十五話:新しい家族
「かわいらしいお家ね」
キョロキョロと家に入る前から興味津々で見回して、そのたびに金色の巻き髪を左右に揺らしている王女様が楽しそうに呟いた。
「もう少し大きい家に住めばいいのに。これじゃあ、最低限しか泊まれないんじゃないか?」
同じくキョロキョロと周りを見ていた国王様が、家が小さすぎると突っ込んでくる。
「お城と比べないでください」
「それでも小さいだろう?」
仕事場にもなっているから、城がやたら大きいのはわかる。
それでも一家族しか住まない家と、使用人がたくさんいる城は比べる基準がおかし過ぎるだろうが。
最近入り浸っている暖炉のある部屋に通したら、ユイシィが紅茶とお菓子を持ってきてくれた。
こんなに来るとは思っていなかったから、ストックしておいたおやつまで出さないと全然足りない。
……この、例の店の限定チョコレート。
新年にシュトレリウスとゆっくり食べようと思って残しておいたのに。
後で請求してやる。
わたしがじとっとお菓子が並んだお皿を見つめてしまったからか。
空気の読める変態、デーゲンシェルムがニコリと微笑んで年末限定の物を持ってくると約束してくれた。
それならまあ、許してやろう。
「これはクッキーだわ」
「こっちは何?」
わたしが断腸の思いで出したチョコレートは食べ慣れているからか、金の髪の親子はそっちに目もくれず。
いつもシュトレリウスが食べている、わたしが作ったなんの変哲もないお菓子の方を次々と口に運んでいく。
おい、遠慮しろや。
なんだか食後のお茶の時間て感じで、のんびりと寛いでいるけれど。
「あのですね、わたしたちはこれから朝食だったんです。昼食の仕込みもしたいので少し席を外してもいいですか?」
朝食と一緒に昼食の仕込みをしようと厨房に向かっている最中だったから、お腹がとってもすいている。
「え、朝食まだだったの?」
「オレたちは食べてきたぞ!」
途中でどこかに寄ったのか、わたしの家族はすでに済ませているらしい。
きょとんとした顔の父親が驚いて、ギルタが手を挙げながらいつもよりも豪華な朝食だったと話していく。
「私たちもお城でいただいてきましたよ」
お城から来たという三人も、すでに済ませているから気が付いていないみたいだ。
「……いま、何時だと思ってんですか?」
顔は洗ったし支度は終わっていても、普通に朝食前の時間だ。
せいぜい家に来るのは十時くらいかと思ったのに、八時よりも前に予告なしで来るんじゃない。
空腹でイライラするわたしに、のんびりと寛いでいたみんながハッとした。
遅ぇんだよ、色々と。さっきから腹が鳴ってるだろうが。聴こえんのか。
「朝食をいただいてまいります。……いいですね?」
「「はーい」」
どうぞどうぞと見送られて、やっと厨房に向かうことができた。
このまま流れで採寸とか冗談じゃない。
こちとら腹が減ってんだよ。
国王様相手でも全然態度の変わらないわたしを見て、ガチガチに緊張していた双子もホッと息を吐いていった。
その前から呑気に寛いでいる両親を見ていたから、かしこまらなくてもいいって気付いたみたいだけど。
一応、国の代表である王様と、そのご令嬢だからね?
