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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
おまけ
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昔なじみの襲来

「……ねえ」

「なに」

「寒いんだけどっ」

「外だからね」


 さっきから、家の門の前にいるというのに。

 何をいまさら確認をしてるんだ、この女は。




 ガタガタと震えながら、腕をこするように温めているニエラの目の前で。

 わたしは厚めのひざ掛けにくるまれながら、優雅にハーブティをこくりと飲んだ。


 はあ……あったかい。


 まったりと寛ぐわたしをニエラは相変わらずにらみつけている。

 そのまま門の向こうに指を向けて、懇願こんがんするように叫び出した。


「いい加減、わたしを中に入れなさいよ!」

「そこまで許可してないし、ちゃんと着込んで来いって言ったでしょ」


 無視したそっちが悪いと、熱めに淹れてもらったハーブティーを飲みながらわたしもにらむ。

 負けじとニエラもさらににらみ返して、バンッとテーブルを叩きつけた。


「そもそも、なんであんたの家は見えないのよ。ここに来るまでだって、メイリアのところって言ったのに着かないしっ」

「それも最初に忠告してあったでしょ。ことごとく無視をするあんたが悪い」


 迷いに迷って遅刻したっていうのに、開口一番は謝罪ではなくて「家どこよ!?」とか。


「わたし自身もだけど、家自体に見つかりにくい魔法が掛かってんの。何度も言わせないで」

「そ、れは、夫にも言われたけど」


 結婚していることも、相手がわたしだってことも。

 再会したパーティで口止めをし忘れたからと次の日に家に行って脅し……、周囲には漏らさないようにと頼んできて。


 帰り際に「次の晴れた時に行くから」と言われて、比較的暖かな今日、いつものように門の前でお茶をすることになったわけなんだけど。




 その時のことを思い出したのか、じとっとした目でニエラがさらににらんでくる。


「あんたは、朝の何時に人んち来てんのよ。わたしのちょっとくらいの遅刻なんて、かわいいもんでしょ」


 ああ寒いと淹れ直してもらった紅茶を飲んだニエラが、朝イチで家に乗り込んだことを、まだグチグチと言ってくる。

 それにはハッと鼻で笑って、気が利かねえなと手を振って無視だ。


「わたしだとバレないようにローブ被ってたんだから、それくらい気が付きなさいよ」

「あんたが結婚したってことも、相手がファウム家の長男だってことも、こっちは何も聞かされてないのよ?」


 最初に不義理をしたのはこっちわたしだと、ニエラはまったく譲らない。


 弟妹も知らなかったくらい、本当に実家周りは魔法使いについても知らない人ばかりだからなあ。

 これは仕方がないことだけれど、よりによって遠い親戚にお互いが嫁ぐことになるなんて。


「なんでいまさら、あんたと親戚にならなきゃいけないのよ」

「こっちの台詞。あと、ファウムって名前が変えられなくてそのままなだけで、縁もゆかりもまったくないから」


 親戚じゃねえと言い直して、ファウム家ともなんの関係もないと訂正させる。

 本当に、何度も言わせんな。


「いくら旦那様の稼ぎだけで生活できていても、実家っていう後ろ盾は強力なほうが安心じゃないの」

「交流してないし、縁も切ったって言ってるでしょ」


 ファウム家出身なのにもったいないと、人事だからと簡単に言ってくれる。

 義父に義弟はまだアレでも、義母はいまだに殴られていないだけマシだと思ってもらわないと。


「……メイリア。あんたは結婚しても相変わらずね」

「気に食わないだけ」


 思わず拳を握ったら、呆れた顔をしたニエラが溜息を吐いた。




「まあねえ……。あんたは昔から、身内に何かあると手加減しなかったもんね」

「あったりまえでしょ。謝ったら許すけど、それとこれとは別だ」


 殴るって言ったら、相手が誰でも殴り倒す。

 謝ったって許さない。


「だからって、五歳そこそこの子供にナイフ突き付けるのはどうかと思うわよ」

「けじめってもんがあるでしょうが」

「何よ、それ。キュレイシー家流のけじめなの?」


 ニエラの家はわりと近くて。……近いって言っても、歩いて一時間以上かかるけど。

 ニエラとわたしとは一つ違いで弟妹も歳が近いとなれば、父親が友達になればと声を掛けたりもする。


 そこで仲良く・・・なればいいけど、ガキンチョはそうもいかない。


「あのねえ……先に手を出したのはあんたの弟でしょ?わたしのかわいい妹の髪を引っ張るなんて、指の一つも詰めて詫びいれろってもんよ」

「だから!その恐ろしい発想はどこから出てくるわけ!?」


 鳥肌でも立ったのか、青い顔をして腕を抱えてのけぞった。

