六話:お友達は変態紳士
もらった花束越しに顔が近付いたからって。
さらに見たことのない顔で小さく笑っているシュトレリウスを見たからって。
ない、ないない。いまさら。
「奥様?」
「うおぅっ!?」
「……奥様?」
「はい、なんでしょう?」
「ああやべえ」とかつい言っちゃって、すぐに半眼のユイシィに睨まれることになった。
でも大人しく言い直して振り返ったのにまだじとっと睨んでいる。なんだろう、他に変なところでもあったっけ?
裾を叩いて首を傾げたら、そうじゃないと頭を振っていく。なんだ、何がおかしいんだ?
「朝から溜息を吐くことはなくなりましたけれど、今日は落ち着きがなさ過ぎです。卵をどうしたいんですか?」
「え?……ええと、どうしようか」
泡立てながら昨夜のことを考えていたからか、ボウルの中の黄色い卵が白くなっていた。さすがにこれは泡立てすぎだ。
「このまま焼いても色味が悪いから、出汁巻き卵にしようか」
醤油とかないけどコンソメはあるもんね。粉を入れて軽くかき混ぜて、ふわふわの卵焼きにしようとフライパンを出した。
くるくると巻いていく様子にほうほうと感心しながらユイシィが見ていって、巻き終わったらお皿に載せていく。
「どうよ」
「うわぁ、プルプルですね!」
「あっ、プリンにすればよかった!」
「ああ!?そうですね、奥様っ」
卵のプルプルと言えばプリンじゃんと、頭を抱えるわたしたち。朝食を作っていたんだから、おかずになったのは仕方がないとはいえ……。
「腕が疲れた」
「またにしましょうか」
「「はーーー」」
考え事をしながらの料理は危険だ。味と口当たりは良さそうだけど。
「これはなんだ?」
「卵焼きです」
「??」
朝になったらまたローブを被ろうとしていたから、ひん剥いたおかげで今は被っていない。
ちょっと目が合うと気まずいけど、身長差があるおかげで真正面に向き合わないのは助かる。今は朝食の席だから向き合っているけど。
……いまさら被れとは言いにくいな。
ちょっとソワソワしながらちらっと見たら、対するシュトレリウスは今日も普通だ。あんまり顔を見ないから普通なのかどうかわかんないけど。
少しだけ襟足が長い銀の髪を今日も嫌味なくらいに輝かせている。目つきが悪いから柔らかく輝く銀の髪なのはちょうどいいのかもしれない。
髪は切らないのだろうかと思いながら、もう一人の輝かしい長い髪を持っている人を思い出した。
「デーゲンシェルム様はもうすぐ来るのでしたっけ?」
「十時くらいだ」
「天気がいいから外に用意しますね」
「ああ」
社交辞令かと思ったら本当に来ると言いやがるとは。
友人なのか同僚なのか、相変わらず自分の旦那様のことをまったく知らないわたし。これはシュトレリウスにも言えるけど。だって出迎えるならと好みを訊いてもこれだもんな。
「デーゲンシェルム様の好みって何ですか?」
「知らない」
「紅茶の好みとか甘いものは好きかとかを訊いてんだよ」
「……紅茶は同じものでいい。甘いものは好きなはずだ」
城で毎回、王女様とお茶をする時には必ず甘いものが出てくると話していった。
王女様とお茶とか、普通の人は出来ないんだぞ。なんでそう淡々と話すかな。そもそも勤務先が城とか意味がわからんぞ。
国を守る魔法使いなら、職場が城になるのは当たり前かもしれないけど。
「っていうか。まともに付き合っている人は魔法使いしかいないんですか?」
王女様に同族っぽいデーゲンシェルムのみっていう、可哀想な交友関係の狭さだ。広くはないとは思ってたけど狭すぎる。まあわたしも人のことは言えないけどさ。
ファウム侯爵の長男なら社交界でも有名でしょうにと言ったら、ただでさえ悪い目つきをもっと鋭くさせてわたしを見下ろした。
「他に誰が普通に話す?」
忘れていたけど、実の母親にも敬遠されていたんだった。
でもそれって両親のこげ茶色の髪とは似つかない銀の髪と、垂れ目がちな父親とはまったく似ていない目つきの悪さでなのかな。
