旧友との再会
こちらは今まで登場したことのない人の視点です。
第三者から見た魔法使いとその妻も、お楽しみいただけたら幸いです。
きらびやかなお城の中の、巨大なシャンデリアと会ったこともない上流階級の人たち。
結婚した先の家が、端っことはいえ上級の家柄だからと王女様の婚約パーティに呼ばれたからって。
「夫の代わりにパーティなんて、来るんじゃなかったかも……」
恥ずかしくないドレスや小物で外見を整えても、中身は底辺をさ迷っていた実家の出身です。
さらに夫の代わりでは、わたし自身を知らない人ばかりなのですから、挨拶をしようにも話し掛けられる人が誰かもわかりません。
そんな中で、白金の髪を輝かせた魔法使いが会場に現れました。
ざわりと会場がざわめきます。それでもその人はまったく気にせず、微笑みを浮かべているだけです。
金に銀、そして珍しいと言われている白金の髪の持ち主は、魔法使いと決まっています。
産まれた家までが国に保証されているということと、他の人とは違う魔力を体内に閉じこめていることで、普通の人とは色々と違う、というくらいしか知りませんけれど。
それでもこんなパーティに、噂の独身の魔法使いが現れるとは思いませんでした。
……もしかして、チャンスでしょうか。
夫と言っても、この国では大々的にお披露目などはしません。
国の端っこから嫁いできた身なので、一年足らずの中央の生活では友人と呼べるものもいないのです。
夫も顔見知りもいないのなら、わたしがあの魔法使いの妻になることも可能かもしれないと視線を向けました。
白金の髪を持つ魔法使いの名は、特に広く知られています。
本人が気さくなこともありますし、いつでも絶やさない微笑みで、常に女性たちの噂の中心にいる人だからです。
他の人は同伴者がいるからか、あまり積極的にアプローチをしている女性はいないようです。
それならとカクテルを手に取り、話し終えたばかりのデーゲンシェルム様に近付きます。
「こんばんは、デーゲンシェルム様」
にこりと微笑んで、振り向いた瞬間にグラスを当てます。
これで今、わたしが話す相手なのだと周りに知らせることができました。
そのまま会場の奥へと移動したら、しばらくは二人きりで話せるということになります。
人妻だからと露出の控えたドレスになってしまいましたが、それでもまだ十七歳です。
デーゲンシェルム様よりも年下ですので、実家の名前を使えば結婚しているとは気付かれないでしょう。
「普段は端のほうに住んでおりますので、こうしてデーゲンシェルム様に挨拶をすることは初めてになります。わたしはニエラ・ワン・エイダァと申します。お見知りおきを」
嫁ぎ先のワイファでは、かなり遠い親戚と聞いている、ファウム家との繋がりがバレてしまう可能性があります。
けれど実家のエイダァは、本当に場所も地位も国の下の端っこなので、中央にしかいないデーゲンシェルム様は知らないでしょう。
案の定、初対面だと言い切ったわたしにニコリと微笑んで、自分の名前を言いながらグラスを当て返してくださいました。
これで完全にわたしが話し相手だと認めたことになりますので、このまま愛人、いえ、本妻を目指してアピールしようと思います。
窓側の隅の場所で、うまく二人きりになれました。
わたしが着ているドレスは、露出は控えめですが身体の線に沿ったものです。
かえって強調された胸元を寄せて、さらに近付きながらお話をしていきます。
「ところでニエラさんは革派ですか、それとも麻で作られたロープですか?」
「は?」
いまは確か、このパーティになぜ来たのかというお話をしていたはずなのですけれど。
夫の代わりという本来の理由が言えないからと、そのままデーゲンシェルム様に訊き返したのです。
その返事が革かロープかとは、わたしは何か試されているのでしょうか。
デーゲンシェルム様の家で、何かに使うときに選ぶものを尋ねているのだということにします。
ここで正解が当たれば、一気に妻の座が近付くということになりますね。
気を取り直して微笑みを向けて、さらに胸元を寄せて囁くように答えます。
「そうですね……。わたしはやはり、革でしょうか」
ちらりと見上げながら伝えたら、ふむ、と何かを考えるような仕草になりました。
これは合格なのでしょうか、それとも不合格?サッパリ読めません。
「いいですね。なかなか革の良さをわかってくれる人はいないんですよ」
「そ、そうですか?麻も良いかと思ったのですが、革のほうが味が出るというか」
「ニエラさんもそう思いますか!?いやあ、こんなところで同士に会えるなんて、パーティ会場に出て良かったなあ」
「まあ!」
ニコニコと、本当に嬉しそうにデーゲンシェルム様が微笑んだばかりか、わたしに会えて嬉しいと喜んでくださいました。