わたしが言っても説得力は皆無だけどさ。
粗相はしないようにと母親が見張っているから、そちらに任せてサッサと食事を摂ろうと厨房へ向かうことにする。
「朝食ができるまでは時間があるのだろう?シュトレリウスはここにいなさい」
「……」
ニコニコとした表情はそのままで、有無を言わせない口調なのはさすが王様だね。
チラッとわたしを見たら、ものすっごく鬱陶しい溜息を吐いて座り直した。
なんだ、助けてほしかったのか。
それくらいは自分でしなさい。
「できましたら呼びますので、食堂へ向かってくださいませ。シュトレリウス様」
「…………わかった」
ものすごーく不満そうな返事だな。
そんなシュトレリウスの態度にも、国王様は楽しそうだけれど。
「朝からビックリしましたね」
「うん。外で見ると、やっぱり魔法使いの髪ってまぶしいよね」
「そっちじゃありません」
昨日シュトレリウスが「本人に訊け」と言っていたのは、来ることを知っていたからなんだな。
それでもこんな朝イチに来るとは思っていなかったようで、うんざりした顔をしていたけれど。
今もとってもうんざりした顔をローブの下にしているんだろうな。
「それにしても大人数になり過ぎたね」
「お昼、どうしましょうか?」
わたしの両親も来るからと、昨夜から多めに仕込んではいたけれど。
弟妹までとは思っていなかったから、先日渡し損ねたコロッケではないんだよなあ。
まあ国王様と王女様もいるから、庶民の味っぽいコロッケにしなくて正解か。
「一人ずつ用意するには今から焼いても間に合いませんから、大きく一枚にまとめてしましょうか?」
「そうだね。国王様も来たとなったらデザートも足りないだろうし」
人数が多いならパーティ料理がいいかなと、ピザを考えていたんだけど。
国王様と王女様、デーゲンシェルムにウチの家族。
さらに三人についている執事とメイドが合計六人に、採寸をしてくれる服屋さんらしき人が三人。
指を折りながら改めて数えると、恐ろしい人数がいることがわかった。
「二十人とか……、うぜぇ」
「奥様、しいっ」
二人でのんびり過ごすことが多い暖炉のある部屋が、とってもぎゅうぎゅうになっていたもんなあ。
仕込み途中の芋類を見て、まさにイモ洗いだと盛大な溜息が出た。
「ん?服を作るなら脱がないといけないよね?別な部屋も用意しないとだった」
「そちらはリュードが整えていましたよ。食事を済ませ次第、向かいましょう」
今から別な部屋を暖めても間に合うのかと慌てたら、すでにリュードが用意してくれていたらしい。
おお、さすが。執事で庭師は今日も優秀だね。
今もお客様たちを持て成してくれているし。
このままユイシィと二食分プラスデザートを用意して、サッサと済ませてしまおうか。
「メイリア様」
「うぉっ!?」
ピザだけじゃ絶対に足りないからと。
簡単煮豚にちょっとしたつまみ、スープも具だくさんにしてと忙しなく動いていたら。
え、”様”?しかも名前??
誰が呼んだんだと後ろを振り返ったら、いつの間にいたのかお城のメイドが厨房の入り口に三人並んでかしこまっていた。
ここはそんな上等な服で来るところじゃないぞ。大人しく主の給仕をしていてくれ。
「何か御用ですか?もうすぐわたしたちの朝食ですから、まだ時間は掛かりますけど」
まさかわたしの取っておいたおやつまで平らげて、もっと寄越せとか言ってんじゃねえだろうな。
ぶん殴るぞ。
殺気を感じたのか空気を読んだのか、小さく横に首を振ったら意外なことを呟いていく。
「何かお手伝いができることはありませんか?」
「ありません」
王族付きのメイドに、一般市民のわたしの何を手伝いさせるってんだよ。
ユイシィもスープの鍋を見ながら、何言ってんだこいつという顔をメイドたちに向けている。だよね。
「昨夜から仕込んでいたので昼食の支度はほとんど終わっています。少し追加はしましたが、そちらももう終わりです。朝食はわたしたちがいただくだけです。手を煩わせるようなことはありませんよ」
「そうですか……」
「?」
なんでそこでガッカリする。
「ああ、そうでしたね。いくら効かないっていっても、食事に毒は入れていませんから安心してください。何なら先に食べて毒味をします」
「そちらの心配はしておりませんし、必要ありません」
毒入りの心配をして見張っていたかったという意味ではないらしい。
まあ今日はわたしの家族もいるからね。いなくても入れないけどさ。
じゃあなんだと首を傾げたら、ユイシィをチラッと見て、すでに仕上がっているテーブルの上の料理に視線を戻した。
「先日お持ちいただいた、シチューという物を国王様も召し上がりたいと申されまして。前にお菓子のレシピを教えていただいた時のように、手伝いながら訊いてくるように料理長に頼まれたのです」
「え、今日はシチューじゃないんだけど」
「それ以外の、この肉の塊とか、コロッケとかいう物もです」
「はあ?」
料理長って言った、いま?
そこはフツー、「王族にそんな庶民の味を出せるか!」って怒るところじゃないの?