「わたしは普通に話していますけど?」
「メイリアは普通ではないということだ」
「なんだと、ゴラァ」
フンッと言い放つシュトレリウスを睨んだら、外に出る前にローブを被っていった。
日焼けが嫌いなお嬢様か、お前は。
「城でもその格好なのですか?」
「産まれた時からだ」
「暑苦しい」
「……」
口元しか見えないけど、どうやらムスッとしているらしい。
でも産まれた時からなら、被っていないほうが違和感あるのか。
「それで眠る時も被ってるんですか?」
「……」
だいぶ躊躇っていたけど小さく頭を横に振った。一応、結婚前は被っていなかったみたい。
「今日から被らないでくださいね」
「……」
まあどうせわたしが先に寝るから意味はないんだろうけど。
昨夜からおかしくなっていた自分も、こうしていつも通りに話していたら落ち着いてきた。
あれは、そう。言われたからって花束なんか買ってくるのが悪いんだ。
「腹は出すな」
「出したくて出したんじゃないわ」
ユイシィが他の服を朝まで隠したからなんだよ。じゃあパンツ一丁でいろってか。変態か。
「そういえば朝食の卵焼きは大丈夫でしたか?」
オムレツは出したことがあるけど、卵焼きって実は初めてだったんだよね。それでも残さなかったし、こくりと頷いているから嫌いではなかったみたい。
「あれだけ混ぜたならプリンにすれば良かったんですけどね」
「?」
勿体無いことをしたと呟いたら、なんのことだと見上げてきた。けれどわたしが口を開くよりも先に、背後でガサリと草を踏む音がした。
「夜もローブを取らないままって本当だったんですか!?」
「え?」
「嘘おっ!?」といつものユイシィのような声を出して、白金の髪を一つに束ねた長身の美青年がたたずんでいた。
ここ中庭なんだけど、いつの間に来たんだこの人。っていうか勝手に入って来たんかい。
「これは失礼、メイリアさん。声が聞こえたものですから」
「こちらこそ出迎えもせずに失礼いたしました」
全然悪びれずに準備中って丸わかりのところに来るとは空気読めない人なのか?
下から睨み付けようとしていた視線をにこりと微笑みの形にしたら、カップを並べて椅子を引いて座るようにと向き直る。
「どうぞ。こちらに座ってお待ちください。ただいまお持ちいたしますわ」
「では失礼します」
にこにこと今日も微笑みながらのデーゲンシェルムとローブ被ったシュトレリウスは今日も対照的だ。
太陽と月みたい。白金と銀という髪の色と同じく性格が真逆だからかも。ついでに口数も対照的だ。
「それで、シュトレリウス様。家でもずっとローブ被ったままとか言わないですよね?」
「……」
さっきまで取っていたと言ったら、この男は喜ぶのだろうか驚くのだろうか。
……そういえば、わたしに手を出してこないのは女性より男性が好きなのではと思ったんだった。
お茶の支度をしようと厨房に戻る手前で、色々と話し続けるデーゲンシェルムと無言の旦那様をちらっと見て、もしかしてと思ったけど。
……いや違うわ、この二人はないわ。だって笑顔のデーゲンシェルムに、シュトレリウスはすげー鬱陶しそうな表情をしている気がするもん。ローブで見えないから想像だけど。
「お友達ではないかもしれないですけど同僚でしょう?もう少し眉間の皺をどうにかできないんですか」
「……」
紅茶を淹れてもデザートを出しても無言な隣りの旦那様のローブの中を覗き込んだら、予想通りにものすごーく鬱陶しそうな表情を浮かべていた。
今はわたしが急に覗き込んだから、ちょっと驚いて目を丸くしているけれど。
「いつも鬱陶しいとか思ってたんですか?心外だなあ」
「こんなに毎日のように会っているし、お茶だってしているのに」と、大袈裟に項垂れていくデーゲンシェルム。しかし表情と行動が一致していない。
……なんだろう。なんかこの人、ちょっとアレ?アレだったりする?