ちょっと同士という意味がわかりませんけれど、どうやら最初の質問には合格はしたみたいです。
このままさらに仲を深めようと近付くわたしに、最初の質問を向けてきました。
「ところでニエラさんは、どうしてこのパーティに参加したのですか?」
疑っている表情ではありませんけれど、他の人は大半が同伴者と一緒です。
わたしのように最初から一人で、さらにずっとデーゲンシェルム様と話し続けている人などおりません。
ここで正直に伝えては、せっかく合格をいただいたのに棒に振ってしまいます。
少し固まってしまった表情を微笑みの形に戻し、同伴者が突然欠席したので一人になったことだけを伝えます。
「なのでわたしと同じ、一人でいらっしゃるデーゲンシェルム様とお話したいと思いまして。……お互いが独身ですし、特に問題はございませんよね?」
「では、このパーティの内容はご存じないのですか?」
「さすがに王女様の婚約パーティということは知っております。けれど王女様は公の場にはまだ出ないということで、気楽なパーティだからと言われて……」
いっつも、夫はそうなのです。
調子のいいことを言うのは最初だけで、当日になるとわたしを置いて仕事に向かってしまうのです。
そもそもこの結婚だって、たまたま中央にお父様と来ていたわたしを見初めたとか言って、勝手に決めた結婚でした。
今日だって、久しぶりに出掛けられるかと嬉しかったのに……。
新しく買い直したドレスの裾をつまんで、小さな溜息を吐いてしまいます。
結婚してからの出来事を思い出してムスッとするわたしに、デーゲンシェルム様が申し訳なさそうな顔をしてしまいます。
「ニエラさんのことを疑っているわけではありません。それなら一緒に来るはずだった人は男性なのではと思いまして、これ以上はご一緒しないほうがいいと思ったのです」
「その心配はございませんわ。確かにわたしの同伴者は男性ですが、そういう仲でもなんでもない、ただの遠い親戚の者です」
慌てて、せっかく合格をしたのにと取り繕い、必死に独身だということをアピールします。
「王女様は、十一歳になったばかりでしたよね?お相手の方が可哀想だと思っていたのですよ」
「可哀想、なのですか?」
「ええ。だって正式に発表をするのなら、お相手は成人した方ではありませんか。王女様はわがままで、かなり甘やかされているとも聞いております。可愛らしいと評判でも、立派に成人した男性が子守りを押し付けられるなんて……」
同情してるということをアピールしながら、チラッとデーゲンシェルム様を見上げます。
王女様の結婚に関しては、国の意見が重要になるでしょう。
自分の気持ちよりも政治が優先な、王女様も可哀想だと思います。
それでもわがまま放題の、典型的な甘やかされた子供を押し付けられるなんて。
手を出せるのも五年以上も待たなくてはいけないなんて、それでは外に愛人を作られても文句は言えないはずです。
思わず本音までデーゲンシェルム様の前で言ってしまい、慌てて口を覆います。
けれど穏やかな表情のままで聞いてくれていたデーゲンシェルム様が、一つ頷きました。
「……その愛人候補になりたいのですか?」
「え?」
賛同してくれたと思ったのですけれど、そうではなかったようです。
表情は同じはずなのに、少しだけ空気が変わった気がして一歩下がりました。
そうです、この人は魔法使いなのです。
噂では銀の髪の人だけが、詠唱を唱えないで魔法を使えると聞きました。
それでもわたしを見下ろしてくる目の前の人も、まぎれもなく他とは、普通の人とは違う種類の人なのです。
「な、なんのことをおっしゃっているのですか?」
「貴女はニエラ・ワン・エイダァではなく、ワイファさんの妻ですよね?」
ニコリと微笑みながら、蒼い瞳が射抜くように細められました。
嫁ぎ先の名前を当てられて、瞳に見透かされてもいるようで、さらに一歩下がります。
「最初から気付いておりましたよ。招待客について知っておくことは、嗜みの一つですから」
「え?」
急に言われた言葉の数々に混乱して立ち尽くすわたしに向かって、真っ黒いローブを被った長身の男性が近付いてきました。
「どうした?」
「シュトレリウス様。なんでもありませんよ。そろそろ時間ですか?」
シュトレリウス?……それは確か、銀の髪の魔法使いの名前だったはずです。
デーゲンシェルム様に話し掛けた男性を見上げても、ローブに遮られて顔も髪の色もわかりません。
呆然としたままで固まっていたら、わたしと同じくらいの身長の女性が、真っ白いローブを被って現れました。
「デーゲンシェルム様、リュレイラ様がお呼びですよ。つーか、人の旦那様を勝手に使わないでくれる?」
「あはは、すみません。ありがとうございます」
「笑い事じゃねえよ。早く行け」
……女性、なのですよね?