 おい、胸を寄せるんじゃない。喧嘩売ってんのか。




 髪を引っ張ったくらいの五歳児に、指詰めろと迫るわたしは、ニエラとその弟のトラウマになっているらしい。

 急によそよそしくなったもんなあ。大人しくて静かになったからいいけど。


「あれから茶色の髪を見ると縮み上がるようになったのよ。責任取りなさいよ」

「小せぇ野郎だな」

「それくらい怖かったってことよ!」


 指は十本あるんだから、一本くらいでガタガタ言うんじゃない。

 それでも一般人にはわからない感覚らしく、五年以上経っても文句を言われている。


「大体、あんたはすぐに手が出る癖をなんとかしなさいと言ったでしょ?どうして出迎えたウチの執事を殴り倒したのよ」

「あれはあっちが先に手を出そうとしたからって言ったじゃん」


 普通に門を叩いてニエラに用があると言っただけのわたしに、どうして「曲者くせもの!」って叫ぶんだ。


「教育がなってないわね」

「あんたに言われたくない」


 こんなに見た目か弱い普通の女子なのにと首を傾げたら、絶対にか弱くもないし普通じゃねえとツッコまれた。

 どういう意味だ、コラ。




 そんな話をして熱めのお茶で温まったのか、やっとニエラもホッと一息吐いて、寄せていた胸を元に戻した。

 それでもデカい。天然物め、半分寄越せ。


「……っていうか、メイリア」

「なに」

「デーゲンシェルム様って、アレなの?」

「目の前で見たでしょ」


 残念な変態っぷりを見せつけられて、噂に聞いていた理想の王子みたいな想像図は見事に崩れ去ったことだろう。

 頭を抱えて深い溜息を吐いて、「マジか……」と呟いて遠い目までしている。忙しいヤツだな。


「そっちこそ、何を言ってあんなにデーゲンシェルムを怒らせたの?」

「別に。ワガママ王女の相手は大変ねとか、五年も手を出せないなら愛人でも作らないかってことを言ったくらいよ」


 それくらい、今までも誰かに言われたことがあるでしょと、なんでもないことのように肩をすくめた。


「ふぅん?どこに引っかかったのかはわからないけど、シュトレリウスが飛んでいくくらいだから、あんたヤバかったわよ」

「……ヤバいって、魔法使い以上にヤバい存在なんていないでしょ」

「詠唱を唱える必要があるから、魔法使いはそんなに危険な存在じゃないってば」


 シュトレリウスは違うけど、あのまま止めに入らなければ、わたしもリュレイラ様に言われて追い駆けなければ。


「まあ……良くて廃人?」

「魔法使いのほうがヤバいじゃないのっ」


 悪いとその場で消えてなくなっていただろうけど、そんなの魔法使いじゃなくてもできるし。


「ああ、そうね。あんたは誰でも殴って埋めるんでしょうね」

「人聞きの悪いことを言うな」


 まだ誰も消してないし、埋めてもいないわ。まだ・・




 昼食もまさか門の前で並べられるのかと顔を引きつらせたニエラに、昼食までいるんかいとツッコむわたし。


「久しぶりっていうか、結婚したのも知らなかったのよ?まだ積もる話があるでしょうが!」

「ない」


 バンバンとテーブルを叩くニエラは相当たまっているらしく、他愛ない話でもしたいらしいけれど。

 生憎わたしにはまったく話題がないし、同居している義両親はいないし旦那様に不満も何もない。


「同居していないあんたが珍しいだけで、普通の跡取りは両親がおまけでついてくんのよ」


 だからもっと自分の話を聞いて同情しろと、なんとも無茶なことを言ってくる。


「跡取りじゃないし、十歳そこそこで独立したって言ったでしょ。結婚はしたからわたしもファウムだけど、さっきも言ったように関係ないし」

「でもほら、年中ローブ被っている旦那様に不満くらいあるでしょ」

「家では取ってるし初対面からだもん。ローブに不満は別にない」


 いざとなったら外せるしとカップを手に取ったわたしに、ニエラのほうが不満そうな顔をしていく。


「あんたにベタ惚れな旦那様の、何にそんなに不満なのよ」

「……こういう風に、なんでも言い合える感じじゃないところ」

「はあ?」


 わたしの口調がうつったのか、ニエラもなかなか口が悪いしなんでも言ってくる。

 ニエラの旦那様はほんわかとした菩薩のような人らしく、怒った顔を見たことがないらしい。


「だからデーゲンシェルム様の愛人になったと言ったら、さすがに喧嘩になるかなあと思ったのに」

「デーゲンシェルムはオススメしないって言ったでしょ」

「もう絶対に狙わないから、それはもういいの」


 旦那様と喧嘩をしたいとか、ニエラもたいがい変な嫁だな。


「どうせあれでしょ。メイリアはそのまんまなんでしょ?」

「そのまんまというとアレだけど、まあ、変わりはないね」

「いいな……」


 金目当ての政略結婚という、恋愛結婚のニエラとは真逆なスタートだったのに。

 今ではこっちのほうが羨ましがられるとは、変な感じがするな。


