変な書類を渡されてしまった。




「請求書?」


 特に今まで、働きに対しての給金が少ないなどという抗議はしたことがないシュトレリウスが、わざわざ乗り込んでくるとは何事かと身構えたら。


「小麦粉と砂糖、それと他の諸費用とフルーツ類」

「……チョコレートはお店の指定までしているわね?」


 なんだこれはと経理担当に視線を向けたら、とても言いにくそうに呟いた。


「ひとつきの間、ほぼ毎日。シュトレリウス様からパウンドケーキなるものを届けていただいたでしょう?そちらに関する費用の請求だと言われました」

「わたくしたち、家計を圧迫していたみたいね」

「……それは支払わないといけないな」


 酒に合うものもあると聞いて、毎日何種類も作ってもらったのは事実だ。

 ついでに何かお礼ができないかなあと考えていたら、風邪を引いて寝込んだと聞く。


「カーテンを贈るのはシュトレリウスが嫌がったから、毛布がいいんじゃないかしら?」

「一応、お二人は同じ寝室にいるんですよね?」

「ええと……、たぶん」


 いまだに孫の話がないと落ち込んでいるキュレイシーの言葉を思い出しながらも、さすがに冬になったんだからと毛布を贈ることにした。




「毛布は喜んでくれたみたいだけど、服がないって困っていたわ」

「服がない?」


 寝込んでいる間にも食欲が落ちなかったメイリアさんは、なぜか前よりも太ったらしい。


 今までの服が入らないとは相当だなと服屋を紹介しようと手配をしていたら。

 いつも以上にニコニコしたキュレイシーが城にやってきて意外な報告をした。


「本当か?」

「妻の勘は当たるんです!」


 だから一緒に家に行こうと言う意味はわからないけれど、それならと便乗することにした。


 これで一人だったシュトレリウスに、家族ができるのだなと。

 綺麗に晴れた空を見上げながら、お祝いは何がいいかと気の早いことを考えながら家に向かった。






 シュトレリウスと会ってから、今年で何回目の春だろうかと椅子から立ち上がる。


 私の目の前には、二人の小さな子供がこちらを見上げていた。


「こ……くおう、しゃま?」

「こんちは!」


 紫の瞳をうかがうように見上げる男の子は、薄い茶色の髪を少しはねさせて。

 はいっと元気よく手を挙げた蜂蜜色の瞳の女の子は、隣りのシュトレリウスと同じ、銀の髪と顔を輝かせていた。


 ジュリエラと呼ばれた少女の顔を見て、やっとシュトレリウスの目元を知る。


「シュトレリウスって、ちゃんと銀の髪だったのね」

「……」


 リュレイラもマジマジと双子を見つめながら、今もローブを被りっぱなしの黒いかたまりを見上げて呟いた。


 前に「ローブの中は、ただの目つき悪いオッサンがいるだけ」だと話していたように。

 レミリオと呼ばれた男の子の目元はタレ目なのに、ジュリエラは勝ち気なツリ目だ。


 それでもレミリオの、おどおどと顔色をうかがうような雰囲気は最初に挨拶をしたシュトレリウスと同じで。

 キョロキョロと楽しそうに周りを見ているジュリエラは、初対面から物怖じをしないメイリアさんそっくりだと言える。


「……よろしく。レミリオ、ジュリエラ」


「「あい!」」


 両手を伸ばして挨拶をしたら、きょとんとした顔をしながらも。

 すぐにニコリと微笑んで、二十年越しにやっと手が添えられた。




 シュトレリウスがどんな子供だったか、これからたくさん話してやろうか。

 それでもローブは外さずに、口も滅多に開かないだろうけど。


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