「シュトレリウス様が召し上がっているというところが気になるそうです」
「はあ……」
それなら前にもあったから、教えるのは別にいいけど。
でもこれからのスケジュールを考えると、いい加減なんか寄越せと訴えている、わたしの鳴りやまないお腹にも早くご飯を入れたいしなあ。
「採寸が終わったら、ここで一緒に作ってお城に持って帰ればいいんじゃないですか?それなら今日の夕食にすぐ食べられますし、作り方を覚えたほうが簡単ですよ」
別な馬車で帰れるなら、採寸が終わったら夕食までの時間に作ればいい。
そもそも見たことも聞いたこともない料理を、レシピだけじゃ難しいでしょ。
いや、宮廷料理人ならいけるか……?やっぱ無理か。
「コロッケは種だけ作れば、お城で揚げて熱々がいただけます。シチューは鍋ごと持っていけばいいでしょう」
しっかりと馬車の中で鍋を支える人が必要だけど、ご褒美として変態が嬉々として持ってくれるんじゃないかな。
材料はあるから、国王様一家の分くらいなら大丈夫そうだと頷くわたしにメイドたちがぱあっと喜んだ。
そんなに大層な物じゃないんだけど……。
「ありがとうございます、メイリア様」
「お、おう……」
自分に”様”をつけられて、さらにとっても恭しくお辞儀をされるとどうすればいいかわからんな。
とりあえずさっきから鳴りっ放しのわたしのお腹に、ご飯をたっぷり詰めこむことが最優先だ。
しかし……。
今日でかなり食料が減ったから、明日は買い物に行かないとまともな食事が出せないな。
「前回と同じく、本日使った分の材料はお城からお持ちいたします」
「はあ……お願いします」
ニコリと微笑んだメイドが、さっきのデーゲンシェルムのように空気を読んでくれたらしい。
そんなにわかりやすい顔になっていたかな?気を付けよう。
昼食の支度も一緒にしたから、いつもより遅い朝食をやっと済ませることができた。
はあ……満足満足。
鳴りやんだお腹を撫でたら、なんだかポンッとイイ音が鳴りそうな膨らみ方になっている気がする。
これから採寸なのに食べ過ぎたかな。
いや、頑張って引っ込めばまだイケるはず、たぶん。
わたしとユイシィ、ギルタとミレナにお母様、王女様に服屋の人たちが別な部屋に移動したら、今度は採寸の始まりだ。
大丈夫だよね?うんほら、食べたばっかりはこんなもんだ。
お腹を撫でながら採寸の準備をしていくわたしの横で、母親が何やら取り出していく。
「わたしが昔、着ていた服を持ってきました」
「では、こちらを参考にさせていただきます」
自分が前に着ていたという服を取り出して、こんな感じにしてくれと言い始める。
すでに打ち合わせが終わっているのか、服屋の人は広げてデザインを確認したら、サッサとわたしに向き直った。
ん?わたしの服を作るのに、母親が使っていた昔の服を参考にするの?
今の流行になっているんだろうかと首を傾げるわたしに、メジャーを持ったお姉さんがニコリと微笑んだ。
「ではメイリア様。寸法を頂戴いたします」
「は、はいっ」
既製品を手直しして着ていたばかりだから、こうやって一から作ってもらうのは初めてだ。
この家に来てからもそれは変わらずにいたら、さすがにユイシィには呆れられていたけれど。
だって社交界とかパーティとかには出ないんだから、畑仕事や家事には十分でしょ。
わたしの成長著しい胸ではなく、なぜかお腹周りを熱心に細かく測っていくいく服屋のお姉さん。
おい、眉間が寄ってるぞ。あれか、太ったとでも言いたいのか。
その通りだが、この野郎。そこはぼかして誤魔化してくれ。
しばらく何事かをメモりながら、わたしの着ていた服と母親の持ってきた服を見比べながら考えこんでいる。
今度はなんだ。母親よりも胸が小さいのに腹が出てるとか言いたいのか。
「これでは今の服は合わないですね。すぐに作らせますのでご安心ください」
「そうねえ。お城に来たときよりも、全体に変わっている気がするわ」
小さく溜息を吐いた服屋のお姉さんが、超特急で仕上げると請け負ってくれて。
王女様も紅茶を飲みながら、お弁当を持って行ったときよりも体形が変わっていると言っていく。
王女様御用達のお店の人は、何を言ってもいいかわかっているらしい。
そのまま誤魔化して、なんかこう、うまいこと腹を隠すデザインをよろしく頼む。
「実家に来たときよりも太ったよねぇ、お姉ちゃん」
「うぐっ」
……実の姉妹で十歳のミレナは、全然容赦がなかった。
せっかくぼんやりと誤魔化してくれているのに、ハッキリ太ったって言わなくてもいいじゃん。
「姉ちゃんは痩せすぎなんだから、ちょうどよくなったって言うんだぞ」
「だってぇ、お腹のお肉がつまめそうじゃないの」
「うぅっ……」
ギルタがすかさずフォローしてくれるのに。
じいいっと横目で見つめるミレナは、一番気にしているところを突っ込んでいく。
うぅぅ……。シュトレリウスもつまんでいたもんなあ、このお腹。
たるんでいるわけじゃないけど、ポッコリ出ていることがわかる。
特に今は採寸のためにと一枚しか着ていないから余計に目立っているし。
せっかく胸も育ったみたいなのに、そっちには誰一人として触れてくれない。
わたしにも、ついに見事な山と谷ができたというのに!