こちらもローブを被っているので、顔も何もわからないままです。
被っているローブはおそろいのようですし、何よりシュトレリウス様を旦那様と言いました。妻で間違いないみたいですが、それよりも口調が気になります。
この場にいるということは、それなりの貴族の出身のはずなのです。
けれど底辺をさ迷っている実家の近くにいた、とある女性と同じ口の悪さが気になります。
ローブの二人を見比べていたら、スッと白いローブが一歩前に出てきました。
「何、あんた。喧嘩売ってんの?」
「は?」
少し動いた頭の揺れで、下から見上げるように睨まれている感覚になりました。
この口調もその仕草も、昔から知っている人にそっくりです。
「なにジロジロ見てんだよ。デーゲンシェルムの愛人か何かを狙っていたならヨソあたりな」
「はあ!?なんであんたにそんなことを言われなくちゃいけないのよっ」
思わず実家にいたときのように、同じような口調で返してしまいます。
慌てて口元を手で隠すわたしに、フッと嘲るように笑った気がしました。
「ニエラ。あんたにベタ惚れの旦那のことは、ここにいるみんな以外にも知られているよ」
「なっ!?」
「あと、このデーゲンシェルムはあんたが独身でも絶対に勧めない」
「なんでよ!」
思わず食ってかかったら、くるりと背中を向けて、とっても奇妙で不思議なことを言われます。
「革派かロープ派か……本当の意味、わかってないでしょ?」
「ちょっ」
「これ以上ここで揉め事起こすなら、物理的に黙らせる」
ぎゅっと握った拳を見せつけるように目の前に持ってきて、わたしが知っているその人だということを確信しました。
「……メイリア。あんたこそ、ここでわたしを殴っていいと思ってんの?」
メイリアの後ろに控えるように佇んでいる黒いローブの魔法使いが、どういう家柄の人かは知っています。
それでも王女様の婚約パーティなのですから、殴ったメイリアのほうが問題だということがわかるでしょう。
国で保障されている魔法使いの妻が、これほど大きくて重要なパーティを台無しにしたら……。
「キュレイシーのおじ様の首が、物理的に飛ぶんじゃないの?」
フンッと先程のお返しのように言ってやったら、にぃっと口の端を上げていきます。
「誰より喜ぶのは国王様だし、もしそれで父親の首が飛ぶようなら……そうなった原因を処理すれば問題ないじゃないの」
「しょっ……!?」
相変わらずの危険すぎる発想を、招待した一人だというデーゲンシェルム様と旦那様の前で堂々と宣言をしていいのでしょうか。
ポカンとしているのはわたしだけで、旦那様はそれもそうかと言うように頷いています。止める気も、窘める気もないようです。
さすがにデーゲンシェルム様はと隣りを見たら、ねっとりとした輝きの瞳でメイリアを見つめていました。
「さすが、メイリアさんですね!ニエラさんを処理する前に、私を埋めてみたりはしませんか?」
「誰がするか、この変態!」
「え?」
うっとりと見つめながら、ほうっと艶のある溜息まで吐いて。
いま、なんて言ったの、この魔法使い。
さらに手慣れた様子でバシッとデーゲンシェルム様の頭を叩くメイリアは、この場所がどんなところか知っているのでしょうか。
「イイ手の動きですね!どうですか、そろそろこの鞭を使いたくなってきませんか痛い痛い痛いぃぃ」
「とっとと行けって言ってんだろうが。今夜の主役がうろちょろしてるんじゃない」
「え?」