 最初の頃を思い出して、やっぱりもうちょっと取りつくろっておけよ自分、と頭を抱えたくなってくる。


 まあそれでも足も手も、口だって色々すぐに出しちゃうんだろうけど。


 結局、昼食まで門の前に用意をしてもらって、そのままぶちぶちと文句を言うニエラの話をツッコミながらも聞いていくことになった。


 ……ああ、疲れた。




「かなり盛り上がっていたみたいですね?」

「共通の話題があるし、昔を知っていることも気安い空気になったのかも」


 夕食の支度をしようと厨房に入って、コトコトと煮込みながら。

 今度はメイドのユイシィと話しながら、わたしは野菜を切り刻んでいく。


「ごめんね。結局、半日以上、子供たちを任せちゃって」

「いいんですよ、大人しくしていてくださいましたから。それにお二人だけで出掛ける時には、わたしに慣れてもらわないと困ります」

「最初からユイシィには慣れていたから、それは大丈夫だよ」


 少し寝不足が続いて、預かってもらっていた時とか。

 買い物に出掛けるときとか、お城に行くときとか。


「小さい頃からたくさんの人と会っていたからか、まだ人見知りはしませんね」

「うん。それが一番助かる」


 わたしにべったりだった、小さかった頃の弟妹を思い出して頷いていく。

 トイレも外に出るのもくっついてきて、それが二人もいるから目が離せなくてかなり困った。


「自分の後ろをついてくる姿は、とってもかわいいんですけどね」

「動く範囲が制限されるから、ちょっと困るんだよね」


 同じく下の弟妹きょうだいが多かったユイシィも、うんうんと賛同するように頷いてくれる。


 っていうか、子供たちはユイシィが大好きだ。

 ユイシィがというか、大きな胸が。


 いつもわたしからユイシィに手渡すとき、「なんだこの弾力は!?」と驚愕した顔でわたしとユイシィを交互に見て首を傾げるくらいだ。


 おい、その目をやめろ。わたしの胸を見てガッカリするんじゃない。


 失礼な双子たちの行動を思い出しながらも、夕食を食堂へと運んでいくことにする。

 これでも山に谷ができて、ちょっとは大きくなったんだからな!?




「夕食ができたよ」

「「はーい」」


 シュトレリウスとリュードと遊んでいたのか、床に座ったままの双子が一斉に振り向いて。

 元気よく手を挙げたら、すぐに椅子に飛び乗った。


「「いっただきましゅ!」」

「いただきます」


 パンッと勢いよく両手を合わせたら、今日も美味しい夕食をみんなで食べようっと。




「すー……すー……」


 たくさん遊んだからなのか、今日の寝つきはとてもいい。

 わたしもウトウトしてきたけれど、ニエラとの会話で思い出したことがあったから。


「シュトレリウス様」

「どうした、メイリア?」


 小さく、あくびをしている旦那様の裾を引っ張って立たせて。

 さらに書斎の扉の前まで引いたら、チラッと見上げる。


「開けて」

「……扉を開ければいいのか?」

「入って」

「??」


 いいから書斎に入れと言うわたしに、首を傾げながらも一緒に入ったら。

 バタンと閉めて、裾をもう一度、引っ張ってやる。


「メイリア?」

「……て」

「なんだ?」


 小さすぎて聞こえなかったようで、屈むように耳を顔に近付けてきた。

 その耳元に、それでも小さくささやくように、たった一言だけ呟いていく。


「……ぎゅってして」




 双子が産まれてから、必ず間に子供たちを挟みながらだったことを思い出したんだもん。

 前は毎日してたのに、今は睡眠を優先させてしまって全然していないし。


 眠っている子供たちの近くでは恥ずかしいからと、書斎に閉じこめるように引っ張ってきた。


 ……んだけど、二人きりこっちのほうが恥ずかしいかも。


 久しぶり過ぎるからか、わたしの言葉にシュトレリウスも固まって動かない。

 それでも裾を握ったままのわたしに、ようやく長い腕が回された。


 ふんわりと、壊れ物を包むような優しさで。

 いつもの石鹸の香りと、ちょっとだけ、ミルクのにおいが混ざっている。


 自分じゃない鼓動は毎日聴いているけれど、それとは違う。

 ちょっとだけ恥ずかしいってことがわかる、落ち着かない音が響いていった。




 わたしも背中に腕を回して、しばらく無言でぎゅっとしていく。

 それだけでホッとして、温かいものが全身に染みこんでいった。


「はあ……」


 どのくらい、そうしていたのかわからないけれど。

 ようやく少しだけ離れたら、なんだかやっぱり照れくさい。


 結婚した最初の頃みたいに、視線が合わせられなくてちょっと困るね。


「ふふ」

「……フッ」


 小さく、微笑み合ったら。

 もう一回って、何度でもぎゅっとしようっと。


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