そんなわたしたち姉弟のやり取りに、服屋のお姉さんは曖昧に微笑んでいるだけだ。
それとは逆に、お母様がニコニコしている意味がわからない。怖い。
「ほらね、わたしの言った通りだったでしょう?」
「え?」
これ以上は風邪を引くからと、手早く採寸を済ませたら服を着ていく。
そうして持ってきたデザイン画を見比べていた母親が、わたしのお腹を指差して得意げな顔をしながら振り返った。
「心当たりがあってもなくても、貴女のお腹にはちゃんといるんですから」
「え?」
「どういう意味だ、母ちゃん?」
「なぁにぃ?」
首を傾げているわたしたちに向けている母親の表情は、なぜか勝ち誇ったように見える。
そうしてズバッと言い切った。
「メイリアが妊娠したということですよ!」
「とっても、遅いのですけれど」
「奥様ですからねえ」
「「「えっ!?」」」
どうだと仁王立ちの母親が、お腹周りがゆったりとするマタニティ用の服が描いてある紙を掲げるように見せつけた。
王女様はふうっと溜息を吐いて、ユイシィが遅過ぎることに何度も頷いて賛同している。
「だから今の服じゃダメでしょう?」
「それに下の弟妹には誕生日プレゼントを渡しましたけれど、メイリアさんには贈っていませんでしたからね。ちょうどよかったです」
経産婦で母親の自分が色々とわかるからと、今日のこの日に一緒に来て。
前は断られたけど、今度はシュトレリウスへのお祝いにもなるからと国王様と一緒に乗りこんだと王女様が話していく。
「えっと、でも……」
お腹のポッコリ具合は太ったんじゃなくて、ただの脂肪でも何でもなくて。
きちんと赤ちゃんがいたから大きくなっていたってこと??
言われても自覚のないわたしは、首を傾げてお腹に触れるだけだ。
まあこんなに小さいのなら、まだまだ蹴るとか暴れるとかは感じないのも無理はないけど。
「わたくしの主治医も連れてきましたから、きちんと診てもらいましょう」
「あ、はい」
これはシュトレリウスの前で言わないとと、みんなで談話室に戻ることになった。
そうしてみんなの前で診てもらうとか、かなり恥ずかしいけど仕方がない。服は着ているし。
こっちはこっちでわかっていたのか、名前の書いてある一覧を取り出して盛り上がっていた。
わたしは隣りのシュトレリウスに、こっそりと尋ねることにする。
「……知っていたんですか?」
「前とあきらかに違うから、調べてみただけだ」
もしかして……というくらいの曖昧さだったと呟いた。
それなら、ちょっとでも妊娠の可能性があるのなら。
……昨夜とか、普通はもっと遠慮をするところじゃないの?
ジロッと睨んだら、ぷいっと顔を逸らす。
こら、何か言わないか。
外からの物理攻撃は効くはずだから、手の甲をつねってやる。この野郎。
「とにかく、これで決まりね」
「初孫、初孫」
ふふんと自分の勘が正しかったと言い張る母親に、孫ができたと喜ぶ父親。
自分よりも小さい存在がわからないみたいで、双子はきょとんとした顔で同じ方向に首を傾げている。
そんな双子にニコニコとした顔を向けながら、国王様が口を開いた。
「産まれたらお披露目しないとね。そうだなあ……国中から人を呼ぶだけで足りるかな?」
「お父様、それでは派手すぎるわ。お城の大ホールで少人数がいいと思います」
「それなら百人くらいで済みますからね。でもやっぱり、ちょっと少ないでしょうか?」
ウキウキと、身内でもなんでもないのに張り切りだす国王様と。
ズレた突っ込みをする王女様に、変態が恐ろしい数字を言い放つ。
「結婚式も地味だったんだから、ここで盛大に国中に知らせようか!」
「断る」
「いらんわっ」
誰が見世物になるものか。