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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第四部:賑やかな冬
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番外編:静かな新年

「行ってらっしゃいませ、旦那様」

「……」


 実家から出ることになり、小さいけれど屋敷の主になったのだからと。

 それまで呼んでいた”坊ちゃん”から、”旦那様”と言い直しても。


 真っ黒いローブを握りしめたまま、幼い主は無言で馬車に乗っていった。






 ガタガタと揺れる音で目を覚まし、視界がぼんやりとしていることで、少し眠っていたことに気が付いた。


「座り心地も大事ですけど、この揺れをどうにかしてもらいたいです」


 同僚のユイシィが、少し不満そうに唇を尖らせながら足を揺らして呟いた。

 その言葉に今度こそ目を開けたら、実家に帰る途中の馬車の中だったことを思い出す。


 よほど、先ほどの旦那様の言葉に驚いてしまっていたらしい。

 ……とても懐かしい夢を見た。


「車輪というより、構造自体を変えないと無理だと聞いたことがあるな」

「奥様のお母様が最初に乗っていた、馬車の乗り心地は大変そうですね」


 あれは確か、板が申し訳程度についているだけの座席で。

 とてもじゃないが、長時間乗るには苦痛すぎる代物だったらしい。


 それじゃあ腰をやられるし、どんな馬車でも二度と乗りたくないと思うだろう。


 事情を聞いた旦那様が、まさか魔法を使って癒すとは思わなかったけれど。

 あれも昔では考えられないくらい、人との距離も魔法の使い方も変わったのだと不思議に思う。




「あの毛布は持って帰ったら、実家に取られそうだから置いてきましたけど。すっごくふわふわでしたよね」


 クリスマスプレゼントだと、いつもお世話になっているからと贈ってくれた毛布の話をユイシィがしてく。


 旦那様と奥様は白で、ユイシィは赤、私は深緑でおそろいなのだと楽しそうに奥様が話して。

 一人で使うにはなんとも贅沢で大きい毛布は、ユイシィが話したように柔らかい不思議な物だった。


「最初は風邪を引いた奥様のお見舞いにって、国王様たちが贈ってくれたんですよね。でもそんなに簡単に、わたしたちの分まで用意できるものなんでしょうか?」

「一応、誰もできない国を守っている魔法使いだからじゃないかね」


 きっとお高い物だから眠れるのだろうかと、布団に入るまでは緊張したのに。

 そんな心配はいらないくらいに、ぐっすり眠れたと明るく笑い飛ばすユイシィに、こちらまでつられて小さく微笑んだ。




 旦那様と私しかいなかった家に、十歳年下の奥様とメイドが増えて。

 今度は今まで接したことがない、まったく知らない赤ん坊という存在を迎えることになるとは。


「旦那様と奥様は、二人きりで大丈夫でしょうか?」


 座り心地はよくても、長い馬車旅に飽きたのか。

 窓の外の景色を見ながら、いつもよりも口数が多いユイシィに相槌あいづちを打っていく。


「前なら問題なかったが、今のお二人ではどうだろうな」


 季節が過ぎるごとに奥様に対して過保護になっていく旦那様には、少し微笑ましい気持ちで見守っていたのだけれど。

 子供ができたとわかってから、今まではやさしいくらいだったと気が付かされた。


 まさか、床に足を着けさせないくらいにまでなるとは……。

 普段から土の落ちた厨房の床を拭いていると聞いたら、卒倒するのだろうか。


「ああ、厨房……。帰ったときに真っ黒だったらどうしよう」

「奥様がいるから大丈夫だろう」


 ベッドから降りるなと言う旦那様は、奥様を厨房に立たせることをなかなか許してくれない。

 臨時雇いも入れないまま、掃除と洗濯はいいとしても、食事はどうする気だったのか。


 奥様はケロッと、「じゃあ、シュトレリウス様が作ってくださいね」と言って、旦那様を厨房に立たせることにしてしまった。


 一度でも他人を家に入れると後が厄介なことは知っているし、奥様が「わたしは座りながら指示をします」と言ってくれたのは助かるが。

 掃除と洗濯は二日おきにするから問題ないと、手を振って見送られてしまった。


 ……さて。自分で料理も何もしたことのない旦那様は、この五日間でどこまでできるようになっているのか。


 少し意地悪な気持ちと楽しみな気持ちと。

 こっそり見ていたかったなと思いながらも、馬車に揺られて懐かしい道を辿ることにする。




 先に馬車から降りるユイシィの家には、旦那様の代わりに挨拶に立ち寄ることになっている。

 もう少し揺られた先の実家に帰ったら、残りの四日は何をしようか。


「実家には、ずっといないんでしたっけ」

「ユイシィもだろう?」

「ウチはほら、まだ小さい弟妹きょうだいがいますから。ベッドはよくて二人で一つ、最悪、二つをくっつけて五人で寝なくちゃいけないんです」

「それは、また……」


 叔父夫婦しかいない自分の実家と比べて、両極端すぎる人数に思わず眉間を寄せてしまう。

 それでは早く家から出たかったと、噂も気にせずにメイドになるわけか。


 お互い実家には長居しなくても、五日間は帰ってくるなと言われている。

 クリスマスプレゼントの次はお年玉だと言われて、少なくないお金も持たされてしまった。