思わず汚いドブを見るような視線を向けてしまったら、何故か極上の微笑みを浮かべられてしまった。
「ああ、その視線はシュトレリウス様にしか向けないと思っていました」
「……」
うっとりと蒼い瞳を潤ませながら、ほうっと艶のある溜息を吐いていく。
思わずシュトレリウスのローブに隠れてそれ以上視界に入れないようにしたわたしの素早い行動グッジョブ。
だって気持ち悪い。見目麗しいから余計に気持ち悪い。
「引っ張るな」
「キモイんだもん」
「……慣れろ」
「絶対無理、ヤダ、視界に入れたくない」
「……」
ぶんぶんと首を振るわたしに、小さく息を吐くシュトレリウス。
「そんなことはない」とか「今日はたまたま」とか言い訳しない。そんなわたしたちをじいいっと見つめ、今度はちょっとガッカリしてる。
なんだその反応は。罵ってないからか?つまりガチか。なんて残念なイケメンなんだ。
「普通に仲が良いだけみたいですね。残念です。でもそれならすぐにお子様ができますね、頑張ってください!」
「……」
コイツも待っている一人かい。
頑張れだってとシュトレリウスを見上げたら、反対側に視線を逸らしていった。一応、気まずい気持ちはあるらしい。
「今日のことは王女様に報告いたします。きっと喜んでくださいますよ」
「言わなくていい」
今度は涙を浮かべて微笑ましい瞳を向けてくる。表情も賑やかな人だな。
「情緒不安定なの?」
「いつもこうだ」
「じゃあ変態なんだ」
「……」
否定しろよ。
魔法使い二人に囲まれたお茶会って、端から見たら羨ましいのか近付きたくないのか。
それでも見目麗しいデーゲンシェルムにユイシィの瞳が輝いている。中身、変態だからね?
「今日は何しに来たのですか?」
「新婚のシュトレリウス様をからかうためと、ちゃんと結婚しているのかを確かめにですよ」
ここの結婚式は、大勢の人を呼んでのパーティみたいなものだったりする。だから城を貸し切るとか異次元なことを言い出すんだけど。
今から思えば、あれって城が職場だったからなのかな。
じゃあ悪いことをしたなと思ったら、またしても潤んだ蒼の瞳がこちらを見つめていた。今度はなんだ。
「楽しみにしていたんですよ、シュトレリウス様の結婚式に呼ばれる日を。それなのにお互いの両親だけの質素な式だけで、さらに報告も一言だけの簡素なものとか……!」
震えながらテーブルを叩いて訴えるデーゲンシェルム。言葉だけ見れば可哀想なことをしたなと思えるんだけど、表情が合ってない。
「キモイキモイキモイ」
「落ち着け」
「頭沸いてんのか、てめぇは?これが落ち着けるかぁ!」
「ああ、イイですねえ。こんな罵声を毎日浴びせられるなんて羨ましいですよ、シュトレリウス様」
「……」
ぞくぞくと身体を震わせながら、またしても恍惚とした表情でうっとりとわたしを見つめる蒼い瞳の美青年。超キモイ。
シュトレリウスのローブに隠れながら、式はこっちの都合だったと言ってやる。
「没落貴族って言われているウチですから、こちらに合わせて質素にしてもらったんです。でも結婚しましたから」
偽装結婚かなとかわたしも思ったけど。ここでは式を挙げると自動的に国に認可され結婚したということになる。
結婚指輪もないし誓いのキスもしない。見た目も変わらないしなんにもないからわかりにくいかも。
ついでにずっと腕にしがみついていたことに気が付いて、慌てて離して座り直した。ちょっと顔が赤くなった気もするから、パアンッと勢いよく叩いて気を引き締めよう。よし大丈夫。
「何をしている」
「気合いを入れ直しただけです」
「イイ手のひらですね!ぜひとも私も打ってくれませんか!?」
「うっせぇ変態!」
せっかく叩いてまで離れたっていうのに、またしてもシュトレリウスの後ろに隠れる羽目になってしまった。
「腫れていないか」
「そこまでヤワじゃないですよ」
叩いて赤くなった頬に大きい手のひらが触れて、なんでもないことのように治癒魔法をかけていく。
「……寿命が縮むんじゃないですか?」
「そこまでヤワではない」
ローブの中の瞳は優しくて、頬に触れる手のひらは安心するのに心臓がうるさくて困る。
「シュトレリウス様、いま、魔法を……?」
「え?あ……」
いたの忘れた。
今度は驚愕した表情で震えるデーゲンシェルムが、信じられないものを見たと言っていく。
「二度目ですけど」
「二度も!?ちょっ、これは王女様に報告差し上げなくては!失礼っ」
「は?」
どうして治癒魔法を使ったら王女様に報告しなくちゃいけないの?
「国のために使う魔法だから許可がいるとかですか?」
「いや」
それなら二度も簡単に使ったら驚くか。
けれど意味がわからなくて呆然としているわたしに、呆れた溜息を吐いていくシュトレリウス。
「城へ呼ばれると思うぞ」
「なんで?」
意味がわからん。
この男の妻になってから、そう思うのは何度目だ。