デーゲンシェルム様がどこからか取り出した鞭を奪ったメイリアが、持ち手をぐりぐりと頬にねじりこみます。
痛いと言いながらも嬉しそうに微笑んでいるデーゲンシェルム様の表情で、やっと意味がわかりました。
フンッとメイリアが鞭をどこかに放り投げ、慌てた様子でデーゲンシェルム様が拾いに向かいます。
そうしてわたしを振り返り、腰に手を当てて頭を揺らしました。
「その顔は気が付いたみたいね」
「うん。わたしには無理」
「当たり前でしょ。あんたは自分を一番好きな、旦那を大事にしなさい」
「そうする……」
早く家に帰って、ものすごーくほっこりとする夫の顔を見たいと無性に思いました。
約束は破るし一度も一緒に出掛けてくれないし、仕事仕事とわたしを放ってばかりいるけれど。
それでもわたしのことを大切にしてくれる、ただ一人の夫です。
パーティが始まるからと、真っ黒いローブに手を伸ばしたメイリアに慌てて声を掛けます。
「ねえ、あんたもこの近くに住んでいるんでしょ?ファウム家に行けば会えるの?」
実家にいたときも、特に仲良しってわけではなかったけれど。
それでもこうして妙な場所で会えたんだから、お茶くらいはできないかと尋ねたわたしではなく、メイリアはなぜか隣りの旦那様を見上げました。
軽く頭を揺らした旦那様に頷いたら、メイリアは一言だけ呟きます。
「特に問題はない」
「わかりました。……そういうわけだから、良いって」
「は?」
いま、なんの会話があったというのでしょうか。
そういうわけとはどういう意味だと訊き直したら、質問の答えのような素っ気ない返事で、今度こそその場から立ち去りました。
「……なんなの」
それでも手を繋いで歩く二人はきちんと夫婦で、とてもお似合いだと思えたことも不思議です。
婚約パーティを簡単に祝ったら、正式に終わる前に家に帰ることにしました。
場違いなことはわかっていましたし、やっぱりわたしが知っている人はメイリア以外いなかったのです。
そのメイリアは国王様たちがいる上段の隅にずっといたので、話し掛けることはもうできませんでした。
「君がよく話していた、実家の近くに住んでいたって人と会ったの?それなら挨拶くらいしたかったなあ」
いつもへらっと笑っている顔しか見たことがない夫が、もっと瞳を細めて呟きます。
謝る顔と喜ぶ以外の表現を見せたことがない夫と、残念過ぎる白金の魔法使いを比べて、どっと疲れが出てきました。
「はーーー……」
「ど、どうしたの、急に?」
「結婚相手が貴方で良かったと、心の底から思っただけです」
「えっ!?」
混乱している夫に手を伸ばし、久しぶりに繋いでみます。
それだけで顔を真っ赤にする純粋なところを、かわいいと感じたことも思い出しました。
……それにしても。「わたしを目指しても無理。シュトレリウスの家って御者に伝えれば着く」だなんて。
おそろいのローブを被っているところも、あんな言動を普段からしていても問題ないということも。
魔法使いも妻になったメイリアも、凡人には意味がわからないことだらけです。
それでも次の晴れた日には、メイリアに会いに出掛けることにします。
「お茶をするなら門の前だから着込んで来い」という意味の通りなら、晴れの日ではないと寒いでしょう。
隣りで静かに眠っている夫を見ながら、普通で平凡な人の妻で良かったと改めて思った夜でした。
魔法使いじゃなくても、特別じゃなくても。
わたしを妻にと望んでくれた、唯一の人を大切にしようと思います。