「オトシダマとは、どういう意味なんだ?」

「んー……ボーナスみたいなもの、じゃないですか?」


 それでも使い道がないお金を持って、どこへ行けばいいと言うのか。


「リュードの実家の先に、少しお高めの宿がありましたよね?そこの料理を堪能して帰るのはどうでしょう」

「……それもいいか」

「わたしはそこで、色々買いこんでいく予定なんです」


 この国の新年は実家に帰ることが普通だから、あまり客もいないだろう。

 向こうとは違う食材を買って帰ったら、久しぶりに厨房に立つのもいいかもしれない。




 いつもなら報告することも何もない実家には、今年はいくつも言わなければいけないことがある。

 それでも長居はしないのかと、ユイシィが不思議そうに見上げてきた。


「家を出てずいぶんと経つし、新年に客として滞在するのは気が引けるからなあ」


 十歳まで住んでいた家でも、他人よその家と言えるくらいに離れてしまって。

 連絡は取り合っていても、年に一度見るくらいの親戚は、他人より少し近いくらいの距離でしかない。


「ああ……でも、そうかも。わたしももう、向こうの家のほうが”自分の帰る場所”って感じがします」


 旦那様と奥様がいて、メイドと執事で庭師の自分がいて。

 自分の家族はとうに諦めたけれど、あの家が帰る場所なら、血は繋がっていなくとも家族になるのだろうか。


 もうすぐ家だと窓の外を眺めていたユイシィが、私の言葉に首を傾げる。


「リュードは結婚しないんですか?」

「さすがに四十手前に嫁ぎたがる人はいないだろう」


 魔法が使えるわけでもなんでもない。

 さらに世間で『呪われる』と言われている、主を持つ執事など。


「私よりもユイシィのほうが心配だろう。次の春に十六になるなら、実家から何か言われるんじゃないか」

だから・・・、リュードと一緒に帰ることにしたんじゃないですか」

「?」


 どういう意味だと片眉を上げても、そのまま窓の外に顔を向けたユイシィは答えてくれなかった。




「そういうわけで。結婚相手はこの通り、自力で捕まえてきましたからご心配なく!」


 ニコリと微笑みを貼り付けたまま、両親に挨拶を・・・済ませた・・・・ユイシィは。

 私の腕に自分の腕を絡ませながら、颯爽と馬車に戻ってサッサと走らせていった。


 ……やられた。


「奥様にも言いましたけど、いまさら家庭に入る気はないんですよね」


 だから挨拶をするために家に寄ると言ってくれたのを幸いと、嘘をついてまで回避しなくても。

 呆れた溜息を吐きながら、勝手にスッキリしているユイシィを睨むように見る。


 一回り以上……いや、二十歳も離れている相手を紹介された両親は、きっと今頃、頭を抱えているに違いない。


「それよりも、事前に言ってくれないか」

相手リュードに逃げられたら困るじゃないですか」

「ユイシィの家族と一緒に、驚いた顔をするほうが問題だろう」


 悪びれずにケロッと言い放つメイドは、奥様に多大な影響を受けている気がする。


 不審に思われる前に馬車に押しこめられて良かったような、誤解は早めに解いて良縁を探してもらったほうがと考えて。

 どちらにしても同じ家に住んでいるメイドと執事なら、問題ないと諦められそうだと気が付いた。


「ウチは兄弟が多いですから、一人くらい嫁にいかなくても問題ありません。それにわたしだって、特殊な主に仕えているメイドになるんですよ?普通の人は嫁に選ばないでしょう」

「そうは言っても、子供は欲しいと思っていたんじゃないのか?」


 旦那様と奥様の子供を待っていたのは、ユイシィも同じで。

 けれど子供ができたと聞いたときに一瞬見せた表情には、うらやましそうな気持ちが含まれているように見えた。


 だからいつか結婚をして、自分の家族を作るのだろうと。

 そのときには私一人で、旦那様の家族を守ろうかと思っていたのだけれど。




「……じゃあ、リュードが家族になってください」

「は!?」


 仕方なく、自分の実家に一緒に向かうことになったら。

 馬車に揺られながら外の景色を見つめていたユイシィが、意味のわからないことを呟いた。


 誰が、誰と家族になると?


「わたしはあの家から出るつもりはないんです。でも旦那様は奥様しか見ていないですし、変態はごめんです。つまり他って、リュードしかいないじゃないですか」

「いやもっと、若くて歳の近い人も」

「変態は嫌です」


 デーゲンシェルム様は旦那様と同じ魔法使いで、こちらはすでに王女様という婚約者がいるから無理だろう。

 旦那様の弟であるルィーズ坊ちゃんはと思い浮かべて、母親が許さないだろうなとすぐに首を振って考えることをやめた。


「そもそも身分違いもいいところですから、元々その人たちとは考えたこともありませんけれど」


 だからと言って、こんな手近に済ませるような問題でもないというのに。


「リュードがもらってくれないなら、この話は二度としないでください」


 ぷいっと顔を逸らして、なんという無茶を言うのだろう。

 ……これが若さというものなのだろうか。


 窓越しにチラチラと降ってきた白いかたまりを見上げながら、今までで一番疲れる年が始まりそうだなと思いながら。

 ガタガタと揺られながら、実家に続く道を初めて二人で向かうことになった。


 今年は本当に、報告することが多過ぎる。


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